頑張れ!!一人娘!再び。

心臓人口弁で要介護3の父。髄膜腫の一人娘の私の、母亡き後の日々の事

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一ヶ月

2012年02月21日 | 携帯電話

母が特養に入所して、一ヶ月がたちました。
相変わらず、会いに行けば「一緒にこのまま帰ろう・・」か「いつ帰れるの?」ばかり言う母です。
なんとか気を紛らわしたいと思うのだけど・・やることも・・あまりなく。

今までは、トイレに連れて行くこともシンドイことの一つだったのですが、私が特養にいる時間に母がトイレに行きたいと言ってくれたりすると・・待ってました~~って感じに連れて行きます。
もちろん、もう特養に任せた以上は、介護士さんに声を掛けて私はお手伝い。
今まで、母を一人で立たせて、片手で脱がして、また立たせて・・片手で履かせて・・の動作も、男性の介護士さんがガシッっと持ち上げて立たせてくれるわけですから、脱がすだけ・・履かすだけです。
(母は、部屋の隅に置いてあるポータブルでしています。トイレには行かないみたいです。でね・・不思議なんですが、トイレットペーパーというものがありません。いつもビックリするくらい熱いタオルをで・・私は振り回して冷ましてから・・拭きます。冷まさないで拭いてやしないかと・・実はちょっと心配です)
先日は、健常側の右足の膝折れで崩れそうになったです。
今までもそういうことはありました。
が、やっぱりリハビリを多少なりともコンスタントに出来ていた在宅とは違って、この一ヶ月にリハビリをしたのは脳外科の受診後だけですから、当然のことながら車椅子とベットのみの母の足腰の筋肉は、確実に落ちていますよね。
それも・・仕方ないことで、わかっていたことですが・・。

特養での生活は、とにかく静かで・・。
いえ、実際はどこかの部屋で鳴らされるナースコールの音が、切れることなく鳴り続けていますから、無音ではないのです。
それでもなんだか・・静かに感じるんですねぇ。
そう・・多分、笑い声があまりしないからでしょうか。

午前中にコミュニティ(母は音楽クラブに入っています)がある日は、少しは気も紛れているでしょうから、一週間に二、三回、なるべく何もない退屈そうな日の午後に行っています。
母がオヤツを食べ始める時間あたりから、浮腫み改善のためにベットに入る時間までの一時間半くらいかなぁ。
母の帰りたいコールを交すために、車椅子を押して特養の中を散歩したり、母の足をマッサージしてみたり。
外に出れない母を大きな窓のある場所に連れて行って、ボンヤリと外を眺めてみたり。
広く感じた特養の中も、案外狭いものです。 

行く度に、していることはそれだけ・・それでも、少しは母の気も紛れるんじゃないかと・・夜には私が行ったことも忘れている母なので、これは自己満足です。
なかなか、他の利用者さんの家族と一緒になることはなく・・たまたまなのか、そんなもんなのか。
近いうちに、施設のイベントがあるらしいので、その時は会えたりするのかなぁ。

いつ行っても、介護士さんは忙しそうにアチコチの部屋を出たり入ったり。
時折、利用者さんの横に座って話し掛けたりもしてくれますが・・動けない車椅子の利用者さんは、他の方と喋ることもなく、そのうちコックリコックリ座ったまま寝ていたりします。
私が行かない日は、多分母もそうなんだろうなぁ。

あ、ひとつ・・参ったなぁ~の母の行動を知らされました。
帰るとき・・介護士さんから「コップのこと誰かに聞きましたか?」と呼び止められて・・。

私が行った時、丁度オヤツを食べていた母だったのですが、いつものコップとは違って、フタ付きのコップを使ってストローで飲んでいました。
麻痺側左の口元から、水が漏れてしまうことが家でも度々あったので、てっきりそれで換えてくれたのかと思っていましたが・・・違いました。

「お母さん、コップの水をわざとこぼすんです~~」
それは・・前にも言われたんですが、どうやら最近、頻繁にそれをやってるようで。
介護士さんが呼んでも来なかったりすると・・目線が合いつつ・・コップの水をジャーっと。
実際にそれを見たわけでは無いのですが、家でもそういうことがあったような。

「おばぁちゃん、そんなことしたら自分も濡れて気持ち悪いでしょう~~やめなよぉ~」と言うと・・
介護士さんは苦笑いで「いえ・・床にするんです。お母さんは濡れません」って。

