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…漁師アトムの航跡… ~ある沖乗り漁師の綴記~

秋刀魚漁12 航海目!

2007年09月23日 | モバイル

魚体組成が良かった道東沖も、

前航海から小サンマが多く混じるようになりました。

襟裳岬沖は南下第1陣こそ魚体組成がよくなかったらしいが、

その後は大群の回遊で一気に

大型サンマの割合が増えたという事です!

襟裳岬沖に主漁場が形成された事で

(小型船は道東沿岸を主漁場)

21日の出港は15時。

女川港~襟裳岬南東沖の漁場までは約230哩!

21日の晩(三陸沿岸~陸中沖)は海水温がまだ高く、

ライトは点灯せずに北上、

22日11時、襟裳岬の南側で漂泊。

14時から再航走、漁労長による水温調査が始まり、

15時30分スタンバイ! 17時航走ストップ!

襟裳岬の東側約20哩、

左舷には襟裳岬の山陰を包む夕焼けが見え、

2007921_007 右舷には灯り始めた各船の集魚灯が見える頃、

2007921_003 我々は氷揚げの作業を開始、大群操業に備えました!

18時から操業を始め、移動なしでの連続操業を8回、

途中に氷倉が空かず作業ロスがありましたが

21時30分終わり満船、僚船が来るのを 待って帰途、

一旦は銚子港に向けましたが予定変更、

経済速力で女川港向け南下!

17時入港予定!


友からの電話!

2007年09月21日 | ブログ

女川港に入港し、水揚げ後

「出港は21日15時」という事で帰宅!

19時過ぎに友達(第6安洋丸)から電話がありました。

今年は出、入港、操業が合わず、久しく会っていない。

女川港向け帰港中(南三陸沿岸航行中)の船上からの電話で

電話越しの会話で19日夜、一時航行不能となった船がいて

その話題になった!

第二管区海上保安部(管内事件事故)に詳細

襟裳岬の南で操業後、満船帰港中に高波にのまれ

機関室に浸水し、船が大きく傾き、復舷しなかった事から

救命ボートに乗り、僚船に全員移り(救助された)

沈むと思われた船はその後、復舷したらしく乗組員が

船に戻り、排水等の作業を経て自力航走できたとの事!

大きな海難事故になるところ!

海況が悪くなりそうな時は、無理に漁獲せず

荒天準備をしっかりと行わなければ、いつ

こういう事になるか判りません。

最新鋭の船であっても、能力を過信しない事!

船の最高責任者(漁労長)で奮闘しているが

子供の頃からの友達である彼とは

何でも腹を割って話せる仲間。

9月も下旬をむかえ、これからの時期は

低気圧や季節風が厳しくなります。

安全操業で行きたいものです!

積荷無制限で「サンマは豊漁」

そこには危険が伴う確率が高い!

サンマの流通は何事もなかったように続く・・・

2007919_013 画像は満船後、航走するための準備をしている小型船

船首部が、かなり低くなっています。


秋刀魚漁11 航海目!

2007年09月20日 | モバイル

今週から「大型船は週2回の水揚げ」

「小型船は週3回の水揚げ」という生産調整に変わり、

17日の朝5時30分女川港に入港!

水揚げ、氷の仕込み後、10時15分女川港出港。

うねりを伴った北東の風が吹く中を微速で北上、漁場向け!

昨夜僚船が操業した漁場は

釧路沖約50哩に張り出した低水温域の分枝南東側

という事で襟裳岬から沖よりにコースを変え、

18日の日暮れまで航走、

16時のスタンバイ時にはまだ若干うねりが残っていましたが

操業が始まった18時頃には良い凪になりました。

1回目の操業で漁獲したサンマは魚体組成が悪く、

(15℃台の水温で濁りの無い青色の水色)

操業中の各船から1隻で離れ北西に航走!

遠くに見える薄灯りは操業中の小型船の漁り火、

約3時間の航走で小型船の操業船団に到着!

(13℃台の水温で緑がかった濁水)

レーダーには15哩程先に陸が映っています。

(厚岸沿岸の大黒島)操業再開2回目の揚網中には

沖側にいた大型船の船団もこの海区に到着したよう です。

50トン程漁獲し、調査航走で北上、

しかし、月が見えなくなった頃から漁模様が悪くなり、

各船赤灯が灯らず、各々調査航走!

