頑張れ!!一人娘!再び。

心臓人口弁で要介護3の父。髄膜腫の一人娘の私の、母亡き後の日々の事

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1月。

2012年01月22日 | 携帯電話

  

一月十九日、母は特養に入所しました。
丹沢連峰が見える、のどかな所です。
大山には雪がうっすら積もっています。
旦那とバイクで走った山が見えます。 

特養の前の畑も、この時期はひたすらに茶色ですが、春には菜の花が咲き・・夏にはヒマワリが咲きます。
今はまだ寒くて外には出れませんが、この広くのんびりとした気持ちの良い場所を車椅子でお散歩出来る日も直に来ますね。

今日は午前中にちょっとだけ母に会いに行きました。
特養に入所して・・3日目。
自転車で20分も掛からなくてびっくりでした。近い!コブクロの歌を三曲聴き終わらないうちに到着。
帰り道は裏道を走ってきたので、大きな声で一人カラオケでした。
この寒空に一汗かいてしまいました。ちょうどいい腰のリハビリにもなりますね。

母は案外と落ち着いていました。
着ていたセーターの襟元がとても汚れていたので、口うるさい私は着替えをお願いしちゃいました。
「お洗濯ならしますから、なるべく綺麗な服を着せてください・・父がこういうの大嫌いなんです。」てな具合に、全部父のせいにして細かい注文をつけてきました。
「介護士さん、忙しいのよ。早く帰りなさい・・」と母が言うので、今日はちょっとお腹の調子も悪かったので退散しました。

21日の土曜日に、父がディサービスの途中で母に面会をしてきて・・帰ってくるなりイロイロ文句を言っていたので・・それを伝えただけなのですが、男の介護士さんは、おそらく言い分もあったでしょうに・・ちゃんとその場で着替えさせてくださって、感謝です。
父は案外と言わないんですよ~帰ってくると私にウダウダ。
それでなくてもまだ気持ちが落ち着かない私に・・あ~だったこうだった・・。
おかげで私は胃の具合が悪くなって、ずっとピーゴロゴロ。
それでも土曜毎のディサービスも、これからは休むことなく行ってくれるであろう父です。
そんなに母のことが心配なら、もっとディを増やすとか、会いに行けば?って言っても・・それには返事をしない父です。ま、いいか。
父も13日に82歳になりました。
これからはもう少し父にも優しくできるかな。

今日の話からはじめましたが、前回の日記をUPしてすぐに特養からベット空きの連絡が来ました。
あれ?いつだったろ・・多分、10日か・・11日かなぁ。
「いつこちらに来れますか?」
いざとなると・・なんだか妙に立ち止まってしまいたくなるものです。
それでも、あまり特養のベットを空いたまま待たせることも出来ず・・結局次のショートはそのまま14日から17日はお願いして、18日は一日家でゆっくり過ごさせたいと・・19日の11時に介護タクシーを頼みました。

特養に着くと、大勢の職員さんがお出迎え・・ちょっとビックリしてしまいました。
母はそのまま食堂のあるロビーへ、私と父(学校をサボった長女もいました)は、会議室で職員さん達との面談でした。
施設長さん、担当代表職員さん、看護士さん、特養ケアマネさん、管理栄養士さん、特養相談員さん、特養課長さん。
それぞれの自己紹介と、家族からの要望や質問を受けてくださいました。

私ったら・・また泣いちゃいました。父があれこれ長く喋るもんだから・・なんだか目頭熱くなっちゃって。
どうも情緒不安定。この頃、自分でも呆れる位に涙もろくなっています。
もう、在宅介護は私には無理だってわかっているのに、それでも出来たらやっぱり・・。
これは、奇麗事でもなくて、一時の感情でもあるでしょうけれど・・哀しい。
どんなに在宅介護のいろんなことが耐え難いくらい嫌で、毎日が辛くて・・アチコチ身体が壊れていても、やっぱり自分を産んでくれた育ててくれた母だし。

そんな私の涙を見たからか・・施設長さんがおっしゃった言葉がこんな風だったと思います。
「施設に預けることを悪いことでもしてるような気にならないでください。介護で使う時間を、今度は社会貢献に使ってください。それは・・働くことでもいいし、どこかに遊びに行くことだってそこにお金を使えば社会貢献になるんですよ」と。
「若い介護職員が頑張っています。沢山いろいろ気になることもあるかと思います。なんでも言ってください。そして、出来れば、一言でもいいから声をかけてやってください。頑張ってくれてありがとう・・そう言ってくださったら、益々頑張れる仕事です」
「特養のお母さんに沢山会いに来て、特養の良さをまわりに教えてください」

私が泣いたのは、ただのセンチメンタルで・・罪悪感ではないのですが、そんなことはもうどうでもいいですね。
母はよわかってくれているのか、全然わかっていないのかわかりません。
ただ、私の身体のせいで家にいられないことは、わかってくれているような気がします。

だから、私はアチコチ身体のメンテナンスを始めました。
まづ・・虫歯だらけの歯の治療。
今、左下の奥歯が4本工事中。全然どうでもいいことですが・・私の歯、普通の人の2本分の大きさがあるようです。
腰は少し楽です。重いものを持たなければ、スベリ症も悪化しないで済むそうです。
髄膜腫は、どうなんだろなぁ~明日久々にMRI。大きくなっていないことを祈るのみです。

そうそう、9日は長女の成人式もありました。ちょっと人とは違う振袖。個性的な娘であります。
   ショート中の母に会いに施設まで行きました。母は覚えていないようですが・・。

