大木昌の雑記帳

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安保法案は憲法違反(3)―「無理も通れば道理引っ込む」のか?―

2015-06-23 07:23:43 | 政治
安保法案は憲法違反(3)―「無理も通れば道理引っ込む」のか?―

前回は,衆議院憲法審査会で,参考人として呼ばれた三人の憲法学者が,安保法制は憲法違反である,との見解を述べました。

これに対して菅官房長官は,1959年の砂川裁判に対する最高裁の判決を根拠に安保法案は合憲である,と主張しました。

しかし,「砂川判決」は集団的自衛権を合法化する根拠になりえないことは前回詳しく説明したとおりです。

今回は,菅官房長官の釈明(安倍首相の釈明も同じ)以外の,政府側の見解をみてみましょう。

まずは,今回安保法案の取りまとめ役の高村正彦衆議院議員は,6月11日に行われた衆議院憲法審査会で,安保法案は合憲で
あるとの釈明しています。その要旨は以下の通りです。

少し長くなりますが,これが自民党の公式な見解なので引用しておきます

    1959年の砂川事件最高裁判決は国の存立を全うするための「必要な自衛の措置」を認め,しかも必要な措置のうち個別的
    自衛権,集団的自衛権の区分をしていない。これが大きなポイントだ。何が必要かは時代によって変化し,実際の政策は
    内閣と国会に委ねられている。(中略)
    閣議決定で認めたのは集団的自衛権の行使に該当するもののうち,あくまでお我が国を防衛するためのやむを得ない自衛
    の措置に限られる。憲法解釈の限界を超えるような意図的な解釈変更ではなく,憲法違反との批判は全く当たらない。4日
    の憲法審査会で参考人の憲法学者が違憲だと主張したが,憲法の番人は最高裁だ。憲法学者ではない。
    (『東京新聞』2015年6月12日)。

この見解には,いくつもの問題があります。

まず,冒頭に「砂川裁判」の法的な根拠を示していますが,これについての問題点は前回述べた通りです。

一つだけ補足しておくと,前回の記事で,砂川判決に関するアメリカの介入について,マスメディアはほとんど触れていない,と書き
ましたが,『東京新聞』(2015年6月10)は,「砂川判決 公平性にも疑問」というタイトルで,この問題に触れています。

それは,「半世紀が過ぎ,新事実が明るみに出た。二〇〇八年以降,機密指定が解かれた米公文書で,判決を指揮した当時の田中
耕太郎最裁判長が駐日米大使に,無罪の一審を破棄する見通しを事前に伝えていたことが分かった」というものです。

この判決は,アメリカの意向にそって下されたことがはっきりと記録されています。

高村氏は国会の質疑で,「砂川判決本体にはっきり,国連憲章は個別的自衛権と集団的自衛権を各国にあたえていると書いてある」
との発言をしています。

しかし,当時最高裁で弁護人を務めた新井章弁護士は,「確かに判決にそういう記述はあるが,それは当たり前のことをいっている
だけ」と指摘しています。

ただし,「国際社会が認めている集団的自衛権を行使するかどうかについて,日本は憲法の前文や九条で自衛のためにも武力行使を
しない定めている。 集団的自衛権を行使できるかどうか,どのように行使すべきかという議論が取り上げられたことは全くない」と強調
しています(『東京新聞』2015年6月10日)。

つまり,国連憲章は一般論として,個別的自衛権も集団的自衛権も認めているが,集団的自衛権を認めるかどうかは,それぞれの国が
決めることである,としているのです。

日本は,その部分を憲法で禁じていますから,当然,集団的自衛権は認められません。

そこで,高村氏は,「砂川判決」の「必要な自衛の措置」は,特に個別,集団の区別を明示していないから,集団的自衛権も含まれる,と
非常に無理なこじつけをします。

当時も今も,「必要な自衛の措置」は全体の「文脈」から,当然,個別的自衛権と解釈されていますが,「文脈」を意図的に曲解しています。

「何が必要かは時代によって変化し」とは,具体的には中国の脅威が増したから,安全保障の環境が変わったから,それに合わせて憲法
解釈を変えることができる,という趣旨につなげられます。

