私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

小雪物語―小雪の舞い

2012-06-10 13:45:13 | Weblog
 来春、癸丑、春の吉備津様のお祭りの前、卯月の吉日、二日から三日の間、この「宮内大鳴竈会」と銘打って、全国津々浦々の百数十人の大親分さん方をお招きして、賭博の会をお開きになるということです。乾児さん方の数を合せると数百人のお人が、この宮内にお集まりになり、それを見学する近郷近在のお人達を合わせると、元禄の頃、この宮内に大石内蔵助という赤穂のお武家さん行一行がお泊りになって以来の大変たくさんのお人がお集まりになると言う事です。また、賭博をこれほど大々的に開くと言うのも、それはそれはとても大きな前代未聞のことになるということです。
 それだけ、いっきにお話になると、お粂さんの差し出されますお銚子を大きな茶飲み茶碗にお受けになって、一息に飲み干されます。
 「働くなといっておいたのに、林さまに顔向けできん」とかなんか言われていましたが、小雪はお粂はんの部屋からそっと抜け出すように出て行きました。

 それから二,三日後です、「小雪、小雪」と、喉がつぶれたような親分さんの大声。
 「また、お叱かられ。今度はなんどすかしら」
 親分のお前に小さくなって座りました。突然に親分さん。
 「小雪、お前、舞が上手だとな。本当か」
 「いえ。・・・・ずっと前、ほんのちっちゃな時分に、母さんに、一寸振り付けてもらうたことがあるぐらいどす」
 「でもどえれえ評判だぞ。まあそれはどうでもええ。今度の会にお招きした親分さん方に当座の余興として、この宮内の踊りを披露して、皆さんに見ていただくことにしたのだ。
 丁度、お江戸の役者の沢村菊之助さんが、宝暦の頃作ってくれた浪速の役者、三枡大五郎さんが振り付けた宮内おどりを基にして、より華やかに作り直して、指導してくださるという事だ。この街にいる百数十人すべての技芸娼婦を動員して、京の都おどりに向こうを張って、「総宮内おどり」を披露する事にしたのだ。その立役に誰を使うかという事になり、その場で小雪の名前が一寸出たのだ。結局、菊之助さんが選ぶのだが、熊五郎親分さんの娘さんのきくえさんが、どうしてだか知らないが、小雪を随分推していたようだ。その小雪に是非合いたいと、菊之助さんが言われてな。すぐ俺と一緒に、親分さんのところに行ってもらわなくてはならなくなったのだ。」
 と、小雪の考えなど到底聞き入れてはくださらないといった雰囲気です。仕方なく身の回りを一寸こぎれいにしただけで、親分さんの後について岡田家のお屋敷に向かいます。
 「あまり心配しなくてもいいよ。この人がついているもの。でも、どうして小雪さんが。大丈夫かなあ」
 と、心配顔のお粂さんが励ましてくれます。