どんな風に、介護士さんが母を諭しているか・・そんなに怒ったりはしてないといいのですが・・。
母なりに理由もあると思います。
そしてその理由の少しは、どうも介護士さんもわかっているような様子でした。

その時は、もうしないって約束するらしいのですが・・約束はナカナカ守られないようです。
感情だけで・・それも、辛いことだけが残る今の母は・・やっぱり辛いだろうなぁ。
時間の長さも危うい母だから、ちょっと待つことも、長く感じるだろうし。
それは・・辛い、哀しい、切ないだろうことはわかります。
でも、どうしてあげることも・・出来ないし。
水をジャーっとやることが、ささやかな母の反抗なら・・なんとか受け止めて欲しいなぁと・・思ってしまいます。
実際、どんだけ介護士さんが大変だとわかってはいても。

母を案ずる気持ちは・・ここで書いているように、私にも沢山あります。
でも・・仕方ないと諦める気持ちや、介護士さんの気持ちもわかったり・・。
いえ、わかるというか、察することが出来てしまいます。
それは・・実際に母の介護を、6年あまりはしてきたからです。

この一ヶ月、父と何度も何度も、喧嘩にならない喧嘩をしました。
父にわかってもらいたいと思う私の言葉は、ひたすらに介護士さんの肩を持つように聞こえるらしいです。

父の言い分は、よくわかります。
だから、黙って父の言うことを聞いていればいいのだとも思います。
でも、そんなこと・・出来ない。
自分で母に会いにいけない父だからこそ、母の言うことが、介護士さんの行動が、気になるんだとも思います。
毎日のように粗ばかりを探す父です。
流して聞けるほど・・まだ私こそ丸ごとの安心で母を預けているわけではない・・のでしょうね。
自分自身に言い聞かせるように、父に話をします。
そうすると・・父は怒り出し、口を閉ざします。

私に言わないで、直接介護士さんに言えばいいじゃん!
なんとか気持ちを切り替えようと思っているのに、父と特養の間に挟まって・・今はそれもキツイ私です。

相変わらず、自分のこと以外は何も出来ない(しない)父との生活。
介護とは、全然言えないけど・・それなりに、大変です。
頑固で気難しくなった父。

ほんとはここで沢山悪口書いちゃいたいけど・・まぁ~今日のところはやめておきます。

あ~あ、中島みゆきの「傾斜」を思い出してしまいました。 
この歌を思い出すと・・黙る私です。
いつだったかアチコチで涙を誘った、あの歌よりよっぽど・・・ね。

そうそう・・母の特養、多数の体調不良者が出たということで、面会禁止になりました。
ニ、三日は、外部からの訪問は禁止だそうです。
皆様も、どうぞ気を付けてくださいね。

明日は、久しぶりに高校の同級生とランチです。
昨年、お母さんがアルツハイマーになってしまった彼女・・沢山、お喋りしてきます。

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春よこい。

2012年02月12日 | 携帯電話

今日は母の77回目の誕生日です。
ということで・・今日は孫二人と父とで特養へ行ってきました。

母の誕生日を施設でお祝いするにあたって・・母と一緒に誕生日ケーキなんかも食べたいと思い、その旨を前もって相談したところ・・会議室を私達の為に用意しておいてくださいました。
その会議室のテーブルには、可愛らしいテーブルクロスが敷いてありました。
それがと~ても嬉しかったです。
部屋は既に暖かくしてあり、その暖かさと共に・・施設の職員さんの思いやりを感じることが出来て、なんだかホッとしました。

母は言葉数少なく・・孫の顔をジ~~っと見つめていましたが、4台の携帯での撮影大会ではほんの少し、笑顔も見せてくれました。
もしかしたら、母は認知症のフリをしているんじゃないかと思うほどに・・穏やかな母の顔であったり・・。
どこか遠くにいっているような、母の様子であったり・・。

母には和菓子を用意して、5人でおやつを食べました。
孫と私からのプレゼントのショールは、長女が手縫いでボタンホールとボタンをパッパ~と作ってくれました。
父から貰ったお金で、全身コーディネイトもしました。
母の片麻痺用のベストを3枚作って持って行きました。

