私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

恩にてよくなづけー光政の政治

2010-11-17 18:06:01 | Weblog

 この恩と威に付いて光政は次のように説いたのです。

 「恩にてよくなづけ法度の少しも崩れざる如くに賞罰を行うを威という」
 と。更に、申されます。

 「恩信なければ威は無用の事なり。威なければ恩信も用に立ず、然れども畢竟の所はよく下の情を知ること大事なり、下の情を知らざれば恩信も用に立ず」と

 

 支配する者と支配される者がそのお互いの思う心をしっかりと見つめながら政治をしていくことが、国民を一番暮らしやすい国にする事であると説いているのです。江戸の初めに家康が民、百姓を納める為に一番大切なことは、「生かさぬように殺さぬように」と言ったと伝えられていますが、それがそのまま幕府の政治になったとは思われませんが、その家康から、わずか3、40年後にでた池田光政がこのような事を家臣に説いたと言う事は驚くべき事だと思われます。民を大切にすることこそ藩が繁栄するのだという強い確信があったからこそ、この「威」も「恩」も生まれた言葉だったのではないでしょうか。此の池田光政の政治姿勢が、それ以後の備前池田藩の基本的な政治理念となって定着していったのです。

 この民を大切にと云う藩主の思いが以後の藩政に活かされたものですから、江戸時代と云う時代を通じて、百姓一揆などの農民による反乱が岡山藩で非常に少なかったのだと言われています。