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大掃除プレリュード




土曜日に、物置部屋の空気の入れ替えついでにクリスマスの飾りを出したりしたら、弾みがついて、日曜日は大掃除を始めてしまった。
BGMはショパンのプレリュードからクリスマスジャズで。

誰にでも得手不得手があると思うが、夫が綺麗好きでマメである。
例えば、彼の朝一の日課はドライヴウェイの落ち葉と苔を履き清めることだ。
彼のバスルームはいつもピカピカだし、書斎も居心地良く整頓してある。

彼のいいところは、家事が好きなところではない。粛々と自分がやりたいことを片付けて、わたしには何も要求しないところだ。

一方、わたしのバスルームと書斎は...
わたしはまとめて片付けるタイプなの(笑)!
掃除は嫌いではないものの、エンジンがかかって動き始めたらとことんやってしまう。その日は他に何もできなくなる...B型。


今年買ったものの中で一番満足しているのは、コードレスの掃除機とロボット掃除機。ほんとうに買ってよかった。




掃除をした後は、必ずお香を薫く。
ルームキャンドルではなく、浄めのお香が気分。

ずっと使っているのはAstier De VillatteのMarienbad。
『去年マリエンバードで』のあの名のお香で、わたしにとってはそのチェコの保養地の、単なる名前の中に、多くの情報が詰まってるのである。
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クリスマス・イヴまでが楽しい




お天気がよかった土曜日、物置部屋の空気の入れ替えと掃除を兼ねて、クリスマスの飾りの一部を出してしまうことにした。

生のもみの木を買いに行くのにはまだ少し早い。
水やりをしても暖房の効いた部屋ではやはり元気を失っていくので、年明けまで綺麗に飾っておくためには、買いに行くタイミングもなかなか難しいのだ。

そこで、屋内に飾るリースだけ準備しまうことにした。
水やりができないリースは、暖房の効いた屋内用は模造品だ。
今年は3つ。


上の写真の透明のバブルは23年前のもの。紙の箱入りなところが大好き。




生の木と模造品とで何が違うかというと、とにかく香り。香りに尽きる。

毎年、家の中に3本はツリーを飾るが、面倒でも1本だけ生の木を選ぶのは、香りがいいからである。

朝、まだ暖房の入っていない部屋に降りてきて扉を開けると、もみの木の清潔で厳かな香りが充満していているのがすばらしい。
無意識に大きな深呼吸をしてしまう。
頭の中はアルム(アルプス)山中。

アルプスの山中の空気を缶詰にしたかのように薫るCire Trudonの名香、 Firに火を灯す。グラスも美しい。




アルプスの森林からツリーを運んでくれる...ヨーゼフ??




わたしはリボンのコレクターだ。
箱いっぱいの美しいリボン、シルク、サテン、モアレ、オーガンジー、シフォン、グログラン、ベルベット、ゴブラン織、ワイヤー入り、刺繍の入っているもの...ロマン。




夫がマメなので準備ははかどる。

彼のやる気にのせられて、ツリーまで飾りつけを始めてしまった。

加えたいものがあって未完に終わらせたが、これからクリスマス・イヴまで徐々に飾り付けをしたり、準備をしたりする雰囲気が好きだ。

旅行も準備期間の方がむしろ楽しかったりするように、クリスマスは準備期間がいい。
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もし世界からお祭りがなくなったら




わたしが住んでいるイングランドは現在2回目のロックダウン中である。

12月2日には予定通りに明けるが、移動や会合の増えるクリスマスを控え、ティア・システム(地域ごとの感染者数の多寡などでルールに強弱をつける)に移行するとの発表が一昨日あった。

昨日の数字を見ると、英国内全体で24時間の感染者が17555人、死者は498人。死者の累計は6万人に近づいている。

クリスマスを1ヶ月後に控えてのこの数字に、わたしは、「新型コロナ感染者数を減らすのが喫緊なのだから、今年の一回くらい、クリスマスがなくてもいいんじゃないの」と考えたのだが、「お祭りをなくすと何が起こるか」に関してのとても興味深いエッセイを思い出した。


そちらを紹介する前に...


