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桟橋のある海へ




ヴィクトリア朝の時代に賑わったイギリス海峡のリゾート地、イーストボーン。

今ではすっかり廃れているものの、夏場は英国人観光客で賑わうのだそう。特にここ数年、コロナで海外旅行が制限されていたから。




桟橋にはあの悲しげなペニー・アーケードが備わっている。




この物悲しさは、わたしがしばしば故郷神戸の旧外国人居留地や異人館街、あるいはヴェネツィア、古い劇場、古いホテル、モノクロームの映画、夏の終わり...

などに感じる、ノスタルジックで、場違いで、季節外れの、過去の栄光、あのなんともいえない取り返しのつかなさ、喪失感である。




昨日は秋晴れのもと、うちからは1時間30分、イギリス海峡の街イーストボーンへドライブがてらフィッシュアンドチップスを食べに行った。
地元の人に、あらかじめおすすめを聞いておいたのだ。




イーストボーンは、19世紀初頭、ナポレオンの侵入を阻止するべく要塞が建造され、1849年にはロンドンからの鉄道が開通して賑わった。

ナポレオンの侵入...イギリス海峡の向こうにかすむ、そこはもうフランスなのだ。

英国の歴史は、東はフランス、北はスカンジナビアからの侵入の歴史であり、この辺りに立つと、ノルマン人が大挙して入ってきた様子を想像せずにはいられない。




実際、上の写真の中央あたりはヘイスティングスの戦い(アングロ・サクソン王朝が、現在まで続くノルマン王朝に取って代わられた11世紀の戦い)の舞台である。



今日で9月も終わり。

エリザベス女王国葬あり、トラス新政権の打ち出した超古臭い「トリクル・ダウン」経済政策(トリクル・ダウンは先進国では非現実的であると既に証明されている)のためポンドと英国債、英国株の「トリプル安」あり、かつて七つの海を支配した大英帝国のいよいよの終わりを世界に印象付けたのではないだろうか。


9月はうれしいことに宿泊のお客さんが4組あった。

何度お客さんを迎えても悩むのはどちらにお連れするか、である。
興味がはっきりしている方は楽で(特にこちらが教えてもらうことが多い研究職専門家!)、ロンドンでぜひ芝居が見てみたい、大英博物館にだけは行きたい、ドラマの舞台を訪れたいとか、遺跡に目がないとか...があると決めやすい。

食事も、うちでわたしの作るいまひとつな料理ばかりも申し訳ないので、うまいもののない英国料理ではあるが、一度くらいはいわゆるガストロ・パブで名物フィッシュアンドチップスなんかをご賞味いただきたいと思う。
しかし当たり外れが多く、この店は、と自信を持ってお連れすることができないのは残念だ。




帰路、ブライトンへ向かうまっすぐな道が夕陽に染められ、ずっと眺めていたいほど美しかった。

でも、たぶん、すっとそこにないからこそ美しいのだろう。
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最後の旅路



ロンドン博物館内に展示されている王家の黄金の馬車


2022年9月19日11時。
70年間の長きに渡り、英連邦王国及び王室属領・海外領土の君主、かつ英国国教会の首長として君臨したエリザベス女王の国葬が壮大に行われた。

舞台となったロンドンのウェストミンスターやウィンザーは、わたしが住んでいるサリー州の家からは車で小一時間ほどの距離である。


わたしは健康診断が10時半から入っていた。
この日はバンク・ホリデー(英国の休日)となり、公私共にたいていの職域は休業(めったに閉めない百貨店やスーパーも)、ヒースローから飛び立つ飛行機が制限され、食料を必要とする人を支援するフード・バンクも閉まる中、健康診断もキャンセルになるのでは...
と覚悟したのだったが、NHS(国民健康保険サービス)はありがたいことに通常通りだった。
Keep Calm and Carry on.

医師に、「こんな日に診察していただけてありがたいです」と言ったら、「並びましたか?」と質問された。ウェストミンスター・ホールに安置された女王に最後のお別れをしに行ったかという意味だ。
「敬意と哀悼と共に、いいえ。並びませんでしたよ。あなたは? お忙しいですよね...」
「素敵な女性だったけど、でも、ね」

でも、何? と聞いてみたかった。
でも、忙しかったから?
でも、王の名の下の植民地搾取やジェノサイド、奴隷制、差別などへの謝罪を逡巡したから? 
でも、王室はスキャンダルまみれだから?


