大木昌の雑記帳

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「Tカード」とプライバシー侵害―捜査協力は社会貢献?―

2019-01-27 07:05:17 | 社会
「Tカード」とプライバシー侵害―捜査協力は社会貢献?―

私たちの生活は、さまざまな形の電子情報が入ったカードや映像、電子情報のやり取りを利用しています。

ICカードの名義人情報や利用履歴、防犯カメラ、アプリによるフリーマーケットの取引履歴、顔写真の写
しなど、検察が共有するリストには、入手可能な顧客情報がずらりと並んでいます。

これらの情報を検察関係者は、「対象者の所在や金銭の出入りを確認するために、リストを参考にする」と
言っています。

ここで重要なことは、検察は裁判所の許可なく、関係する企業に「捜査関係事項照会書」を提出し、カード
番号か氏名・住所・生年月日を伝えれば個人情報を請求できます。しかし、この「照会書」は捜査当局が作
った文書で、裁判所も第三者機関のチェックも受けません。

それでは「Tカード」のどこが問題なのでしょうか?もう少し具体的にみてみよう。

たとえば鉄道会社の定期券の内容、利用履歴、チャージ金額がわかります。アプリ運営会社からは、アプリ
のフリーマーケット取引履歴、レンタル会社からは、レンタル履歴、店舗内の防犯カメラ映像、電子マネー
付きポイントカード提携会社からは、ポイントカードの人物特性(名前、住所、電話、生年月日などなど)
利用時間、店舗、取引金額、残高などの情報を捜査当局は書類を提示するだけで入手できます。

なお、携帯電話会社からは、メールの受送信履歴、位置情報などについては、捜査当局は「捜索差し押さえ
許可状」を裁判所から取れば入手可能です(『東京新聞』2019年1月4日)。

しかし、今回、これまでの個別的なカード方法とは比較にならないほど広範囲の情報を一括して検察は手に
入れていたことがあきらかになったのです。

それは「カルチュア・コンビニエンス・クラブ」(CCC)が2003年に始めた「Tカード」です。

「Tカード」は、さまざまな買い物先などの特典ポイントを一つにまとめることができる便利なカードです。
買物をすると、その金額に応じてポイントがつき、たまったポイントを一定の換算率でその分の金額を提携
先で使えます。

提携先は昨年11月末時点で185社、店舗数は99万あまりです。身近なところでは「TSUTAYA」
や「蔦屋書店」スーパー、コンビニ、薬局、飲食店、ホームセンター、宅配センター、ホテル、ガソリンス
タンドなどなどです。

カードを作るには、氏名、住所、生年月日を伝える必要があり、顔写真を要求する企業もあります。

現在、「Tカード」保有者は6827万人、ざっと、日本人の二人に一人が「Tカード」を利用しているこ
とになります。

「Tカード」の履歴を調べれば、誰が、いつ、どこにいて、どうお金を使ったかがデータとして蓄積されて
ゆきます。

また、「TSUTAYA」や蔦屋書店で購入した本や借りたDVDの中身を見れば、その人の思想信条や好
み、性癖まで筒抜けになってしまいます。

こうした情報に目を付けたのが捜査当局でした。CCCによれば、最初は裁判所の令状があった場合に限っ
ていたが、2012年以降は「捜査関係事項照会書」だけで情報を提供するようになったということです。

しかし、「Tカード」の運営会社のCCCは、ずっとそのことを明らかにせず、規約にも示していませんで
した。今年の1月21日にようやくホームページでそのことを明らかにしましたが、それは捜査当局への情
報提供の問題が報道されてからのことでした。

『東京新聞』の取材に対して広報の安藤舞氏は、「捜査への協力が社会貢献の一環」と答えています。提供
する内容に関しては「弊社との間で一定のルールを設け、必要最小限の範囲で提供している」と具体的な説
明を避けていました。

これは、ばれてしまったから、仕方なく答えた開き直りの言葉です。もし、捜査当局に情報提供をしている
ならば、カード作成時に、使用者から個人情報を捜査当局あるいは他の組織に提供しても良いかの承認をと
っておくべきでしょう。

「TSUTAYA」と同様、情報を扱う図書館はだいじょうぶでしょうか。

日本図書館協会が2011年、全国の公立945館を対象に行った調査では、捜査機関から裁判所の令状な
しに、貸出記録などの照会を受けたことがある館は192館と約二割を占め、うち、半数を超える113館
が求めに応じたという。

