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函館市とどほっけ村

法華宗の日持上人にまつわる伝説のムラ・椴法華。
目の前の太平洋からのメッセージです。

よくわからない

2011年09月30日 11時06分14秒 | インポート
父が亡くなってからその跡を継ぎ、村にある浄土宗のお寺の総代の一人に、39歳から就任している。
総代といえば偉そうだけど、宗教とはなんなのか、お経はどんな意味を持つのかも、まるで勉強したこともない。
東京大学文学部に印度哲学科というのがあるという。そこを卒業された「ひろ さちや」さんと言う人の本を読んでみた。
「観音経」の中に「遊於娑婆世界」という言葉があります。
私たちはどこから来たのか、極楽浄土から娑婆世界に遊びに来たらしいのです。「遊戯」とは、何ものにもとらわれないことをいうそうです。そして、周囲の人みんなが観音様の化身だそうです。
隣の憎たらしい親爺が、観音様の化身かもしれません。だから相手を評価するのに、普通の物差しで計ってはだめだそうです。「仏の物差し」を使わなければならないそうです。
娑婆世界は苦しみの世界です。だからこの世界で修行することに意味があるのらしいのです。
※海岸を散歩していたら誰かがこんなのをつくって遊んでいた。子供の仕業ではない大人が遊んだのだ。
海に来ると誰もが子供のような心になるらしい。


人間はこの世に客としてやって来たと思えば苦労はない。満足できる食事が出されたら、ご馳走に思っていただき、満足できぬ時でも、自分は客であるから誉めて食わなければならない。夏の暑さ、冬の寒さも、客であるからじっと耐えねばならぬ。子や孫、兄弟たちも、自分と一緒にやって来た相客と思って仲良く暮らし、心残さずさらりと辞世しなければならぬと書いてあります。
ここまで読んで、私は宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の詩を思い出しました。

「父母に喚ばれて仮の客に来て心残さず帰る故郷」

私たちの故郷は仏の国である浄土で、この世に客となって来ているそうです。お客だから思うがままになることは少なく、いろいろ苦労があります。しかしその苦労に耐えなければなりません。そして故郷に帰る日が来れば、心を残さずに辞去して、浄土に帰ろうではないかと、書いてありました。
読んでもよくわかりませんでした。
わからないということは修行が足りないということなので、もうすこし客として、娑婆で遊べということなのかもしれませんね。
これって仏の物差しで計っているのだろうか。
それ自体もよくわからない、檀家総代の私です。


敗北感

2011年09月18日 13時14分09秒 | インポート
漁師の手伝いも3シーズン目に入った。
昆布漁の要領も随分覚えたと思っていたが、海はそうたやすく相手をしてくれない。
昆布漁の開始時は、たくさん成育しているので皆が大漁する。
出漁回数が多くなるにつれ、浅場からだんだん深いところで採取することになる。海が濁って見えなかったり、潮の流れがきつかったりすると、漁に大きな差が出る。
船積みする昆布の量は、お金の山そのものである。
新米と名人では比べものにならない差が出る。港に戻って来た時の船に積まれた昆布の漁で、漁師としてのプライドというより、人間としてのプライドまで傷つくのだ。
この敗北感を認めるか、それともリベンジするかで、名人になれるかなれないかの差が出てくるのだろう。素質もあるのだろうが、貪欲な研究心と根性だろう。


先日の出漁は潮の流れがきつく、なかなか船を同じ場所に保つことができない。
そこで錨を投入するが、いかんせん初心者では、海底の状況が把握できていない。なんども投入するが、石にうまく引っかからないのだ。そのうち時間が刻々と過ぎる。周囲の船は昆布を次から次へと船に引っ張り上げている。やっと昆布がある場所を見つけたと思ったが、引っ張りあげると意外に短い昆布だったりする。名人はというと、毎回海底から抱きかかえるほどの立派な昆布を取っているのだ。
名人は海底の状況まで、長年の漁で熟知しているのだ。
普段は優しい顔をしたおじさんだが、いったん海に出ると、横綱の風格を備えている。近寄りがたいのだ。
作業する姿にも、一種の美しさが漂うのだ。たまに沖で目が合うと「百年早いぞ」といわれているような気がする。
「今日はどうだった」など声をかけられると完全に萎縮し、私より年下でも敬語になってしまうのだ。
漁業者募集などの自治体がある。心機一転サラリーマンを辞め漁師になることを、私はお薦めできない。
漁師は天才ピアニストとおなじだと思う。子供の頃から海に出る環境になっていなければ、敗北感を味わうだけである。
私などは漁師の手伝いだし、海が好きだから沖に出るが、それでも漁が少なければその敗北感たるものは残酷だ。お酒も美味くなくなるのだ。
或る名人に、漁師の名人になる秘訣を聞いたことがある。
答えはこうだ。
「これからの名人は、学問をしっかり学び知識を身につけなければダメだ」
さすが名人、水産業の将来まで考えているようだ。


