頑張れ!!一人娘!再び。

心臓人口弁で要介護3の父。髄膜腫の一人娘の私の、母亡き後の日々の事

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限度額適用認定証

2017年09月30日 | すべり症
さ、いよいよ手術の日が決定したので、私も急いで準備をしなければ。


一先ず、父の方は、11月から特養のロングショートを使えることになり、来月は、二回、一週間のショートをお願いした。

父が家にいる時は、父も薬の確保の為の受診、長く家を開けるわけだから、持って行くものも整理したいだろうしね。



私は私で、父がショートに行っている間に、術前検査も受けなきゃならない。

まーたMRIに入るんだって〜〜
仕方ないけど、考えると憂鬱。
閉所恐怖症、、、治らないんだよなぁ。

最近、金縛りによく合うのも、既に緊張しているせいかな?
ホント、ビビリで嫌になる。



まづ、一番最初にしなきゃ行けないことは、これ。




ご存知かと思うけれど、、、


限度額適用認定証

加入している健康保険で、誰でも発行してもらえる。
保健書に、支店名まで書いてあるから、そこに電話して聞くのが一番良いと思う。

これを医療機関の窓口に提示すると、とりあえず3割を負担して、あとで払い戻しを受けるという作業はしなくても、最初から限度額までを支払えばよいわけだ。


手術費が100万!なんて事、ザラにあるんだよ。
後から、払い戻しはあるにしても、簡単に現金をポンと払える人は良いけど、普通はそうはいかないよね。

もちろん、残念ながら我が家も一般庶民だから、ポンとは払えない。

しかも、病室によっては、室料が掛かる。
大学病院は、特に、、、そうかな。
実際、私も、既に医師から室料が掛かるよ!って言われた。

部屋が空いてなくて、まさかの個室だったりしたら、大変な事になる。
そちらは、個人で入っている生命保険から少しは補填できるかもだけど、それだけでは足りないだろな。

ちなみに、無料部屋もあるにはあるけど、いつも一杯だし、入院してから無理部屋が空くのを待ってる人もいるらしい。

まだ、細かい話は聞いてないけど、一応、入院期間の二週間は、ちょっと高いビジネスホテルに宿泊する、、、って感じかな。



だから、限度額認定証は大事。

ネットで手術費用を調べると、大まかな金額は書いてある。
目の玉飛び出るかと思ったけど、この証明書があれば、多少、ガックリはするけど、なんとかなるかなぁと思える。




私は、父が心臓の弁置換手術をした時に、この制度を知った。

でも、父の場合、弁置換手術をすることは、一級障害者になることだからと、、、
父が入院している間に、障害者申請の手続きをした。
一級障害者は、医療費が無料になるんだぁ。
もし、それをしていなければ、家を一度売らなきゃいけなかったかもしれない?



実際に、この限度額適用証明書を貰いに行ったのは、母の時だった。

最終的には、母も一級障害者になってしまうのだけど、最初は脳動脈瘤の塞栓術だけだったわけだからね。

確か、術前に、大学病院のソーシャルワーカーさんに、いろいろ詳しく教えて貰ったと思う。


両親は、既に国民健康保険加入者だったから、市役所管轄。

書類は簡単で、それを市役所の中の、国民健康保険課まで持って行き、その場で発行して貰えたと思う。

何しろ十数年前の事だから、、、
変わってる場合もあると思うので、もし必要ならば、病院には必ずソーシャルワーカーさんがいるから、聞いてみてね。



今回の私の場合。

旦那が加入者、被保険者であるわけだ。

私は、家族(被扶養者)となる。


ご存知かと思うけれど、記号は、二人とも同じなんだよ。
私、これ知らなかった。
個々にあるのかと思ってたら、私と旦那は同じ記号だった。

既に娘二人は、扶養者では無いから、旦那と私だけの、共通番号なわけだ。




保健書に、保険者名称が書いてある。
そこが、入っている保健のいろいろな手続きをしてくれる場合ってこと。


旦那様の勤めている会社に電話をすれば、いろいろ教えてくれたり、もしかしたら手続きをしてくれたりもするかもだけど、、、うちの旦那様は、とにかく忙しい。
なるべくなら、煩わせたく無い、、、

そこで、携帯から電話番号を調べて電話しちゃうわけだ。

パソコンから書類をダウンロード出来たり、書き方も書いてあるから、もちろんそれで解れば、それで良い。

私は、電話しちゃう。

電話の向こうの声は、優しい女性で、何でも聞いてください!って感じだから、大丈夫。
親切、丁寧だよ。


まづ、事情を簡単に話す。
限度額適用認定証って言葉を知らなくても、手術するって言えば、大丈夫だ。

実は、書類を取りに行かないといけないかと思ってた。

この腰で、東京の真ん中まで?
どーしよう、、、ってね。


でも、大丈夫。
書類は送付してくれて、それを記入して、また送ればいいのだ。
逆に、郵送の方が良いらしいよ。




限度額については、年齢や年収に応じて違ってくる。
それも、電話で確認できるよ。

ちなみに、保健番号をしっかり記入していれば、添付書類はいらないそうだ。



知ってる方の方が多いとは思うけど、私は知らなかったから。



決まりはね、、、ビックリするくらい、変わるんだぁ。

去年出来たことが、出来なかったりもする。

特に、保健関係や介護関係はね。


もちろん、便利になる事もあるけど、ややこしい事も増えたりする。


うちの旦那は、大学も出てるし、頭は良い方だと思う。
でも、全くこういう事は、知らないからね〜〜
あ、私が偉いとか、威張ってるつもりはないのよ。
旦那がいなきゃ、私は手術も気楽?に、受けらんないしね。
旦那がしっかり働いてくれて、保健と年金と税金を納めないと、こういう制度は使えないわけだからね。


若い子の中には、年金なんて将来本当に貰えるか分からないから、払わない!とか言ってる人もいるかもだけど、、、

年金と健康保険はセットだからね〜〜

親の扶養者でない限り、払わないと、自分が困る事になるのだ。



ちなみに、電話をしてから三日目には、書類が送られてきたよ。
ポストに入れてから、平日ならば三日で返送してくださるらしい。

有効期間は、一年だそうだ。

入院日や、手術日が決まっているならば、遅くとも、半月くらい前には動かないと、間に合わないかもだよ。
土日は休みだからね〜〜






とはいえ、、、
もし、間違った事を書いていたら、教えてください。

誤字脱字も、、、ありますが、それは、ごめんなさい!



さ、ポストに投函してこようっと。

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秋薔薇

2017年09月29日 | 私。





腰が痛くて、あまり世話が出来なかった薔薇。
来年は、ちゃんとするからね!







結局、乗るつもりのバスは運休になってしまったみたいで、次の時刻に来た。
うー、、、

でも、晴れたお陰で、予約時間の15分前に到着。
初めからこのバスにしときゃ良かった。


バスは待ったけど、主治医の診察は、待たなかった。

逆に、予約時間より早く呼ばれてビックリ。

主治医の外来は、私の様に、手術が前提の患者さんが殆どで、あまり予約を入れていないのかもしれないな。


昨日も会っていて、ある程度話していたから、直ぐに手術の話になった。

神経根ブロックは、結局、あまり効かなくて、その前に主治医に打ってもらった硬膜外ブロックの方が、持続性があった気がすると話した。

が、、、しかし。

私のロボットみたいな歩き方と、お尻というより、今は座ると尾てい骨が痛いって話したら、、、


「久美子さんの尾てい骨は、人より長いから、もしかしたら折れてるかもしれないなぁ、、、とすると、今は硬膜外ブロックは、尾てい骨周辺に打つから、やめといた方がいいなぁ、、、」

と、サラッと言ってくれちゃった。

折れてる、、、( ̄◇ ̄;)マジか?


