私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

「小雪物語」 宮内おどり

2007-04-13 17:31:33 | Weblog
 青さを一層に引き立たせたお山に、郭公がけたたましく鳴き渡って行きます。長雨は細々とお山を濡らしています。林さまから七化のお山を教えていただいてから季節にも七化があるようで、小雪は、あれ以来、気をはってお山を眺めています。今まで五色の季節の色を見つけ、その都度、それを心の中で、新之助さまに報告しています。
 お喜智さま、新之助さま、林さま、高雅さま、私のお話しに流れるお涙を拭おうともせずにじっとお聞きくださった以勢さま、お須香さま、おいで、おいでをしているような母の面影等が、次から次へと現れては消え、また現れたりしながら、小雨にけぶる真っ青に変わったお山の中から浮んできます。
 
 みやうちのなつのおやまにふるあめを
             ひとをおもいてながめくらしつ
 そんな言葉が自然と浮かび上がってくるのでした。これって歌かしら、一度お喜智様にでも見ていただこうかなと思いながら、あの日は、林さまから言われた『歌でも習って見ないかと』言う言葉を思い出し、『まさか私が』とかぶりを2、3回小さく振る小雪でした。
 その年の夏は、日照りが続き、水不足で、この宮内でも、あちらこちらの井戸が涸れ、それはそれは大変な騒ぎになりました。お米も随分不出来で、お粂さんたちどこのお宿のお母はんたちが「客が少ない不景気だ」としきりに歎いておられました。
 そんな神無月のもう終わりになった頃、ひょっこりと、万五郎親分さんが、久しぶりに、お粂さんの元に帰って来られました。
 親分さんのお話によると、熊次郎大親分さんは、全国津々浦々の大親分さん方を、この宮内にお呼びして、「吉備津神社勧進興行宮内大鳴竈会」を大々的に開こうと、もう2年この方準備していたのだそうです。そのために、熊次郎親分の四天王と呼ばれていた片島屋万五郎、柏屋彦四郎、櫛屋佐五郎、菊屋久造さんたちを各国ごとに遣わして、この計画を各地の親分さんに知らせ、参加を呼びかけさせていたということです。そんな万五郎さんがたまたま立ち寄った京で、この小雪と出会い、忙しい最中を、この宮内までわざわざ連れてきてくださったのだ、と、言うことです。そんなこともあって、一年近い歳月を費やして、今、ようやく「大鳴竈会」の催しが現実のものとなったのです。
 片島屋の親分さんのお話によりますと、この宮内は、全国で例を見ない将軍様が直接お許しになっている博打場だそうです。それは、熊次郎大親分さんが、京の九条さまのご支配お受けになって居られる関係で、宮内の岡田家だけに与えられた特別なお計らいだそうです。だから、岡田家のお家の入り口といわず至る所に、いつも九条家のご家紋のついた大きな吊り暖簾や吊り提灯が懸けられているのだそうです。
 来春、癸丑、春の吉備津様のお祭りの前、卯月の吉日、二日から三日の間、この「宮内大鳴竈会」と銘打って、全国津々浦々の百数十人の大親分さん方をお招きして、賭博の会をお開きになるということです。乾児さん方の数を合せると数百人のお人が、この宮内にお集まりになり、それを見学する近郷近在のお人達を合わせると、元禄の頃、この宮内に大石内蔵助という赤穂のお武家さん行一行がお泊りになって以来の大変たくさんのお人がお集まりになると言う事です。また、賭博をこれほど大々的に開くと言うのも、それはそれはとても大きな前代未聞のことになるということです。
 それだけ、いっきにお話になると、お粂さんの差し出されますお銚子を大きな茶飲み茶碗にお受けになって、一息に飲み干されます。
 「働くなといっておいたのに、林さまに顔向けできん」とかなんか言われていましたが、小雪はお粂はんの部屋からそっと抜け出すように出て行きました。

 それから二,三日後です、「小雪、小雪」と、喉がつぶれたような親分さんの大声。
 「また、お叱かられ。今度はなんどすかしら」
 親分のお前に小さくなって座りました。突然に親分さん。
 「小雪、お前、舞が上手だとな。本当か」
 「いえ。・・・・ずっと前、ほんのちっちゃな時分に、母さんに、一寸振り付けてもらうたことがあるぐらいどす」
 「でもどえれえ評判だぞ。まあそれはどうでもええ。今度の会にお招きした親分さん方に当座の余興として、この宮内の踊りを披露して、皆さんに見ていただくことにしたのだ。
 丁度、お江戸の役者の沢村菊之助さんが、宝暦の頃作ってくれた浪速の役者、三枡大五郎さんが振り付けた宮内おどりを基にして、より華やかに作り直して、指導してくださるという事だ。この街にいる百数十人すべての技芸娼婦を動員して、京の都おどりに向こうを張って、「総宮内おどり」を披露する事にしたのだ。その立役に誰を使うかという事になり、その場で小雪の名前が一寸出たのだ。結局、菊之助さんが選ぶのだが、熊五郎親分さんの娘さんのきくえさんが、どうしてだか知らないが、小雪を随分推していたようだ。その小雪に是非合いたいと、菊之助さんが言われてな。すぐ俺と一緒に、親分さんのところに行ってもらわなくてはならなくなったのだ。」
 と、小雪の考えなど到底聞き入れてはくださらないといった雰囲気です。仕方なく身の回りを一寸こぎれいにしただけで、親分さんの後について岡田家のお屋敷に向かいます。
 「あまり心配しなくてもいいよ。この人がついているもの。でも、どうして小雪さんが。大丈夫かなあ」
 と、心配顔のお粂さんが励ましてくれます。