あれから半世紀

2010年08月06日 14時00分36秒 | インポート
今日は広島に原爆が投下された日だ。
午前8時15分。「南無阿弥陀仏」を唱えた。
戦争は大量殺人に過ぎないことを、改めて心に刻む。
毎日、地デジにしなければテレビが見えなくなるとテレビに脅迫され、ついに我が家も、地デジ対応のテレビを購入してしまった。
つくづく感じたが、公共の電波を使い国民を脅迫していいものだろうか。
これに味を占め「消費税の値上げ」もテレビで毎日流し、国民を洗脳させてしまいはしないだろうか。
まして地デジは画面も大きく鮮明で迫力がある。
※我が村だって地デジ放送されたら、それなりに美しく見えるだろうか。


我が家に強力な美人が嫁いできたような感じがして、舅・姑は何かしらの動揺は隠せない。
テレビの無い時代に生まれ、白黒のテレビが我が家にやってきたときの感動は、子供の頃最も大きかったに違いない。
貴重なものだったので、緞帳のようなカバーがかけられていた。
画面が大きく見える、拡大鏡のようなものを取り付けたこともある。
テレビは私たちの暮らしぶりを変え、そして心を豊かにしてくれた。
家にいながらさまざまなことを学ぶことができた。
しかし、テレビに依存しすぎ、ピュアーな想像力は磨かれたろうか。
最近テレビ番組も限界のような気がする。見たいというような番組が少なくなってきた。
近所の若者に聞くと、テレビはどこも同じような番組で面白くないので、ラジオを聴いているという。
デジタルになり、どんな進化を遂げようとしているのか。
我が家にテレビが来てから半世紀。
画面が鮮明だけでなく、世の中を鮮明に見せる努力を期待したいものである。


夏の日の思い出

2010年07月20日 11時57分12秒 | インポート
暑さが増してきた。
それなのにである。昨日の昆布乾燥場の中は、なんと45度である。
途中で息苦しくなって外に出てしまった。
それでも昨日収穫の昆布は、肉厚で肌のつやも特別である。
♪粋な黒塀みこしの松に あだな姿の洗い髪・・・などと、鼻歌の一つも出てきそうな、三十年増の魅力溢れた昆布、という感じだ。
作業終了後の冷たい缶ビール。銀座で飲んだビールより、このビールがダントツに美味い。
今年は北海道の農作物が豊作である。
でも値段が安くならない。本州が水害で作物の被害があるためだという。
北海道から行った農作物で、元気を取り戻して欲しい。
私の店の前の、国道沿いの桑の木もたくさん実を付けた。


中学校のとき、学校をサボって裏山で桑の実を食べ、教室に戻ってくると口の中が紫色になっていたため、先生からゲンコツを食らったことがある。
4年ほど前の店の庭に桜を2本植えた。
昨年あたりから花が咲き始めてきたが、先日カラスが枝に止まりなにやらついばんでいた。よく見るとサクランボが実っていた?
レッドチェリーよりまだ色の濃い、ブラックチェリーだ。


実は小さいが、甘かった。来年はもっと大きな実を期待したい。
「サクランボの実る頃」という、シャンソンの名曲がある。
津軽海峡にまだ連絡船が走っていた頃、函館山の麓の教会でシャンソン・コンサートがあった。
その時初めて聴いた曲である。函館はシャンソンの似合う街だというのを、その時強く感じた。
人の思い出というのは、その時の印象的なものと共によみがえってくるものだ。
桑の木もサクランボも、私の古き良き時代を思い出させてくれる、大切な存在なのだ。


相棒

2010年05月11日 12時19分21秒 | インポート
刑事ドラマですっかり有名になった相棒。夫婦もよき相棒である。
漫才でも相棒はなくてはならない存在である。
私が知っている中にも、名相棒がいる。


年齢は共に70歳代半ばである。
T氏は若い頃小説家を目指していた。
私も氏の小説を読んだことがある。なかなかの力作である。
奥様も文学好きで、一緒にいらした時は私も仲間に入れてもらい、文学を語ったりもした。
病弱だった奥様は先立、愛するT氏に遺言を残していたという。
「共通の友人のあの方だったら、再婚してもいい」という、そんな気遣いまで。
奥様の命日にお酒を飲んで帰宅し、遺影に語りかけそのまま眠ってしまったという。
線香を消し忘れたらしい。奥様との思い出の家を焼失した。
一方、T氏の相棒のF氏は腕に覚えのある職人だ。
この二人は歴史が好きで、先日も函館戦争時のことに話しが咲いた。
F氏の奥様はまだご健在で、お友達とよく旅行に出かけているらしい。
F氏はもっぱらT氏と行動を共にしている。
F氏は若い頃、ちょいと奥様に頭の上がらぬことをしでかしたらしい。
長い人生様々なことを通過し、相棒の絆は深まっていくのである。
最近共通の趣味である、磯釣りもやらなくなったという。
財布の中には、様々な高齢者用の割引券が入っていた。
今日は50円では入れる温泉に行くのだと、少し前かがみになった背中を並べ、相棒たちは笑顔で車に乗って出かけていった。