えー、、、昨日、レントゲン撮影した時は、大丈夫って言ってたのに?


そっか、、、あの時は、腰が痛くて、腰のレントゲンしか撮ってなかった。

夜になって、なんだか尾てい骨が痛くなって、右の片足が上げにくくなるやら、座ると、いつもと違う痛みが出てきたのだ。


腰から下が、いつも痛いから、すべり症で痛いのか、自転車でコケて痛いのか、よく分からない悲しさ。

「まぁ、折れてても、すべり症の手術は出来るから大丈夫だよ」


って、、、そうなのか、、、

パキンと折れなくても、小さなヒビとかでも、整形外科の医師は折れてるって言うんだよね。


それは、今年の初めに、やっぱり自転車でコケた時に、右手の親指の付け根を折ったから知ってる、、、
今年、二度目のチャリ落下。


私は、ホントにバカすぎる。




大体、尾てい骨が折れてても、ギブスがあるわけじゃないから、放置しとくしかないらしい。
自分の治癒力で治るまで、待つしかないとか。



実は、尾てい骨が長いって言われたのは、これで2回目。
20代の前半、新宿駅の階段を滑り落ちて、尾てい骨を打った。
あの時は確か、自力で帰宅したものの、痛くて動けなくなって、タクシーで整形外科に行った。

尾てい骨が曲がった?
とかなんとか、、、ヒビだったかな?
医師に、、、
「尾てい骨が長いね〜」とだけは、言われた記憶がある。

数日寝込んだような、、、?
母がいたから、甘えられてたんだろな。


医師にしたら、折れるのも、ヒビも骨折なんだろな。

完治するまで、一カ月から二カ月は掛かるらしい。

頭を打った場所も、まだ押すとかなり痛いし、髪を洗う時にガシガシ洗えない。

硬膜内血腫も、怖い。

一応、一山目の6時間と二山目の24時間は過ぎたから、大丈夫だとは思うけど。


自業自得とは思うけど、痛いとこやら心配なとこやらばっかりだ。


なんかもう、ホントに自分が嫌になる。




ともかく、、、いよいよ手術が決定し、来月には術前検査。

再来月には手術だ。




去年の今頃は、考えてもいなかった展開。


ホントに、人生って何があるか分からないよね。



生きているからこそ、なんだけど。



生きているからこそ、痛いし辛い。



それでもやっぱり、、、
生きていかなきゃだ。








薔薇が、小さいけど沢山咲いた!

春と、秋。
薔薇は、一年に、二回花を咲かせる。
すごくない?






また、来年も、二度咲くのだ。



私も、まだまだ咲かせねば(笑)




皆さま、一緒に頑張りましょうね〜



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来ない!

2017年09月28日 | 私。
今日は、大学病院に11時の予約。


雨が上がった!

やっぱり私はついている。


バスのリアルタイムの運行表を見ながら、
10時発のバスに乗ろうと、ユックリ歩いてきた。

バス停に着いて、再びリアルタイムの運行表を見たら、、、


10時発のバスが無い?!



何故、、、



たしかに、雨でかなりダイヤは乱れていたけどさ、、、


まさかの運休?




酷い、、、既に、家から出て、30分以上待っている(TT)



予約時間に間に合うのかしら、、、






車はあるのに、運転出来ない私が哀しい、、、



タクシーも、雨で予約出来なかったし、、、



タケコプターが欲しい。

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スースー

2017年09月27日 | 私。
朝起きたら、か、身体が、、、動かない〜 上を向くと、首が、、、痛い、、、 腰はもちろん、座ってもいられず。 明日は、大学病院の予約が入ってるけど、もし、打ち身じゃなくてだったら? もう、考えてるのに疲れた。 父を、早めにショートスティにお願いして、整形外科に行く事にした。 ちょうど、大学病院から、主治医が来てる日。 明日も大学病院に予約してるから、会うんだけど、、、一日中こんなじゃ、何にも出来ないし。 ロボットみたいにしか歩けないけど、歩けてるから、大丈夫だとは思うけどさ。 湿布も無くなったし、、、行ってこよー 「先生、自転車から落ちましたぁ、、、」 首と、腰のレントゲンを撮って貰った。 首は、完璧じゃないけど、まぁ大丈夫らしい。 ん?どーいう事? 多分、以前、ヘルニアがあるって言われたから、それだね。 軽いムチウチみたいに、なってるらしい。 腰は、、、 「こんだけ骨が滑ってるんだから、尻餅ついたりしたら、衝撃で益々痛くもなるよ。 まぁ、骨折とかしてないから、骨盤は打撲だな」 第4腰椎だけ、ホントに天邪鬼だな。 他は、綺麗に並んでるのに。 背骨の中に、私がいる?! なーんてね(笑) 先生、私がギクシャク歩いてるから、湿布と、夜飲む痛み止めを出してくれた。 サインバルタ20mg 最初の一週間は、一錠。 次の一週間は、二錠。 薬ばっかり増えていくなぁ、、、 こんなに痛み止め飲んでても、痛いんだからやんなる。 昨日、自転車でコケて、二十四時間。 タンコブは、少し小さくなってきた。 触ると痛いけど、気持ち悪くなったり、頭痛がしたりはしてないから、良かった。 あとは、日薬だな。 明日は、いよいよ、手術の説明かな。 もうさ、身体のどこも痛くないって、どんなんだったか忘れちゃったよ。 でもさ、生きているから痛いんだしね〜〜 とりあえず、家事は手抜きで、安静にしてよーーっと。 痛いときは、寝るに限る。 かな(^ν^) そー言えば、昨日の朝ご飯を食べたきり、ヨーグルト一個しか食べてない。 ちゃんと食べて、夕飯の支度まで、ひっくり返ってよーーー お尻、スースー。 首、スースースースー。
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大丈夫でした。

2017年09月26日 | 私。
おかげさまで、頭の方は大丈夫みたいです。

ホント、もう、なんともはや、、、


CT撮って貰って、特に異常はなし。

タンコブは、ユックリ治っていくらしい。


でも、硬膜下血腫なんて怖いこともあるので、暫くは注意が必要らしい。

まぁ、心配ないとは思うって言ってたけど。


あーあ、、、

なんだかなぁ。




しかし、この医師は、打った場所を触りもしなかった。

そんなもんなんだかね。

ちょっとくらい触ってくれたら、もっと安心なんだけどなぁ。




しかも、、、CT撮影中。
終わりかなぁ〜と思ったところが、、、

「ちょっと待ってくださいね。機械からの映像が出るのに少し時間がかかるから、、、リラックスして待ってて下さいね」


えー、、、なんかあるの?
って、ドキドキ、、、


からの、、、


「もう一回撮りますから、動かないでくださいね、、、」



「はい。いーですよ」


で、終了。



また、タクシー往復、CTで、、、諭吉さんが消えた、、、








旦那、ごめんね。

毎日毎日遅くまで働いてるのに、稼いだお金は、私の医療費に消えていくばかり。

これから、まだまだかかる訳だね。




限度額認定証、、、貰っとかなきゃね。

今日、書類を送ってもらえるように、電話でお願いした。

3日くらいで書類が来るから、すぐに書いて送付すれば、また3日くらいで認定証が発行されてくるらしい。


それさえあれば、入院中にあまりドキドキしなくて済む。

諭吉さんが、3桁必要な事も無いそうだ。
うまくいけば、1桁、、、だと、良いけどなぁ〜〜

生命保険の入院特約、、、残念ながら最低金額。
でも、食費くらいには、なるかなぁ。



それにしても、今年の我が家の、、、イエ、私の医療費は、検査代やらタクシー代を含めて、ベラボーだ。

年度末、今年こそ、忘れずに、高額医療費の申請もしなきゃな、、、






とにかく、気をつけます(TT)














