私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

「小雪物語」 小雪とお須香さん

2007-04-06 23:29:08 | Weblog
 「まあ、なんと美しくも精気のあふれでた踊りですこと。・・・・ 小雪さんの翳す真っ白いその指先の、暮れ行くあの紫紺のお山の中に、ぽっと光次郎の幼い笑顔が浮き立ちました。そして、『ははさん、ご心配無用でござります。この京の地で、ゆっくりと、これから変わっていくだろう天使様や御国の行く末を、じっくりと見つめてまいりとうぎざいます』と、語りかけてくれたよでした。小雪さん本当にありがとうございました。高雅、いや、光次郎も、この宮内で眠るよりよっぽど、今、それこそ天地を揺り動かすような上え下えの大騒乱の真っ只中の京の地で眠って、これから先のこの国の行く末を見守っていくほうが、それこそ本望ではないかという気がしきりに、あなたのお舞から伝わってきました。本当にありがとうございました。わたしも、この間から胸に一杯の思いが痞え痞えしたのですが、あれでもよかったのだ、と言う思いが、今、私のこの胸に強く行き来しています」
 これだけお話を伺って、喜地様の強さというか、いや女という性の強さを母と比べながら、小雪は一人で思うのでした。
 宿のお粂さんに追い立てられ、どうしようもない心細さに、わが身が押しつぶされそうになりながら、飛び出してきた今日という日が、今はなんだか嘘のように思われます。この鄙の宮内に来て、初めて、先ほど見たあの福山の中に落ち入った夕影の残照があたり一面に真っ赤に広まっていくような、そんな何か心地よい思いが、小雪の胸の中に湧いてくるように覚えるのでした。

どうしても、「夕飯をご一緒に」と言われる大奥様の言葉を
 「それだけはごかんべんを。わてのあそびめとしての意地がありおす。これも瘠我慢かしられへんどすが、お呼ばれした他所様のお家では、物を決して口にしまへん。これがわてらのあそびめの、きつうきつう言われておりますおきてどす」
 と強くお断りして、日もとっぷりと暮れ、再び喧騒な夜の賑わいを見せている街中へ、堀家を後にしました。どうした事でしょう。「そこまで」と、笑顔さえうかべた須香さまがお送りくださいました。
 「一度、今度は、是非、私のところへきてくださいな。ゆっくりと新之介のことについて尋ねたいのです。私の妹が新之介の母親なのです。その母、真木にも、ぜひ詳しくあの日の様子を聞かせてやって下さいな。あれ以来、塞ぎこんで真木も床につくことが多くなっています。小雪さんの話を聞くと、また、元気を取り戻すのではと、あなたの舞を見ている時、なんとなくそう思ったのです。是非お願いしますよ。はじめに、小雪さんにあんなこと言って、今は穴があったら入り込んでしまいたい気分です。すいませんでしたね。・・・・大奥様のおっしゃるように、みんなお人ですね。大奥様もあなたも、みんな悲しみを一杯に自分ひとりで背負い込んで生きているんですね。好き好んで、そんな女の悲しみをわざわざ背負い込んだりはしませんもの。わたしなんて、そんなことも知らないで、これまでのほほんと・・」
 そんなお須香さんのお話し聞きながら、今夜のお客でしょうかにぎやかに出入りしている大阪家の玄関まで送ってく頂きました。
 「はい今晩は、お粂さんいる。小雪さんを送ってきました。ちゃんと受けとてくださいな」
 そんな明るいはきはきした声を残して、急ぎ早に須香さまはお帰りになられました。
 「おや、まあ。どんな風の吹き回しかしら。あのお高い堀家の須香さまともあろうお方が、ようもようもあんなに親しく声かけをしてくれたもんだ。明日は大風だぞ」
 店の誰もが訝しげに囁いていました。