私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

小雪物語ーたかねのはなをあほきつつみし

2012-06-25 18:45:31 | Weblog

 ご子息である高雅の京での惨殺事件、それに続く宮内の名門、藤井家の没落と打ち続いた悲惨なる事件にも、見た目には、決して負けないで、堀家の喜智として、依然として矍鑠(かくしゃく)として、以前と変わらずに、てきぱきと家を切り盛りしているように見えのだが、何となく、近頃、とみにその顔に現れる苦痛の色は隠せず、何事につけても、人には見せない「深いため息をお付きになることが多いのだよ」と、須賀は小雪に語りかけます。
 「そのためでしょうが、おぐしには随分と白いものが目立つようにおなりになりました。・・・・如何に気丈夫なお方様だと申せ、所詮は女ですもの。人知れず悲しみに耐えて耐えて毎日をお暮らしになっていらっしゃるようです。でも、やっぱり奥様は、胸の内に、いつか、あなたに話していたあの我慢を、まだまだ、いっぱいにしょいこんで毎日を送っていらっしゃいます。何にもおっしゃらないのですがね」
 と、何処となく晴れない須賀の顔です。
 できることならお会いして、是非、「御礼を」と、小雪は思うのです、しかし、毎日の小雪自身の小忙しさもあるのですが、未だに自分の身に張り付いている卑賤さを思い、堀家の敷居があまりにも高くて、お屋敷を訪ねる勇気がでないのです。
 「再び、お会いする折はあらしまへんと思うのどすがどすが、須香さま、大奥様に、ようよう御礼をいっておいてくれやす。お方様の思いの籠ったこの扇で此の度の立役きっとやりとげますよって。どうぞみておいておくれやす」
 と、深々と頭を下げる小雪です。
 
 須賀さまがお帰りの後、小雪は、その舞扇をそっと右手にかざし、その軽さに思わず、何かへだて心は此の頂いた扇の中にあるのではないかとも思うのです。振りかざした扇が無意識に小雪の頭上を飛びするのではないかと思えます。
 「どうしても、喜智さまにどのようなお礼を申し上げなければ」
 と思うのですが、今更尋ね行く事も出来ません。随分と迷ってたのですが、いい方法など有ろう筈がありません。「お手紙でも」と思うのですが、今までに、改まった文を人様に差し上げた事もなく、失礼な文になるのではと随分と迷いに迷ったのですが、ほかに方法がありません。仕方なく、みようみまねの筆を取りました。

 「もみじ葉もはやちりそめて冬のけしきとあいなり候 お方様には恙無くお暮らしの御事と伺い安堵いたしおり候 さて こたびお方様よりの御舞扇お須賀さまより頂戴仕り至極恐縮いたし居候、卑しき身なる小雪如何に御礼申し上げ候べきかそのすべ知る由も御座無く候ただありがたくありがたく頂戴仕り候 この扇小雪生きる限りの御宝と致し肌身離さず持ち続けたく存じ居候  

   たきつせのほそたにがわをくだりけむあくたのあわのうきしずみして   
   たきつせにうきしずみつつゆくあわのゆくへしらずのなみにもまれて
   たきつせのなみにもまれてまうあわはたかねのはなをあほきつつみし                              
                                                                かしこ      」