頑張れ!!一人娘!再び。

心臓人口弁で要介護3の父。髄膜腫の一人娘の私の、母亡き後の日々の事

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要介護5。

2007年04月29日 | 福祉・手続きのお話。


鳥の羽のような雲・・

23日は、母の担当者会議がありました。
母を支えてくださってる方達、ケアマネさんや、レンタル業者の方を含む11名通常の仕事を終えての5時半から、結局8時近くまで・・母の為に私達の為に集まって下さいました。
こーんなに沢山の方達がかかわってくださってる・・ありがたいことです。

ショートの責任者のKさん、きちんと今回の骨折の経緯を、皆さんの前で話してくださって「申し訳ないです」と言って下さいました。
いろんな意味で、今後の母の為に・・きっと良い塩梅になっていくのではないかと思います。
・・願います。カナ
母は~ショートへ行って留守でしたぁ。


狭い部屋の床の上に座布団を敷いてハンカチ落としでも出来そうな格好での検討会、意見交換会です。

今回は通所リハビリの担当PTさん二人も、いらして下さいました。
自宅の構造を見るためと、骨折して一ヶ月以上休んでいるリハビリ(足以外)を、5月から再開することにしたので、現在の母の様子を知る為にも是非ということでした。
リクライニング式の車椅子も二台、業者の方が持参してくださいました。

後日27日に、新しい車椅子が決まりました!
母に座り心地を確認してもらって、これ!と言うのが見つかりました。
そしてこの日も再度、訪問、通所のリハビリの先生達がわざわざ来てくださいました。
 本当に、本当に感謝です
一ヶ月振りの母との再会でしたが、母もちゃんと先生達を覚えていましたぁホッ


骨折する前の、母のスケジュールです。
訪問歯科と、訪問マッサージは介護保険使用ですが、一割の負担金は医療保険(マル障)での支払いなので持ち出し金はいらないのです。加えて、予防介護ということで、介護保険限度の点数には反映されないそうです。


月曜日⇒通所リハビリ 9時30分~4時(PT/OT 20分、ストレッチャー入浴)
    訪問マッサージ 5時~5時20分

火曜日⇒ヘルパー 買い物介助 11時~12時半     
  
    (第一週のみ 2時 内科医往診
    訪問看護士 3時~4時 
    訪問マッサージ 5時~5時20分

水曜日⇒通所リハビリ 9時30分~4時(PT/OT 20分、ストレッチャー入浴)
    
木曜日⇒(月約1回 空きのある日 ディサービス)
    (月1回 脳神経外科受診 車椅子、介護タクシー使用)
    訪問マッサージ 5時~5時20分

金曜日⇒訪問歯科 歯科衛生士 (嚥下、口腔ケア)11時30分~12時15分
    訪問マッサージ 2時~2時20分
    訪問リハビリ 4時~5時

土曜日⇒ディサービス(9時~4時 車椅子入浴)
    訪問マッサージ 5時30分~6時

日曜日⇒全休

      そして、約10日毎にショートスティ(二泊三日or三泊四日)

こんな感じの忙しい母の毎日でした。介護保険のフル活用。
ゆっくりのんびりしてる暇・・ないですね。可哀想・・かな?
でも、72歳の母・・ちょっとだけ光がさしている雲の隙間が見えるから・・頑張って欲しいのです。
入れ替わり、立ち替わり・・準備をしたり、階段の上り下り・・私も父も頑張ってるので「だから頑張れ!」・・なんてこと言ったりしませんけど、出来る事は出来るうちにしたいと思っているのです。して欲しいと思ってしまうのです。
私も、今なら出来るのでーす。

こんな感じで、これからも過していきたいと思っていた私でした。
が・・骨折してしまったんですねぇ

4月はショート以外の一切のリハビリ、移動は中止となりました。
そして、ヘルパーさんに来ていただく時間も増えました。
しかし、単位数の高いヘルパー、ショートを多く使うこと、それだけで介護保険は一杯です。

今回の事故について、ショート先での責任を果たしてくださることにはなっていますが「緊急一時入所サービス」の手続きを、ケアマネさんが申請しました。

それから、今後のことを考えて「身体障害者手帳」を使用しての「居宅生活支援の支援費制度」を利用するための申請もして来ました。
これは母が骨折が完治した後も、リハビリを続けながらヘルパーさんの居宅支援のサービスも受けたいという家族の希望を叶えて貰うための手続きです。