   まぁ~ポケットの形がいろいろなのはお愛嬌ってことで。

ウルルさんに作ってもらったポケット付きの洋服を手本にして、最近ミシンも買って・・不器用なりに、かなり頑張って作ってますぅ~~。
もう何枚作ったかなぁ・・かなりの枚数作りましたよ。
今はこれくらいしか、母にしてあげられることないしな~ミシンも結構おもしろくなってきました。

旦那は・・今まで使っていた家用の車椅子テーブルをメンテナンスしてくれました。
麻痺手が落ちないように発泡スチロールで柵を作りました。ガムテープを巻いて、業務用の両面テープで貼り付けました。
テーブルが落ちないようにしていたマジックテープも、貼りつきが悪くなってしまったので、取り替えてくれました。
車椅子テーブル、施設には数個しかないらしく、母は普通のテーブルで食べていましたが、食べにくそうで・・やっぱり持参することにしました。もっと早く気がつけばよかったな。
今思うと・・熱が出始めでしたが、車で施設まで送ってくれました。
シャイな旦那は、特養の中には入りません。
でも、熱もあったみたいだし・・入らなくて大正解です。

父は昨日もディの途中で母に会ったのですが、やはりとても嬉しそうでした。

一時間ちょっと・・会議室でわいわいと過ごし、母がベットに移る時間になったので引き上げてきました。
ここ数日、発熱している利用者さんもいるらしく、面会時間は短めにしているらしいのですが、会議室という個室ゆえ長めに過ごさせてもらえました。

離れて暮らしているけれど・・それでも家族ですものね。
そういう家族は沢山いるし、もしかしたら当たり前のことなのに・・今更何を書いてるんでしょうね。
それぞれが、少しでも居心地の良い生活が出来るように・・今はそれが願いです。

母が入所してから、気持ちはイロイロでした。
ブログ友さん達の書いてくださったコメントにもあるように・・在宅と施設介護の差を、自分の中でイロイロ天秤にかけてしまったり、ネットの口コミを読んで食欲も無くなるくらいに凹んだり・・。
自分の目で、自分の気持ちで決めた特養入所だったけれど・・後悔に近い気持ちになってしまうこともありました。
少しでも母の為になる場所を選んだつもりだったけれど・・・介護の現場を理解したり、納得しようと思ってはいたことすら、やっぱり現実になると上手くは受け入れられませんでした。
今はどうかと言うと・・どうなんだろなぁ。

今朝もそうでしたが、父の血圧が180を超えても、まづ母を一人にしない為のアレコレの算段をしていた今までとは違い、父のことだけをとりあえず心配出来ること・・やはり助かります。
日曜診察のある心臓外科医に診てもらいましたが、とりあえず心配ないということで父も母に会いに行けました。

おまけに、今・・旦那が熱を出して寝込んでいます~インフルエンザじゃなきゃいいんですが。
明日は医者に行かなくては。母を送り出して・・ということもなく、私の都合で動けます。

私の身体にしてもそうです。
実は、10日、金曜日・・旦那が休日出勤の代休で、金曜日に休めたので、一ヶ月振りのツーリングに。
いつも途中で折り返していた大山へ

季節外れだし、きっとすいてるんじゃないかと出かけてきたのでした。
寒いのは覚悟!坐骨神経痛も出ちゃうかもしれないけど覚悟!
もしかしたら、富士山が見れるかもしれないし・・そしたら元気になれそうな気がして・・残念ながら見えませんでしたぁ。
何しろ・・前回の江ノ島からほぼ一ヶ月、どっこも行かずに引き篭もりみたいでしたしねぇ。


平日ってことで、大山の駐車場も問題なく入れ・・当然ながらケーブルカー 
行ける所まで行って美味しいもの食べようって、あまり天気は良くありませんでしたが、景色はまずまずでした。
しっかし、ケーブルカーに乗るまで・・階段ばっか。降りてからも・・階段攻め。

