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brighton








英国東南端のビーチ、ブライトン。
前回の記事、セブン・シスターズからは低くなってゆく太陽の方向に向かって車で30分ほど走ったところにある。


欧州のビーチ・リゾート地というのは、18世紀頃療養としての海水浴が富裕層に受け入れられたことをきっかけに発達した場所が多いそうだ。
ウクライナのヤルタとか、ベルギーのオステンド、フランスのディエップ、コート・ダジュールやリビエラにアマルフィ海岸...そういえばそんな雰囲気が今も残っている。
ブライトンもその例にもれず、なるほど海岸沿いにはビクトリア期の名残の真っ白な素敵な建物が建ち並んでいる。

が、社会的変動によって有閑層は姿を消し(もちろん社会がより公平になったのは慶賀)、素敵な建物には派手な看板がかかり、浜は猥雑で騒がしく安く即席な雰囲気を醸し出し...春のまだ眠たいような海が見られると思っていたのは計算違いだった。
まあ「ベニスに死す」のリド島海岸などをデフォとして夢見ているほうがいけないのですが。


今度は夏の終わりに聴きたい曲を携えて行ってみよう。

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seven sisters








英国東部南端は「7人の乙女」に姿を変えて海に落ちる。

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ジャケット・ポテト








知り合いのお宅でジャケット・ポテトなる料理を頂いた。
典型的な英国家庭料理でありながら、屋台で売られるファストフードでもあるそうな。

ベイクド・ポテトとは違う点は、ベイクド・ポテトが料理の付け合わせなら、ジャケット・ポテトはそれでメイン料理だということだろうか。「どこが違うのか?」とはさすがに聞けなかったので。

じゃがいもに切れ目を入れて丸ごとほくほくに焼く。
この後、じゃがいもの身の部分を何割か取り去って「ジャケット」状態にし、バターを塗り、肉、あるいは加工肉のベーコンやハム、チーズや豆、ツナ、野菜などを詰めるようにして供する料理だ(<ホステス談)。じゃがいもの身の部分を何割取り何割残すかは料理人次第。

甘辛く炊いた牛肉をはさんで「肉じゃが風」とがどうだろう(笑)?


日本からお客さんが来たらこんな屋台でも食べてみたい。
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jules destrooper




外出からの帰途、名も知らぬ田舎のスーパーマーケットでベルギーのジュル・デストローパー社のビスケットを発見した。

友だちが日本でもよく見かけると言っていたから驚くような出来事ではないのだろうが、とりあえず小躍り。

そうしたら娘が「いつものスーパーにもありますよ」と冷静にコメントしてきた。母は躍った足のやり場に困った。


スーパーで売っている系のビスケットにしてはアルチザン志向(創業125年、家族経営と製法の秘密を守り続け、素材にこだわり、ベルギー王室の御用達でもあるらしい)で、実際味も工場オートメーションぽくなく、パッケージも素敵だ。


一番有名なのは右写真のワッフル(薄いクッキー状のバターワッフル)だろう。姿も優美だ。これにはコーヒーよりも絶対紅茶が合うと思う。

ミルクチョコレートでコーティングされたシナモンビスケット(上写真)も好き。これは冷蔵庫でしっかり冷やして冷たいのを食べるのがお約束なのだ。


朝食前に濃い紅茶とビスケット一枚を食べる習慣があるので、今朝もまた。
次回ベルギーに帰ったらたくさん買って来ようと思いながら。
そしてブルージュ滞在中、去年オープンしたという工場見学に行くのだ!(ブルージュからフランス国境の方へ向かって1時間弱。ユーロトンネルを使うついでにも行けそうな地点)と思いながら。


ブルージュ時代は、スーパーで売っているビスケットなぞほとんど食べなかったのに、外国でそれをこれほどおいしいと感じるとは本当に不思議だ。
何かの良さや価値というのはそこから距離を置いてみて初めて分かるものなのである。
自分の国や街やその他個人的な何かを愛したいのに愛せない人はまずはそこ(それ)を離れてみることですな。
青い鳥か。
メーテルリンクもジュル・デストローパーを食べたのだろうか。



