私的図書館

本好き人の365日

五月の本棚 3 『文人悪食』

2004-05-26 23:09:00 | 日々の出来事
無性に甘い物が食べたくなる時ってありませんか?

夜中にお茶漬けが食べたくなったり、卵かけご飯がどうしても食べたくなったり。

食べることと、生きることはほとんど同義語です。
だって食べなくっちゃ生きていけないんですから。
ただ、食べるために生きるのか、生きるために食べるのかでは大違い。

さて今回は、世の文豪文人の食べることへのこだわり、その執着と習性を、丹念に調べ挙げて一冊の本にまとめた傑作。

嵐山光三郎の『文人悪食』をご紹介します☆

登場する文人は三十七人。
各人それぞれの、食にまつわるお話が収められているのですが、そのどれもが個性的で、可笑しくって、ちょぴり恐ろしい内容になっています。

好んで食べた料理や、文士達の通ったお店なんかも出てきますが、それにも増して魅力的なのは、本人達の一風変わった行動や、食べる時の作法、そしてなによりも彼等の生き方そのものが読者を引きつけてはなさない♪

饅頭をご飯の上に乗せ、煎茶をかけてお茶漬けで食べるのが大好きだった森鴎外。(旧仮名使いの「おうがい」が変換できない~)

極度の潔癖症で、消毒用のアルコール綿を持ち歩き、大根おろしでさえ煮て食べた泉鏡花。

好物の生ガキを食べた後、必ず石灰酸のダイモールを飲み、胃の中で消毒していた菊池寛。
菊池寛はそれを交互に繰り返し、最後には胃をすっきりさせるために食べたものすべてを吐き出していたという。

…どうです、みんな変でしょ?(笑)

十七歳で女優と同棲し、酒を飲むと凶暴になって、誰彼構わず絡んでいた中原中也。

友人から借りた金でビフテキや寿司を食い、酒や女を買って遊び歩いていた石川啄木。

覚醒剤を飲んで、七日間眠らずに原稿を書き、今度は眠れなくなって睡眠薬を大量に飲んでいた坂口安吾。

…う~、教科書には載せられない内容ばっかり。

まだまだ、樋口一葉、与謝野晶子、宮沢賢治に種田山頭火と、取り上げられている文人には、古今東西の著名人がそろっています。
ただし、世の中には知らないほうがいいことだってあります。
お気に入りの作家や作品がある方はご用心を。
もしかすると、あなたのイメージを壊してしまうかも知れません。(それくらい強烈な内容です)

筆者の嵐山光三郎は元編集者。
数々の作家と直に話し、色々なことを体験してきているだけあって、その文章は経験が生かされていてとっても面白い。ついつい引き込まれてしまいます。

太宰治が熱海の旅館で金がなくなり、友人の壇一雄(壇ふみのお父さん)が太宰の内妻に頼まれてお金を届けに行った時のこと。
熱海に着いた壇一雄は太宰と合流。
そのままなしくずしに三日間、二人で食べて飲んで遊女と遊び、結局持っていったお金も使い切ってしまいます。
仕方がないので今度は壇一雄を人質に置いて、太宰が金を借りに行くのですが、十日たっても太宰は戻らない。
業をにやした料理屋主人を連れて、壇一雄が捜しに戻ると、はたして太宰は井伏鱒二の家で将棋をさしている。
怒る壇一雄に太宰は狼狽しつつも「待つ身が辛いかね、待たせる身が辛いかね」と言ったという。

この四年後、太宰治は『走れメロス』を書きました。

…こんなメロスはいやだ~!(笑)

もう、あきれて言葉が出ません!

嵐山光三郎は、この話を壇一雄本人から聞いたとか。
とにかく、堅苦しいイメージがあった文学史に風穴を開けてくれるパワーを持っていることは確か。
日本の文学はちょっと、という方も、この本を読めば、興味がわくかも。
もっとも、純粋な意味での興味とは多少違うかも知れませんが…(笑)

このままでは終れないので、最後に斉藤茂吉のお話を一つ。

ウナギが大好きだった斉藤茂吉。
ある席で出前の鰻の蒲焼が出された時のこと。
周りの鰻を見比べた茂吉は、「君、そっちのほうが大きいから替えてくれ」と言い、あっちの鰻、こっちの鰻と取り替えているうちに、結局最初の鰻が一番大きいということで落ち付いたんだとか。

まるで子供みたい♪

食い意地は張っているかもしれないけれど、まだこのほうが安心できます☆

では、皆さんも、気が向いたらどうぞお手に取って下さい。
まさに『文人悪食』の名に恥じない一冊です。(特に「悪食」ってところに☆)





嵐山 光三郎  著
新潮文庫