しかし、利用者の秘密を守ることが図書館の大原則です。協会の鈴木常務理事は、「人命への危険など緊急
の場合を除いて、令状がないのに氏名や住所、利用事実や読書事実、レファエンス記録(文献調査記録)、
複写記録の(捜査機関への)提供はできない」と断言しています。

どのような本を読んだのか、探そうとしているのかは、その人の思想や信条にかかわることだからです。

この図書館協会の姿勢と比べて「Tカード」の運営会社、CCCの捜査協力への積極性は際立っています。
鈴木正朝・新潟大学教授(情報学)はこの企業による「捜査機関への個人情報の提供が『インフラ』『社会
貢献』とは、まったく意味が分からない」と切り捨てています。

宮下紘・中央大準教授(憲法)は、「CCCの言う『社会貢献』に会員のプライバシーを守ることは含まな
いのか」と批判しています(『東京新聞』2019年1月26日)。

宮下氏がいうように、こうした個人情報の収集を野放しにすれば、捜査機関は誰をも監視できる『神の目』
を持ちかねないのです。

ある検察OBは「顧客情報の照会結果が捜査の下支えとなった事件は無数にある」と語っているように、さ
まざまな企業が発効しているカードを使うたびに、その情報は検察当局の捜査や、他の企業の宣伝広告に利
用されてゆくのです。

もし、具体的な犯罪が生じて人物がある程度特定された場合に、こうした情報の収集を検察がおこなうこと
は、多少は納得できますが、一般の市民の個人情報全体に網をかけて、それを蓄積しているのならば、日本
は「情報監視社会」となってしまいます。

宮下氏は他の個所で、
    アメリカには、大統領直轄の有識者組織が存在します。ここはNSAの捜査資料を提出させ、テロと
    無関係な人の生活を覗き見するような監視をしていたら止めさせる権限を持っています。EUもグー
    グルやフェイスブックなどの企業に対し、「NSAに無条件にデータを渡すのなら、EU内で仕事がで
    きませんよ」という対抗措置を取りました。
と欧米の事情を紹介しています。

日本ではEUのようにグーグルやフェイスブックに対する法的な対措置をとっていないので、私たちが何か
を検索すれば、いつ、誰が、どんなことを検索したかの情報は蓄積され、その情報はアメリカの情報当局や、
日本の捜査当局に流れる可能性があります。

日本は個人情報を保護する法整備が遅れており、100カ国以上が参加するプライバシー国際会議に正式参加
できていません。フィリピンやウルグアイなどの途上国も入っているのに、日本は参加拒否されたのです
(注1)。

なぜ、日本が参加を拒否されたのかは分かりませんが、もし、日本はプライバシーを尊重する意志もないか
ら、国際会議に参加する資格がないということであれば、日本は国際社会の中で「先進国」としては認めら
れていないことを意味します。

欧米社会で行われているように、「政府や行政の情報監視を監視する」法律的整備がぜひ必要です。

今日の日本は、森友問題、加計学園問題、自衛隊の日報隠し問題、働き方改革に関連した労働実態(残業時
間の実態)の調査結果のごまかし、外国人労働者の労働実態、厚労省の毎月勤労統計の不正調査にせよ、権
力を持つ側は、自分たちの情報を隠すが、国民の行動はあらゆる機会をとらえて情報収集する、という非常
に悪い事案が続出しています。

このように考えると、今日の政府や行政機関による情報隠しや歪曲は、もはや偶発的な出来事というより、
構造的な問題だといえます。

正しい情報に基づいて国民が判断することが民主主義の基本です。もし、間違った情報しか与えられなけれ
ば、正しい判断はできません。同様に、個人情報の保護は基本的人権の重要な基礎です。

情報といえば、かつてオバマ政権下でアメリカは同盟国であるヨーロッパの首相の携帯電話を盗聴していた
ことが発覚し、ドイツのメルケル首相は激しく怒り、盗聴を止めさせました。

同時期に、日本の政治家や企業のトップの電話も盗聴されていたことが、ウィキリークスで暴露されました
が、日本政府は抗議しませんでした。「弱きに強く、強きに弱い」のが日本の為政者の本質のようです。

*最新の情報によれば、フランス政府は、個人情報の保護を怠ったグーグルに62億円の罰金を科す決定を
しました。まことに正常な対応だと思います。さて、日本は?

(注1)TheLiberty Web (2019.01.21)
    https://the-liberty.com/article.php?item_id=15317 






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