大木昌の雑記帳

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安保法制は憲法違反―各論から違憲判断へ「潮目変わる」

2015-06-10 05:15:52 | 政治
安保法制は憲法違反(1)―各論から違憲判断へ「潮目変わる」―

衆院憲法審査会は6月4日、与野党が推薦した憲法学者三人を招いて参考人質疑を行いました。

三人とは,自民党、公明党、次世代の党推薦の長谷部恭男氏(早稲田大大学院法務研究科教授,東京大卒。著書に「憲法と平和を問いなおす」など),
民主党推薦の小林節氏(慶応大名誉教授。慶応大卒。著書に「白熱講義! 集団的自衛権」「憲法改正の覚悟はあるか」など),維新の党推薦の笹田
栄司氏(早稲田大政治経済学術院教授。九州大卒。著書に「司法の変容と憲法」「実効的基本権保障論」など)です。

この日の審査会の本来の趣旨は,立憲主義などをテーマに議論する予定でしたが,民主党の中川正春元文部科学相が、「先生方が裁判官なら安保
法制をどう判断するか」と各氏の見解を聞きました。

結論を言えば,立場も主義主張も違う三人ですが,全員が「違憲だ」と答えました。三人の答えは以下の通りです(注1) 

長谷部恭男氏
    集団的自衛権の行使が許されるとした点は憲法違反だ。従来の政府見解の基本的な論理の枠内では説明がつかない。法的な安定性を大きく揺る
    がす。どこまで武力行使が許されるのか不明確だ。他国軍への後方支援活動は戦闘地域と非戦闘地域の区別をなくし,現座の指揮官に判断が委
    ねられる。その結果(憲法が禁じる)外国の武力行使と一体化する恐れが極めて強い。

小林節氏
   違憲だ。憲法九条(2項)は,海外で軍事活動する法的資格を与えていない。集団的自衛権は,仲間の国を助けるために海外へ戦争に行くことだ。
   後方支援は日本の特殊概念で,戦場に後ろから参戦するだけの話だ。兵站なしに戦闘はできない。米国の部隊が最前線でドンパチやり,武器は日本
   が引き受ける,露骨な「戦争参加法案」だ。国会が多数決で法案を承認したら,国会が憲法を軽視し,立憲主義に反することになる。

笹田英司氏
   内閣法制局は自民党(の歴代)政権と共に安保法制をずっとつくってきて,「ガラズ細工」とはいわないが,ぎりぎりのところで(合憲性を)保っ
   ていると考えていた。今回は踏み越えてしまっており,違憲だ。政府が昨年に閣議決定した文章は,読めば読むほど,どうなるのだろうかとすっき
   り理解できなかった。国民の理解が高まるとは思えない。後方支援については小林名誉教授と同じく,大きな疑問を感じている。

以上の三人の趣旨は非常に明快で,今回の安保法案は明らかに,憲法違反以外には考えられません。

ここで重要な点は,まず,自民・公明・次世代の党が推薦した長谷部氏さえも,安保法案は憲法違反であると,明言していることです。

佐藤勉国対委員長は,審査会後,参考人の人選をした船田元憲法改正推進本部長から事情を聴取し,参考人は推薦政党の主張に沿った発言をする
のが当然のため,「自民党が呼んだ参考人だから問題なんだ」と注意しました。

しかも,長谷部氏は,憲法解釈を変更して集団的自衛権行使を認めるのに批判的な学者として知られていたのです(『東京新聞』2015年6月5日)。

実は,当初自民党は長谷部氏ではなく,司法制度改革を通じて同党とつながりのあった佐藤幸治京都大名誉教授に要請しましたが拒否され、代わりに
長谷部恭男早稲田大教授を選んだ,という経緯があります。

審査会の自民党メンバーは「長谷部氏は立憲主義の権威でもあり、この日の議題に合うと思ったが、野党にうまく利用されてしまった」と悔やみました
(注2)。

しかし,もし,佐藤氏が出席していたら,もっと厳しいコメントをしたと思われます。

日本国憲法に関するシンポジウム「立憲主義の危機」が6日、東京都文京区の東京大学で開かれ,部屋に入り切れないほどの大盛況でした。

基調講演で佐藤氏は、憲法の個別的な修正は否定しないとしつつ、「(憲法の)本体、根幹を安易に揺るがすことはしないという賢慮が大切。土台がどう
なるか分からないところでは、政治も司法も立派な建物を建てられるはずはない」と政府を批判しました。

さらにイギリスやドイツ、米国でも憲法の根幹が変わったことはないとした上で「いつまで日本はそんなことをぐだぐだ言い続けるんですか」と強い調子で、
日本国憲法の根幹にある立憲主義を脅かすような改憲の動きを批判したのです(『毎日新聞』2015年6月7日)。

さらに,戦後作られた日本国憲法はGHQ(連合国軍総司令部)の押し付けとも言われる。しかし、佐藤氏は「日本の政府・国民がなぜ、軍国主義にかくも
簡単にからめとられたかを考えれば、自分たちの手で、日本国憲法に近いものを作っていたはずだ」と述べ,憲法はアメリカの押しつけだ,という自民党の
主張をも批判しました(注3)。