しかし,憲法とは法律の最上位に位置する法律の中の法律です。その憲法の根幹部分を一内閣が勝手に解釈し直すことは許されません。

もし憲法が,時の政権によって解釈で根幹を変えてしまうことができるなら,もはや「憲法」ではなくなってしまいます。

高村氏は,過去に言ったことを意識的に無視しているのか,すっかり忘れているようです。

高村氏が外相を務めていた1999年4月1日の「日米防衛協力のための指針に関する特別委員会」で,「集団的自衛権の概念は,その成立の
経緯から見て実力の行使を中核とした概念であることは疑いない。我が国の憲法上,禁止されていることは政府が一貫して説明してきた」と,
集団的自衛権を自ら否定しているのです(『日刊ゲンダイ』2015年6月18日)。

高村氏は弁護士出身であり,いわば法律のプロですから,今回の安保法案が憲法違反であることは十分分かっているはずです。そこを強引
に突破しようとする背景には,最終的には国会での絶対多数で採決すれば法案を通すことができる,と考えているとしか思えません。

まさに,数の「力」で押し通せば論拠や正当性の問題も吹き飛ばしてしまう,「無理も通れば道理引っ込む」の諺そのものです。

次に,自衛隊を所管する防衛省の中谷元防衛相は15日の特別委員会で,民主党の寺田学氏に,砂川判決を集団的自衛権行使が合憲である
ことの根拠にするのかとの質問に対して,「新三要件の合憲の根拠は,72年の政府見解だ。砂川判決を直接の根拠にしていない」と,答えてい
ます。

安倍首相や菅官房長官は,15日の時点でも,砂川判決を根拠にしていますが,中谷防衛相は,集団的自衛権の根拠に関して,やや異なった
発言をしています。

中谷氏が言及している「72年の政府見解」とは,1972年,砂川判決を踏まえて,田中角栄首相(当時)が,日本の個別的自衛権を認める一方,
集団的自衛権は認められないとする政府見解を指します。

したがって,72年の政府見解は,集団的自衛権を否定し個別的自衛権しか認めていないことを確認した政府見解なのです。

ここから明らかなように,中谷氏が,砂川判決を根拠にせず,72年政府見解を根拠とする,という発言は,集団的自衛権を否定した政府見解
を根拠に集団的自衛権を合憲とする,という自己矛盾に落ちいっています。

10日の衆院特別委員会で中谷氏は,他国を武力で守る集団的自衛権の行使を容認した憲法解釈について,将来的に日本を取り巻く安全保障
環境がさらに変化すれば,再び変更する可能性がある」との認識を示しました(『東京新聞』2015年6月11日)。

これは,なし崩し的に憲法を有名無実化する,もっとも危険な発想です。

中川防衛相は,首相と菅官房長官と見解が異なる点について,自ら判断したのか党内で指摘されたのか,19日の衆院平和安全法制特別委員会
で前言を翻します。

つまり,1959年の最高裁砂川事件判決について「限定容認する集団的自衛権の行使が合憲である根拠たり得る」と述べ、「直接の根拠としてい
るわけではない」という15日の答弁を事実上修正したのです(『毎日新聞』2015年6月19日 夕刊))。

次に,菅官房長官が,安保法案を合憲とする憲法学者として名前を挙げ,かつ『東京新聞』にコメントを寄せている三人の言い分をみてみましょ
う(『東京新聞』2015年6月11日)。に

まず,百地章日本大学教授
今回の政府見解は,従来の憲法解釈の基本的な論理を維持しており妥当だが,集団駅自衛権の行使が認められるかどうかは憲法に照らして
判断されるべきで,過去の見解との整合性を気にし過ぎているのではないか。集団的自衛権は主権国家に認められた固有の権利で,保持や
行使は当然だ。