英国は料理がまずいことで有名である。
これは人の嗜好によるとか、好きに塩をかければおいしいとか、そう言う次元の話ではなく、ほんとうにまずい(笑)。
味がない塩、うまみの抜けた魚、イーストの香りなきパン、焼きすぎただけの肉、プラスティックのようなチーズ...「素材のうまみ、奥行き、香り、食感がない」ものが多い。だから素材同士が良さを引き立て合うこともない。

海峡を隔てただけのヨーロッパ大陸にはおいしいものがたくさんあるのに、いったいなぜなのだろう...美食で有名なベルギーから引っ越してきた10年前以来の関心ごとである。

いったい英国には何が起きたのか(あるいは起きなかったのか)。


以前にも書いたことがあるが、わたしはシロウトなりの考えで、16世紀のヘンリー八世(エリザベス一世の父親で、6度結婚したあの人です)の宗教改革が元々にあるのでは、と思っていた。

この宗教改革は、ローマ教皇を頂点とするカトリック教会から離れることで、国内の法治を教皇から独立させ、国王を唯一最高の首長とする英国国教会を発足させた。

この宗教改革の結果、800以上の修道院が解散され、その財産は王室に没収された。結果、土地の5分の1が王室の所有になり、後に市民に売却されて、土地に所有者の名札がついた。

修道院や教会というのは、信仰の場であるだけでなく、知の殿堂、研究所、シンポジウムや教育の場、祝祭や儀式を司る施設でもあった。

そういった施設が地方から一掃されることによって、知識の蓄積だけでなく、文化や伝統までが地方から失われてしまったのではないか。

もちろん、この時代に全てが一挙に失われたわけではない。しかし、この後、徐々に知識や文化は先細り、産業革命の時代に共同体自体が散り散りになってほとんど消滅してしまったのではないかと考えたのだ。


以前にも何度か、英国内では文化も経済もロンドンが総取りして、地方にはほとんど何も残されていないのはなぜなのかという素朴な疑問について書いたことがあるが、この現象も、地方の知の殿堂としての修道院や教会が消えてしまったことが原因のひとつになっているのではないか...

と、ここまではわたしが蜂の頭で考えたことだ。



ここでやっと上で書きかけた「『お祭りがなくなると何が起こるか』に関してのとても興味深いエッセイ」、小野塚知二先生の「産業革命がイギリス料理を『まずく』した」から一部抜粋を紹介する。『文藝春秋Special』2017年季刊秋号に掲載されたものだ。

とてもおもしろいので興味のある方は全文をぜひ(現在も電子図書などでも購入化)。


「農業革命により、資本主義的農場経営が導入されると、村も祭りも消滅し、下層階級が豊かな食と音楽・舞踏を経験し、その能力を涵養する機会も失われた。食の能力は学校や教科書では伝授しにくい。豊かな食を大人たちとともに作り、食べる現場を、幼い頃から祭礼のたびに何度も経験して、はじめて食の能力は涵養される。それゆえ、産業化の過程で村と祭りを破壊したイギリスは、培ってきた食の能力を維持できず、味付けや調理の基準も衰退して、料理人の責任放棄が蔓延することとなった。他国の農業革命はイギリスほど徹底的に村と祭りを破壊しなかったので、民衆の食と音楽の能力は維持されたのである」

英国の料理が貧しいのは、19世紀の囲い込みによって農村共同体が崩壊し、村と祭りが消え、文化とその担い手を失ったことによる。

文化というのは、祝祭など特別の機会を通じて共同体内で継承されていくものなのだ。


だから、わたしが一昨日、うかつにも「一回くらいクリスマスがなくなっても大したことないんじゃない」というのは、英国ではあまりにも縁起が悪い...

クリスマス・プディング、七面鳥の丸焼きとスタッフィング、芽キャベツ、ミンス・パイ、ハムの丸焼き...のメニューを絶やすことなく、今年も家族内で継承していってほしい。
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2020年のクリスマスまであと1ヶ月




昨夜、英国の今年のクリスマス時期の特別ルールが発表された。


わたしが住んでいるイングランドは、来月12月2日に、現行の2回目のロックダウンが予定通り明ける。

その後は、さまざまな数字を鑑みた地域ごとのティア・システム(感染者数の多寡によってルールに強弱をつける)に再び移行するが、英国内の他の国、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドはまた別のルールで動いているので、クリスマス前後に予想される人々の移動を踏まえた4国全体のルールすり合わせが行われたのだ。

英国って小さい国というイメージがあるかもしれないが、北海道と九州を除いたくらいの面積があるのだ。


感染者数を減らすのが喫緊である以上、人生のうち、一回くらいクリスマスがなくてもどうってことないじゃない? と思うのは、わたしが幼稚園児の頃から一貫してずっとキリスト教と深い縁があったというだけで、クリスチャンではないからなのだろう。

