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函館市とどほっけ村

法華宗の日持上人にまつわる伝説のムラ・椴法華。
目の前の太平洋からのメッセージです。

フランク永井さんを悼む

2008年11月03日 08時12分09秒 | インポート
平成20年10月27日に亡くなったことを、昨日のテレビで知りました。
長い間の闘病生活、ご苦労様でした。
昨夜、あなたの様々な思い出が脳裏を駆け巡りました。
私は北海道の小さな漁村の生れです。小さい時から都会にあこがれました。あなたの甘くささやく魅惑の低音の歌声は、東京がとても洗練された素晴らしい都と言うイメージを、私の心に焼き付けました。
トレードマークの細いネクタイ、ステージでの誠実さ、あなたは都会派のカッコいいイメージを、この片田舎にも届けてくれた人でした。
「有楽町で逢いましょう」「西銀座駅前」あなたの曲を聴き、何度も訪れた憧れの場所でした。
漫談の牧伸二さんのあの台詞も忘れられません。
水原ひろしも低音の魅力、フランク永井も低音の魅力、肝心の牧伸二テイノウの魅力。♪アーアーやんなっちゃうな、アーアーどうしよう♪
先に旅立たれた松尾和子さんとのデュエットも、日本歌謡史上黄金のコンビの座は揺るがないでしょう。
それからあなたはご存じないでしょうが、私の村の漁師さんで、あなたによく似た少々身長が低い方がいます。その方を村では「フランク短いさん」と呼んでいます。あなたの名前はいまだに私の村で親しまれています。
昨日、午後5時、夜の帳が落ちはじめた頃には、前浜の水平線上にはたくさんの烏賊釣り漁船が集結し、賑わいを見せていました。今朝も外が明るいので、寝坊したかと慌てて起きると、昨夜より船数が多く、集魚灯の明かりが村や周囲の山々を照らしていました。「漁火銀座」と言う光景です。あなたの、西銀座駅前♪という歌声が聴こえてくるようです。
今、午前5時ですが、その灯りの中であなたを忍び、感謝の気持ちとお別れの言葉を書きました。
田舎の少年の都会へのあこがれ、その夢を満たしてくれたあの魅惑のボイス。「キャバレー天国」の素敵なステージで、存分に歌っていただきたいと思います。
フランク永井様のご冥福を、心よりお祈りいたします。


なんとも楽しい宴会だった

2008年07月27日 13時28分58秒 | インポート
参加しているサークルの、前期の終了パーティーが函館市内であった。
事務局の計らいで、来賓数人の挨拶も短く、何時もより半分の時間で乾杯に入った。事務局に感謝である。
食事も美味しく、ビールもワインも日本酒も冷えていた。今日は飲むぞと目が輝く。宴もたけなわ、事務局が原稿用紙を配布した。各テーブル7名で、それぞれが数行ずつ書いて短編小説を作ると言うものだ。優勝グループには賞品授与と言う。
参加者全員動揺する。・・・テーマは「恋愛」さー・スタートです、と事務局は慈悲の欠片もない。こうなれば書くしかない。食べるのも飲むのも止め、メガネをはずしたりはめたり、みんなの目がやけに光っている。
酔いも手伝ってか、お色気たっぷりのものもあるが、総じてユーモラスだ。
優勝は往年のハリウッド女優「ジーナ・ロロブリジータ」を主人公にした短編だ。そのチームの7人の中には、年齢が若くたぶんその名前さえ知らない人が2人ほどいる。後の5人は年齢的には知っていると思うが、記憶が定かでない方も2人ほど居ると見た。
でも不思議に文章が上手に出来上がって、その面白さと想像力に他のチームは脱帽した。
企画の楽しさで、終わってみると食べ物がたくさん残っていた。とにかく夢中にさせられてしまった。
2次会もその話で盛り上がった。2次会のスタンドバーのママさんもサークル仲間だ。冷たいビールが格別に美味い。ここ10年ほどビールの美味さは、グラスの形と注ぐ量にあると思っている。一昔前の大ジョッキーと言うのはまったく美味しさを感じない。この店のグラスは昔の恋人に出会った感じだった。
「飲み放題だけど、たくさん飲んでいいかい」と、ママに聞いた程飲んだ。
後ろの壁にかかっている絵を見て驚いた。私が数年前札幌のデパートで一目気に入り、購入した絵と同じ画家だった。この店の絵のほうがが欲しかったが、海に島が浮かんでいて、それがじゃまだったので、別の絵を購入した。こうなると酔いも手伝い絵についての講釈も炸裂し、飲むに飲んでしまった。
車で送迎の妻の逆鱗にも触れ、翌日にまたいでの帰宅になった。
朝9時に目覚め「シマッタ」と思ったがもう遅い。今日は町内の海岸清掃の日だった。
しかしこんな事もあろうと、2日前に一人で浜に下りて自分の分の仕事はしていたのだ。
万事抜かりはなかったが、昨夜は店でお気に入りのグラスを1個壊してしまったのを思い出した。