         
おまけに、旦那は・・帰りは歩いて降りようとか言い出して・・私もまぁ~下りならいいかって片道だけの切符を買ってしまいました。

そしたらば・・もう、降りる道の険しいこと(あくまでも、私にとってですが) 女坂なのにぃ。

  さっさと前を歩く旦那の背中に、ヤマホド文句を言ってました。
私はひたすら・・滑らないように下だけを見て、真冬だというのに汗だくになって。

今回は大山名物「豆腐の懐石ランチ」

帰りのケーブルカー代を浮かしたしね~我が夫婦には珍しいご当地名物料理。1500円で大満足でした。

他にも沢山写メも撮ったので、そのうちまとめてブログに書きます。

が・・しかし~~
昨日、そして今日・・私は正座も出来ない、太ももと腰はシップだらけというアホなことになっているのでした。
父を旦那から隔離している一階・・熱を出して寝込んでいる旦那のいる三階へ食事運び・・もう・・痛いのなんの・・。
自業自得ですが・・遊んできたのですから、我慢してますが・・・痛いんだものぉ。
やはりこんな日は、母の移乗をしないでいられること・・ありがたいです。トホホ。

 

そんなこんなで、少しづつ・・ヨイコトかどうかはわからないにしても、特養にお願いして助かったことも見え始めました。
少しづつ、沈んでいく母がいることも確かですが・・。
切ない気持ちは、母のためになるようなことを考えながら・・なんとか折り合いをつけていこうと思います。

母の訪問マッサージも始まりました。
水曜日と金曜日の3時45分から15分。もちろんベットに寝かしてもらってマッサージ師さんを待ちます。
母の足の浮腫みを考慮して、午前中も一度ベットに横にならせてもらえるようになりました。

月水金の午前中は、特養のイベント・・コミュニティクラブというものがあって、母は音楽クラブに入りました。
先週の月曜日6日に、失くされてしまった薬を届けるのをその時間に合わせて行って来ましたが、母も一生懸命に歌っていました。
それがまた切なくて・・ウルウルしてしまった私でしたが・・母が一生懸命だと、何故か胸が熱くなってしまいます。
その日は特養のケアマネさんが、指導員だったのですが、途中に「みーちゃんの春」という紙芝居をしてくださいました。
「春よこい。早く来い。歩きはじめたみーちゃんが♪」の紙芝居です。
紙芝居が終わった後・・クラブに参加している利用者さんに「○○さんの春はいつ?」って・・ケアマネさんが、一人づつに聞いていきました。

母は「娘が子供を産んだとき」と答えていました。

 

また長くなりましたぁ~読んでくださってありがとうございました。

さぁ~~明日もまた、元気で頑張らなきゃ!
インフルエンザなんかに・・みなさんもならないように・・祈っています。

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やっぱり頑張らなきゃ・・。

2012年02月03日 | 携帯電話

 

丹沢連峰も、すっかり雪化粧。
寒いですね~。

 

と。。。本日のタイトル・・・まんまの日々をおくっております。

なので・・「続・・。」

きゃ~~~~って感じ。

正直・・気持ちが、疲れています。
以前よりもしかしたら・・身体が楽になった分、気持ちがシンドイ。

 

母が特養に入所してから二週間がたちました。
「あ~もっと早く入所してたら良かった!」
なんて書けたら・・・。
そんなわきゃ・・ないのはわかっていたことでもあったけど、ほんの少しは期待もあったわけで。
ちょこっとでもヨイコトが見つかったら書こう!と思っていたのですが・・。
二週間毎日、ブログ更新したかったのですが、なかなか出来なくて。

とりあえず、やっぱりまだ頑張らないと・・ってことだけがわかったので。
何を頑張る?ってなると・・なんだろ。
変なこと書いてますね。
もう、なんだかわけわかんないです。


大体からしてヨイコト・・とは・・なんだろぉ。

母に起こされることなく・・夜は毎日まとめて寝れる!
大きな声で、数分毎に「久美子~~」って叫ばれることがなくなった!
一日に何度も車椅子からトイレ~ベット~がなくなった!
・・・・全部、私にとってヨイコトではあります。
母の排出物さん達の始末もしないで良いわけですし・・洗濯の量なんて、一回は確実に減りました。

でもでもでも・・・私にとってのそんなヨイコトを差し引いても・・今はまだ・・入所したことを心からホッと出来ません。
在宅をしていた時よりも、なんだかいつも母のことを考えているような気がします。

まだ入所してから二週間でしかないし・・そんなもんかもしれません。

もう少し時間がたてば・・かもしれません。
そうじゃなかったら・・また在宅介護再開すればいい。

・・・。

 

