私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

せえにしても、此の岡山弁おわかりけえ

2010-11-09 11:16:49 | Weblog

 昨日書きましたあの筆敬氏のメールの内容おわかりですか?????

 あの続きのメールをご紹介します。彼曰;

 「まあ、応挙の馬のこたあ そのへんでほってえて、おめえもみたろうが、応挙のあの虎のむけえに掛けてあった絵じゃがのう。よけえ龍がくものなけえ おったろうが。何匹ぐれえおるのかかぜえてみたんじゃが、まあ えっとおったこたあ まちげえねんじゃが。・・・・・ようわからなんだんじゃが、でえてえ2、30匹か、それぐれえは おったのじゃあねんかなあ。この絵をけえたんは応挙の弟子の長澤芦雪というんじゃと。 この人も、まだ、みたこたあねんじゃが、お師匠さんとおんなじように虎の絵をけえて、どこかのお寺にええてあるんじゃそうな。」

                芦雪の龍 (応挙の虎)。

 どうです。岡山弁って、大変分かりにくいことばですね。この中にある次の言葉分かりますか。

      「ほってえて」・「むけえに」・「よけえ」・「なけえ」・「かぜえて」・「えっと」・「でえてえ」・「けえたんは」・「ええて」   
 

 この中の「よけえ」「えっと」などという数量を表す言葉は、現在では完全なる死語になっていて、ほとんどの岡山の人でも、知らないのではと思います。この言葉と同義語の中に入るのではないかと思われる「ぎょうさん」「でえれえ(どえれえ)」「ぼっけえ」等と云う言葉は、現在でも幾分は使われてはいるようには思われますが。まして、「えッと」と云う「沢山」を意味する岡山弁は、私の周りにも、もう分かる人は皆無ではないかと思われるのですが????????
 

 「え、わかる!!!!それって真実??」


再び、応挙の虎に付いて

2010-11-08 09:37:20 | Weblog
 昨日、円山応挙の吉備津神社の虎と大原美術館の虎の違いに付いて、少々、私の拙論を述べたところ、昨夜、早速に筆敬氏からメールを頂戴しました。曰く、

 「おめえがけえておるとうりに この二つの虎のちげえは、15年のさじゃろうと、わしも思うとる。それにしても、この2つは でえれえちごうとるのう。まあ、そげんこたあ どうでもえんじゃが、わしがさげえてみた応挙の虎の絵のなけえ こげえなもんがあったけえ おせえてやらあ。おめえがいっつも、ええもんじゃろうがと、でえれえ じまんしておる吉備津神社にある虎の絵と、ようにとりるんじゃ。まあ、こりょうみんせえ。
                 

 虎の頭の斑点も ようにとろうが。せえから、やベろをちょびっと出しておるとこなんかおんなじじゃどお。顔つきなんかもよう見てみんせえ、二つともおんなじじゃど。ええ勉強になったろうが。ちいでに これもおしえてえたる。吉備津神社の絵は1788年にけえてもろうたそうじゃが、このわしがさげえたえはなあ、1786年にけえたんじゃと。じゃけん、そげえに ちがやあへんのじゃ」

 なお、此の絵は東京の国立博物館にあるとのことで、題名は「虎嘯生風図」だと、彼は親切に書いてくれていました。

 
 彼のメールは、まだ、続いておりますが、あまり長いので、続きは明日にでも。

  でも、皆さん彼の岡山弁おわかりになります。
 

大原美術館の猛虎図

2010-11-07 09:48:22 | Weblog

 大原美術館はで、今日まで「大原孫三郎生誕130年記念特別展 大原孫三郎 日本美術への眼差し」と銘打って、その収集作品の展覧会が行われています。会場は有隣荘と分館です。
 有隣荘の2階に上がると、先ず、円山応挙の「猛虎図」に対面します。彼の描く絵は、「写生」を重んじて描くので、その作品は総て、写実性に富んでいるると聞いていたのですが、此の絵の中にいる虎は、あの精悍で獰猛な、我々が写真等で見る現実の虎とは違って、何か、何処となく漫画っぽく、迫力に欠けるような気がするのですが、どうでしょう?????