蕗の料理

2008年05月17日 10時29分07秒 | インポート
クサカンムリに路、蕗と言う漢字が好きだ。
庭に蕗が数本ある。雨降りはなんとなく趣がある。庭の主役にはなれないが、脇役としてはなかなかだ。
先日山に入り、川原で蕗を取ってきた。川水が勢いよく流れる側には、大きな葉の蕗が密集していた。包丁で切ると、切り口がみずみずしくやわらかい。
渓流釣りの時、釣ったヤマメを蕗の葉で包み家に持ち帰る。葉を開くと緑の葉にヤマメが美く映える。大きな蕗の葉に包まれているとやさしさを感じ、釣り上げた場所やその時の手応えが蘇ってくる。
渓流釣りの解禁は6月1日である。今年も何度かヤマメやイワナ君に、遊びの相手をしてもらうつもりだ。
家の戻り妻が蕗を茹で、水に晒しアク抜きをした。
夜の食卓に、蕗にシイタケや天かまぼこを混ぜ醤油味で炒め、七味唐辛子をふりかけた1品。
茹でたのを、塩水に漬けた蕗の漬物。子供の頃、台所の隅に大きな樽の塩水の中に、縦に並んで浸かっていた。蕗の立て漬と呼んでいた。その1品。
それに3センチほどに切った蕗を、薄めた梅漬けの液に漬けた1品。
どれもがお酒にあうが、特に梅液に漬けたのはビールのつまみには最高だ。
食した事の無い人は、ぜひ試して欲しい。
薄っすら梅色に染った蕗の漬物は、見た目にも涼しく、とにかくいける。


昭和38年解剖!

2007年08月05日 16時31分41秒 | インポート
昨夜の衛星放送で「昭和38年解剖」と言う、3時間放送を見た。
翌年の東京オリンピックを控え、日本がどんな時代を迎えようとしていたのか、様々な出来事から、分析していた。
当時、函館市の高校を目指し、田舎から脱出を計っていた中学三年生の私としては、とても興味深い内容でした。
昭和38年(1963年)の出来事です。
3月。吉展ちゃん(4歳)誘拐事件、当時あまりに衝撃的であり、2年後犯人小原保が逮捕。今でも犯人の名は忘れません。
6月。黒四ダムが完成し、関西方面の電力の安定供給であり、オリンピック後の経済発展を見越してのことと、今にして思いました。
8月。第1回全国戦没者追悼式挙行。オリンピックムードの盛り上がる中で、戦争がもつ暗部を和らげるには、良い機会だと見たのでしょうか。
11月。ケネディー大統領暗殺。昨日の放送に参加していた、「広告批評」の天野祐吉さんは,この事件のほうが9・11の同時多発テロより、自分の人生では衝撃的だったと話していました。
12月。戦後のスーパーヒーロー。力道山がヤクザに刺されて死亡。
私が覚えている38年はこの程度です。
当時巷に流れていたのが植木等さんの「スーダラ節」だったそうです。コカコーラもその頃出たようです。「骨が脆くなる」なんて言われていました。
昨日の放送では、原宿界隈のことが印象として残っています。昭和30年代中頃まで、街灯がなかったそうです。
国立屋内競技場が日本の建築学の叡智を集め、工事に携わる人たちも、敗戦による三等国のイメージを払拭するために頑張ったそうです。選手村になったのは敗戦後「アメリカンハウス」があったところで、オリンピックの為に返還してもらったそうです。終了後に代々木公園になったのも、初めて聞きました。
とにかくあっという間に道路が拡張され、町並みが一変していったそうです。交通量の増大を見越し、都立杉並線が廃止になり、地下鉄が出来、古いものは消えて、新しいものがどんどん出来、あの頃は市民が現実を捕らえる余裕などなく、ただ、『暴力的に工事が進んでいった時代だった』と話していました。
(日本列島改造計画の時もそうでしたが)
戦後、日本人が引きずっていた様々な劣等感やトラウマを、捨て去る機会にしようとしたのが、オリンピックの盛り上がりの裏に潜んでいた、大きなテーマであった様に感じました。
時代が何を要求し何を選択しなければならないのか、その答えは、歴史を繰り返し学ぶ事により、見えてくるのではないかと、あらためて思い知らされた昨夜の番組でした。
次は『安倍晋三解剖』を。何故この内閣が誕生したのか、討論して欲しいものです。