要するに、どちらも自費分を全額出さなくても良い為の手続きなのです。
有り難いことです


「緊急一時入所サービス」
「緊急介護保険の要介護、要支援認定を受けた方で介護保険サービスの利用限度以上に一時入所が必要な方を対象とする。
介護疲れでの利用は、一月に七日以内(通常回数プラス)の利用が可能。

ケアマネさん、今回の使用理由は・・「介護疲れ」にしたそうです。
・・疲れさせてくれたのは・・誰ってことは、飲み込む事にしましたが・・

とにもかくにも・・4月はこれを使用させて頂いて、自費分は通常の一割負担で済ませることが出来ました。
でも・・持ち出した一割だって、安い金額では決してないわけです。
なんだかな・・今更仕方ないけど、怪我さえしなければなぁ~の想いは消えません



「居宅生活支援の支援費制度」
介護保険を優先し、それ以上のサービスが必要と認められた時に使用可能。

介護保険の手続きと同様の流れをと仕組みがあります。
相談に行き、申請し、調査員との面談があり、認定が成されます。
申請から認定までは約二ヶ月。
暫定としての利用も可能で、認められれば前倒しで使用可能で、後日決められた負担金以上の分は返還してもらえるそうです。

母のショートの度に役所へ行きました。切々と・・語ってきました。
そして、暫定使用の許可の申請も受けて頂きました。

5月からは、この二つの制度を利用させて頂きつつ、リハビリを少しづつ再開します。
ヘルパーさんも家にいる日は、一日三時間入って頂きます。
ショートとヘルパーさんの利用をメインに、通所&訪問リハビリ週に一度づつ。

6月からは、利用時間を少しづつ逆転させいけたらなぁと思います。ショートを短くってことですね。
そして、また・・最初の生活に戻れるように


だけど現在、介護保険を払っていながら・・それすら使えない方もいる。
そのことだけは深く深く覚えておこうと思います。
母は、それでもまだ受け入れてくれる場所がある。
手を貸してくださって、希望につなげようと支えて下さる方たちが沢山います。
そのことを、忘れずに頑張っていかなきゃなぁ~と思います。
大切な介護保険、障害者保険、沢山使わせてもらってること・・いろんな方達に心から、感謝しています。

けれど、それほどまでの事をしないと・・やっていけない我が家です。
要介護5・・そうなんです。
でも、これだけの事を出来れば・・やっていけると思うのです。


使えるはずの介護保険を使えない方達がいる事実。
先の事を考えても仕方ないけれど・・それはいつか、他人事でなくなるかもしれません。
もし、母と似たような状況に今なっている方がいるとして・・もう少し何かが使用できればと思っているとしたら、我が家のことを思い出して、どうか無理を少しでも減らせるように。ケアマネさんでえ・・口にすることが少ないかもしれません。
介護をする側も、もちろんされる側も、元気に少しでもなれますように



今回、本当にイロイロ考えてしまいました。
自宅介護・・通い介護。
どちらもやっぱり、大変だと思います。
「大変じゃない。楽しんでいる」と・・感じる事が出来たら、それはやっぱり凄いことだと思います。
一人の家族を支える為に・・時間も力も、お金も、沢山必要なのですね。
何を「とりあえず」の一番に考えるかは、その家族それぞれだと思います。
大切なものは、沢山あるのだから・・。出来るなら、全部を一番に考えたい。
沢山の大切なもの、比較なんて出来なくて当然だと思います。

だから・・とりあえず、我が家は母がなるべく自宅にいられることを一番に考えました。

みんなが幸せだと思える時間を、増やすことを頑張ります。
自分らしく、自分と家族と・・それから限られた時間も大切に使えるように。
出来るだけ、愚痴と怒りが当たり前に出ないように。
これが・・私にとって大きなこと。
なにしろへタレで・・こう今は思っているけど、きっと又・・くじけて大泣きするんだろなぁ。