この二週間で、母に会いに行ったのは6回。 
父がディの合間に2回。
二日に一回は・・母の様子を見に行っているわけですが、母はその全てを夜には忘れてしまっています。
ショートの時と同じように、父は一日に二回(昼と夜)母に携帯を持たせたので電話をしています。
母が携帯操作を出来るわけではないので、ワーカーさんが繋いでくれています。
今日もそうでしたが、夜に父が電話で「昼過ぎに久美子が行ったろ?」って聞いても、母は「来ないよ」って忘れてるんです。
それはもう、いいんです。
認知障害は、徐々に認知症と同じ経過を辿って・・少しずつ脳の萎縮も進んでいくだろうことは、医師からも聞いていますから、たとえばいつか・・私のことがわからなくなったとしても、それでも母は母ですし。

もういっそ、何もかもわからなくなればいいのに・・なんて、あまりにもエゴイストでしょうね。


私が母に会いにいくと、いつも・・食堂のあるフロアーのテーブルに向って・・一人で座っている母です。
誰かとお喋りしているわけでもなく・・一人でポツンと座っている母。
たまたまそういう時間だったのか・・いつもそうなのか・・。

母は・・他人に迷惑をかけるような認知症状もなく・・ましてや一人で車椅子を動かすこともなく。
ただ、夜ナカナカ寝れないことと・・短期の記憶がはいらなくなってしまってるくらいの認知症状だから、寄る以外はそんなに手がかからない。
父に言わせると・・だから放っておかれるんだ・・。
いえ・・私もそう・・思ってしまってる今です。

母のブースのワーカーさんは、皆さん個々には良さそうな方達ではありますが、いつ行っても忙しそうで・・。
それに、お世話をしてくださる5人のワーカーさんのうち、4人が男性なんです。
別に性別がどうのってことは今のところありませんが・・母にとってはやはり・・お喋り相手とは思えないでしょう。

4人部屋なら・・と思っていましたが、そんなのもあまり関係ないみたいです。
日中ベットで寝ることは、今までなかったからです。
ずっと車椅子に座っています。
家にいる時だって、昼寝をした日は必ず夜中まで起きていた母ですから・・そうなると、分刻みのナースコール、もしくわ・・ベットの柵を叩いたり、私の名前を叫んだり。
だから、日中起きているためには、それは仕方ないかもしれません。
そして睡眠時間が4~5時間で足りてしまう母なので、誰よりも遅くベットに入ります。

夜勤のワーカーさんは一人で、交代の前の二人になる時間に、最後の母のトイレ介助をしてベットに入ることになっているそうです。
今、母のトイレ介助は二人介助です。
一人の時にトイレから落ちたりしているので・・それも仕方ないことですね。
だから当然、夜中はオムツです。それはショート中にもそうでしたから、今更なんですが。
しっかりと覚醒している時は、母はオムツにできません。
そうなると・・我慢比べにもなるでしょうね・・・。

会いに行く度に「一緒に帰りたい」を繰り返しています。
母の口から出る言葉はそればかりです。
そんなこと・・覚悟の上でした。
その都度・・同じ答え「ごめんね・・腰がもう、おばぁちゃんを動かせないくらい悪くなってるから、家に帰ってもトイレにすら連れて行ってあげられない」って言うしかなくて。

家に帰りたい。
帰れない。

これは思った以上に・・キツイです。

おまけに・・夕方、朝の薬があと三日分しかないんですけど・・なんて特養から電話が来ました。
昼、夜、眠前の薬が10日分残っているのにです・・。
一日4回分を、それぞれ一包化して・・繋げたまま持って行ってるのに。
一週間分の朝の薬・・・いったいどこへ???

あ~~こんなんで大丈夫なのかなぁ・・・

今日のブログには・・こんなことしか書けませんでしたが、いいことも・・必ずみつけて書きますね。
私がまだわからないだけで・・本当はきっと・・あると信じて。


あ!ありました!!

一日中の車椅子、これは二週間目にして一日二回はベットに寝かせてもらえることになりました。
母の足の浮腫みが半端ないんです。
今日も母の足をマッサージしてみたけど・・もう、パンパン。
マッサージさんも再開してもらえそうです。
今まで家に来て頂いていたマッサージ師さんが、特養に訪問してくれることになりました。
入所前からお願いしていたのですが、時間の折り合いを付けていただくのに時間が掛かっていましたが、なんとか来週から訪問していただけそうです。

仕方ないこともあるけど・・少しづつでも・・母にとってのヨイコトをみつけなきゃと思います。

だからやっぱり・・頑張らなきゃ~なのです。 

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