函館港花火大会 

2007年08月02日 14時37分31秒 | インポート
2007・8・1
函館山は大昔、陸から離れ海に浮かんでいた「ひょっこりひょうたん島?」のようだったんですが、陸と島の間に砂が堆積し、出来たのが函館市です。
ですから、頭が函館山で、くびれた胴体の部分に町並みがあるので、山から見る夜景が美しく「百万ドルの夜景」といわれます。
函館山の真下には、巴港と呼ばれる天然の良港があり、ペリーさんも来たし、北洋漁業の基地として、栄えてきました。それにより造船業も隆盛を極めましたが、北洋の衰退から町も元気を失い、夜景も今では30万人都市だから「30万ドルの夜景」かなと、寂しい冗談も出てきます。
昨夜8時、巴港に打ち上げられる花火を、10キロほど離れた、スーパーの駐車場で見物しました。
連打に歓声を上げる見物人。遠くで見ていると、打ち上がってから、少し間を置いて、どんー・どんーと音だけが聴こえてきます。お祭りや盆踊りで、酒を飲み過ぎたオジサンたちが叩く太鼓のようで、妙な感じです。
やはり花火は近くで、大きな音に驚き、首を上げ下げして見るのが一番のようです。
私の隣に両親と来た、小学校に上がっているかいないかのような、女の子とお父さんの会話です。
「広島と長崎の原爆みたい」・・・??!!
八月なので、大人が話していたのを覚えているのかな、としても、今始まったばかりなのに、衝撃的過ぎる発言。
わりとデリケートな私は、イラクでの夜間に飛び交う砲弾の事などを連想してしまい、気持が萎えてしまう。
花火の大輪の中になにやら絵が浮かぶが、私は、まったくピンとこない。その子供は「うさぎだ」・「ハトだ」と瞬時に答える。そう言われればそうである。子供の感性は鋭いと、感心しながらも、自分は完全に衰えていると、また落ち込んでしまう。
こうなると「夜間よく働いて、ご苦労さんですね」という救急車のサイレンの音までが、戦場を走る救助隊のように感じてしまう。
あまりしっかりしている子供に、情緒も何もあったものではないと思っていたら、ついに子供らしさが出た。
「お父さん、カタツムリして」・・・「カタツムリは危ないよ」と、お父さん。
今の花火、かたつむりの形なんだっけ、と考えたら、お母さんが「それは、肩車でしょう」と突っ込む・・・ヤッターぜ・ベイビー!
隣にいた私の妻も、笑をこらえていた。
子供の方を振り向くと、その後ろに大きなお月様が、薄雲にかすかに覆われてぼんやりと見える。それは、まるで函館市の景気の悪さを象徴しているように私には思えた。
しっかり者の子供に、最後まで心を惑わされ、さっぱり気持の盛り上がらなかった、花火大会でした。
忘れていました。こんなこともその子は言いました。
「花火と観客が勝負し、花火が勝っている」なんて、恐ろしい台詞もはいていました。・・・これは、天才(天災)だ?!と思い、私はメモってきました。