目指す所は皆同じなんだ~と、今更だけど、そうなんです
楽しく過したい。優しく、強くなりたい。
自分も大事にして、まわりも大事にしていきたい。
当たり前の介護・・自然体で。

頑張らなくたって、いつのまにか頑張ってたって、一生懸命に頑張ってたって、目指す所は、自然体なんですねぇ。

私の捻挫・・地道に快復中です。しっかし・・怪我の多い私

昨日から母はショートです。「追い出される・・」とか言ってました。
でも、今回は私の為に・・ユッタリ~と三日間を過すつもりです。
だって・・私ったら、怒ってばっかりの毎日で・・ほとほと嫌。
これから美容院にも行って、昼はマック、夜は鉄板焼に決定でーす
夜、ゆっくり、コメントのお返事させて頂きますね。後回しでごめんなさい。
皆さんの所にも、伺いますよ~楽しみでーす 
  
     エ!?来なくていいって・・そんなこと・・言わないでぇ・・

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あと二ヶ月。

2007年04月24日 | 福祉・手続きのお話。

        新芽の沢山出たブルースター。
                                   その鉢の中からニョキニョキと・・伸びた芽・・に、花が咲きマシたぁ。

 

      薄紫の、一ミリくらいの花でしたぁ。可愛い


土曜日、整形外科の受診でした。
一ヶ月振りのレントゲン・・さぁ~どうでしょう

整形外科の医師の言葉は、こうでした。

「骨はまだ全然くっついていません。」
「けれど良い状態で治っていますよ。ちょうど、かさぶたが出来始めたような感じです。」
「あと二ヶ月はかかります。骨がきちんとした場所で治ろうとしているので、安心しました。」

あと・・二ヶ月ですか・・。
一ヶ月は・・なんとか乗り越えて行きましたが・・結局、三ヶ月かかるわけですね。6月一杯かぁ。

なんだか・・不思議ですが、母がリハ病院から退院したのが去年の7月でした。
始まりは、いつも7月ってことで。でも、あの頃よりは・・ずっと良くなってると思います。
そして今回、車椅子OKが出ましたベットでの生活、寝たきりは終了でーす。

「状態を起こしても寛骨臼に影響はしませんから、車椅子で散歩も大丈夫ですよ。但し、骨折部に負担が掛かるようなことだけは避けてください。」
「リハビリは、まだ無理です。でも、骨折部以外のリハビリはやっても結構ですよ。」って。

そんなわけで・・来月から少しだけ、母のリハビリを再開することになりました。
なんであれ、リハビリの許可が出たのです。
「訪問リハビリ」と「通所リハビリ」から始めてみようとケアマネさんと話しました。

とっころがです・・・リハビリを再開することは当然だと思っていた私でしたが、思わぬ母の怒りを買ってしまうことになったのです。

「来月から週に一度だけ、通所リハビリに行こうね!」そう言った途端・・・。
母は・・怒りまくりました
「私に何も相談しないで、内緒で決めるなんて酷い!」

「私だって、リハビリが嫌なわけじゃないけど、嫌なところに行くんだから決める前に相談くらいしてくれたっていいじゃない!!

確かに・・母の言い分ももっともだけど。
自分のことなのに、相談なしに生活の流れを決められていることが・・本当に嫌なんだ、嫌だったんだと思います。
ショートにしても泊まりに行かなくてはいけない理由が、単に邪魔者だから・・としか思えないんですね。
母にしたら・・そんなに迷惑掛けるつもりもなく・・単純に家にいたいだけなのに。
まわりは家族の為に「少し、旦那さんや娘さんに休憩させてあげて」って、母に言ったりするわけで。
もちろん、そうなのだけど・・今、週に一度のショートの最大の目的は「安静」をより保つ為。
だけど、痛みのなくなってきている母にとって、動けなくなった左側は・・いつだって「安静」なのですねぇ。

母は、失見当のために時間の流れがわかりません。
明日がいつなのか・・わからないのですねぇ。わかる時もあるんだけど、この頃特にわかりません。
「○日に、××さんが来るよ!」って言うと・・それは既にすぐ来るって感覚になってしまいます。
何度言っても・・・。
なので、母が「嫌だろうな」ってわかってることを、あんまり早くから言ってしまうと・・もうそれだけで頭が一杯になってしまって、とんでもない事になってしまうわけです。
それだって・・リハビリ次第では・・失見当だって、改善しないとは・・言い切れない。・・と、信じてる私。

