私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

「小雪物語」 喜智さまからの贈り物

2007-04-10 22:35:35 | Weblog
 行く春は細谷の流れと一緒になってあっという間に、小雪の周りから通り過ぎていきました。そんな春を惜しむかのように、吉備のお山を朧に包んで細かな春雨が外を流れていきます。小窓を細めにあけて、そんなお山をなんとなく眺めていました。このお山の佇まいがなんとなく京の東山に似ていて、このお山を眺めると、なんとなく心が慰められるようで、今一番の小雪の楽しみになっておりました。
 そんな昼下がりに、またまた例のあの甲高い、天井まで押しつぶしてしまうのではないかと思われるような宮内ことばが響きます。
 「小雪さん、小雪さん、どこえおるん、はようおりてきんさい」
 眺めていた小窓をさも惜しそうに閉め、「あ~い」と、ゆっくり階段を降りていき、粂母さんの部屋にはいります。
 「まあ、そこに入りなさい。小雪さん。今、そこで堀家のご大奥様にお合いしました。大奥様が、これをあなたにと、差し出されたのです。どうなっているのですか小雪さん。堀家の大奥様ともあろうお方が、私何ぞに、声かけするなんて、さらに、遊女のあなたに贈り物を下さるって一体これって何事ですか。一体どうなっているの。」
 一息入れて、
 「お聞きすると、何でもあなたは、踊りを踊ったというではないか、あの日に。そのお礼だと大奥さまは言っていたよ。」
 「いえ、なんでもないのどす。一寸と、成り行き上、そんなことになってしまったのどす」
 あまり詳しい話をするのもと思い、いい加減な生返事をして、「なんにかしら」と思いながら、お母はんから手渡された品を、大事そうに両の手にささげて、自分の部屋へ持ち帰えるのでした。無遠慮に、「どうしたの、どうしたの、誰から何に貰ったって」と、お滝さん、お久さんの姐さんも入り込んできます。後でそっとと思っていたのですが、致し方ありません。包んでくださっている小紫の唐草のあしらってある風呂敷を開けました。ほんのりと、また、梅香の匂いでしょうかあたりをそっと優しく包んでくれました。春の雨は相も変わらず、細々とした音を立てながら細かく降り続いております。
 二人の姐さん方には、そのあるかないかも分らないような香よりも、只、畳紙の紙の中身にだけに、その心を集めていたようです。でんでに、
 「おやどんな着物かしら、どうして小雪さんに」とか「まあ、あのお高いお喜智さんが遊女になんかに着物を、どんな風の吹き回しか知らん」などと、思いつきのその場限りの、やややっかみ半分の話を続けているます。
 その畳紙(たとう)の上に乗せられた薄紅色のがんぴの紙からでしょうか、その香が立ち上ち、「小雪どの」と書かれた薄墨色の筆の輝きが小雪の目の中に飛び込んできました。
 姐さん方は、その包みの中のものに、早くもその目を輝かせています。小雪は、喜智さまのそのお文を、愛しい人をみ胸にそっと抱え込むように優しく手に持ってしばらくその場にたたずんだままで居ました。
 『年年歳歳人同じからずと昔人は春花に思いをいたし候とか申し候一瞥のこのかたいとど御機嫌よう渡らせ給ふらんと御嬉しく存知候、此ほど・・・・』と、倉敷の林さまとご一緒したあの折の御礼をと、心に気を揉んでいたのですが、その折が無く失礼しました、と、ご丁重な無礼をわびる御文でした。京の呉服を身にして、また、あの笑顔を見せて欲しいとか何か優しいお心がその達筆なお字を通して伝わってきます。
 「いい?」と、姐さん方は畳紙の中身を一刻も早く見たくてうずうずとしたように、小雪のほうを見ます。ゆっくりと一人でと、思ったのですが、平生何くれ無くよく世話をかけている姐さんたちです、そうも行きません。早速、畳紙を小雪は開きました。友禅です。小雪の好きな鶴が羽を一杯に拡げながら、群れなして、左下の裾からから右上の肩にかけて金銀の小模様の中を飛翔する図柄が染めこんでありました。「うあーきれい」とか、「すてき」とか、姐さん方の、思いもよらない、突然に降って湧いてきたような目の前にある現実に、ただただ驚いているようでした。
 「どうしてこんな着物、小雪は貰うの」
 いつの間にかお粂母さんも入ってきています。しばらく小雪も黙ってその3人の話を聞いていました。