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やってしまった、、、

2017年09月26日 | 私。
今日は、父の泌尿器科の受診。

薬を貰いに行かなきゃならない。


夕方からヘルパーさんが来るから、病院帰宅後には、速やかに昼ご飯。


お迎えの予約時間まで、ちょと時間があるから、コンビニでサンドイッチを買っとこう。


と、10時前に、チャリで家を出た。

あ、今なら、スーパーも開店するな、、、
と、方向を変えた。

あら?チャリの空気、おかしい?

と、、、後ろを振り返ってしまった私。



見事に、細い道の壁にぶつかってしまった。

チャリで、コケた。



ガツンと、、、腰を打ち、後頭部も。



ヤバイ!頭打った、、、


と、思った。




でも、立ち上がれたので、家に帰った。



家から、三分くらいの所。





頭には、タンコブ。

腰も、痛過ぎ、、、、、



でも、父を病院に連れて行かないと、薬が無くなる。



とりあえず、頭を氷で冷やしながら、病院へ行く支度をした。



ありがたいことに、病院は空いていた。

父の尿も綺麗だと言うし、いつもの薬を三ヶ月分処方してもらえた。

11月に、私が手術するから、、、暫くは来れないからね。


ついでに、私のタンコブも見て貰いたかったけど、残念ながら脳外科も整形外科も休診、、、




帰宅して、頭を触ると、タンコブがブヨブヨしてる。


そんなに痛くも無いし、吐きけも頭痛もないけど、、、結構なタンコブだ。

う、、、心配。


腰も痛いけど、これは明後日、主治医の受診日だから、コケた事、申告しなきゃだな、、、


頭、大丈夫かしら?


氷で冷やしながら、、、ネット検索。




やっぱり、診てもらった方が良さそうだなぁ。



てな訳で、、、近くの脳神経外科を探して、電話して、、、


午後の診察が、二時半かららしいので、行く事にした。


タクシーも予約して、、、


父は、三時からヘルパーさんが来る日なので、とりあえず大丈夫だな。


一応、ヘルパーさんにも事情を話して、電話が鳴ったら、私だから、取ってくれとお願いした。


まぁ、大丈夫だとは思うけど、、、
私は、いつもギリギリのところで、ついてるからね。




とは言え、ギリギリのところに行かなきゃなんないのが、、、辛いとこ。

まぁ、コレは、、、おっちょこちょいな性格のなせる技なんだ、、、

いつも、反省はするんだけど、、、
気をつけてもいるんだけど、、、気を抜いてしまう時が、多々あるわけだな。



う、、、悲しい。




なんで、私ばっかり、、、

なんで、私ばっかり、、、




って、自分のせいなんだから、仕方ない。




とにかく、病院に行って来ます。





バカな私、、、、ホント、情けない。






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私の願い。

2017年09月24日 | 私。
昨日は、御墓参り。

弟と、母の眠る東京の郊外へ。


お彼岸だから?
連休だからか、凄い渋滞だった。




いつもなら、旦那と二人、バイクで行くのだけれど、今回は、クルマ。

バイクなら、渋滞もあまり気にならないんだけど、、、
すり抜けられちゃうからね〜

クルマだと、そうはいかない。

結局、いつもの倍以上、到着までに時間がかかった。




次女も、久しぶりに付いてきたから、三人でのお墓参りだ。


朝方まで、あんなに雨が降っていたのに、曇り空ではあるけれど、傘はいらなかった。

腰も、なんとか大丈夫。
痛みが増して、うづくまる事も無かった。


暫く来れないかもしれないから、枝切りバサミで旦那に伸び切った、金木犀の木の枝を切って貰った。
次女も、よく働いた(笑)



黄色い小さな花が、沢山咲いてる。
可哀想だけど、仕方ない。

墓石より大きくなってしまって、かなり枝が広がってしまったから、、、


優しく甘い香りに包まれながら、旦那が俄か植え木職人さんになる。

小さな花が、パラパラと落ちた。








私達夫婦が、お墓参りに行った午前中。

長女は、昼近くからの外出って事で、家にいた。

父から呼ばれて、父の部屋に行くと、、、

「着替え、手伝ってくれ。」と、言われたらしい。

長女は、言われるままに、シャツを脱ぐのを手伝ったらしいのだけど、、、

「何に着替えるの?」と、聞くと、、、

「パジャマに、、、」と言われたらしい。


こういう事は、今までもあったから、長女も直ぐに、父の勘違いが分かって「まだ、昼だよ!」と、伝えたらしい。


その後、長女が出かける前に、父の部屋を覗きに行くと、またテーブルにうつ伏せになり、眠っていたとか、、、

落ちたら大変と、かなり強く怒ってしまったらしい。
一度、すべり落ちているのを知っているからね。

既に出かけたい時間は過ぎていて、長女も困ったのと、本当に危ないと思ったらしく、私の所へラインが来た。

約束の時間が過ぎていて、出かけたいけど、大丈夫か長女なりに心配なったようだ。

そりゃ、そうだ、、、


慌てて父に電話をした。

その時は実にしっかりしていた。
渋滞で、まだお墓に着かない事を言ったら、大変だなぁ、、、と、理解していた。

お墓参りを終えて、急いで帰った時には、既に三時近く。


父は、いたって普通だった。



時々起こる勘違い。

思い込んでいるから、本人は何の不思議もない。
でも、言われた側は焦る。
こればかりは、なかなか慣れないもんだなぁ。


先週、私の腰の手術後に、預かっていただける施設が決まった。

11月1日から、ロングショートを使えることになった。

特別養護老人ホームの、入所待ちという事で、、、つまり、待機だ。


介護者が入院手術するとしても、、、

まだ要介護3である事、
他に一緒に暮らしている家族がいる事、

そうなると直ぐには、緊急でも入所する事は、無理らしい。

それでも、なんとか元の生活に戻れるまでは、ロングショートを受けてくれた。
本当に、良かった。
しかしまぁ、、、いろいろ大変だった。


とりあえず、三ヶ月。
リハビリ、頑張らなきゃな。




父は、もちろん了解してくれている。

「お前が困らないように、自分の事だけを考えなさい。俺は大丈夫だから!」
と、言ってくれた。

でもさ、やはり、父は辛いよなぁ。

時々、なんだかいろんなことが分からなくなるのも、頭の隅に、心配事を抱えているからだろな。

誰よりも、私を心配してくれている事は、本当に、よく分かる。

父は、自分の辛さを、あまり言わなくなったもの。
私をむやみに呼ばなくなったし、、、

この歳になっても、まだ親に心配をさせるなんて、情けない話だなぁ。

せめて、腰から下の、この痛みが無ければ良かったなぁ、、、






本当のことを言ってしまえば、私だって、腰椎の手術なんてしたくない。

神経が走ってる場所だもの、怖いよ。

手術をして、この痛みが消えれば良いけど、そうじゃなかったら、どうしようかとも思ってる。

痛いのは、なんとか我慢できても、歩けなくなったりしたら、どうしよう。

私だけ辛い、、、では、済まされなくなるんだ。



顔も、痛い〜〜
痺れより、段々痛みに変わってきた。

髄膜腫は、前回のMRIで、有り難くも大きくなってはいない事が分かったけど、、、潰されて傷ついた神経、何より滑車神経は修復される事は二度と無いと医師が言っていた。
多分、もっと痛くなると、、、

それこそ、医師が手術する事を、勧められない場所にあるんだから、どうにもならない。

危険が沢山で、後遺症どころか、メスを入れたら、死と隣り合わせ。
良性だから、痛くて辛くても、我慢した方がいい。

らしい。

もし、家族に迷惑になるような後遺症が残ってしまったら?
一生、車椅子になったら?

