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本好き人の365日

十月の本棚 4

2003-10-23 21:59:00 | 家庭小説

街の明りの一つ一つに、誰かがいて、家庭があって、人々の生活があるんだと思うと、不思議な気持ちがしますね。

おそらく、一度も会うこともなく、知らないまま通り過ぎていくであろう人々。

だけど、その人達にも人生があり、喜びや悲しみを抱えて私達同様日々生きている。

繰り返すわずらわしい毎日の雑用に辛抱強く耐え、家族のためにと世話を焼き、家を清潔にし、食事の支度に追われながら…

今回ご紹介するのは、そんな隠された愛すべき人々に送られた物語。

エレナ・ポーターの『スウ姉さん』です☆


かく言う私だって、毎日毎日「泳げたいやき君」みたいに鉄板の上で焼かれる日々、いいかげん「いやになっちゃう」時もあります。

物語の主人公「スウ姉さん」ことスザナ・ギルモア嬢もそんな一人。
なにかといえば「スウ姉さんにきいてごらん」と繰り返す父親に、「スウ姉さん」を連呼する妹と弟。
母親が亡くなってからは、ギルモア家のいっさいが、「スウ姉さん」なしでは何事も運ばないらしく、「自分を犠牲にしてまで妹の靴の心配や、弟の野球道具の世話までしてらんないわ」とうんざりする日々。

それでもなんとか、売り出し中の作家である婚約者の甘い励ましと、大好きなピアノに不満をぶつけることで、平凡で空しい毎日を乗り切っていたスウでしたが、二十歳になったその春、ついに自由を手に入れるための革命に立ち上がります!

「人々の注目を浴び、光の中、舞台でアンコールの波に包まれる自分」を夢に描き、ピアニストになろうと決心するスウ。
家族の反対を押し切り、恋人に打ち明けた時、思わぬ反撃にあいます。

「あたし、こんなにも愛されてるとは思わなかった…。男性の愛情って、こんなにも強いものだったんだ…」

恋人の甘い囁きに、ピアニストへの道はあきらめ、その日のうちに七月には結婚することを約束してしまうスウ。

…ダメじゃん、スウ(笑)

ところが物語は急転直下、ここから本編へと入って行くのです。

なんと父親の銀行が破産。
疲労困憊で倒れた父親は、心痛による痴呆症で、あわれにも子供同然となり、一生介護のいる身に。
財産も家屋敷も失い、なんとか残ったのは田舎の小さな別荘だけ。

不満ばかりで役に立たない妹弟と、泥んこ遊びに興じる父親を抱え、スウ姉さんの受難の日々が始まったのでした。

慣れない台所仕事に父親の介護、妹や弟の学費の工面から家計の算段と、辛抱強く、その一つ一つを懸命にこなしていくスウ。

その姿にエレナ・ポーターは、当時の、そして今でも、日々掃除や洗濯、繕い物や食事の支度に追われ、家族のために必要とされている女性達を重ね、自分達の自由な生活を諦め、けなげに働く彼女達の生き方に光をあてました。

「自分の役目は皮むきなのよ」

華やかな晩餐会の裏方として、台所の片隅で馬鈴薯の皮をむき、料理を作り、みんなに食べさせてからその皿を洗う。

誰に褒めてもらうわけでもなく、感謝もされず、それでも不平もいわずに「わずらわしい毎日の雑用」を果たしながら、その耳の奥に響くのは、
「アンコール! スザナ・ギルモア! アンコール!」
と叫ぶ幻の聴衆の声。

父親のもとを離れられない彼女は、結婚して家を出て欲しい婚約者とも、しだいに気まずくなっていき…

こんな話を読んでしまうと、三十年以上も黙々と食事の支度をしてくれた母親のありがたさが身に染みます。
そして同じぐらいの年月、毎日会社に通いつづける父親にも。

そして多くの人達が、「スウ姉さん」のように、この「日常」という偉大な業績を日々培っているわけですよね。

物語は後半、アッと驚く展開をみせます。
父親を看取り、妹達も立派に独立させて、自由の身になった「スウ姉さん」のとる行動とは?
そして結末は?

スウの最後のセリフから、どうぞみなさん推察してみて下さい。
きっと、納得のいく結末だと思いますよ。


「そんなこと、ちっとも犠牲じゃありませんわ!」



エレナ・ホグマン・ポーター  著
村岡 花子  訳
角川文庫



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