次に,政府が常に強調している「後方支援」という言葉は日本だけで通用する概念で,まやかしであること,後ろから参戦するか前から参戦するかの違いで,
どちらも戦争行為である,だから,安保法案は憲法9条違反である,と小林節氏の批判もまことに的を射ており,説得力があります。

政府が,日本の軍事活動は「後方支援」であり,直接に戦闘に加わるわけではない,と主張していますが,前線に武器弾薬を運ぶ行為は,国際常識的には,
明らかに戦争に参加していることになります。

小林氏はさらに,政府が集団的自衛権の行使例として想定するホルムズ海峡での機雷掃海や、朝鮮半島争乱の場合に日本人を輸送する米艦船への援護も
「個別的自衛権で説明がつく」との見解もしめしました。

最後に,笹田栄氏は,これまでの安保法案は,憲法を超えない,ギリギリのところで合憲性をたもってきたが,今回の安保法制は,それを踏み超えているので,
憲法違反である,と憲法との整合性を否定しました。

以上,みてみたように,三人の参考人全員が安保法案を違憲であると断定しています。

表面的には平成を装ってはいましたが,自民党執行部に動揺が広がりました。

3人の参考人がそろって安保法制を批判したことに、自民党国対幹部は「自分たちが呼んだ参考人が違憲と言ったのだから、今後の審議に影響はある」と認
めました。

審議会の主催者である船田氏は記者団に「(安保法案に)多少は話が及ぶと思ったが,ちょっと予想を超えた。参考人の発言一理あるが,現実政治はそれだけ
では済まない」と釈明しました。

菅義偉官房長官は4日の記者会見で「憲法解釈として法的安定性や論理的整合性が確保されている。違憲との指摘は全く当たらない。」としたうえで、「まったく
違憲でないという著名な憲法学者もたくさんいる」と述べました。(『東京新聞』2015年6月5日)

政府が合憲だと解釈すれば合憲になる,という子供だましの論法です。このレベルの主張をする官房長官にも絶望するしましが,もしこんな主張が通ると考えて
いるとしたら,国民はずいぶん馬鹿にされている,と憤りを感じます。

また,5日の記者会見で,「安保法制懇の中に法学者がいる,その報告を受け(集団的自衛権の行使容認を)決定した」と説明しました。

記者から,安保法制懇に憲法学者が1人しかいないことを指摘されると「憲法学者全員が今回のことに見解を発表することはない」と,的外れの返答をしています。
なお,菅氏は,安保法制懇にいる,たった一人の憲法学者の名前を問われても,明かしませんでした(『東京新聞』2015年6月6日)。

安保法制に関する与党協議会で公明党の責任者だった北側一雄副代表は「9条でどこまで自衛の措置が許されるか、(憲法解釈を変更した)昨年7月の閣議決定
に至るまで突き詰めて議論した」と反論。憲法上許される自衛の措置には集団的自衛権も一部含まれるという見解を示して、違憲ではないと強調しました。

公明党は,もはや「平和の党」の看板を降ろしてしまい,自民党の補完勢力,「自民党公明派」になった印象を受けます。

どうやら,公明党は自民党に与党から切られることに強い恐怖心をもっているようです。

いずれにしても,今回の審議会は,個別事案に関する解釈という各論から,そもそも政府が提出している安保法案全体が,憲法違反であるかどうか,という根幹の
問題に立ち返らせたという意味で,非常に意義のある審議会でした。

しかし,考えてみれば,本来なら,国の法制の根幹である憲法をベースにして安保法案の正否,合憲・違憲を検討すべきなのに,政府・与党の論理は,安保法案を
通すために,憲法の解釈を変える,という逆立ちした論になっています。

この意味で,参考人全員が安保法案を違憲であると明言したことは,ようやく議論を出発点に戻したといえます。

ところで,この審議会が行われた前日の6月3日,大学教授ら憲法の研究者グループは,安保法案を廃案にするよう求める声明を発表しました。
声明の骨子は,

1.法案策定までの手続きが立憲主義,国民主権,議会制民主主義に反する
2.歯止めのない集団的自衛権の行使につながりかねず,9条に違反する
3.地球のどこでも米軍等を支援し,一体的に戦争協力することなる,というものです。

声明への賛同者は,呼び掛けを始めて一週間後の5月末に130人,6月3日には171に達し,さらに増える見通しです。

今日本は,憲法九条を骨抜きにして,他国のためにも海外派兵ができる国にするか,憲法九条をまもるのかどうか,方向を大きく変える転換点に立っています。

一旦,海外派兵をすれば,引くに引けず,ずるずると戦争に引き込まれてしまいます。その結果,自国にもアジア諸国にも甚大な被害を与えた過去の過ちを絶対
に繰り返してはなりません。

(注1)以下は,『東京新聞』2015年6月5日の要約による。
(注2)『毎日新聞』2015年6月5日(電子版)http://mainichi.jp/select/news/20150605k0000m010125000c.html?fm=mnm
(注3)『毎日新聞』(電子版)2015年6月6日)  http://mainichi.jp/feature/news/20150606mog00m040002000c.html

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