百地氏は,上に述べたと同じ誤りを犯しています。集団的自衛権が一般的に認められていることと,それぞれの国がどう規定するかは別問題で,
日本は,まさに憲法で禁じているのです。

次に西修駒澤大学名誉教授
日本国憲法の成立過程や国際法上の固有の権利を考えれば,集団的自衛権も含めて自衛権の行使は否定されていない。憲法解釈の問題で
はなく政府判断だ。合憲あるいは明確な違憲はではないという学者は少なからずいる。多数か少数かが問題の本質ではなく,説得力があるか
どうかだ。(西氏は6月22日の衆院特別委員会でも同様の発言をしています)

西氏も百地氏と同じく,一般論と日本の憲法との違いを混同しています。

しかも,合憲・違憲の判断は時の政府判断だ,と憲法を曲解しています。いう基本的残念ながら,西氏の論は説得力がありません。

最後に長尾一紘中央大学名誉教授
どの独立国も個別的自衛権を集団的自衛権の療法をもつ。国連憲章にも明記されている。日本国憲法は他国との対等な立場を宣言している
以上,自衛権を半分放棄するという解釈は出る余地はない。法案を違憲という学者の意識は日本の安全保障に危機感を持つ国民の意識とず
れている。

長尾氏も他の二人の憲法学者と同じく,一般論と日本国憲法との違いを無視しています。

さらに驚くべきことに,19日の特別委員会で民主党の辻本氏の指摘で,長尾教授は「徴兵の制度と奴隷制、強制労働を同一視する国は存在
しない。徴兵制の導入を違憲とする理由はない」と,徴兵制さえも合憲だと発言していることがしていることがわかりました。同様の発言は,
百地,西氏もしています(『日刊ゲンダイ』2015年6月20,21日)。

なお,百地氏は10日,『毎日新聞』の電話取材に答えて,「日本の安全保障環境が大きく変化し、米国と手を組んでおかないと日本の安全が
守れないというのが、集団的自衛権行使容認の大きな理由だ。憲法の枠内の政府見解変更であり憲法違反ではない」と主張しました。

同じく『毎日新聞』の取材に長尾氏は,「霞が関の官僚から『国会で名前を出してもよろしいですか』と9日に連絡を受けた。以前からやり取り
があり、了承した」と語りました。菅氏の答弁は毎日新聞の電話取材で知ったという。

菅氏は,安保法制懇にいる,たった一人の憲法学者の名前を問われても,明かしませんでしたが(『東京新聞』2015年6月6日),その憲法
学者の,少なくとも一人は長尾氏であったかもしれません。


長尾氏は、安保法制を合憲とする根拠として、国連憲章が個別的自衛権も集団的自衛権も認めていることなどを挙げ、「戦後70年、まだ米国
の洗脳工作にどっぷりつかった方々が憲法を教えているのかと驚く。一般庶民の方が国家の独立とはどういうことか気づいている」と熱弁をふ
るったそうです。

安保法案を違憲だとする憲法学者を「まだ,米国の洗脳工作にどっぷりつかった方々」と断ずる感覚こそ,驚くべき時代錯誤と現状認識の欠如
ではないでしょうか?

あるいは同様の認識をもった憲法学者であったとしても,このような認識をもつ憲法学者の見解を頼って,安保法案を構想したとしたら,恐ろ
しいことです。

時事通信社の調査によれば,6月の安保法案に対する「反対」の意見は8割を超えていました(注2)

最後に,野党の安保法案と憲法との関係に関する見解を見ておこう。

野党は総じて安保法案は憲法違反であるとの立場をとっています。ただし,維新の党がどうなるは微妙です。

いずれにしても,憲法学会を代表する憲法学者三人がそろって憲法違反だと述べたことは重大であり,安保法案は,一旦引き上げるべきでしょう。

(注1)『毎日新聞』(電子版)2015年6月11日
http://mainichi.jp/select/news/20150611k0000m010129000c.html?fm=mnm
(注2)時事通信社調査 2015年6月15日アクセスhttp://www.jiji.com/jc/zc?k=201506/2015061200570&g=pol

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