私なりに頑張ってきた在宅介護です。
介護については、頑張れ~~って自分をあおってきましたが、もうそんなに頑張らなくてもいいかな。

母の在宅介護のアレコレはこれで終わります。
父の在宅介護はありますが、父は要介護2でも自分で出来ることがまだまだ多いので父のことを書くとしたら、親子喧嘩の愚痴だけになりますかね。
ブログは私の日記として・・これからも出来るだけ続けていきたいと思っています。
特養については、施設によっての違いが沢山あると思いますが、母のいる特養ということで・・少しは触れていくことにします。

母の在宅介護メインの「頑張れ一人娘」は終了します。
ここで知り会えた全ての方に、心から感謝しています。本当にありがとうございました。
沢山の情報や、コメントもありがとうございました。
在宅を頑張っているブログ友さん、身体だけは・・くれぐれもくれぐれも大事にしてくださいね。
心から、応援しています。またお会いしましょう!

次回の記事からは、タイトルも変更することにしますので・・お楽しみに~~って、想像力、文章力に乏しい私ゆえ、たいしたタイトルにはならないと思いますが。

良かったら、また遊びに来てくださいね。

 

あ!今日の最後にひとつ。 これ・・・旦那の手と足ですわ。
14日、旦那はバイクでコケました。
渋滞していた道路で、脇をすり抜けようとしたところ・・車に接触して。
父や娘達には、実は駅の階段から落ちたと言ってあるんですが。
左親指の付け根・・骨折してるか微妙な感じだそうです。レントゲンを撮ったらば、怪しい黒い筋があるとか。
もう・・本当に気を付けて欲しいもんです。
しばらくはタンデムツーリングもお預けかな・・ま、寒いし・・ね。
ちょっと記念撮影しよう!という私に、実に素直に手と足を出した旦那・・変なやつです。
一月は、ツーリングは江ノ島へ一度。
その記事も後ほどUPしますね。
前回の記事の最初の富士山は、江ノ島から撮った写真なんですよ~~。

富士山のように・・おおらかに、どっしりと・・今年はそうありたいと思います。

本格的な冬、皆様が風邪やインフルエンザにかかりませんように~。

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新春のお慶びを申し上げます。

2012年01月08日 | 携帯電話

                     あけましておめでとうございます。

なんて・・毎度のことながら、もう一月も三分の一近く終わってしまいました。
皆様が、良い年越しを出来ていることを祈りつつ・・。
もう、日常に戻っている頃でしょうか?

私は、やっと少しだけ落ち着きました。
ここ数年、本当に年末年始は頭が痛くなるほど忙しく、無駄な動きを沢山しながらてんてこ舞いをしています。
介護を始める前は・・母が一家の主婦でしたので、私はその手伝いみたいなもんで・・ギリギリまで仕事をして、呑気なものでした。
だから・・お正月はノンビリ過ごせましたし、楽しみでもありましたが・・ここ数年は本当に、ひたすらバタバタバタバタ。
娘二人は昔の私のように、ギリギリまでバイトですし~~あとはコタツで丸くなるってなもんで、ホントにムカムカしちゃってました。
それでもとりあえず・・御節料理を作ったり、買ったりしたものを重箱に詰めて・・今年も家族六人でささやかなお祝いが出来ました。 来年は・・母はどうなるかなぁ~なんてことを考えそうになりましたが、来年の話は鬼が笑いますね。

五日の日に、母の健康診断をしてきました。
心電図に血液検査、胸のレントゲンと・・喉の粘膜を取っての感染症等の検査です。
尿検査はタイミングが難しいので、当日の朝と、ギリギリ出かける前に採って病院の検査室に届けました。
結果は一週間後に出るらしいです。
検査が終わって、月に一度の脳神経外科の受診も終わらせ・・一旦家に戻って父を乗せて、母はそのままショートスティへ。
私と父は、特養の家族面談でした。
母の生い立ちとか・・性格とか、好きなこと・・趣味とか・・食べ物とか・・家族構成とか・・
母自身の面談は、何度も相談員の方とは会っているし話もしているので省略で良いそうです。
実際、母は・・特養に行くことをちゃんとわかっているかどうかわかりません。
それなりに母には話しているつもりですが、母はすぐ忘れてしまうようですし・・父はまだその話を言い出せないようです。

もう、母の部屋も決まっているとのことで、案内していただきました。
四人部屋の、窓際。左側空間無視のある母なので、右側に他の利用者さんが見える位置にしてくださったそうです。
今時の特養とは違うので、ユニット式ではありません。
第一印象は・・病院の大部屋。
でも、寂しがり屋の母だから、それが良いと父とも話しています。
私の調子が良くなるまで、しばらく入院していて欲しい・・面会には行くからね・・って、そんな風に話すつもりです。
しっかりしている時の母なら、特養の意味もちゃんと理解してくれると思いますが・・一瞬の理解で記憶には残らないと思います。
暫くは・・家に帰りたい・・って言うんだろうなぁ。
それが、切ないだろうとわかっているから・・未だに少し、ほんの少しの迷いがあったりしているのも本当のことです。

在宅介護は一応の終止符をつけるつもりですが、いつかまた・・母と共に暮らす日もあるかもしれません。
今は、そんなことを考えています。

これから通い介護が始まります。
どうなっていくのかわからないし、今はいろんなことを決めないでいようと思っています。

明日は長女の成人式です。
着付けが済んだら、ショートにいる母にちょっとだけ娘を連れて会いに行ってきます。一歳五ヶ月の時には、もう姉さんになっていた娘。
母が私と共に、時には私の代わりになって育ててくれた娘の成人式です。
さぁ~明日はまた大忙しなので、また。

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