旅は楽しい。
そう思えるようになったのは40過ぎてからだった。
それまでは出不精だったゆきたんく。
家族と出かけてもそんなに、景色に心を奪われることもなかった。
もう、訪れることはないかもしれないなんて感慨にふけることもなかった。
そんな不感症な時に、一度だけ不安になったことがある。
よく内容も知りもしないのに「赤い靴」(野口雨情作詞・本居長世作曲)の歌詞が浮かんだ。
薄汚れた船の窓である。写っているのは珠江口というマカオとシンセンの間にある河口である。
薄汚れて、波の飛沫がかかる窓。
天気は曇り、見えるのは波ばかり。
あぁ、自分はどこに連れられていくのだろう。
職場では偉そうなことを言っている一人前の男が、知らない土地ではこんなものである。
船中に響く、中国のご婦人方の歌を聴いていると一層不安が高まるのである。
自分の今の位置が何処なのか。
どこに向かっているのかがはっきりと定まらないと気持ちが不安定になるのは旅だけではない。
情けないゆきたんくであった。