痛みが大分治まってきてる母なので、ボチボチ「リハビリ」して欲しかったのです。
左側の半側空間無視も、最近また中心がかなり右に寄っています。
それが証拠に・・ベット上で、気が付くと母の身体はくの字になっていたりするのです。
そういった作業療法的リハビリなら、骨折部を刺激する事もないし。

週に一度の「訪問リハビリ」で「上肢」のリハビリをして頂いて、週に一度「通所リハビリ」そこからユルユルと、元の生活に戻して行きたいと思っていた私だった・・だけなのですがぁ。

それを引き金に・・とんでもない事に、なってしまったのでしたぁ~

ショートに行く前日、母は・・とにかく荒れていました。
夜中の2時にトイレコールがあって・・それからずっと母は寝ませんでした。

自分の麻痺手・・左手を、ハズシテ欲しいと訴えました。完全に擬人化しています。
「この子がいるから、私は動けない。だから、皆に迷惑掛けてしまうんだ」
「なんとか、ハズスカラ・・服を脱がして!」

結局・・そんなこんなで朝まで騒いでいました。
当然、父も寝ていません。
どうしようもなくなって・・私を呼ぶ母。何度も3階から降りていきました。
誰が何を言っても聞きません。眠剤も、とうに効き目が無くなって。

挙句に・・自分の口にタオルを押し込んで・・窒息しようとしたりして・・。父にかなり怒られていました。

「死にたいなんて・・自分だけが楽しようとしてるだけじゃない」
そんなこと・・言ってしまった私でした
辛いのは確かに母だけど、家族だって辛いんですよぉ~。

朝になって、私も父もヨレヨレでした。
不思議な事に・・母はとっても元気でした~ホント・・元気な母ですこと。

父はヘルパーさんが来た8字に、母を全任して・・再びベットに戻ってしまいました。
母が朝食を食べてる間も、私がショートの支度をしている間も・・明るくなった朝、ぐっすり眠り込んでいました。私は細切れで寝たけど、父は隣のベットなので・・ほぼ徹夜だったようです。

そして、なんとか・・手を振って、二泊三日のショートに出た母でした。

私は・・その間、これまた忙しく・・そして、困った今回でした

役所へ申請に行ったり(これは、後日書きますね。陽介護5の方だったら知っておくと、助かる申請だと思います)母の担当者会議があったり・・。
今回の担当者会議は、総勢11名(私と父を除いて)
こんなにも沢山の方が・・母、そして私達には付いていてくださっていました。
今更ですが、本当にありがたいことです。
夕方、仕事を終えて・・5時半から8時近くまで・・今後の母のことを話し合ってくださいました。

そして・・今日は・・明日の午後
母が帰ってくるというのに、捻挫をしてしまった私ですコケました
今のところ湿布でなんとか・・でも痛いんですねぇくるぶしが・・少々腫れています。参ったぁ~
明日は・・母が戻る前に、私が整形外科の受診ですなぁ。

5月は、二ヶ月前に予約していたショートに加えて、その間に細かく入れていただいているので、母はつきの半分しか家にいない予定です。
可哀想だから、少し考えようと思ってはいたけど、それどころじゃないでしたぁ。

なんだか・・とっても困ったけど、なんとかなるような気がしてます。開き直りとも言いますね。
・・もう・・何が起こっても、大丈夫・・かな、ホントかは・・わかりませーんが。

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さりげなく・・。

2007年04月20日 | 私。

 新顔どぇ~ス。

18日から、二泊三日で母はショートでした。あと数時間で戻ります。
「どこに行ってたのよ!!」きっとそう言いいながら、帰ってくるんだろな。
最近・・自分がどこにいるのか・・わからなくなってる母です。
ただ四角い部屋の中・・白い天井には何もありませんから。
外に出たくて仕方ないのですねぇ。・・もうしばらくの我慢です
痛みが徐々に消えてきたんだと思います。もうすぐ一ヶ月ですから。
それゆえ・・骨折していることも忘れてしまう母でした。完治したら、骨折した事さえ記憶に留まるかどうか・・。
土曜日・・明日は整形外科の診察です。
どうぞ・・骨がくっつき始めていますように