大黒島の灯台と落石岬の灯台を左舷に見たり右舷に見たり、

少しずつ沖側へ移動しながら北上南下の調査航走を繰り返し、

(14℃台の濁水系)に変わった

落石岬沿岸北側で大群に当たり、操業再開、

計8回の操業で満船!!1時半終わりでした。

南下帰途航走女川港向け中!

6時入港予定!


秋刀魚漁10 航海目!

2007年09月17日 | モバイル

盛漁期入りしたサンマ漁は豊漁で、

本州の各市場での浜値も日増しに下落傾向が続き、

大型船の水揚げ後の24時間休漁が1週間に2航海(2回の水揚げ)

という生産調整に変わりました!

14日の10時に女川港を出港し、北上!

15日13時、漁場着漂泊。

16時のスタンバイには凪は良いが濃霧で周りが見えません!

そんな中、漁労長は水温調査の為の航走を始め、

17時過ぎにストップ!例によって氷を甲板一杯に揚げ、

大群操業へ備えました。

17時45分から操業開始!

20時まで4回操業し、約60トンの漁獲で調査航走、

濃霧の為各船の漁り火は見えませんが

レーダーには西側に並ぶように映る各船が見えました。

(各船の動きは沖側からの潮目に沿って

西よりにサンマを追っているようです)

その西側の先まで移動して行くと、大きな群れに当たり、

2回操業して満船!! 21時30分に終わりました。

操業終わりと同時に雨になり、

「後片付けは風邪をひかないように 上合羽を着てから!」

と漁労長がマイクで言う。

乗組員への思いやりが伝わります!

夜明け頃から南風が強くなり、

向かい風の中微速で南下、女川港向け!

今回も道東厚岸沖での操業でしたが、

襟裳岬の南東沖でも纏まった漁獲があったようです!

魚体組成は潮境の水温によってバラつきがあるようですが、

我々が操業した厚岸沖が4-4-2で

襟裳沖は1-4-5が主だったという事です。

サンマの南下第1陣が襟裳岬沖まで回遊して来ました。

時期的にも、もうロシアの領海内での操業は無いという事で

各船のオブザーバーが下船し始めています。

我々の船のオブザーバー(デドーフ氏)も入港後下船、

空路ロシアへ帰国となるようです!!

尚、週2航海となった事で、

各船の漁労長の判断と駆け引きが変わってきます。

我々は、水揚げ後即出港、沖出しになるようです!!


サンマ漁船!

2007年09月14日 | ブログ

とーまさんの質問へ

コメントにするには長くなるのでブログに投稿しますね!

2007910_031_1 一口にサンマ漁船といっても、最新鋭の船から

20年を超える船など、船の能力(積荷量や船速)は

まちまちでして、我々の船は今年で20年目!

サンマの積載量は満船で約90トンをメドにしていますが

漁場が近く、短時間で水揚げする場合は

100トンをメドにします。

この量の違いはコーミングと呼ばれている

魚艙の蓋の下部まで積み込んだ場合と、そこまで

積み込まず、普通に魚艙に積み込む場合と変わります!

この時期でいえば(漁場が遠く女川に運ぶ場合)や

漁場が近い(釧路港など)漁場の遠近によって加減しています。

(サンマ積載時に使用する冷水や氷の量での調整になります)

漁労長の考えで入港地に合わせての積み込みという事です。

2007910_013_1 緑色の灯りはキャッチライトと呼ばれる

(省エネ用の電球で一つの球で普通の集魚灯の電球5~7個分)

色は白色や緑、青等、使用する漁労長の考えで変わります。

ちなみに我々の船はキャッチライトを12個使用していますが

全部緑色の球を使用しています。

赤灯は、毎操業時に点灯させます。

揚網前に赤灯に切り替えてサンマを網の中央部に集めます

その間に網の底(錘の付いた足部)を船上に積み込み

網を生簀のようにして、そこから網を船首と船尾から

甲板部まで締め込んでいってフィッシュポンプで

サンマを入魚します。

実際の操業を簡単に説明しようとすると、

逆に難しかったのですが、

とーまさん説明になったでしょうか?