大木昌の雑記帳

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大阪なおみ全豪オープン優勝―成熟したアスリート―

2021-02-23 06:37:56 | 思想・文化
大阪なおみ全豪オープン優勝―成熟したアスリート―

2020年2月20日、オーストラリアのメルボルンで行われた、世界4大テニス大会(グランドスラム)
の一つ全豪オープンの決勝戦で、ジェニファー・ブレイディ(アメリカ 25歳)と対戦し2-0(6
-4、6―3)で完勝し、グランドスラム4回目の優勝を果たしました。

試合の後、大坂は相手のジェニファーへのリスペクトを込めて、
まずジェニファーおめでとう。全米オープンの準決勝で対戦して、ずっと強くなると感じていました。
その通りでした。ここ数か月でどんどん強くなっていくのを感じていました。努力の成果だと思います。

と称え、さらにブレイディのチーム、家族へ向けても「チームも、家族のようなものです。おめでとう
ございます。お母さんもあなたのことを誇りに思っているに違いありません」とメッセージを送りまし
た(注1)。

観客にたいして、「試合を見に来てくれてありがとう。とてもうれしいです。今、グランドスラムに出
られるのは本当に恵まれていること。決して当たり前ではありません」と語っています。大坂の謙虚で、
そして敗者に優しい人柄がよく表れた言葉です。

この試合の前、日本のメディアでは大坂なおみ勝利の予想が大勢を占めていましたので、結果をみれば
予想通りだったと言えます。間違いなく女子テニス界に「大坂なおみの時代」がやってきました。

私自身は、以前、少しテニスをやっただけなので論評する資格はありませんが、準決勝での、セリーナ・
ウイリアムとの闘いに注目していました。

セリーナといえば、1998年全豪オープンでグランドスラム・デビューを果たして以来、女子テニス界を
パワーで圧倒しグランドスラム23勝を達成した、まさに女子テニス界の「レジェンド」です。

しかし、そのセリーナも今や39才。体力の消耗が激しいテニスというスポーツのアスリートとして、
かつての「女王」は、体力・気力・技術の面で爆発的に向上している若きスーパー・プレイヤーの大坂
とどのような試合をするのか、興味は尽きませんでした。

なにしろ大坂にとってセリーナは子供の時からの憧れのプレーヤーで、セリーナを目指してきました。

大坂自身が試合後に語っていたように、「とてもナーバスだったし、怯えてもいた」と語り、大坂も恐
れを隠そうとはしませんでした。

結果からみると大坂の2-0(6-3、6-4)でストレート勝ちでしたが、試合の立ち上がりの大坂
は、明らかに「恐れ」が表に出ていました。

しかし、試合が進むにつれて、そうした感情も克服されて完勝となりました。ここに私は、大坂のメン
タルな強さと成長を感じました。

試合後、コートの中央でセリーナは肩を抱いて大坂の勝利を祝福し、それに対して大坂は、「いつまで
もずっとプレーを続けて・・・」と言ったそうです。

衰えを認めざるを得なくなった往年の「女王」が、日の出の勢いの若きヒロインを涙ながらに称えるこ
のシーンは、まさに感動的なドラマでした。

セリーナは試合後の記者会見では、記者の質問を遮って「もう終わりにして・・・」と涙をぬぐいつつ
席を立って消えてゆく姿が、なんとも言えない寂しさをたたえていました(注2)。

しかし、これはアスリートにとって、いつか必ず訪れる宿命でもあります。大阪なおみにも、“その時”
は必ずきます。

一方、大坂の心中はとても複雑だったと思います。というのも、畏敬の念さえ抱いていた憧れのスーパ
ー・スター、セリーナを破ってしまったことに、大坂自身の心にも一抹の寂しさと、ちょっぴり申し訳
なさがあったのではないでしょうか。

セリーナに勝って喜びを爆発させることもなく、大坂は静かに歩み寄って「いつまでもプレーを続けて
・・」と言ったその言葉に万感の思いを込めていたと想像します。

もちろん、これは私の個人的な感傷にすぎないかもしれません。

ところで、私は、今回の大坂の優勝には、彼女を支えた「チームなおみ」の貢献が非常に大きかったと
思いますし、彼女もチームへの感謝を述べています。

現代のスポーツは、選手が単独で闘うというより、チーム全体で闘うという性格が強く、大坂の場合に
も「チームなおみ」のウィム・フィセッテコーチ、中村豊フィジカルトレーナー、茂木奈津子ケアトレ
ーナーが彼女を支えてきました。

ウィム・コーチは、対戦相手の過去のプレーを徹底的にデータ分析し、弱点と強みを大坂に伝えていた
ので、映像をみるとその効果がはっきり出ていました。中村トレーナーが体力と体幹を鍛えた効果で、
大坂は体制を崩されながらもしっかり打ち返すことができていました。

そして、以前なら、失敗するとラケットをコートに叩きつけたり、泣いたり精神的なイライラを隠しま
せんでした。しかし決勝戦をみていると、ピンチになっても落ち着いていて、メンタルの安定がはっき
りみられました。これには茂木ケアトレーナーの心理面でのサポートがあったからだと思われます。

