私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

小雪物語ー青蛙の腹を膨らませて遊んだこと

2012-06-05 13:42:44 | Weblog
 そんな新之助の小さい時のお話が、次々と続きます。お城の御堀から続いている運河に飛び込んで泳いて、父親から大目玉を食らった話、犬飼松窓と言う先生の塾へ通う子供と足守川でよく喧嘩した話、
 「そうそう、新之助さまは真顔でこんな事もお話してくださりました」
 と、息を弾ませるように一気におしゃべりを続ける小雪でした。
 「『これはあんまりお行儀のよい話ではないが』と、お断りになって、庭瀬辺りでは少年は誰でも平気でやっていたことで、丁度、梅雨に入る頃になると、そこら辺りの小川でよく見かけた青蛙をつかまえては、そのお尻へ麦の茎を差し込んで、息を吹きいれ腹を膨らして遊んだお話も、それから、熟れかけた麦の実をすごいて、口の中に入れてしばらくかんでいたら何かねばねばとして心地よいお餅みたいなものが出来たとか、次から次へとお話はいくらでも出てくるのでした。わては胸を弾ませながら何時までも何時までも新之介様のお話が続いて欲しいと思いながら聞いていました。」
 「あれは3回目にお会いした時の事だと思います。河内屋のお上さんが、高雅様がどうも近頃お命を狙われているようで物騒だと、今夜のお宿を泉屋さんにお願いしたと言われ、その日は皆さんがお会いなさる場所が変わりました。
 その泉屋さんでも、高雅様のお心だったと後で知ったのですが、新之介様とお二人だけの、3度目のお話をさせてもらいました。そこでも、2回目の時にもお聞きしたように思えたのですが、高雅様の心温かな気性やお人柄、また、天子様、公方さま、更に、方谷さま、洪庵さまなどについて色々とお話になられました。中でも、『神様は、人の下には人をおつくりにはなられていない』という言葉をお聞きした時は、本当にびっくりしました。私は、いつも一番下の下の罪多い穢れた女どす。それが誰でも同じだなんて、とても信じられませんでした。でも、お喜智さまが、これと同じこといわれたのにはびっくりしました。誰か偉いお人が言われはったそうどすが、こんな世の中が、もう少ししたらきっと来るのだと、新之介様は熱心にお話してくれはりました。
 いつも、きちんと正座したまま、私をあそびめではなく、普通の女として扱ってくれはりました。『こんな男の人が世の中にいらはるの』と、何か愛しいお人のようにおもえてしかたありまへんどした。それから、これは、あの夜、新之介様が初めてお話になったのですが、自分はこれからの世の中で、海の向こうのどこか余所のお国と大きな蒸気船か何かで、商売がしたい。そして、横浜かどこかに大きなお家を立てて、母を楽にしてやるのだと言わはりました。そして、お嫁さんをもらってと、やや赤らんだ顔をしていわはりました。
 まあ無口だなんて、よくおしゃべりされる事と、心の内で楽しくお聞きしていました。それが私のお聞きした新之介様の最後のお言葉でした。
 その泉屋を出ですぐ闇の中に一筋の光が光ったと思った途端に、今でも信じがたいのですが、あのようなむごい事が私の目の前で起きたのです」