昨日は、脳神経外科の代理受診をしてきました。
珍しく待ち時間が殆ど無くて、本のページをめくる前に呼ばれたのでした。
患者さん、少なかったのですねぇ。ラッキーでした
S先生、いつも以上にゆっくりと話を聞いてくださいました。
・・やっぱりこの先生で良かったナァ。

S先生は、母は痴呆とは違うよ・・っていつも言って下さいます。
高次脳機能障害・・母の見当識障害や、左側空間無視の今の状況・・受け入れなきゃいけない現実だけど、快復する可能性がないわけではない障害。身体機能より、ちょっとだけ快復する可能性が高い。ちょっとだけでもいいんです。
長い時間がかかっても・・可能性がある・・奇跡ではなくてです

その為にも母の骨折の治り方を把握しながら、なるべくストレスを増やさないように日常を穏かに保つのが一番の今の自宅で出来る治療。
ストレスが、母の気持ちを「何もかも、わからなくなったほうが楽」に向けないように「リハビリ復活して、頑張るぞ!」に向けられるように頑張って!
S先生は、さりげなーく・・いつも代理受診の終わりにはさりげなく・・「頑張って!」と言います。
先生に・・頑張って!って言われると、元気に返事をしちゃいます。
  「ハイ!頑張ります

それでいいんだなぁ・・さりげなく・・頑張ってきます。

そうそう・・先週の血液検査の結果を聞きに行ったのでした。
血糖値は115でした。まだまだ薬はいりませんね。
ヘモグロビンの値も4.6の正常値。
他も変わりなく・・今まで通りの食事でOKです良かったナァ

 今年の君子蘭。五鉢中二鉢だけの開花でした。 

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気が付けば・・。

2007年04月13日 | 家族のお話。

訂正 

15日以前に読んで下さった皆様へ。

老健と記載してしまいましたが、私の間違いです。
特養でした。本当にごめんなさい。


へへ・・また買っちゃいマシたぁ。

昨日から、母はショートへお願いしました。今回から二泊三日を一週間に一度。
4月一杯は、そんな感じでやってきます。

昨日は脳神経外科の受診をして、そのままショート先へ送り出しました
ショート先の相談員さんのKさん、今回も母に付き添ってくださいました。
骨折後に始めて脳神経外科の主治医に会った母は、なんだか泣きそうな顔をしていました。不安・・そのものの母でした。
骨折して三週間目、念の為の脳のCTを撮ってもらい、結果は以前と変わりなく。
とにかく、骨折を治して・・リハビリ再開を待ちましょう。

私だけがショートの送迎車から降りて、母に手を振って「いってらっしゃい!」
相変わらず、寂しげな母の顔でしたが・・今回は私もスケジュールが一杯です
それに、
前回のショートから四日しか空いていないけど、たったの四日間で、実はヘロホロの私と父だったのです。
父は連日の病院通い(皮膚科に、心臓外科に、消化器内科)も手伝ってノンビリしている時間は皆無です。
足がパンパンに浮腫んで、ワーファリンの影響でしょうか・・つま先の毛細血管が切れてしまっていました。無理しているのはわかってたけど、ヘルパーさんを三時間お願いしても、なかなかノンビリまではいかないもの・・。
父の主治医である心臓外科の医師には、父は介護の限界を告げられたようです。
無謀なことをしていると

でも・・母の自宅介護をやめることは出来ない、私と父です。
施設での骨折と言う事を経験したばかりなので、怖さが先にきています。
全ての施設が・・といういわけでは、ありません。
骨折完治の暁には、もちろんまた・・通所リハビリやディサービスに行ってもらいますし。ショートも使わなければやっていけない。

足繁く通い、見守る余裕・・根性カナァ?私にそれがあるか・・。
家にいるから、介護も生活の一部に出来ているけれど。
実は・・本当に情けない私なのです。
長期に施設を利用した場合。。。私は冷たいかもしれません。


既に、施設で穏かに過している方もいることを知っています。
母と同じような状態で、探している方もいらっしゃいます。
家族ではないけれど、家族ではないから・・居心地の良い生活・・望んで、お願いしている人に・・探さなくても、ちゃんとそこに・・あって欲しいのに。

