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妖精の国




乳歯が抜けたら歯の妖精が買ってくれる。

なぜに子どもの歯を欲しがるのかは分からないが、世の中には子どもの悲鳴を欲しがるモンスターもいるので(前にも同じことを書きましたね...)、それぞれの社会でのご都合というものがあるのだろう。


実際のところ、歯の妖精の正体は子どもの成長を願う親の気持ちそのものだ。
だからわたしは「歯の妖精」は実在していると考えることにしている。ただ8センチの背丈とカゲロウのような羽根とを持っていないだけで。



この間わたくしは大失敗をおかしてしまった。

娘が抜けた乳歯を枕の下に入れて就寝したので、歯をコインに交換しようと枕の下を探るが、どうしても歯に手が届かない(笑)。
そのうち、おそろしいことに娘がぱっちりと目を開けたのだ...
その時のわたしの恐怖といったら、まるで死人が目を開けたかのようで、ギャー!という悲鳴が喉元までこみ上げた。

娘は
「ママ....」と言って、不敵な笑いを浮かべた。めっちゃ怖い!

ああ、バレてしまった。娘の世界から、ピクシーダストを振りまきながら飛翔する妖精が消え...美しい妖精の女王の正体は、実はお化粧をとったあとのシミと皺が目立つ中年の母親だった...ああっなんという悲しいお話!

「ごめんなさい...」となぜか謝るわたくし。
「いいのよ、ママ。」となぜか許す娘。

その一日、わたしは情けなさとがっかり感に苛まれてすごした。
娘がある日、妖精の正体に気づくとしたら、それはわたし以外の、クラスメイトとか、親戚の子どもとか、少女のような祖母の「うっかり」からもたらされるだろうと思っていたのに。


...



来月6日にはサンタクロースのモデルになった子どもの守護聖人、聖クラースのお祭りがある。

わたしは上記の一件で、妖精や魔法使いや賢人や小人や龍やお姫様ででき上がった娘の世界を破壊してしまったと思っていたので、娘が例年通り、聖クラースに手紙を書いているのが意外だった。
書いているのは聖クラースを信じているからではなく、「欲」から書いているのだと思った。

なんと汚れたわたしの心よ!!

しかしいくらわたくしが汚れているとしても、まさか、「あなた、おもちゃが欲しいからって聖クラースを信じているふりを続けるのはお止めなさい」などとは言えぬ。

それで遠回しにいろいろ誘導尋問してみたのだが、どうも彼女は未だに聖クラースがおもちゃを持ってくると信じているようなのである。

決定的だったのが、わが家のキッチンの暖炉の煙突カバーを取り除くのを忘れないようにと要請して来たことであった。
キッチンの暖炉は現在使用していないので、暖かい空気が煙突を伝っていたずらに流れないよう、カバーがかけてあるのだ。彼女はそのカバーがあったら聖クラースご一行が入って来れないではないかと心の底から憂慮しているのであった
(...もし、万が一、彼女が大人を手玉に取ろうとして「カバーを取り除いてくれ」と言っているとしたら、大した演技力だ思う)。



性根の腐り切ったきった悪い魔女が一瞬にして破壊したかに見えた妖精の国は、そんなに脆弱ではなかったようだ。

そういう世界では必ず善が勝利を収めるのである!

めでたしめでたし。


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呪われた街









雨続き。

大雨、1分間の晴れ間、大雨、10分間の曇り空、大雨...と続く典型的な初冬の、いや、典型的なブルージュ(ベルギー全般?)の天気。
この街はいったい呪われているのか?
朗らかさの全くない、残酷なほどに暗く濡れた日が続く。


スウェーデンの知人が、彼の住んでいる街(島に住んでいる)は
「先月の日朝時間はトータルで3時間!!」
と、不幸自慢のように言っていたが、こっちも同じようなものですよ...


