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垣根の上の女




先日ヘンゼルとグレーテルのイベントのことを書いているうちに、魔女のことが気になり始めた。

魔女...絶滅寸前種。うちの近所にも「どう見ても魔女」が住んではいるが、悪さをしているようには見えない。


ところで、オランダ語ではおとぎ話等に出てくる魔女のことをHeks(ヘクス)と言う。これは「垣根」という意味である。
「魔女」が同時に「垣根」という意味を持つのはヨーロッパ言語に共通しているらしい。


ウィキペディアによると、
「この「垣根」とはただの垣根ではなく、生と死の間の垣根のことである。出産の介助、病気の看病、薬草、傷薬の処方、熱さまし、避妊、堕胎など、彼女たちの多くの活動が「生と死の垣根」の仕事であり、それが不首尾に終わったりすると、逆恨みから「魔女」と名指しされることも多かった。」(魔女)



なるほど。例えば「女の一生」にも、臨終にも出産にも立ち会うそういう生業の女性が登場する。

また「眠れる森の美女」において、カラボスがオーロラ姫の誕生に際して現れ、15歳の誕生日に死ぬ、と予言を残したのは、まさにカラボスが生と死の垣根を司る者だったからであろう。



わたしはこういう「だから何なん?」という類いのことを考えている時が一番幸せで、また多くの時間を使う(つまりぼんやりしていることが多い)。
そしてメモ魔ゆえにメモをするが、メモ自体をすぐになくしてしまう。そしてすぐに忘れてしまう...こともブログを書き出してから減ったような気がする。でもまあ、ほとんんどのことが何の役にも立たないわけですがね。




人間がなぜ象徴を用いるのかと言えば、おそらくそれはわれわれが言語(=象徴)を使用するからだ。
しかし、人間がその発達段階で象徴を用いるようになったのではない。

象徴を用いるから人間になったのである。



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