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夕立ちのマドリード



プラド美術館前で激しい夏の夕立ちにあう...

入館まではまだまだ時間があったので、パラソルの下で他の雨宿り客たちと肩を並べる。

雨粒にどんどん濃い色に染められるコンクリートを見つめつつ、ときおり肩にかかる冷たい雫をさえ楽しみながら、マラケシュに雨が降るとどんなだろうかとか、娘が最初にプラドを見たのはいつだったかとか、夕食は何を食べるかなどと話し、ついにゴヤの銅像の上の方の空が晴れてくるのを指さした。

まずは熱めのコーヒーが飲みたい。




雨上がりのマドリードは色彩がまた特別に美しい。

3週間前、マラケシュへ飛ぶ前に立ち寄った時は、強い日差しを避けるように歩いたのに、今はもう秋の気配が。


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楽園を追放される日




夏休み、モロッコ、マラケシュ。

当初、往復の直行便の英国航空がキャンセルになったので、イベリア航空でマドリッド経由となり、ついでに往復マドリッドに2泊ずつ、マラケシュ14泊の予定で来た。


マラケシュ滞在1週間を過ぎたあたりから、カウントダウンのクロックが聞こえるようになった。




善悪の知識の実を食べたわけでもないのに、この砂漠の薔薇のような楽園を追放される日の虚しい気持ちを先取りしてしまい、没薬の香りのするうたた寝中に、帰宅後イングランドの灰色の空の下で薔薇色の楽園の「夢を見ている夢」を見るまでになっていった。

水がせんせんと流れ、緑が豊かで高い壁に囲われた園はイスラムの楽園のイメージであり、ペルシャまで起源がたどれる。
ホテルから出るのは他のホテルに食事に行くときくらい、毎日、単にぶらぶらしているだけなのに、あっという間に時間が経つ。
そうか、楽園には時間がないのだ。




楽園は失って初めてそれが楽園だったと知るという。
青春は失って初めてそれが青春だったと、ルネサンスはそれを失って初めてルネサンスだったと、民主主義はそれを失って初めて民主主義だったと、恋愛は失って初めてそれが恋愛だったと...知るのである。

ああ重症だ。


夫も同じ気持ちだったが、彼は感傷は弄ぶよりも解決を選ぶ。

姿が見えなくなったと思ったら、ホテル側に延泊を交渉して戻ってきた。
これでバカンスは3週間以上に。





わたしたちは急いで帰る必要は全然ない。
大学が始まる娘(彼女は9月から4年生になる! 早い、早すぎる)は先に帰せばいいし、モエは失楽園を先延ばして、しばらくここにとどまりたい。英国島に帰国したら、またしばらく脱出できなくなりそうで怖い...
一年くらい、イングランドには帰らずに、逃げていく夏を追いかけてぶらぶらしていたいなあ。

欧州の年金生活者(老後の年金生者だけでなく、遺産の)は、20世紀初頭くらいまでは、十分年金でそういう生活ができていたそうだ。
そういう連中が、探検に行ったり、探偵小説を書いたり、若いアーティストを応援していたりしたのだ。

当然、植民地的搾取など、負の面もあったと思うが、その時代にできた英国の小説などは嫌いじゃない。


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月の砂漠を




砂漠の薔薇の朝7時半。
右上に白い月がかかっている。

わたしは夢を見ているのだろうか。
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霧に浮かぶオアシス




朝晩の気温が下がったためか、今朝はホテル中央にある人工池に霧がかかったようになった。
神秘的な光景で、完全に霧が晴れるまでをずっと見ていたかった(が、朝食へ行った。花より団子なのである)。

そういえばカレンダーの日付はもう8月末。
秋の予感。朝の陽は2週間前とは違って完全に秋色だ。

この人工池はホテル建設の際に造られたのではなく、もともとオリーブ農園の一部として使われていたもので、ホテルはこれを活かして建てられたのだとか。
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陽は東から西へ



17時の共有プール独り占め。17時ごろが最も暑い。


モロッコ・マラケシュでの夏休みも2週間が過ぎた。

予定では今日マドリッドへ移動するはずだったが、まだマラケシュにいる。延泊したのだ。


ここでは太陽の動きが早い。
1日12時間しかないのではないかと思うほど時間が経つのが早い。
寝て、食べて、読書して、泳いで、ぼんやりして、自分のメモも兼ねてこれを書くだけなのに...

外出も、旧市街へ3回食事をしに行っただけだ。
一昨日はわが家とあと一人の男性のみがゲスト、昨日はもう一組到着したらしい...元々40棟のヴィラしかないのだが。
ちなみに先週は10組ほど滞在していたそうだ。
夏休みももう終わりなのだろう。



今朝7時の客室内プール。鳥が東へ向かう。


マラケシュの日が暮れて涼風が吹く中、夕食後は客室のガゼボでボードゲームをしたり、ドキュメンタリーを見たりするつもりだった(政府の規制でレストランとバアが21時に閉店するので、共有部分でぶらぶらできないのだ。実際6日前に手入れがあったそう)。

が、夫は本を読みながら22時半には寝てしまう。

娘は涼しい時間に勉強すると宣言しつつ、「明日...」と先延ばしにしている。

わたしは宵っ張りなので、濃紺の夜を背景に、ろうそくの灯ったガゼボで寝転んで、バカンス中にぜひとすすめられた『プリニウス』か、『文明と文化の思想』を読む。

時々、暗闇に浮かぶプールに飛び込んでは、背泳ぎで月を眺め(今夜あたり満月だ)、結局2時ごろまで起きている。


朝は5時半ごろにアザーンが静かに聞こえる。祈りへの誘い。

これを合図に心地よいベッドを抜け出し、カプチン会修道士のようなロング丈のマントをはおって再びガゼボヘ移動。
7時ごろの夜明けが見たいので、寝転んで待つのだ。寝転んでばっかり(笑)。



いっそ今夜はもうここで寝ようかなあ。ベルベルのテントの中で眠るように。
もっと冷えたらガゼボ内の暖炉も入れてもらおう。



22時、部屋の暖炉を入れてもらった時のもの。


朝8時前には、共有プール脇にあるカフェテラスに来て、涼しい中コーヒーを何倍もおかわりする。
本を読んだり、これを書いたりしていると、11時前に娘がブランチを食べにくる。

小鳥がパンくずをねだりにくる。
赤ちゃんがたくさん紛れていて、見ていて飽きない。わたしは熱心なバードウォッチャーになれそうだ。

最も暑くなるのは16時から17時ごろ。
平泳ぎの腕の使い方を直してもらって、前よりうまく泳げるようになった気がする...

ピスタチオ・グリーンや柿色のプールドレスが映えるほど日焼けした。
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