今回はしみじみと・・介護施設というものの現実を考えてしまいました。

というか・・今回のことで、お願いする場所を探すことが難しいとも思ってしまいました。
今の母の状態では、当然預かってもらえるのはショート以外ないでしょう。
仮にあったとして・・ショートよりも人手の少ない場所では・・危険が一杯。
「わかった?」って聞かれたら「わかった!」って100パーセント言える母です。
全てのことが少しづつわからなくなってきているわけではありません。
健康な時と変わらないところも、沢山ある母なのです。
けれど入所すれば、おそらく・・そうなっていくことは否めない。

実は、母がCTを撮ってる間、Kさんにショートのある特養の様子を聞いてみました。

兼ねてからケアマネさんに、保険のような感覚で、特養の申し込みを進められていたのですが、まだしていない我が家です。
今回、このようなこともあり・・父も限界が見えている今・・そして、三年先のことをチラリと考えたとき、再度、頭をかすめたのが老健の申し込み。
いずれにしても、すぐには入所出来るすべもなく、一生利用しないかもしれない。
何しろ、百人単位の・・相変わらずの空き待ちなのですからねぇ。

加齢と共に弱る介護者(父、私だって・・)そちらも大事な身体です。

ショートのSさんは、以前は特養の相談員さんだったそうです。
ほんの短い時間でしたが、特養全般、ということで・・話を聞いてみました。
実際、母のショートのある部屋は特養の建物内で、そこを通って行くので・・なんとなく普段の様子は私も見てはいます。
静かで・・笑い声など聞こえない場所・・・たまたま聞こえなかったのかもしれません。
でも・・そういうところばかりではないことを・・聞かせて欲しかった。

そして、やはり今の母にとって、好ましい場所ではないことが・・遠まわしに聞こえました。Sさんも、こんなことを言っては・・と言いつつ、まだ母の来るべきところではないと言ってるように聞こえました。

50人強の利用者さんを看て下さるスタッフさんの数は、一人当たりの抱えている人数に対して、ショートより一層少ないようですし、寝たきりの方が多い場所でもあるそうです。
そして、身寄りのない一人暮らしの利用者さんが、半分はいるそうなのでした。

母は、寝たきりを避ける為にも、今、自宅療養してるわけです。
今後もそれを続けたいのです。それは父も想いは同じだと思います。
いろんなタイプの特養はあると思います。
たまたま・・ここがそうなのか・・?!


高次脳機能障害がある母。出来ないこともあるけど、出来る事だって沢山。
わからないことも沢山あるけど、昔のことは誰よりもしっかり覚えている母です。
動く事の大好きだった母が、いつまでも、ジッとしていられるわけもなし。
それゆえ・・出来るだけ、母らしく過させてあげたい。
まだまだリハビリだって、頑張って続けて・・奇跡だって起こるかもしれない。
今更ながら・・お金持ちだったら、家と同じくらい居心地の良い場所をみつけてあげることが出来るのかもしれないと思ってしまっている私です。
そう・・お金があったら・・もしもの時は専属ヘルパー付きの完全看護の施設とか
結局・・そういうことなのかなぁって、思ってしまったり。
なんとか・・自宅で介護を続ける為にも、母には早く復活してもらわねばです。
もちろん、整形外科の医師の「完治」の言葉を聞くまでは、安静に。
考えても仕方ないけど・・やっぱり先の心配も出てきてしまうこの頃でした。

頑張らない介護・・いつのまにか頑張ってる介護。
当たり前の生活の一部に確かになってきたけど、イロイロいろいろ起こります。



ベット上の母は、退屈でしょうがない・・時間が止まったような感じなのだと思います。
記憶が留まりません
昨日のことが、思い出せない時が出てきました。
自宅で、介護部屋で・・やっぱり喋る時間が少ないからなぁ~なんだか呂律も悪くなってる気がします。
なので・・退屈しのぎにと、母の友達にも来てもらいました。
事情を話したら、すぐに飛んできてくださいました。
お土産に、夕飯のオカズも沢山頂いちゃってラッキーでした。感謝感謝です。