そういうわけで、失礼ながら11時の国葬の始まりをTVで見ることもできなかった。
診察室の外、待合室では電気も落とされ、黙祷したそうだが。


寒空の下、ウィンザーまでの葬送を見送る人の群れが目に浮かぶ。
「聖なる天蓋」(社会全体をすっぽり覆って、その象徴的世界に個人を位置づけ、アイデンティティをあたえる機能を果たす)、「大きな物語」(社会で共有される価値観のよりどころ、イデオロギーの体系のこと)としての女王陛下。
その一部に同化したいと願うのは人間の自然なのだろう。

ある文化人類学者は、歴史のある時点で、ヒトは死者を弔う儀式をしたことによって人間になった、と言う。

英国軍の帝国的で絵巻的な葬送は、ハリウッド映画か、安野光雅さんの絵か、古典バレエの舞台か、おもちゃのチャチャチャか...なんと世界人口の6割以上の人が見ていたそう。
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英国の失われた時を求めて



こちら、ウインザー城へお連れする予定を変更してお客さんと訪れたアランデル城の礼拝堂。
アランデル城は11世紀からアランデル伯爵の居城であり、400年以上ノーフォーク公爵の居城である。
ノーフォーク公爵は代々、王の葬儀を司る職にある(から今、重責を負っているそう)



英国は衰退している。

エリザベス女王の功績とは、かつて七つの海を支配した大英帝国パワーを、ヨーロッパ大陸の北西のこぢんまりした島国にソフトランディングさせ、ダメージを最小限にとどめたことにあると評価する向きさえある。

一方で保守の中には、いまだに英国を「世界に冠たる」と言って憚らない人々もいる。例えばEU離脱を支持した人々や、階級社会の内でおいしい思いをしている人たち、極右...その他。

彼らは明日19日の国葬にあたり、世界中の人々が女王に対して表している哀悼を、英国がいまだに最重要な国であることの証拠として利用したいようだが、そしてたしかに英国は世界に通用する価値を多く生んできたわけではあるが、実情はかなり違っているのではないか。


女王に最後のお別れと敬意を表するため、ロンドンの寒空の下24時間以上行列している人々、旧植民地で屈辱感を抱えながらも礼儀を失わない人々、あるいはあまり関係もないように見える日本人も、なんとなく寂しく、なんとなく悲しく、なんとなく切なく、虚しいのは、女王が、かつてはここにあり、しかし今はもうここにはない、世界の安定と繁栄と幸福、「大きな物語」(社会で共有される価値観のよりどころ、イデオロギーの体系のこと)を象徴しているように感じるからではないか。

彼女の治世の間にほんとうに安定と繁栄と幸福があったかどうかは関係がない(戦争、不況、搾取、差別、貧困、ジェノサイドなどがあった)。

わたしたち人類は、なぜか「かつてはあったのに、今はもうなくなってしまったもの」を、まるで当事者のように、哀しみ、懐かしがり、美化し、共有する能力を持っている。「昔はよかった」などと。
もしかしたら、こういう特異な能力を備えているために、人類は何度も訪れた危機をサバイバルし続けたのかもしれない。


英国の名のもと、豪華絢爛な儀式は実は非常に政治的なものである。
それはかつてはハードパワーに裏づけられたものであった。

しかし今ではそれは、おとぎ話の中のお城、馬車、美しい王女様と王子様、玉座、冠をかぶった女王様と王様、絹のドレス、典雅な兵隊、トランプのような侍従、白い馬...

ロマンティシズムとノスタルジア、まさにもう今はここにないもの...
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白露のfrasier




毎年9月はお客さんの多い月だ。

夏の長めの旅行が終わり、高校生までの子供は新学期が始まったタイミング。
9月末始まりの大学生や、夏休みの混雑を避ける人が英国を訪問してくれる。

この9月は、たまたまウインザー城をご案内する予定の日が、エリザベス女王のご崩御の日だったために行き先を変更したり、19日の国葬の日には大混雑が予想されるロンドンのど真ん中を通過してユーロスターの駅までたどり着かなければならない方の旅程変更を試みたりと混乱気味ではある。

しかも気候は、先週から突然気温が下がり寒いし...雨模様だし...

ヴェジタリアンの方の食事の用意は大変だったし...
そういえば日本では子供も大好きコーンクリームのコロッケは大ヒットだった!
他にはカリフラワーの唐揚げや、王道で豆腐ハンバーグ、根菜のサラダ、マッシュルームのパン粉揚げ、野菜の春巻き、厚揚げのトマト煮、じゃがいものグラタン...慣れていないためメインに揚げ物やクリームソースが多くなったのは反省。
一方、イタリアンやインディアンにすればメニューを組み立てるのが楽だと知った。




食後のデザートはケーキではなく、簡単でさっぱりしたムースを作ることが多い。
Emotions a Partager(エルメのレシピで薔薇とフランボワーズとライチ、マスカルポーネのゼリーとムースの組み合わせ)や、ベルギー人大好きチョコレートのムース、ティラミスや、わたし自身が大好きな柑橘類のムース。


昨日はお誕生日のお祝いにフレジェを作った。

英国産いちごは出回る時期が遅く、今もまだ美味しそうな(しかし不揃いな)宝石のように輝く粒が店頭に並んでいる。

いちごと薔薇はなにか英国を連想させるところがある。

どこにもない、イメージの中の美しい英国。


今日はお客さんを巻き込んで、これから一緒に食料品の買い出しに行くつもりだ。
外国のお肉屋さんやスーパーをのぞくのは面白いと思うので...

まずは村の魚屋さんに頼んでおいた刺身用の鯛を取りに行く! これでカルパッチョを作るつもり。
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英国の終わり




イギリス海峡を望む、今日の、夕暮れ。

英国の終わり、英国の果ては、美しい7人の女の姿になって海に落ちる。
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