ヴェネチアはしずしずと海に沈みゆくらしいが、
ブルージュは街ごと雨に流されて北海に叩き込まれるのかもしれない。


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家出




こんなことを書くのは恥ずかしいことなのかもしれないが、子育ての一里塚として記しておこう。


先日、10歳になったばかりの娘が家出したのだ。
笑ってはいけない(笑)。


昼食中のマナーに関してわたしが彼女を叱り、その後やりとりがあったのち

「じゃあもう出て行くわね!」

と、彼女が啖呵を切ったので、

「ええどうぞ。さようなら。」

と返事をしてしまったのだ。


誕生してから10年間、徒歩2分の先にある音楽学校にすらも1人で行ったことのない娘が、単独で外出するとは露ほども考えなかった。
ちなみにベルギーには13歳以下の子どもを(保護者なしで)1人にしてはいけないという法律がある。が、実際は9歳くらいになると1人で登下校する子もブルージュの旧市街内では多い。これは街の雰囲気と親の都合、判断によると思う。


わたしは西洋かぼちゃを冷凍保存することに続けて精を出していた。ええ、大好物なんです。


5分ほどしてあまりの静けさにまさかと心配になり、家中を見て回ったら、娘の姿は冬の日の太陽のように消えていた。
大変だ。おそらく歩いて10分ほどの、マルクト広場を挟んで反対側にある祖父母の家にでも行ったのだろう。しかし彼らは今日は朝からブラッセルに出かけていて不在なのだ...もしオオカミがおばあちゃんの格好をしてベッドに寝ていたらどうする?!

わたしは車で飛ぶように義理両親の家へ向かった。

幸い晴天で、街は光と観光客で溢れていた。


もし、義理両親の家の前にいなかったら...警察に電話するべきか?それとも先に近所の公園を見に行くべきか?一方通行の多いブルージュの街がうらめしい。
子どもを1人にしてはいけないという倫理は理解できるが、公共の場で1人になった経験のない子どもほど脆弱な生き物が他にあるだろうか?1人で行動させる経験も、いざという時のために積んでおくべきではないのか?ええい、そんなことは後で考えよう!


果たして、祖父母の玄関前の石段に座り込んでいる娘が目に入った。
この後どうするつもりだったのだろう。


出張中の夫に電話して、やさしく諭してもらった。
そりゃわたくしも反省しとります。



幼児の頃は意思の疎通が不可能に思えて、子どもとはなんと難しい生き物かと頭を抱えたものだ(まあ彼女は一日18時間以上寝ている赤ん坊だったが・笑)。
4歳くらいになって社会化が進み、格段に楽になった。
一番良かったのはしっかり自分のことができてお勉強もする必要はない、年長さん(6歳)の頃であったろうか。

こんな風に書くと絶対友だちから「Moetとこのお嬢ちゃんみたいに楽な子はいないよ!」と言われるねんけど...


現在、娘は大変忙しい日課を送っている。就寝時間までに彼女を寝床に入れるために、わたしは最近「早く!」「注意しなさい!」の二種類の単語しか発していないような気がする。誉める時間すらもない。これではいけませんな。

とにかく親としてはいつまでも同じやり方で接していてはいけない(子どもをなめてはいけない)ということがよく分かった。



わたしってどうしてこう、いつも、何をしても、違和感と言うか、場違い感と言うか、ミスキャスト的な気持ちに悩まされるのだろう...わたしにあるのはサバイバル能力だけですよ、全く。



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防寒




2年前、オーストラリアで娘用のUGGブーツを買った。土足生活者の室内履き用によさそうだったので。

夫はわたしにも買うように勧めたが、わたしのスタイルではないし(ハイヒール命)、このブーツに合う系統の服も持っていないし、全く無関心だった。




わが家の一階床は石造りである(教会の床を想像して頂くとよろしい)。セントラルヒーティングを付けっぱなしにしても決して床が暖まることはない。そのかわり二階のフローリングの床が暖まる。

このところ比較的暖かいブルージュとはいえ、一階部分で過ごすことの多いわたしの、それでなくとも末端冷え性のつま先は氷のようで不快だ。毎年のようにこの季節になるとフリースの長靴下を重ねばき...

ふと「UGGブーツはあたくしのスタイルには合わない」とか言っている次元ではないことに気がついた。だって足元靴下重ねばきでモコモコやもん!これやったらUGGのほうがかわいいやん!