ベルギーのお土産にもいのではないだろうか。
あ、日本でも売っているのか...
でもベルギーには種類がいっぱいあるし、後々使えそうな缶入りもあるのでぜひぜひ。



この記事は先週一旦アップしたのだが、事情あって取り下げたものの再録です。
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オカサーファー




わたしが住むサリー州は、緑が多く、治安環境がよく、よい学校があり、ロンドンからも交通の至便がよく...などという理由から裕福な中流家庭が多く住んでいると言われる地域だ。

うん、この文章はあまり正確ではない。
「裕福な中流家庭が多いから、緑が多く、治安環境がよく、いい学校があり...」と言い変えることができるから。原因と結果はしばしば混同されるものなのである。


そんな街でよく見かけるのが

乗馬スタイルで決めた若奥さん、だ。

白いポロシャツの上にラベンハムのキルティングジャケットやモンクレールのベスト型ダウンを羽織り、細身のジョッパーズをはき、乗馬ブーツ。
髪を無造作にまとめ、サングラスを頭上に押し上げ、すっぴん。そしてレンジローバーから颯爽と降りてくる。

うちには馬がいるの
たった今まで時間を忘れて愛馬で駆けていたのよ

「広大な領地と潤沢な財産を所有しているんですのよ」という非言語メッセージを託したファッションである。

実際、娘の通う超お嬢様学校にはそういうスタイルでお迎えにやってくる母親が少なくない。


英国初心なわたしは、さすがこの地域にはそういうアクティブで裕福な奥様がたくさん住んでいるのだな、と思っていたのである。



が、しかし、わたしの英国ライフの師匠である友人の話すところによると、彼女達は「オカサーファー」なのだ!!
(ということはさしずめ「オカライダー」、いやもともと乗馬はオカでするものだから「リビングルームライダー」?)。

若い方はご存じないかもしれないが、数十年前の日本で、オカ(丘、陸)サーファーというファッションが流行ったことがあった。

オカサーファー。
彼らはサーフィンをしないにもかかわらず、

サーフィンが日常の一部です
今も海からあがって来たばっかりです
波を追いかけてます(男のロマンを忘れない)
さわやかなスポーツマンです

をアッピールしたファションに身をやつしていたのである。

一種の様式美だろうか。それとも単なるコスプレ。
あるいはハロー効果でも狙っているのだろうか、さぞかし本物のサーファーがもてまくるという時代背景があったのだろう。

当時の神戸にもそんな人がいたような気がするが、ほとんど記憶にない。でも、焼けた肌と日差しと塩分で色の抜けた髪、サーフィンブランドの服や小物をまとってボードを抱えた笑顔がきれいな男、を想像するのは難しくない。



つまりサリー州の乗馬スタイル奥様は「馬が飼えるほどの敷地と財産を持ち、時間にも余裕のある生活をしている」ことをアピールするがため(かどうかは知らないが)にそういう服装をしているのである。
たとえ家には庭がなくとも。
馬と言えば自分が午年(<これはないか・笑)なくらいしか縁がなくとも。

友人曰く、カントリーライフ雑誌ではファッションページにモデルさんがこの種の服装で登場するそうだ。
また、乗馬スタイルの彼女達にとってはその服装が「正装」であり、その証拠にディナーパーティにさえその服装で来る人がいるそうだ。

まあわたしもパーティーに行くわけでもないのに「いつもパーティーに行くみたいな格好」をしていると言われた時代があるから(笑)お互いさまだけど。



ファッションは自己アピールであると言われるゆえんが、身にしみてよく分かった。
そしてファッションは自分に欠乏しているものを埋め合わせるためであったり、コンプレックスがにじみ出たものだったりすることもあるのだ。


発信する意味が何もない服装ができる心境に達したい...
あたりにランディングする文章にしたかったのだが、これはあり得ない。最もシンプルな白シャツジーンズでも、究極は裸でも、仏陀の袈裟でさえ、すべては記号になるのだ。なぜならわれわれは言語を使用し、言語を使用するから人間になったのだから(人間だから言語を使用するのではない。原因と結果を混同しない)。


ならやっぱりどんどんおしゃれをするかな。
今日、わたしはステラ・マッカートニーのワンピースに、カーディガンは19ユーロのザラですの。おほほほ。
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