それは、辛いだろな。

それならば、顔の痛みなんて我慢しなきゃ。

だから、生きるために、我慢する。

父を、残して先に逝くわけにはいかないから。
二度までも、親より先に子が逝くわけにはいかないもの。


本当は、腰の手術も、今は、するつもりは無かった。
でも、私が思っているより、ずーっと父は強かったから、とりあえず、動けるようになる為に、賭けてみることにしたわけだ。

まさか、腰の手術で死にはしないだろうしね。
分かんないけど、、、さ。


でもね、、、そこまで考えて、手術の準備しなきゃいけないわけだから、本当に大変(笑)
今の介護保険の制度は、あくまでも、介護される側のもの。

だから、なりふり構わず、、、(笑)
そこまでしないと、寝込むわけにもいかない。
私は、清水由貴子さんが大好きだけど、だからこそ、彼女にはならない。






命に関わる事じゃない事は、大した事じゃないみたいに、言った人がいたなぁ。

痛くたって、死ぬわけじゃないんだから、って、言っていた人もいたなぁ。


強くなんなさい!

強くなるべきだよ!!




って、肩を叩かれたり。

しかし、これ以上、どう強くなろうか(笑)







すべり症も、顔面神経痛も、、、


痛いんだよ!!!














だから、頑張って!って事だよね。

それは、励ましの言葉だね。


ありがとう。
そうだね。
頑張るね!







強さって、何だろう。



でも、、、


私は強くなくていいや。

弱い自分のまま、足掻いて、愚痴って、助けを求めて、、、

身体中、傷だらけになっても、母の様に、笑って生きていく。

父を、路頭に迷わせるわけにはいかないし、娘達の荷物にもなる気は無い。
旦那にも、今まで通り、自由なライダーでいて欲しいし、まだまだ現役の現場監督でいて欲しい。

私の周りにいる、沢山の、生きていくために傷だらけで頑張っている人のように、私も頑張っていこう。





そして、、、私の幸せは、、、


娘や旦那に、友達にも、、、

「あれだけ好きな事も出来たし、やり残した事も無さそうだし、言いたい事を言って、我慢しないでブチブチぐちりながらも生きたんだから、後悔は無いわね。幸せだったんじゃない?」

そう、言わせる事だ。
言って貰いたい。


間違っても、可哀想とか、強いとか、、、まして偉いとか、、、

言われたら困る。
思われたら困る。


誰にも、憧れられないようにしたいと思う(笑)

言われるわけ、無いけどね〜〜あはは。




そう思って貰えたら、一番幸せだ。


私の願い。









さぁ、その為に、頑張ろー(*^^*)


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NAOKO☆アサガオ

2017年09月22日 | 私の好きなこと。







もう、初秋なんだけどね〜〜

ユックリ咲き始めた、我が家の朝顔。




お隣さんに、頂いた種なんだ。

この朝顔の種は、そんじゅそこらの種じゃ無いのだわよ。


NAOKO☆アサガオ

宇宙飛行士・山崎直子さんが2010年に一緒に宇宙へ持って行ったアサガオの種の子孫なんだって。


最近、ユックリ箱庭いじりも出来ないから、毎日咲いてる朝顔に、癒される。



宇宙にいた朝顔の種、、、の、子孫。



なんかさ、朝顔だけど、目をつぶったら、星いっぱいの、宇宙が見えない?


見えないか、、、




しかし、色んな色の花が咲いた。




濃いピンクの花は、毎年咲かせてる、メイドイン我が家の種から生えたやつ。

花弁が繋がってないピンクの花は、母がいた特養の周りに咲いていた花の種を、頂いたやつ。


ホントに花って、凄いよね。
あんな小さな種から、こんなに沢山の花が咲く。


そしてまた、沢山の種ができて、、、来年も、再来年も、もっと先も花が咲く。



ま、種を撒かなきゃダメだけどね〜〜
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貴女と、母と、、、私。

2017年09月21日 | 私。
そして、、、もう一人。





やはり昨日のこと。


夕方、高校二年の時の同級生から、お香典のお礼の電話が来た。


もう、一ヶ月は過ぎただろうか、、、
彼は、三十年来の妻を亡くしたのだった。


報せてくれたのは、やはり高校二年の時の同級生。


何故か、高校二年のクラスは、とても仲が良かった。
高校三年ではなく、二年ていうのが面白いでしょ。

二人とも、もう、40年来の友人となるんだなぁ。


私の行っていた高校は、都立の、極々普通の高校だった。

制服が無い、、、
変わっていたのは、そこだけ。

標準服と称された、学生服を着ている人もいたけど、ほとんどの人が普段着で学校に行く。
流行りのハマトラや、アイビールックでビシッとキメてる人もいたし、アロハシャツとか下駄を履いてる先輩もいたっけ。

多分、高校生らしい服装で、、、みたいな事は、学生手帳に書いてあったのかもしれない。

だからって、荒れて学級崩壊なんて事は、全く無かったよ。
怖い先生もいた。
赤点を取れば落第もする。
服装以外は、普通の高校だった。


卒業してからも、高校二年の同級生十数名で、よく集まっていた。
なんだかんだと名目を見つけては、飲み会をしたり、皆んなで旅行にも行っていた。

いつしか彼女連れ、彼氏連れになり、そのうち家族連れになり、、、
小さな子供が何人も、チョロチョロ走り回ってる時もあったっけな。

そんな楽しい集まりも、やはりそれぞれに忙しくなり、転勤やら、それこそ家庭の事情やら、大勢で集まることは無くなった。

それでも切れずに繋がっていられたのは、年賀状があったからかもしれない。
年に一度は、必ず思い出す友達。
それはそれで、良いんじゃないかな。


前々記事の、亡くなった中学三年の同級生の事も、何処かと何処かが、年賀状で繋がっていたから知れたことだった。

年賀状って、スゴイんだよ。
若い人達に、教えてあげたい。
なんてね。





久しぶりに送られて来た、高校二年の同級生からの一斉メール。

悲しいお知らせ、、、の、件名。

同級生の奥様が亡くなったこと、葬儀の日時と場所が書いてあった。
繋がらなくなった人もいるから、知っている人には報せてくれというものだった。


友達の奥様とは、直接話した事は無いけれど、家族連れで集まった時には、お会いしている。
ちょっと年上の看護師さんだったな。


葬儀場は、残念ながら今のこの腰では、行けるような場所では無くて、行く事は出来なかった。
後日、やはり葬儀に出れなかった親友が私の所へ来てくれて、遅ればせながら、二人連名でお香典を送らせてもらった。



