私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

小雪物語ー宮内踊り

2012-06-27 10:26:26 | Weblog

 百八つの除夜の鐘が、普賢院の境内から、人々のはらわたを抉るように流れてきます。踊り踊りでこの一年のほとんどを暮らしてきた小雪の20歳がようやくにして終わろうとしています。、年の内に、もう一度さえのかみさまへと思っていたのですが
 「できしまへんでした。かんにんどす」
と、除夜の鐘の聞こえてくる北に向って小雪は両の手をそっと合わせ、足早に通り過ぎて行ったこの一年を静かにおもいやるのでした。
 明ければ二回目の備中宮内でのお正月です。宿の姐さん方と連れ立って吉備津様に人並に初詣にでかけます。その帰りに「どうしてそねんなところに」と危ぶんでいる姐さん方をしり目に、一人で竜神池の小島にあるさえのかみさまに立ち寄りました。頬を切る中山颪の風が祠の側に立つさくらの小枝を揺らして、もがっています。「どうぞ、小雪をお守りください。へだて心がうまい具合いに舞えますように」と、何度も何度も頭を下げました。
 遽しい正月風景も飛ぶように流れていきます。七草粥も済み、一時自分の仕事事で、江戸に戻っていた菊之助が、再び、宮内へ戻ってきて、宮内おどりの総仕上げに掛かります。この頃になると、小雪たちおどりに出演する者にも次第にその全貌が読めだしました。
 40人の姐さんたちによる三味と鼓による「夏のお山」の演奏、豪勢で派手やかな調べがそこらじゅうを流れることでしょう。続いて、宮内切っての喉自慢な豊和姐さんのお歌に合わせた、千両役者大五郎さん振り付けの「なんばん六法」くずしの宮内踊り。優雅に2、30人姐さんたちの手が天に地にと舞います。
 次は、「仲入り」。秋のお祭り
 舞台いっぱいに並んだ姐さんたちの奏でる三味、かね、太鼓の鳴り物入りで、桟敷や舞台そこらじゅうから繰り出す十台の女みこし。「わっしょいわっしょい」と、特別にしつらえた小ぶりの御輿に積んだ酒肴が会場に配られます。
 それが済むといよいよ後半、まず、「春のしらべ」。板倉の絵師、三好雲仙が力いっぱいに描いたさくらが舞台いっぱいに広がった中、琴、笛、三味、太鼓、鼓の音曲連が二重に並び、50,60人の踊り手が手に手に桜の小枝をかざして遊興するさまを踊りに仕立てた菊五郎さんの「宮内さくらの舞」が披露されます。
 そして最後は、遊女の舞です。春爛漫のさくら、折から吹き来る風に舞い散るいっぱいの花びら。散る花びらは精となり、此の世にあくがれいでて散り行く未練をいっぱいに込め、花魁道中に身をかえ、舞台いっぱいに舞い散るようにおどります。更に、多くの花魁姿をした桜の精は一つ散り又一つ散りして次第に少なくなり最後は一つになり、一つになったかと思った途端に、花魁の姿は早変わりして、突如、天女に変身します。そして、その魂は何時しか天女に姿を変え大空の果てにまで舞い飛んでいくという筋書きです。
 この最後の花魁道中の舞台に、熊五郎大親分の娘さん「きくえ」が大変興味を示して、特に、菊五郎に、その筋道を「こうしたらいかがなものでしょうか」とその筋書きをはなして、その意見に従って菊五郎は宮内総踊りの取りに採用したのだと言う話でした。それをあの喜智が何処でどう聞いたのかは分かりませんが、小雪の舞う最後の天女のもつ舞扇は「わたしが」と、わざわざ京に注文されて特別に創らせたのです。