ということでシカゴで購入に至った。
これがまあ暖かいのなんのって、言うことなしですな。
冬の必需品決定。


ところでこの辺りにも羊さんはたくさんおられるわけで、しかも冬の寒さ(冷たさ、と言った方が的確だと思う)と建築の様式と、人間が環境によって形成される生き物であることを考えたら、この地方でUGGのような履物が産まれていてもぜんぜんおかしくないと思うのだが...防寒のための知恵は比較的発達していないような気がする。なぜシェトランドセーターのようなものも、屋外サウナみたいなものも、こたつのようなものも、そういう特徴的なものがないのだろう?

このことについてはホットワインを飲みながらぜひ落ち着いて考えてみたい(笑)。


シカゴのUGG路面店は連日大繁盛だった。印象的だったのはロシア人の団体さん。ロシアにはもっと暖かい履物がありそうなんだが...どうなんでしょう?西の生産物の方がものがいいとか洒落ているとか、そういうことなんでしょうか?


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speculoos




伝統的なお菓子、スペキュロース。
シナモンとカラメル風味のビスケットである。


サンタクラースの時期には特にスポットを浴びるが、年中普通に流通しているお菓子であり、カフェのコーヒーに添えられたりもする。

あるいは人々はバターを塗った薄切りパンにこのビスケットを挟み(!!)、サンドウィッチにして食べる。しかも人気食。

主食の食べ方というのは、食文化によって最も差が現れるものなんですね...


例えばお米をプディングにするという感覚はわれわれには理解しがたい。同様に、ビスケットをパンに挟んで食べるという行為も、わたしの発想の中にはない...
母親に絶対ひとこと言われそうではありませんか。お行儀悪いとか、甘いものを摂取しすぎ!とか、栄養ゼロ!とか(笑)。

わたしはベルギー人のビスケットの食べ方(パンの食べ方?)を決して非難している訳ではない。食文化のバラエティー豊かさを言祝いでいるのである(笑)。万歳食文化!




ところで、ベルギーのテレビ番組に、自分のアイデアを持ち寄り、説得力によっては企業に商品化してもらえるという趣旨の企画がある。

その番組内で産まれたのが上記のビスケットをペースト化したスペキュロース・パスタ(ペースト)なのである!


ビスケットをサンドウィッチにするという食べ方は、おそらく歴史ある食べ方だと思われるが、今の今まで誰もペーストにしたら食べやすいとか、売れる!とか、考えもしなかったのか?というのが非常にベルギーらしい...

いや、もしかしたらベルギー人にもビスケットをサンドウィッチの具にすることに対する無意識のやましさがあり、そのやましさがペースト化への道を阻んでいたのかもしれない。

ほら、堂々と商品化してしまったら栄養の偏りやなんやらに直面しなければならないけれど、「他に具がないから、ちょっとビスケットでも」と言い訳をしつつ食べる分にはあまり害がないんじゃない?というような感覚...

例えばあつあつのご飯にビスケットをおかずに食べるのが好きな日本人がいたとして(笑)、今日はお漬け物を切らしているから仕方がないのよ、と言い訳をしながら食べるのは道徳的だが、おかずビスケットなるものが商品化された日にゃ、欲望に歯止めがきかなくなる...というような...
倒錯した嗜好は表街道を歩いてはいけないのだという、社会の秩序を守るための歯止め...

うん、わたくし、ベルギー人の欲望のあり方を完全に間違えていると思うわ(笑)。



でも、こういう新製品が出ても、人々の保守性のために鳴かず飛ばずという現象が珍しくないベルギーにおいては、かなり売れているらしい。

娘はこのペーストをとっくに祖父母宅で食していたらしく絶賛。
パンに甘い練り物を塗るのがあまり好きではないわたしは、パリ在住の友人の「ボンマルシェには12月にしかなくてすぐ売り切れたけど、ベルギーには常にあるの?!めっちゃおいしいねんで!」という発言がなければ試すこともなかったろう。


これがまあ美味いのなんの(笑)。

激しいスピードで消費中。

これ、今年日本へ送るクリスマスプレゼントの中に入れようと思っています。
パンに塗って食べるだけでなく、パン生地に練り込んで焼いたら、ちょっと変わったシナモンロールができそうである。


どなたかわたしにスペキュロースロールを焼いて下さらぬか。
自分で焼いたら食欲に歯止めがつかなくなりそうなので。




東京在住の友人によると、すでに高級マーケットに置かれているそうです。ベルギーで流通するのに何十年とかかったのにね...


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