そのお礼の電話が、昨日の夕方来たのだ。


お悔やみの言葉を言う。

思ったより元気そうだったけど、空元気だね。
まだいろいろ忙しくて、ピンと来ていないって言っていた。

聞いていないのに、、、経緯を細かく話してくれた。
話したいのかな?と思って、黙って聞いていた。





夏休みで、家族で奥様の実家に里帰りしている時のこと。
夜遅く、奥様が突然倒れ、救急車で運ばれたそうだ。

脳動脈瘤破裂による、クモ膜下出血だったそうだ。

そして、、、細かい話を始める。



つまり、こういう事だ。




以下、文章お借りしました。

脳動脈瘤が原因であるくも膜下出血の患者さんにとって最も危険な事は、再発作(再出血)です。破裂した脳動脈瘤は、もう一度出血(再破裂)しやく、特に24時間以内が要注意です。再破裂によりくも膜下出血が増え、脳のダメージがより深刻になり、生命の危険が高くなります。この再破裂を防止する為に脳動脈瘤にいく血流を止める治療が手術です。

股の付け根の血管(大腿動脈)から動脈瘤までカテーテルを入れて、プラチナ製のコイルを詰め込むコイル塞栓術があります。



聴きながら、、、受話器を持つ手が震えた。
まさに、母が受けた手術だ。

コイル、塞栓術。

母は、脳動脈瘤が、破裂する前だった。
しかし、異物が入った事で、血栓が出来、脳梗塞を起こしてしまった。


同級生の奥様は、90パーセントのコイルを入れたところで、再破裂したらしい。
そして、脳死となったそうだ。

医師にも、思いがけない事だったらしい。


それから一週間後、静かに息をひきとったと言っていた。

細かい話を聞いて、私が分かることを、驚いていた。
そりゃそうだよね、、、普通なら、コイルだとか、塞栓術なんて、分からなくて当たり前だもの。



なんで、気づかなかったんだろうと、しきりに言っていた。

具合、悪そうな時があったんだって。

居間でゴロゴロしている事があって、、、

「なんだよ〜寝てばかり、、、」
って、言っちゃってたんだって。

今は、何が何処にあるのか、サッパリ分からなくて困ってるよ、、、って、笑って言ってたけど、、、
泣きたいよね〜

それくらい、頼り切っていたんだよね。
信頼して、安心して、家の中のこと、任せてられた人。

残念だよね。
悲しいね。

まだ、未婚の息子と娘、、、結婚式も見たかったろな。
孫だって、抱きたかったよね、、、

何より、皆んなが知っている。
奥様は、その同級生を追いかけて、東京まで来た彼女だった事を。

まだまだ一緒に、いたかったよね、、、

麻痺や、障害は残るかもしれないけれど、死ぬなんて事、微塵も思っていなかったんだって。


「元気出してね!身体には気を付けてね!」

気の利いた言葉なんて、私には、何にも見つからなかった。

「仕事があるから、気が紛れるよ。」

そう言ってた。


きっと、高校二年の仲間が、ほっとかないから大丈夫だね。

「遊んでもらいなね〜」って、電話を切った。




心から、ご冥福をお祈りします。





偶然とは言え、同じ日に、三人の方の最期に触れた。

そして、母のことを、久しぶりに思い出して、いろいろ想った。

このところ、自分の腰やら頭やらに加えて、父のこと、、、忙しくて、母の事を思い出す事が少なくなったからなぁ。

神経根ブロック注射をしに行く時だけ、痛くしないでね〜って、仏壇で頼んだけど。




この場所にいると、沢山の方の闘病に触れる。
亡くなった方も、沢山いらっしゃる。

もちろん、頑張っている方も、沢山だ!
八さん、今日もリハビリ頑張ってるんだなぁ〜って、嬉しくなる。
いつかきっと、横浜で(*^^*)



介護ってさ、、、
支える側、支えられる側と、分かれているように思うけど、間違えてた。

支え合っているんだね〜
と、今更ながら思った。


私が母を支えていただけではなく、確かに私は母に、支えられていた。

だから、あの十年は、母にとって、、、上手く書けないけど、母親として娘への愛情そのものの時間でもあったんだ。
だからきっと、生きていて、良かったって、思っているはずだと思えた。


もう、あの十年の事を、悔やんだり悲しんだりするのは、やめよう。

あの選択は、間違いなんかじゃなかった。


確かに違う選択もある。
矛盾しているけど、自分の身に起きたとしたら、、、
中学の同級生のように、そちらを選ぶかもしれない、、、

でもきっと、それも間違えにはならないだろうとも思う。





今は、もう、考えなくても良いことにしよっと。









私は、とにかく腰の手術をして、、、

是が非でも、元気になってやるぅ〜〜

それで、大好きな旦那と、113歳のタンデムツーリングに行くよ!



私は私だから。


エイエイオー!!







追伸。


誤字脱字、矛盾に、独りよがり。
大変失礼致しました。

読んで下さった方、読みにくくて、訳わからない箇所も多々あったとおもいます。
ごめんなさい。

今、思う事を、どうしても、書いておきたかったから。




明日、皆さんが幸せでありますように。
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貴女へ。

2017年09月21日 | 私。
昨日のこと、続きます。




父の部屋の掃除と、入浴介助で、昔馴染みのヘルパーさんが来て下さった。

母の在宅介護を始め時から我が家に来てくださっているヘルパーさんで、付き合いは、もう12年以上になる。

私の方がチョットだけ年上だけど、同世代で、とても仲が良い。
ヘルパーさんなんだけど、友達みたいに話が出来る人なんだ。




12年前、私が在宅介護の初心者。
そして、某ヘルパー会社の支店立ち上げと共に入って来た、彼女もヘルパーの一年生だったと思う。


気負っていた二人。
元気な40代半ばの二人。
若かった、二人。

性格が似ているのかもしれない。
それゆえに、、、ぶつかった。

何がどう?って事は、全く覚えていないのだけど、、、ね。
私が彼女を好きになれなかったように、彼女も私が嫌いだったと思う。

ところが、年月を重ねるうちに、いつの間にか、なんでも話せる人になり、、、
スッカリ、頼りにし、会うと嬉しい人に変わっていた。

お互いに、、、歳をとって、丸くなったのかもしれないし、やっぱり似ている性格だから、考え方が似ていて、気が合うのだと思う。


そんな彼女は、前の所長が引退し、今は所長さんになっている。
しかし、ヘルパー不足は否めず、今も現役バリバリだ。

母の様な、介護度の高い、、、身体介助を重点としている家には、とても必要なベテランヘルパーさんだと思う。

だから、残念ながら、母が他界した時に我が家の担当からは、外れてしまった。
父は、今でこそ要介護3だけれど、その時はまだ、要介護2だった。

彼女も、強い人なんだけど、今から書き置きたい貴女は、別の人。



その貴女は、、、

やはりヘルパーさん。
我が家に来る様になって、2年くらいかしら。
週三回の利用のうち、彼女は二回来てくださっていた。

40代前半かなぁ、高校生の娘さんと、大学生の息子さんのいるお母さんだ。

このヘルパーさん、八月一杯で事業所を辞めてしまった。
当然、我が家にはもう来ない。

その穴を埋めるべく、前述の彼女が久々に我が家にやって来たわけだ。




話が逸れてばかりいるけど、ヘルパーさんは、お医者様の数より少ないらしい。
我が家に来ている訪問医療の医師が、いつもこう言っている。

ヘルパーさんこそ、もっと沢山いなきゃいけない。
そうじゃないと、国が推奨する在宅介護は成り立たない!

