私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

小雪物語ー「はなやかに今めかしう、すこしはやきこころしらひをそへて、めずらしき薫り」、

2012-06-24 15:08:58 | Weblog

 この冬一番の寒さが押し寄せ師走も押し迫ったある日です。本当に久しぶりに須香が、突然に小雪を訪ねてきます。
 「踊りのお稽古が大変だと聞いてはいたのだが、小雪ちゃん、ちょっと見ないうちにえらくやつれたのじゃない。大丈夫かい。今度の宮内総おどりの立役、菊五郎さんが随分熱心に教えているとは聞いていたが、本当に大丈夫かい。」
 さも心配そうに、我娘に対するように小雪の手を取り優しく話しかけます。
「今日来たのはなあ。、これをご主人お喜智さまがなあ、小雪さんにあげてくれんかと言われて持ってきたのじゃ。何でも、今度、小雪ちゃんが立つ舞台で、あの『羽衣』を踊ると聞いて、わざわざ京から取り寄せられた舞扇だそうです。お喜智さまも、大舞台で舞うあなたの羽衣が是非見たいものだと言っておいでですよ」
 「まあ扇どすか。どなたはんから羽衣のあ話お聞きなりはったんでしょうか。まだはっきりと決まったわけではないのどすが」
 と、言いながら小さく折りたたんである小箱の、京鹿の子の,可愛い模様の包み紙を丁寧に剥してゆきます。
 桐の小箱に詰められた一本の舞扇でした。箱を開けた途端に、焚き込められた芳ばしい香が辺りに深く匂いたれてきます。この薫物の香をかぐと、小雪には、とっさに、随分と遠い時になってしまった少女の頃に、母と一緒に聞いた北野辺りの何処かの庵主様のお話になられた「すこしはやきこころしらひ」とか言う言葉が浮び、喜智さまの心遣いが思いやられるのです。
 ベンガラ色というのでしょうか赤黒い漆塗りの骨に、扇面の表には、今を盛りとその老木にいっぱいの花びらを開いた梅が己の香をさも誇らしげに撒き散らす如く金泥の中に咲き乱れております。その裏面には、表の絵とは一転してして、今度は、梅の花びらが、ほろりほろりと水なき空に漂いながら舞い散り、落ちた川面に浮かんで、遠い彼方にまで流れ往き、あたかも空の彼方に天女が消え去ってしまうかのような、あの日見た小雪の舞いに何か想いを寄せたような喜智の想いでしょうか、その図柄が銀泥の中にいっぱいに描きこまれています。「はなのえにいとヾ心をしむるかな人のとがめむ香をばつヽめど」の心映えでしょうか。


小雪物語ー舞扇

2012-06-24 15:08:58 | Weblog

 この冬一番の寒さが押し寄せ師走も押し迫ったある日です。本当に久しぶりに須香が、突然に小雪を訪ねてきます。
 「踊りのお稽古が大変だと聞いてはいたのだが、小雪ちゃん、ちょっと見ないうちに瘠せたのじゃない。大丈夫かい。今度の宮内総おどりの立役、菊五郎さんが随分熱心に教えているとは聞いていたが、本当に大丈夫かい。ちょっと見ないうちにえらくやつれたんじゃあないの」
 さも心配そうに、我娘に対するように小雪の手を取り優しく話しかけます。
「今日来たのはなあ。、これをご主人お喜智さまがなあ、小雪さんにあげてくれんかと言われて持ってきたのじゃ。何でも、今度、小雪ちゃんが立つ舞台で、あの『羽衣』を踊ると聞いて、わざわざ京から取り寄せられた舞扇だそうです。お喜智さまも、大舞台で舞うあなたの羽衣が是非見たいものだと言っておいでですよ」
 「まあ扇どすか。どなたはんから羽衣のあ話お聞きなりはったんでしょうか。まだはっきりと決まったわけではないのどすが」
 と、言いながら小さく折りたたんである小箱の、京鹿の子の,可愛い模様の包み紙を丁寧に剥してゆきます。
 桐の小箱に詰められた一本の舞扇でした。箱を開けた途端に、焚き込められた芳ばしい香が辺りに深く匂いたっています。この薫物の香をかぐと「すこしはやき心しらひ」とか言う言葉が浮び、喜智さまの心遣いが思いやられます。
 ベンガラ色というのでしょうか赤黒い漆塗りの骨に、扇面の表には満開の桜が金泥の中に咲き乱れ、その裏面には、流れに落ち散る桜の花びらが銀泥の中に描きこまれています。