私の町 吉備津

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頼山陽と吉備津1ー普賢院山門の石碑

2008-01-23 14:48:53 | Weblog
 しばらく頼山陽とお付き合いください。
 吉備の中山を山陽が「鯉山」と名付けたとお知らせしましたが、この頼山陽と吉備津との関係は、いろいろな所で非常に深く結びついています。
 前にも、一回「宮内」で、「普賢院の山門に、山陽の書いた『不許葷酒肉入山門』という八文字を彫りこんでいる石碑が建っている」と、ご紹介しました。誠に堂々として見る物をして自然にそんな気分にさせそうな見事な山陽の字です。
          
 
(どうも写真の撮り方がへたくそで、山陽の書いた字が、この写真からはよく読め取れませんがお許しください。又挑戦してみますが、どうぞ興味のある方は、お寺に参って直接ご覧になられたらきっと驚かれることだと思います。本当に美しい文字です。さすが山陽です)
 
 この石碑の意味は説明の必要はないのですが、葷(クン)とは生臭いものという意味だそうです。元々は禅などの修業に妨げになると言う事で「禅寺」の寺門のそばの戒壇石に、〈不許葷酒入山門〉と刻まれて掲げられているのですが、ここは真言宗のお寺です。だから山陽は、わざと、この中に「肉」という字を入れて、「禅とは関係がないお寺ですが、仏の忌み嫌うものを食べてお寺にお参りすることは随分と不敬な事になりますよ。また、持ち込むこともよくないことですよ」と、人々に知らしめるために書かれたものではないかとも思います。
 また、これとは別に、もともと吉備津神社の氏子では、鹿や猪の肉を、更に鳥の肉までも食べる事は厳しく戒められています。もしかして、その頃より、吉備津の人もそんな肉類をしきりに食べるようになったのかもしれません。だから、高尚先生辺りからの要望もあって書き入れたのかもしれません。
 それは兎も角として、この『肉』という一文字を入れて書かれている普賢院の石碑についても色々と想像を掻き立ててくれます。
 もっともっと多くの人に知ってもらいたいものです。
 
 この石碑の建立については「真野竹堂」あたりと何か関係があるのではと思いますが、そのいわれは聞いていません。普賢院のお和尚様に一度お尋ねしたいものだと思っています