だからね、どのヘルパー事業所も、慢性の人員不足。
結果、所長さんも机上の人ではいられないわけだね。

我が家は長い付き合いって事もあり、本当にヘルパーさんには無理を聞いて貰ってる。
確かに、私の在宅介護も、ヘルパーさん無しでは成り立たなかった。



話を戻すね。


辞めてしまったヘルパーさん、我が家に来て暫くは、ほとんど口を開かない人だったの。
もちろん、返事をしないとかじゃなくてね。
返事しか、しないと言うか、、、暗いの。

大概、ヘルパーさんは明るい、元気な人が多いと思う。
利用者と、話をすることで、コミュニケーションを取らなければいけない場合も多いしね。
話すことも、仕事のうちだったりもするかな?

とにかく、とても大人しいヘルパーさんで、長年いろんな方にお世話になっているけど、チョット珍しいな、、、って感じで見ていた私。

ベラベラ喋る人が好きじゃ無い父も、あまりにも喋らないヘルパーさんに、実は少し不満だったみたい。

たまに、お散歩、買い物介助として、二人で外に出るんだけど、ヘルパーさんが、父のチョット後ろを、黙ってついてくる。
そんな感じだったらしいの。

そう、いわゆる愛想が無い。
ヘルパーさんには、向いてないような気がする。

それを私も感じていたのだけど、世の中、いろんな人がいるからね、、、

私も、母の時とは違って、ヘルパーさんに父を任せて、二階にいることが増えていたし。


ある日、お散歩から帰宅した父が、危うく転びそうになったらしいの。
横を歩かないヘルパーさんだから、当然ながら支える事も出来ず、、、

父は、かなり怖い思いをしたらしくてね。
何のために、介助してもらっているか、分からないと怒ったわけ。

もし、父が怪我でもしたら、傷つくのは多分、ヘルパーさんでもあるよね。

こりゃもう、、、言わなきゃ、、、って、ヘルパー事務所に電話した。

仲の良いヘルパーさんが、ヘルパー事業所の所長さんとして仕切っているわけだから、話はザックバランに。


所長として、彼女の性格は、もちろん知っていたし、他の利用者さんからも、苦情の様なものはあったらしい。
だから、話もしていたらしいの。

決して、嫌な感じとか、悪い人では無いのよ。
穏やかで、優しい。
ただ、人と話すのが苦手なだけなんだろな。
性格なのか、何か思う事あっての事なのかは、分からないけどね。



それからは、私も、出来るだけ彼女と話す様にしたの。

苦情ではなく、笑いながらお願いもした。

取って食ったりしないから、もう少し笑顔を見せて欲しいな、、、ってね。

その頃の父は、ディにも行かず、家族以外とは、あまり話をしない。
たまにキングジーにもなるし、難しい人でもあるけど、、、元は洋服屋の主人、話は好きな人なの。
だから、話し相手にもなって欲しいってね。

優しく微笑んではくれたけと、やっぱり無口なヘルパーさん。


でも、彼女も少しづつ仕事に慣れていったんだと思う。
暫くして、少しづつ笑顔も増えて、少しづつ話もする様になってね。
相変わらず、お喋りでは無いけど、明るく元気になってきた。

父も、不満を口にすることが無くなってきた。



ところが、8月一杯で辞めるって言うから、ビックリ。
理由は、家庭の事情。
利用者としては、それ以上は聞けないし。

でも、そこは私。

あと何回かでサヨナラって時に、聞いてみたの。

「何で辞めちゃうの?」って。

彼女「引っ越すもんで、、、」って言うから、、、

「転勤?」て聞いたら。

「そうなんです」って。
ニコニコ笑ってた。

「ならば仕方ないよね。残念だけど、またヘルパーさんするなら、頑張ってね」

もう、無愛想でも何でもなく、素敵な笑顔が出来る、優しいヘルパーさんになってたんだ。

まさか、あんな悲しい思いをしていたなんて、、、





彼女が最後に来てから、20日過ぎた昨日。

馴染みの仲の良いヘルパーさんと、仕事時間が終わったあと、玄関前で話し込んでたの。

母がいる時は、いつも時間のある限り、よく二人で、友達として話していたの。


話の流れで、辞めていった彼女の話になってね。

最初はどうなるかと思ったけど、最後はニコニコ出来る様になって、変わったよね〜
辞めちゃって、残念、、、てね。

もうすっかり、近所の仲良しのママ友同士の立ち話、、、聞いたらダメそな事まで、おばちゃんは突っ込んじゃうのよね、、、


「旦那さん、転勤じゃ仕方ないよね。
彼女、かなり不思議な人だったから、最初、辞めるのが家庭の事情なんて言うから、変な事考えちゃったよ〜」

って言ったら、、、


「実はね、違うのよ。
旦那さんが、6月に交通事故で亡くなったの。それで、フルタイムで働ける仕事に変わるんだって」



ビックリして、声が出なかった。

涙が、ポロポロ落ちる。


悲しい、、、



可哀想とかではなく、、、悲しい。


同情なんかじゃない、、、ただ悲しい。



確かに、一週間休んだ時があった気がする。
でも、それが6月だったかは分からない。

特に何も思わずにいた。


それからもずっと、彼女は笑っていたんだ。



言ってくれたら、、、

言ってくれたら、、、なんなんだ。


私は、泣くことしか出来ないくせに。



強いなぁ、、、凄いなぁと思った。



あんなに笑わなかったヘルパーさんが、大変な時に、笑って父の世話をしてくれていたなんて。



所長のヘルパーさんと、玄関前で泣いた。

彼女も、きっと、ただ悲しかったんだと思う。
二人で、泣いた。


いろんなことが、悲しかった。



ヘルパーさんには向いてない?と思ってた彼女、とんでもない話だ。

利用者に、その家族に、そんな辛いことがあった事なんて、微塵も感じさせない二ヶ月だった。



私は、人を見る目が無いんだなぁ。



彼女の笑顔は、一生忘れないと思う。




同級生が亡くなった経緯を、メールで知った朝だった。





私は、心底、頑張ろうと思った。





彼女の旦那様、今更だけど、心からご冥福を祈ります。
































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今ここにいない、貴女。

2017年09月20日 | 私。

何故、今日だったのだろう。



偶然にも、三人の話を聞いたのが、今日だった。


今日は、泣く日になった。







56歳の私。

年々増える、喪中ハガキ。
親御さんの訃報であったものが、上司になり、先輩になり、、、
この数年、友や、その連れ合いの名前を目にするようになった。
その度に、驚きと悲しみが交差する。