 
ポテトサラダ・タケノコご飯・レンコンのキンピラ・鍋一杯の大根とガンモに小松菜のおひたしでーす

足の痛みは徐々に回復していますが、やっぱりPトイレの一人介助はどうしても、母の負担になってることも確かです。
ショートから戻った日は、痛みも軽く健常側の右足の立ちもとっても良かったのですが、日を追う毎に痛くなり始めてしまって・・。
そりゃ、骨折してるんだものねぇ

急いでいいことはないですが、なんだか綱渡りをしているような毎日でもあり。
それでも親子で頑張る日々です。

そうそう・・要介護5のみに許可してもらえるサービスをケアマネさんに教えてもらいました。
介護保険が足りなくなった場合、要介護5ならば、申請が出来るそうです。
今はショートの責任としてやっていただきますが、怪我が治った時の父の状態も心配なので。
そのための手続きもしなきゃいけません。次回のショートもすぐだけど・・ノンビリなんかしてられませんね。
ショートの延長と、ヘルパーさんの延長が可能になるそうです。
審査期間に一ヶ月以上かかってしまうようですが~行ってきますとも!
しっかし・・そうならもっと早く教えてくれたら良かったナァ。
結局、審査もあるし・・極力介護保険以内でって、ことなのでしょうかねぇ。
ケアマネさん・・サラリーマンだしね
ケアマネさんも「何でも言って下さい」の陰に、いろいろあることを知りました。

話はなんだかまとまらなくて・・眠気も一日中。相変わらず長い文でごめんなさい。
読んでくださって、本当にありがとうございます。
気を悪くされた方がいらしたら・・本当にごめんなさい。
なんだか・・自分のことばかりが中心で。本当に・・ごめんなさ。
長期療養の施設が、こんなにも素晴らしい!って・・どなたか聞かせてくれませんか?


今日は次女の懇談会もあって、ちょっと疲れてしまいました。
そうそう・・担任の先生、両親の通い介護もしてるんですよ。
介護1と、要支援だそうです。
頭が下がる思いです。でも、なんだか仲間みたいな気もしちゃいました

 

今年も、根性花(赤花夕化粧)がアスファルトの隙間に溢れています。
去年(ポチっとしてね)より、お行儀良いような気もしますぅ


気が付けば・・ブログを始めて一年以上になっていました。
ブログを始めた頃は、まだ母がリハ病院にいました。
今よりずっと、私も母も痩せていましたねぇ

沢山の方達に励まして頂いて、感謝感謝です
どうぞ、二年目も・・背中を叩きにいらしてくださいねぇ。
よろしくお願い致します

 

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母になった日。

2007年04月09日 | 家族のお話。
誕生日おめでとう

今日は長女の誕生日です。
16歳。ピカピカの高校一年生。
時々、理解不能の宇宙人に変身し・・冷たい視線も浴びせられるけど・・この子が生まれたことで、私も母になれたわけです。
若い頃に子宮内膜炎や付属器炎などを経験し、ナカナカすぐには母になれず。
20代の最後に、大学病院の家族計画科(今は不妊治療科)を受診して、卵管通気の治療をすることになってすぐ・・授かった娘でした。
何故か・・その後、一年半で次女が産まれることになるとは・・ね

いろいろ夢はあるようで、現実的な将来は・・音楽療法士らしいけれど、高校生になって益々、いろんなことをしてみたいと思い始めたようです。
まだ・・決めなくても大丈夫さ

思春期で、反抗期だけど・・それでも頼りになる半分大人の娘。
情けなくて、くたびれちゃってる母だけど、バーちん共々ヨロシクね

とにかくとにかく・・幸せでありますように


何も誕生日らしいこと、してあげられなかった今日でした。
ケーキだけの誕生日。プレゼントは、新しい携帯を二ヶ月前に買ったもんねぇ。

そして夕飯のオカズは「エボダイの開き」
一応「鯛」だけど、「頭」だって付いてた
でもさぁ~おばぁちゃんたら、15分も開けないで呼び出しベルを鳴らすから・・何度も魚の火を止めて。折角の白い身がボロボロになっちゃったぁ
まぁ・・「メデタイ」ってことで

