私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

「小雪物語」 小雪舞う

2007-04-27 22:56:23 | Weblog
 舞台の右袖にゆっくりと進みます。お須香さんは何か落ち着かない様子で、辺りをきょろきょろ見回しながら、小雪の後ろを歩いています。
 柝がチョンと入り、いよいよ四場「花魁道中;遊女の舞」の開始です。
 舞台は、かがり火で昼と紛うような明るさです。
 鼈甲造りの十本ばかりの花簪と左右一対の笄が、まず、光り輝きます。続いて、目の覚めるような紫の内掛けが、内掛けの脇の辺りから幾本にも伸びた、金銀の線が斜めに延びた緞子の紐が目に映り、当りを圧倒します。
 それにも増して、舞台を圧倒したのは、この世の者とも思われないような、一瞬「あっ」と、息がとまりそうにななるばかりの、あでやかな小雪の美しさでした。
 舞台の上には緋毛氈で覆われた細長い台が設えてあり、琵琶を手にした、板倉宿から駆けつけてくれたお光さんと言われる、やや年増の姐さんが、でんと控えておられます。
 「べべんべんべん」
 琵琶が天をゆすらすように重く鳴ります。漆塗りの高下駄の上の裸足の自分の足を見るようにして、真横から真正面へと引きずりながら、舞台の袖から中央に進みます。あれほど胸の高ぶりを覚えていたのですが、今は、ただ舞を舞うそれだけです。足や手や顔など、ここをどうしなくてはとかいうこと総て心の中からはっきりと消えています。自然に心の内から無意識に湧き出してきた動きだけが一人歩きしています。踊りだけが小雪の心から離れて、ゆっくりと飛びまわっています。今こうしなくてはと、小雪が思ったとしても、心はそれに決した随って動いてくれそうにもありません。手も足もすべてが、底知れない夏の黒々とした天空から垂れ下がった見えない糸に操られているようにすら思えるのでした。
 合いも変わらず琵琶はゆったりと流れています、その流れの中に身をゆだねているようにも思われます。
 突然、「べべん」が「びびびん」と調子を変えます。その時です。しばらく止まっていたあの胸の激しい痛みが襲います。「苦しい。母さん助けて」叫びたくなります。でも、心は、そんな小雪の痛さとはとんと無頓着に、勝手に琵琶の音に動かされています。
 痛さは、大きくなったり小さくなったりしながら、小雪の胸を行ったり来たりしています。「もうどうにでもしておくれやす」そんな思いに駆られるのですが、それでも、なお、手足が半年という時間の間に自然に体にしみこんだ踊りの動きをなぞっていきます。小雪の意識を超然と超えて動きます。
 舞台を大きくゆっくりと逆八の字回りして、舞台左袖近くまで進んで、小雪の「花魁道中;遊女の舞」はお終りにかかります。
 客席からは、何回も何回も、舞の立ち止まりする一寸の間ごとに、「小雪ーい」とか、中には、「宮内」という声すらかかります。その声と同時に拍手も嵐のように起ります。
 拍手と同じように、いくら吐き息に力を入れても、胸を押しつぶさんばかりの痛みはなかなか止みません。やむ時のほうが段々と少なくなっていくのではないかとさえ小雪には、思えるのです。
 いよいよ最後の小雪の舞です。特別に菊五郎さまにお頼みした小雪勝手な舞なのです。是非、お喜智さまのためと思ってお願いした舞なのです。着物もお喜智様から、扇もお喜智さまから頂いたもので舞うのです。あの何時か、林さまやお喜智さまに見ていただいた、祝言能「天女の舞」です。
 この度は、特別に菊五郎さんに新しく京舞風に作り直し頂いたのです。
 間狂言もありません、しばらく、琵琶の曲が流れます。
 素早い早ごしらえ、急に打掛やら何やらと小雪の体から剥され取られていきます。十徳さんの手馴れた手の中で、小雪はただ踊らされているような気分になります。あっという間に、お喜智さまから頂いた京友禅の鶴の舞う着物にに変わります。銀台の帯、平打ちの帯締めから左に打ち下がった亀房が妙に光ります。
 髪型も、横兵庫から京風島田です。足も重い高下駄から足袋に変わります。
 頭の先から足先までが、急に体が妙に軽々しいく感じられ、フーッと息を吐いた途端に、あの焼け付くような胸の痛みが不思議にも、体のどこかへふわーっと飛んで行くように消えてしまいました。
 早替りした小雪が、再び、左袖から姿を現しました。余りにも早く衣装換えしたのを見た座席の人達の、また「おうおう」という驚きの声とはくしゅが湧き起こりました。
 そんな声に乗り伝いの中央へ進み出ます。
 舞台の後ろの緋毛氈の長台の上は、何時の間にやら、お光さんに代わって、三弦と小太鼓の姐さんを左右に従え、中央の見台を前に義太夫の姐さんが座って待っておられます。義太夫の姐さんは何時もの姐さんではありません。驚いたことに、そこには、熊次郎大親分さんの、あのきくえさんではありませか。今まで、一度もお稽古をつけてくださったことはありません。義太夫を語るとも聴いたことがありません。何食わぬ顔で、何時もとは一寸違って背筋までちゃんと伸ばして、正座しています。
 「あのおきくさんが」
 と、「どうして」と、思うのですが、もうどうする事も出来ません。
 「なるようにしかなりまへん。どうしょうもおへん」
 と、あの何時もの自分の瘠我慢の心が、顔にすーと浮かび上がるように思われます。すると、一層心が落ち着く小雪でした。そんな心を読んで、菊五郎さんがお計りになったのかもしれません。小雪は、人に気付かれないように目と目で、あるかないかも分らないようなあいさつを交わしました。おきくさんは乙に澄まして、気がお付になったのか、ならなかったのかも分らないようにじっと前をお向きになっています。
 いよいよ最後です。特別に、菊五郎さんが小雪のためにこさえてくれはりました「新羽衣ー天女の舞い」です。