生きている以上、それもまた避けては通れない道。

当たり前だけど、生まれた以上、寿命がある。
長さは違えど、誰にでも、皆んな平等にやってくる。







母は、とても元気だった。
孫の世話、沢山させちゃったなぁ。

でも、人生の一番な春の日は、私が長女を産んだ日だと言ってくれたらしいから、少しは親孝行も、出来ていたのかなぁ。



けれどある日、脳動脈瘤が見つかった。

たまに起こる頭痛、目の見え方の不自然さ、白内障のせいだと思って、手術を決めた時だった。

眼科医は、何か違うと思ったのだろう。
国立病院で、頭のMRIを撮るように言われた。

そこで見つかった、脳動脈瘤。

大学病院へ紹介状を書いてもらい、受診をする事となった。
当時、脳神経外科で、教授をしていた医師に。


手術を受けなければ、いつ破裂するか分からないと言われた。
破裂すれば、命は無いとも。
母が、69歳の時だった。

私は、母に生きていて欲しかった。
もちろん、手術を勧めた。

だって、これからだったのだ。
苦労ばかりしてきた両親。
目に見える親孝行だって、出来ていない。



母は、多分、選べる状態では無かったと思う。

慎重な父は、あの時、迷っていた様な気もする。
確か、、、そんな気がする。


手術のリスク、重篤な後遺症、今も忘れない数字。
それは、0.015パーセントだと手術の承諾書に書いてあった。

手術さえすれば、元の生活二度と戻れる。

「もし、万が一の事があっても、私がちゃんと面倒を看るから大丈夫!だから手術をして!」

私は、そう言った。
母にそう約束したのだ。

絶対に、手術をすれば大丈夫だと思っていた。
0.015パーセントの中に、母が入るわけが無いと信じていた。

元々血圧が高い母は、早めの入院をし、経過を看て、手術日が決まった。


しかし、、、脳動脈瘤の塞栓術中、コイルを三本入れた時点で、母は脳梗塞を起こした。

それでも、早い段階での血栓を溶かす点滴をしたからか、なんとか意識は回復し、話せるようにはなった。
その時点では、痛みの感覚もあったし、まさか10年間も、母を苦しめることになるなんて、想像もしていなかった。


突然、意味のわからない話をし始めた母。
脳が浮腫みだしたのだ。

脳圧を下げるために、頭蓋骨を外さなければならないと医師が言った。
すぐにしなければ、命に関わる。

また、選ばなくてはならない。


母は既に、意識は無かった。


当然のように、開頭手術をして貰った。


母の、右耳の上辺りに、拳くらいの窪みが出来た。
頭の筋肉にメスを入れたから、再び頭蓋骨を元に戻しても、窪みは無くならなかった。

私も、もちろん父も、そんな事は気にもしなかったけれど、、、いつだってキチンと化粧をし、髪を染めていた母、悲しく無いわけがないよね。

結局、命と引き換えに、片麻痺になった母。

大学病院から、リハビリ病院に転院し、一人、頑張っていた母。
とにかくとにかく、頑張っていた。

でも、車椅子生活は終わらなかった。

在宅介護を始めて、暫くの間は、目が離せなかった。
ティッシュを口に詰めたり、タオルをベットに巻きつけて、首を吊ろうとしたり、母は死にたかったようだ。

理由は、沢山あるだろう。

数えきれないくらい、、、沢山。


でも、それでも、私も父も、母に死んで欲しくは無かった。
母を怒鳴りつけ、泣いていた父を、私は一生忘れない。

暫くして、そんな行為はしなくなった。

死ぬことを諦めたんじゃない。
頑張ることを、再び始めたのだ。


最期の最期まで、母は頑張っていた。


本気で、歩けるようになろうと、頑張っていた。


母にした約束を果たせなかった私。

最期の二年間は、特養に預けてしまった事、、、
私の方が、頑張れなかった。



2年前、肺炎になり、痛い胸に顔を歪めながら、私や孫の問いかけに、一生懸命に答えてくれていた母を、私は忘れない。

そんな母を見ながら、、、もう、頑張らなくていいと、、、心底思ってしまった私の、あまりにも我儘な気持ちも、私は、忘れない。


最期は、一人で逝ってしまった母。

この10年の気持ちは、分からない。


母には、何も選べなかった10年だったのではないかなぁ。

不幸だったのか、、、
少しは、生きていて、良かったと思ってくれているのか、、、


もういない母に、聞いてみたい。


きっと、幸せだったよ!って、、、言ってくれるかなぁ。

私は、幸せだった。
しんどい事もあったけど、あの10年は、間違いなく、幸せだった。





昨日、脳腫瘍で亡くなった旧友の強い意志。


その訃報に寄せて、、、想った気持ち。

母を、想えた、、、一日。

ありがとう。




ただただ、心からご冥福を祈ります。

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さ!

2017年09月19日 | 私。
台風のおかげで、三連休の予定がかなり変動した方も沢山いるのでしょうね。

思うようには、ナカナカいかないね。

まして、自然相手には、戦うことも出来ず、、、
せめて、災害が、立ち直れないようなものでは無い事を祈りつつ、、、



私も、密かに楽しみにしていた予定、台風の暴風に飛ばされ、ガックリ。

しかも、家族が皆、別々の場所で過ごすという、台風の夜。
なんとも、、、怖いやら寂しいやら。



ピューピュー鳴いてる風の音。

ピューピュー

ホントに、ピューピュー

ギシギシ言ってる我が家の屋根が剥がれやしないかと心配になったり、、、

旦那は、現場で大丈夫かしら?
キングジーは寝れてるかしら?

とか、、、


娘達は、それぞれに守ってくれる人が側にいるから、こんな台風もまた、想い出の一日かしら?

今が不幸でなく、何処からでも逃げ出せる体力があれば、それでいい。

そんなこんなで、あまり眠れない台風の夜。
何度、目を覚ましたかしら?



しかし、明けない夜は、やっぱり無かったわ。

晴天の、台風一過。


朝、6時半に旦那から帰るライン。

一時間少し過ぎた頃、無事に帰宅。


疲れた顔はしているけれど、ちゃんと帰ってこれて、良かった。

しっかり、牛丼屋さんで朝御飯を食べて来たのは、お腹が空いていたから?
もしかして、私の為?

ハムエッグを焼いて待っでいた私としては、エー?!だったけど、、、

旦那らしい。


一時間くらいしか、寝れなかったらしく、お風呂に入った後、居間でガーガー眠ってた。


でも、、、やっぱり、いるだけで、安心だと思う。

もし、、、この旦那が、実は現場ではなく、愛人宅にいたとしたら?

寝顔を見ながら、そんな風に思ってしまうのは、、、やめとこう(笑)



台風一過のせいか、あまり眠れなかったせいか、腰が痛い。
神経根ブロック注射で、麻酔を入れた通り道が、痛い。

だけど、、、だから、折角の連休。
旦那にしたら、連休では、全然無かったけどね。
日帰り温泉にでも行ってみようかという事になり、ついでに夕飯も外で食べる事にした。


残念過ぎるけど、、、やはりクルマで。



私の一番好きな道へ




富士山の、お出迎え。




やっぱり少し疲れているから、この先に行くのはやめておこうかな、、、ってわけで、石割の湯。





暫し、腰や足の神経を解放して、、、

また、富士山を背に、我が家へ帰る。







帰り道に、ラーメン。




さ、また頑張ろう!