さぁ~明日からお弁当作り開始です。
益々・・蓄積されてくけど乗り越えて生きましょう
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日薬。

2007年04月08日 | 私の好きなこと。

物凄いスピードで・・毎日が過ぎてしまいます
4月も・・三分の一が終わってしまいそうです。
こうやって、バタバタと私の今年も終わるのかぁ?!まぁ・・過ぎてしまえば、また明日が来るだけですね。

母の痛みは少しづつですが治まりつつあるようで、なんとか悲鳴を出すことも少なくなりました。
あちこちの皮膚の色が、信号機のように・・赤青黄。それも随分吸収されて、薄くなってきました。
「寛骨臼骨折」というそうです。
股関節の、骨を受けている皿の一部が強打により骨折。ちょうど、ささくれのような感じで細く折れていました。
4月の移動で、母の主治医のいる整形外科病院に、毎週土曜日に来ていた骨折を見つけてくれた大学病院からの出向S医師は・・残念ながら月の後半のみの土曜日だけが外来となってしまったそうです。
二週間後に再診しますって言ったのにぃ~・・
とりあえずショートに行く日の4日に、少し早めの再診をお願いしました。
結局、カルテを診るだけ・・で、母の骨折部分を診る事もなく・・そう、そんなに簡単に治るわけがないのですってことで・・レントゲンも撮らず、とにかくなるべく安静に・・も変わらず。
いずれにしても、S医師は骨盤の専門医だから、よく診てもらってください・・と。
ホー骨盤の専門医ですかぁ!それは素晴らしい

とりあえず、月の後半だけしか来ないから・・21日の土曜日までは受診は出来ません。
ベットで安静のまんまです。Pトイレを使用する以外はベットなのですねぇ。
そして再診のその頃には、骨折して約一ヶ月たってしまっているのです。

ショートスティの事務長さんと、責任者さん(相談員というそうですが)が6日に「お詫び」ということでいらして下さいました。
(ケアマネさんが間に入って、イロイロ交渉してくださると思っていましたが・・実はそうではないのですねぇ。)

今回の怪我は、全てショートの責任として・・母が完治するまでは出来る限りの力を貸してくださるそうです。
自宅での安静は一人介助では問題アリ・・ブログを見る暇もない日々・・共倒れも否めない。
ケアマネさんとも相談して、出来るだけショートを増やして対応してもらうことになりました。

自宅にいる時は、午前8時から10時までと、午後1時から2時までの三時間はヘルパーさんに来ていただいて食事とトイレの介助をお願いしています。
マットレスも、分散式のものに替え、ベット上での食事の為にテーブルもレンタルしました。

当然、要介護5であっても・・介護保険の限度は出てしまいます。
その分に関しては、ショート先でもってくれることになりました。
まぁ、ギリギリ目一杯のサービスを使いながら日々過ごしていたので、こちらも有り難く同意しました。
気持ち的にはいろいろありますが、とにかく母が怪我をする前の状態に戻りさえすれば。
ただ・・ただそれだけです。

ショート中は、とにかく母の痛みを最大限抑える努力をしてくださっていたようで、7日に戻ってきた母は随分と楽になったようでした。誠意と、実行はしてくださっているようです。
どうしても横になっている時間が長いため・・起立性の貧血を起こしてしまう事が心配の種。
筋力の低下も心配ですし・・考えると切なくてため息もでてしまいます。
でも、もう・・泣いてる場合ではないので、なるべく強く逞しく。
というか・・なるようにしか、ならないって思っています。思うしか・・ありませーん。

「日薬」と、ヘルパーさんが母を慰めて下さっています。本当に、そうなんだと思います。

気持ちの浮き沈み、介護量の多さは・・辛いですが、それでもなんとか頑張っていきましょう
カルシウム・・沢山摂取できる様に、ボーっとした頭も使いつつ。

長女の入学式(6日)も無事終わり・・私も高校生の母になりました。
そして、高校受験生の母として・・進学説明会も待っていますねぇ。
ナカナカどうしてハードな日々は続きます。

それでも私は・・しっかりと花を愛でているのでーす

まさしく・・精神安定剤・・・。
青い花を見つけては・・買い込んでいる私なのでしたぁ・・・気分は、真っ青ってかぁ

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