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消えた女~彫師伊之助捕物覚え~/藤沢周平

2007年02月20日 21時07分10秒 | 読書歴
■あらすじ
 版木彫り職人の伊之助は、元凄腕の岡っ引。逃げた女房が
 男と心中して以来、浮かない日々を送っていたが、弥八親分から
 娘のおようが失踪したと告げられて、重い腰を上げた。
 おようの行方を追う先々で起こる怪事件。その裏に、材木商
 高麗屋と作事奉行の黒いつながりが浮かび上がってきた。

■感想 ☆☆☆☆
 人情物のイメージが強い作者だが、この作品は江戸時代の
 長屋を舞台としたハードボイルドミステリーだ。
 ディティールまでよく調べた江戸時代の風習の説明があり
 どこからどう読んでも「時代小説」。
 けれども、読んでいる間、イメージとして湧いたのは
 少し枯れたブルースの歌声、色あせたセピア色の映像だった。

 伊之助は喜怒哀楽を表に出さず、辛い事実も自分の中で
 すべて受け止める。
 心の拠り所にしている女はいるものの、彼女に甘えきって
 しまうことができない。彼女の幸せを願っているため
 彼女に近づきすぎることはできないのに、他の男の影が
 見えると、嫉妬を覚える。勿論、彼女に仕事の話や
 自分が抱え込んでる厄介ごとの話はしない。
 それは男の世界の話なのだ。

 イメージとして浮かぶのは伊之助の背中。
 広くて大きくて優しい。けれどもあさっての方向を
 向いている背中なのだ。顔や表情は分からない。
 無条件で受け止めてくれる分かりやすい優しさは彼にはない。
 見せるのは背中。厳しい背中。

 そんな彼がお世話になった親分の娘を探す。
 生きているのかも定かではない彼女を探すためには
 一度捨てた岡引に戻ったほうが早いと分かっていても
 一度捨てたものにはすんなりと戻れない。
 その不器用さがかっこいいし、ハードボイルドを
 思い起こさせるのだろう。

 ひたすらセピア色のシーンが続く中、
 けれどもラストシーンは色鮮やかな春の場面だった。
 お日様の光がさんさんと輝く明るい世界だ。
 その日差しの中で初めて、私は伊之助の顔を
 正面から見ることができたように感じた。
 喜怒哀楽は表に出さないのに、穏やかな優しい表情を
 している男の顔。そんなラストシーンだった。


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