波打ち際の考察

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波屋山人

チャン・リン・シャン

2021-08-22 22:38:20 | Weblog
何十回か海外旅行に行った。東南アジアやヨーロッパが中心で、ヨーロッパは20か国ぐらい。
一人旅の場合はバックパッカースタイル。二人旅の場合は少しはマシな宿に泊まる。
どちらにしても、現地の人々の暮らしを感じられる市場や下町に足を運ぶことが多い。

それなりに現地の人と接する機会もあるけど、最近まで「チン・チャン・チョン」という言葉を知らなかった。
アジア系の人を揶揄する、有名な言葉なのだとか。
目じりを指でつり上げてからかう人がいることは知っていたけど、「チン・チャン・チョン」とか「チン・チャン」は聞いたことがなかった。

中国や韓国に、チン・チャン・チョンという姓の人が多いことに関連しているのだろうか。
あるいは、中国や韓国の人が話しているとチン・チャン・チョンという音が目立つのかもしれない。

私としては、「チン・チャン・チョン」という言葉や「つり目ポーズ」が、差別的なのかどうなのかよく分からない。

もしかしたら、特に否定的な意味はなく、ただ単に自分たちと異なる特徴を持つ人に対して興味を持っているだけなのかもしれない。
日本の田舎の人が外国人におどろいて、金髪だー! アフロだ―! ガイジンだー! と口にしたからといって、外国人を見下しているとは限らない。
「差別だ!」となじられたり犯罪視されたら、心を閉ざしてしまうかもしれない。

江戸時代に千島列島に漂着した日本人は、現地で会ったアイヌ人について、「猿目」と評している。
きっと、切れ長な目ではなくて、猿のように真ん丸な目が印象的だと感じたのだろう。
それは、一概に差別的な表現だとは言えない。

また、江戸時代の浮世絵画家に「あなたの描く絵は目が細いね」と言っても、差別的というか否定的な意味にはとらえないだろう。当時は、切れ長な目が肯定的に評価されていた。

現代の日本では欧米文化に影響されて、欧米人のように高身長・小顔・足長・色白・大きな目といった感じの人が憧れられたりするが、そういった価値観に付き合わなくてもいい。
目が細くても、べつに卑下する必要はない。堂々としていればいい。

私はべつに目が細くてもそのことをネガティブにとらえないので、目が細いことをバカにされてもきょとんとするだけで、バカにされていることに気がつかないかもしれない。


そういうことを考えていると、ふと、「もしかして、私も『チン・チョン・チャン』と言われたことがあるのかもしれない」と思った。
うっすらとした記憶なので、東ヨーロッパか南ヨーロッパか、コーカサスか、どこでのことかよくわからない。
ジョージア(旧・グルジア)の首都トビリシの旧市街かもしれない…

公園を歩いていると、白人系の中肉中背の比較的若い男に何か言われた。
無垢な笑顔でもなければ、見下したような笑顔でもない。恥じらいがある笑顔でもない。
ニヤニヤとニコニコを少量ずつ足したような表情だろうか。
よく聞き取れなかったけど、私は「チャン・リン・シャン」を連想した。
もしかしてこの男は30年ぐらい前に流行したリンス入りシャンプーのコマーシャルを知っているのだろうか。
「チャン・リン・シャン?」と笑顔で問い返してみた。

すると、その男は、「いやいや、×ン・×ン・×ン、だよ」みたいなことを言った。
(もしかしたら、「チン・チョン」だったかもしれない)
「チャン・リン・シャン」と言っているわけではないようだ。残念。
「それって何?」と無邪気に聞いたけど、何と言われたか覚えていない。
「名前だ」あるいは「名前は?」と聞かれて、自分の苗字か国籍を答えたかもしれない。

あまり話がかみ合わなくてすぐにその場で別れた。


たまに、外国の田舎町を歩いていると、ニヤニヤした顔を向けてくる男もいる。
多くの場合、彼らは東洋人をバカにしているのではなくて、見慣れない外来者を目にしてどう反応すればいいのか戸惑っているのだと思う。

田舎の日本人だって、白人を見たらニヤニヤしながら「鼻高! 色白!」と口にしてしまうかもしれないし、黒人を見たら「癖毛! 色黒!」などと口にしてしまうかもしれない。
それは、肯定的でも否定的でもなく率直に感じた違和感を表明しているだけかもしれない。

私は、悪意のない人に対しては、「チン・チョン・チャン」と言われても、つり目ポーズをされても、怒りを感じる必要はないと感じる。
「差別的に感じる人もいるよ」とか「気分を害する人もいるから気をつけた方がいいよ」と教えてあげる程度でいいかもしれない。

東洋人を見て「チャン・リン・シャン」と言う人が増えてきたらおもしろいなと想像する。
中高年の日本人なら、「チャン・リン・シャン」と外国人が言うのを聞いたら白い歯を見せるのではないだろうか。
打算のない、純粋な笑顔を目にすれば、心のすさんだ差別的な感情を持つ人も、あまり敵意を向けてこないかもしれない。

もし、海外で「チン・チョン・チャン!」と言われたら、「それ、どういう意味? おもしろいの? チャン・リン・シャンって言ってみて? 東洋人を見たら、チャン・リン・シャンって言った方がいいよ」と笑顔で応えたい。


ついでに言うと、人種差別だと思われている行為は、個人差別の場合も少なくない。
外国人と日本人では美醜の基準が違うと言われるけど、ある程度は一致していることが多い。
さえない表情で無気力に歩いている多くの日本人は、日本社会の中では埋没して特に問題視されることがないけど、外国ではその存在が目立つ。

日本人から見てもネガティブオーラを放っている容姿の人が「人種差別を感じた」と口にしても、それは人種差別とか東洋人差別と言うより、その人自身が否定的に見られている可能性がある。
何でもかんでも「人種差別」と言って問題視せず、個人の問題ではないかと考えることも問題解決には必要ではないかと感じる。


・参考 ちゃんりんしゃん(Soft in 1)のコマーシャル 1989年
https://middle-edge.jp/articles/I0001795


追記
目をつり上げるポーズをしてからかわれたら、自分も目をつり上げて、歯茎を見せながら口を横に広げて「レクサス!」と言ってみてもいい。
目を見開いて鼻を指で押し上げてブタ鼻を見せて「BMW!」と続けてもいいかもしれない。
車のヘッドライトが丸かろうが細かろうが、ボディーが白だろうが黒だろうが、ただのバリエーションにすぎない。人間の容姿もそんなものだと教えてあげればいい。


コメント (7)
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