贅沢な食べ物や、物の種類が少なかった戦後までの時期ならいざ知らず、現在では丸焼きチキンもターキーも、特別な色と形のケーキも、プレゼントと称した玩具なども、いつでもいくらでも用意できるではないか。

例えば、戦後すぐに生まれた、比較的裕福な家庭出身の義理の母の話では、子供の頃、丸焼きチキンは当時はご馳走でクリスマスにしか食べられず(牛肉が日常だったそうです)、上等の晴れ着を新調するのはクリスマスだけ、玩具などの贈り物がもらえるのもクリスマスだけ、バターが食べ放題なのも...夜更かしができるのも...だったそうだ。

ちなみに、誕生日には毎年イニシャル入りの銀のカトラリーとテーブル・リネンを贈られ、子供の頃は憮然としたそうです。「嫁ぐ」までに24人分のテーブルセットが揃う計算なのである。

そんな時代なら、一年に一回、大家族がテーブルを囲み、お客さんを迎え、特別な料理を食べ、欲しかったものを買ったり贈ったりするのも大きなイベントだったろう。

今は教会に行く人も多くはなく、ましてや、クリスマス本来の意味合い(死の季節に打ち勝ち、再生を願う)も失われている。

家族や友達を大切にし、慈善を、というのなら、日頃からそうしていればいいことだし...
それこそ、3月あたりの気候が良くなり、ワクチンも行き渡り始めた時分に祝ったら? などという思いがよぎらないことはない。

しかし、他の人が大切にしている行事や行為をけなすのは野暮なのでやめておこう。行事を執り行うのは共同体を再確認するために大切なのだ。人間は一人では生きられない。

今年こそ、街に灯を灯し、悲しんだり苦しんだりしている人を助け、伝統を共有し、ご縁でテーブルを囲めることを寿ぎ、決意を新たにする必要があるのかもしれない。




話を戻す。
簡単には、英国の今年のクリスマスは、12月23日から27日までの期間は、移動と、3世帯(一緒に住んでいる人が1世帯の勘定。「1バブル」と呼ぶ)に限り、会合が許可される。
ちなみにイングランドは現行のロックダウン下で、すでに1世帯とのミックスが許可されているので、クリスマスはこの1世帯を含めた計3世帯になる。

北アイルランドに限っては、海を隔てているので、移動時間としてこの5日間プラス多少の時間の余裕が計上されているらしい。


おそらく、12月2日にロックダウンが開け、商店が営業を始めたら、クリスマスの買い物客でロンドンなど街はごったがえすはずだ(現に先にロックダウン明けした北アイルランドの週末はものすごい人混みだったらしい)。

そして、クリスマスとお正月で羽目を外した結果、1月はまた第3波がやってくるのではないかと...


わたしが12月にとても楽しみにしていたKrystian Zimermanは一度キャンセルになり、規模を縮小してのチケットの再販が行われ、ロイヤル・バレエ『くるみ割り人形』もチケット発売が延期になった。イングリッシュ・ナショナル・バレエの『くるみ割り人形』は12月分から1月分にかけてすべてキャンセルに...

『くるみ割り人形』がないクリスマスイヴなんて、忠臣蔵のない大晦日である。

ピアノのリサイタルでいうと、3月のKissinがキャンセルになったのはショックで声も出ない。いい席取れたのに、規模を縮小しての再販かなあ...チケットを取るのって、結構ストレスなんですけど!!


みなさまの今年のクリスマスは??
(写真は去年のクリスマス時期のもの)



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蠍座の赤い薔薇105本




蠍座の時期が終わって今日から射手座に移行した...

と、このように書くととてもロマンティックだと思う。


占いはコールド・リーディングやバーナム効果の結果だと思うので関心はないが、他の方のお好みを邪魔するつもりは全くない。
むしろ会話にする分には楽しいし、占いの成り立ちや理論、それが定義する意味や心理にはとても興味がある。

わたしの人生の最大の関心ごとは「人間は世界をどのように解釈するか、どのように意味づけるか」なので...


また、自分が「蠍座」というのはかなり気に入っている。
蠍座のB型というのは最悪の組み合わせであると言われても(笑)!


蠍座の誕生日に赤薔薇100本(プラス5本、おまけ)。

105本が生けられる花瓶が家にあることに花屋さんは驚いていたそうだが、これに水が入ると重くて持ち上げられない。

なによりも水切りが大変だ。

暖房を入れていない部屋に置いて、ガラス扉越しに、えも言われぬ美しさを愛でている。
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