             
 どうですか。

 話は少々違うのですが。我が町にある吉備津神社にも、この応挙が奉納したと伝えられている虎の絵馬があります。

             

 
 この2つを比べてみますと、大原美術館の絵は1773年に、吉備津神社の絵馬は1788年に、それぞれ描かれています。吉備津神社の虎の方が、私は、よりリアルだと思われるのですが、この15年と云う歳月の違いが、これだけの構図に差異を生んだのではないかと思われますがどうでしょう。
 しかし、神社に奉納する絵馬と一般家庭の床の間に置く掛け軸との違いはありませうから、一概には論じられないとは思いなが、敢て、書き綴ってみました。

 


大原美術館の国宝「宮女図」

2010-11-06 10:13:36 | Weblog

100億円が下らないだろうと言われる雪舟の「山水図」の他に、この美術館にはもう一つの国宝があります。その絵をご覧ください。

                

 

 此の絵がそれです。中国元時代の画家銭舜挙(伝)の描いた「宮女図」です。男装の官女が触れ合わせた右手の親指と左手の小指の爪先を見つめて物思いに耽っている図です。

 若い女の恋人か何にかの思いを、胸いっぱいに秘めて、「愛している。あなたに、今すぐ逢いたい」と云う思いを、自分の小指と親指の中に凝縮させて、それをじっと見つめていると言う、誠に艶麗な姿を漂わせている絵なのです。
 こんな絵を孫三郎は、いつ、どこで手に入れたのかわ知れませんが、経済人であると同時に人を愛する心を持つ教養人でもあったのだと思いました。金に糸目はつけずに、人知れず購入したのではないでしょうか。

 ちょっと、その指先の図を拡大してみます。

                     
 
 もう少し大きくすると。

                   

  何とかわいらしい真剣な眼差しだと思われませんか。それに、今にも恋人の名前でもそっとつぶやくのではないかと思われるような愛らしい口元。

 小指と親指のあるかなしかのごくわずかな隙間と目と唇、この3つの間が、宮女の思いをそれとなく画面の中にありったけに広がらせているようでもあります。絵の持つ魅力を画面いっぱいに描き出しているようです。
 これほど余白に作者の感情を描き出している絵は他に類を見ないのではないかと思うのですが。ご批判いただけれと思います。


大原美術館の国宝

2010-11-05 18:20:17 | Weblog

 岡山県内には8つの国宝があります。建造物2、刀剣類3、鎧1、後2つが絵画で、大原孫三郎が収集したものです。この2つが、今、大原美術館に展示してあります(11月7日まで)。今日は、その絵を見に倉敷まで行きました。

 展示場所の光線の関係から展示作品の劣化の心配からこれまでは、これらの作品はこれまで展示しなかったそうですが、この度、その展示施設が整い、大原美術館の所蔵する2点の国宝や重文などの作品の展示されたと、館長の高階氏は説明しておられました。その内の一つが、我が町吉備津のすぐ隣町にある総社市赤浜に生まれた雪舟等楊の室町時代に描かれた、彼の遺作でもあると言われている「山水図」です。
   
 山水図をみて、これが雪舟の絵かと思ったのですが案外に小ぶりな作品でした。もう少し大きく「天橋立図」ぐらいはと、思っていたのですが、その分だけやや失望の感を禁じ得ませんでした。この後倉敷公民館であったシンポジュウムで、此の絵を大原孫三郎が買った値段は現在の価値に直すと、100億円は下らないだろうと言う話を聞きました。一枚の作品の値段がこれほどもするのです。そんなことを考えると、この大原氏が、一体いくらぐらいのお金を持っていたのでしょうかね。それを惜しげもなく出して、この大原美術館を造ったのです。果たして総額はいくらぐらいだったのでしょうかね。こんな倉敷みたいな狭い土地から、よくぞこれほどまでのお金が集まったものだと思います。それだけ、当時の日本の経済人としても、大変優れた力を発揮したのではないかと思われます。


瀬戸内市の刀剣研究家石原史雄氏

2010-11-04 20:21:12 | Weblog
 つい寄り道をしてわが孫「なおや」について、余計な時間を費やしてしまいましたが、再び、もう暫らく岡山の国宝にお付き合いください。

 建造物として吉備津神社と閑谷学校の建物、工芸品として「赤韋威鎧」。その他、県内にある国宝として刀剣があります。長船の名刀としてその名を天下に知らしめた刀剣です。岡山には10本や20本はあってもよさそうに思うのですが、実際に、岡山にあるのは23日まで開かれている林原美術館が所蔵している3口(ふり)、そうです。たった3本しかないのです。鎌倉中期の太刀「銘吉房」と、同じく太刀「銘備前国長船住左近将監長光造」、そして、短刀「無銘正宗」の3口です。
 なお、刀の数え方ですが、・・・振り、本、口、腰などと呼ばれています。

 なお、私の友人である瀬戸内市の石原史雄氏は、もう30年近く刀剣類の研究をして、その道の大家として知られています。その石原氏のお宅にお邪魔して、又、此の刀剣に付いての秘めた数々のお話を伺いに行こうと思っています。