大坂自身は、コロナ禍で隔離生活は、自分を見つめなおすいい機会であった、と語っていますが、ここ
らあたりにも彼女の成長が見られます。

さて、女子テニス界はしばらく大坂なおみを中心に回ってゆくと思いますが、私はアスリートとしての
大坂なおみの評価とは別に、「人間大坂なおみ」を深く尊敬しています。

昨年5月、黒人のジョージ・フロイド氏が白人警察官に殺され、これをきっかけにアメリカのみならず
世界で人種差別反対の声が上がりました。いわゆる「黒人の命も大切」(Black Lives Matter)運動です。

大坂は、8月27日に予定されていた、全米オープンテニスの前哨戦「ウェスタン&サザン・オープン」
の準決勝への出場を、黒人差別への抗議活動の一環として辞退する、と発表しました。

大会側は大坂なおみの発言を受けて、ただちに27日の全試合の延期を決定し、ウェスタン&サザン・オ
ープンの運営サイドも「スポーツとしてのテニスは、米国で再び表面化している人種差別や社会的不公
平に、一丸となって取り組みます」と、大坂と同じく黒人差別への抗議を目的とした判断をしました。

そして、大坂はWTA(女子テニス協会)とUSTA(全米テニス協会)と協議をした結果、プレーするこ
とを決めました。

大坂は言います。「黒人女性として、テニスをしているよりも重要な事柄があるように感じます」「大
多数の白人スポーツの中で会話を始めることができれば、正しい方向への一歩だと思います」と(注3)。

つまり、自分は「黒人女性として」テニスをしてきたが、それよりも重要な問題があると感じている。
白人によって支配されてきたスポーツ界が、今回の問題をきっかけに議論を深めてゆくことができれば、
それで本来あるべき方向に進んで行けるだろう、と語っているのです。

たった一人の23才の若者が、アメリカの女子テニス協会と全米テニス協会を動かした、という事は、
とても重要な「事件」だと思います。自分の23才の時を思うと、とうていこのような行動はとれなか
ったと思います。

彼女は、こうも言っています。「『人種差別主義者ではない』だけでは不十分だ。反人種差別主義者で
なくてはならない」、と。

“私は、人種差別主義者ではありませんよ”、といいながら、実際に人種差別に対して抗議や行動を起こ
さないのは、事態を変える力にはならない。はっきりと反人種主義者として行動を起こすべきだと言っ
ているのです(注4)。

大坂なおみは、「私はアスリートである前に黒人女性」である、と公言し、抗議の意思表示として9月
の全米オープンでは、白人によって殺された7名の黒人被害者の名前が書きこまれたマスクを毎回取り
換えて試合に臨んだことは記憶に新しいところです。

大坂は、人種だけでなく、性差別にも反対しています。このため、日本で森オリパラ組織委員会会長が、
女性蔑視と受け取られる、女性がいると会議が長くなる・・・などの発言に対しても、これを女性差別
として反発し、
    いいことではない、彼のような立場にあるならば、話す前に(影響を)考えるべきで、すこし
    無知な発言だったと思う。
と、何の忖度もなく、担当直入に批判しています(5)。

土橋強化本部長は、「真のトップアスリートになる選手は人間の大きさが自然とでる。そこが彼女の魅
力」と言っていますが、私も全く同感です(『東京新聞』2021年2月22日)。

最後に、私が特に感銘を受けた、大坂なおみが昨年12月20日のニューヨークタイムス紙に寄稿した
言葉を引用します。少し長くなりますが、とても重要なことを言っています。

    アスリートよ声を上げよう
    ミュージシャンや俳優、ビジネス界の大物など著名人は最新のニュースに意見を主張すること
    を求められるのに対し、もし、アスリートが同じことをすると批判を浴びることがあります。
    ボールを打て。ショットを決めろ。黙って球をついて(打って?)いろ、と。
    現在はSNSが発達し、アスリートは発信力をもっています。
    私たちアスリートには「声を上げる責任」があります。
    私は黙って球をつき続ける気はありません(注6)。


                 注
(注1)THE ANSER (2021.02.20)https://the-ans.jp/news/146863/
(注2)Web Sportiva(2022.2.19) https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/otherballgame/tennis/
    2021/02/19/post_7/ セリーナ
(注3)Yahoo ニュース 2020/8/27(木) 13:57配信 The Digest(2020/8/27(木) 13:57配信
    https://news.yahoo.co.jp/articles/561bd04bb3200c39ebb47682d0b3d46bf195de8c
(注4)BBC NEWS Japan (2020年7月5日)https://www.bbc.com/japanese/53288847
(注5)『毎日新聞』デジタル(2021年2月6日 最終更新 2/6 17:17)
(注6)TBSテレビ 『ひるおび』(2021年2月22日放送)。この放送の訳では、「ついていろ」
    という部分が少々分かりにくい。他の訳では、ここは、NBAレーカーズのレブロン・ジェー
    ムズが政権批判した際にニュースキャスターから「黙ってドリブルしていろ」と言われた件
    に触れ「私たちには声を上げるという大きな責任がある。黙ってドリブルなんてしない」と
    発信を続ける決意を示したという部分に相当していると思われる。いずれにしても、大坂の
    発言の趣旨は、アスリートはもっと声を上げよう、という点にあることが重要。

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大坂の方を抱いて勝利を祝うセリーナ                                        優勝カップを手にして微笑む大坂

Web Sportiva 2021.2.19 16:55                                             NHK WEB 2021年2月21日 0時56分
https://article.auone.jp/detail/1/6/12/21_12_r_20210219_1613722781754314?rf=tbl

写真2



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