旦那に感謝(*^^*)
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台風、、、

2017年09月17日 | 私。
台風、来てしまいましたね、、、

いろいろと、予定されていた方、残念でした。


そして、私も、、、その一人。



この日曜、月曜日の連休は、伊豆までバイクでタンデムツーリング、お洒落なペンションに泊まっているはずだった。




四ヶ月前には、まさかこんな事になっているなんて、思うわけもなく、、、

旦那は、ポチッと、ネット予約していたのだった。







が、しかし、、、

七月末に、私の腰がこんな事になり、バイクに乗るのはやはり無理。

、、、だ。

でも、、、それでも、せめてクルマでならば、、、と。
キャンセルはせず、楽しみにしていた私。

キングジーには申し訳ないけど、、、



ちょうど、神経根ブロック注射の数日後にあたるから、少しは効いているかもだし。

前回の神経根ブロック注射、ちょうど三日目辺りに、足の痛みは少し楽になったからね。

痛い注射も我慢した、、、

その位の楽しみ、あっても良かろう、、、なんてね〜


多分、手術したら当分は旅行も出来るわけがない。
手術をしても、半年は、無理は出来ない。



伊豆ならば、高速道路を使えば、さほど遠い場所ではないし、、、アチコチ行けないにしても、お洒落なペンションで、上げ膳据膳、美味し物は食べれると、、、思っていたわけだった。


が、しかし、、、


天気予報士さんてば、当ててくれた。


見事に台風、日本横断と。






雨だって、行こうと思えば行ける。

ただの雨ならね。



しかし、台風。




案の定、昨夜帰宅するなり、、、



「夜8時に、現場で待機」だってよ。


って、、、



仕方ない。

旦那の仕事は、マンション建設の、現場監督さん。






どうやら、ありがたい事に、関東直撃は無さそうだけど、、、


先ほど、一人、現場へ向かった。


日曜日なんだけどね〜〜






そして、一時間半後、無事、着いたとラインが来た。




今夜は、プレハブの仮設事務所で、机をベットに寝るそうだ。


旅行に行けなくなって、残念だけど、、、

とにかく無事に台風が去って、旦那が早く帰ってこれますよーに。



そして、どちらにも、大きな災害にみまわれませんように、、、



私は、これから、一人寂しく、冷凍鴨蕎麦食べて、薬飲んで、、、


怖いから、サッサと寝ます(笑)







これ、美味しいのだ!



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2回目、神経根ブロック注射、終了。

2017年09月14日 | すべり症
終わり〜(^O^)

今日は、、、2回目は、嘘みたいに、あ!っとまに終わった。


何故?

前回と、全然違う。



まだ、左足はビリビリ痺れてるけど、、、
待合室で待ってる間、座ってるのも辛かったのに、今は痛くない。



ブロック麻酔が、まだバリバリ効いてる感じで、左足が痺れて力が入らない。




今日の看護士さんは、脅かさなかった。

2回目でも、ビビってる私に、同調してくれた。






さて、いよいよ、まな板の上のブタ。


麻酔は最初から痛かった、、、




チクリとしますよ〜


チクリじゃないよなぁ。

ヂグリ、、、って感じ。


いたぁ〜い。



もう一箇所。


いでぇ、、、うーーー、、、。





もう一回、チクリとしますよ〜


確かに、今度はチクリ、、、

で、スーっと長いものが背中に入っていくかんじ。




いつも痛い場所が、同じように痛かったら言ってください。


はい。




え?痛ぁ〜い、、、




前回は、お尻ばっかり痛かったけど、直ぐに足首までビリーっとした。

そう、ビリーって感じ。
凄く痛いけど、それほどでもない。
それほどでも無いけど、足首から足先まで来た!!



これ、響きますか?


コンコン、、、

響きます〜



じゃ、もう一回触りますよ。



イターイター、、、、イーイーー

足首までビリ〜



じゃ、麻酔入れますね〜

ちょっと、ジワジワ痛いですよ。


イター〜〜〜、、、

あら?前回は、こんなんじゃなかった。

フワッと、痛みが無くなったし。


今回は、薬を入れながら、ズズズーっと痛くなる。

硬膜外ブロック注射の時の、あの重たい痛み。



あと半分ですよ。



ぃだ〜い、、、クゥー、、、

やっぱり、声が出ちゃう。



でも、間違いなく、神経触られての痛みが、足首まで来た!
なんか、嬉しくなっちゃった。



薬が全部入る。


ジワジワっと、片足が温かくなる。



抜きますよ〜



終了!




多分、五分位かも。



痛かったけど、前回のように、何回も同じ場所をグリグリされる事もなく、一発で決まった感じ。


痛くて涙はチョチョ切れたけど、号泣もしないし、汗もそんなでもなかった。
叫んでない〜。


実は、着替えを持って来たのだけど、着替える必要もないみたい。



アハ、、、


大丈夫だったぁ。


間違いなく、当たりの神経だと思う。




今、造影室前の待合室。
車椅子に乗せられて、座って安静中。

まだ、左の足裏まで、痺れてる。
痺れてるけど、痛くない!



看護士さんが様子を見に来て、立ち上がろうとしたら、左足の力が入らずフニャ。



また、車椅子に乗せられて、整形外科に連れて行かれた。


が、しかし、前回のように、ベッドは空いてないのだそーで、、、今、整形外科の待合室で、車椅子に乗せられたまま。



左足の痛みが、なんとなく無いような気もする。

でも、座っていると、右足が、、、痛い。



ついでだから、右足も、、、なんて事は思わないけどね。

こんな感じなら、三回もありかな、、、
なんてね。
もう、やりたくなーい。





一発で、当たりの神経にブロック根注射出来れば、耐えられない注射じゃない。

これなら、お産より楽。




顔は見れなかったけど、前回の医師よりも若くない感じ。

なんかさ、、、余裕がある感じ?





実際は、分からない、、、

案外と、同じ医師だったりしたら、笑えるけど、、、熟年ぽい声だった。


二週間後、主治医の診察があるから、麻酔科の先生が同じ人かどうか、聞いてみようっと。

その日は、神経根ブロック注射の効き目を、先生に伝える為の受診。
手術を決定するかどうか、、、の、受診。

私としては、やはり手術して貰いたい。



ブロック注射がもうイヤだからじゃなくて、完治させたいから。

で、いつか出来るだろう二人の娘の子供、、、

つまりは、孫と遊びたいのだ!!

で、また、旦那とバイクに乗って、たくさん旅行がしたいのだ。





平成元年に結婚した私達夫婦。


30周年には、二人で九州に行きたいの。

私が一人で騒いでるような気もするけど、、、
ヘソクリ貯めているのだ(笑)







ご心配くださった皆様、ありがとうございました。


これから神経根ブロック注射をされる方、とにかく、やってみてください。


あくまでも、人それぞれの痛みだし、、、



あまりネットを見すぎると、逆に恐怖かもしれません。





さて、、、足の痺れが消えたので、ご褒美買って、帰ります。















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神経根ブロック注射、2回目、直前。

2017年09月14日 | すべり症
今、大学病院に到着。

あと30分もしたら、神経根ブロック注射をする為に、あのベッドの上に腹這いになっていて、、、


あと1時間もしたら、泣き喚いて疲れ果てているのかなぁ。



うー、、、


今日は、台風の影響なのか、下半身がかなり痛い。

痛いけど、歩けない程じゃないから、バスで来たのだけど、、、また、早く着きすぎた。


前回は、造営室の前で待っていたのだけど、ギリギリまで行かない事にした。


多分、前回と同じように、昼一番だから、麻酔科の医師達は、お昼ご飯を食べ終えて、造影室に帰って来るんだろーから。

早く行ったところで、早く呼ばれるワケもないし、、、

一人でポツンと座っているよりは、広いロビーにいる方がマシかと。


でも、そろそろ受付しないとなぁ。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




と、いう事で、造影室の前に。

既に二人の方が待っていた。



予約は1時。




こりゃ、遅れるかなぁ。

なんだか、やたらと若い先生が歩いてる。


あ、、、呼ばれた、、、







やっぱり、怖いよ〜〜〜


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