 それはそうとして、突飛な話ですが、「平定守」と言う人を誰か知りませんか。知っていたら教えて下さい。やはり刀鍛治の一人ではないかと思っているのですが。

我が孫「なおや」の753参り

2010-11-03 18:22:38 | Weblog

 文化の日、朝から上天気です。今日は我が町吉備津の文化祭、「吉備津コミュニティー祭り」です。子供から大人までの沢山の町民が朝早くから参加して行われました。
 コミュニティーハウスでの、写真、習字、絵、生け花等の展示と、保育園の園庭でのカラオケ・詩吟等の歌、エアロビックス、刀舞など踊りなど平生の活動が披露されました。このお祭りは、多彩な町民による日常の文化活動の豊かさを物語るものです。
 
 なお、今日は、私の孫の「ナオヤ」が5歳になり、吉備津神社にお参りしました。753参りです。
 考えてみると、人の一生の内での最初のこの5年という時間は、人間としてのものすごい力を与えてくれるものですね。たった5年ですよ。驚異な時間と言っても過言ではないと思われます。言語的・知的、特に、数的概念は人の一生のうちで最も多くのものが形成される時期ではないでしょうか。「ひとつ」と「ふたつ」が区別できる基礎的な能力が生まれ、此の力が人間の科学力を発展させる基となるものなのです。此の物を数的に区別できる能力こそが人間をして、「万物の霊長者」と言わしめる元になったものではないかと思います。
 それらの5年間に得た数的能力を含めての総ての智恵は、驚くほど迅速に自分の生活の一部となって身に付いてくるのです。昨日、記憶したものは、今日は、既に、己の一部となって生活の中に生きて働いているのです。我々老人では考えられない身体的精神的能力なのです。

 彼らの生活を見ていると、人類の発展の素晴らしさを、あたかも幻燈のように見ているようでもあります。大人にはない純粋さが、えにもいわれぬ、又、美しいのです。

  この日々変化していく人間の美しさをご覧ください。

       生まれたての「なおや」です。 1歳のなおやです。驚くなかれ、この子がもうがもう5歳なのです。
                          
                                  
 何と凛々しい姿ではありませんか。まっこと驚きそのものです。じいちゃんとしては。人生の素晴らしさを深く思った今日の文化の日でした。生きていてよかったという実感を改めて思いました。



          光陰矢の如しの感のする今日の文化の日でした!!!!!

 


岡山にある国宝は?

2010-11-01 19:55:57 | Weblog
 筆敬氏から、岡山言葉丸出しの、例のメールが届きます。彼は言います。

 「おきゃあまがぼっけえのは おめえがいわんでも ようわかっとんじゃあ。あれをみんせえ。そうじゃでえ。きせつはずれかなんとかいようた てえふうが こねえだというても さきおとちぃいかのう きたろうが。てれびは てえふうがぼっけえふぃいて、あめもぎょうさんふるでのう、きいつけなやあいけんでえ。 ようじんしなせえようと いようたんじゃが、どげえにまちょうても ひとつもなんともありゃあせなんだろうが。おきゃあまは そげんにええところなんじゃ。てえふうもじしんもありゃあへん。えところじゃがなあ。・・・でもなあ、おめえがいよんさっとる「国宝」は なんぼう おきゃまにあるんならやあ。そげえ よけえは ねえはずじゃが。おめえが でえれえええもんじゃというとった よろいもそうじゃそうじゃが、あれもいれてかんじょうしてみんせえ。どのくれえあるかなあ。しっとるんなんら おせえてつかあせえなあ」

 と、まあ、大変読みずらいメールです。まことに、「きたねえ岡山弁」です。メールにはなかったのですが、文の間を開けて読みやすいように書き直して置きました。内容がお分かり頂けるかは自信がありませんが、これが彼の言う「わしのが このへんで いっつもみんながつかいんさっとる いちばんじゅんしいな ことばなんじゃ」そうです。生粋の岡山言葉というのです。        
 オット、こんなことを言うと、又、筆敬氏からお叱りを受けること確実ですが。彼からの折角の質問です、早速、図書館まで繰り出して調べてみました。結果は、現在のところ、岡山県にある国宝は、我が吉備津の自慢のお社「吉備津神社」を入れて、建物としては、此の外、和気の「閑谷学校」の2つ。又、絵画は、大原美術館にある雪舟と後一点、工芸品として備前長船の誇る刀剣が3振、それと、あの「赤韋威鎧(あかがわおどしよろい)」の全部で8個だと言う事でした。刀剣類にもっと多くのものがあっていいのではと思っていたのですが、たった「3」という数字に案外な気分になりました。

 なお、都道府県別の国宝の数はと調べてみました。すると、一番多いのが、やはり京都の255点、次が東京の234、奈良の207と云う順になっています。中国地方では広島の19、山口9で、岡山は8です。