大木昌の雑記帳

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“アベノミクス”で日本経済は回復するのか?(3)-土木事業と成長戦略-

2013-02-22 22:27:34 | 経済
“アベノミクス”で日本経済は回復するのか?(3)-土木事業と成長戦略-


前回は「三本の矢」のうち「第一の矢」である「大胆な金融緩和」について書きましたが,今回は「第二の矢」の「機動的な財政政策」と,
「第三の矢」の「成長戦略」について考えてみたいと思います。

まず,「第二の矢」は「機動的な財政政策」ですが,平たく言えば「大規模な公共事業」のことです。

安倍首相は所信表明で,補正予算によって「復興・防災対策」「成長による富の創出」「暮らしの安心」,「地域活性化」を図ると述べています。

現在,国会において2012年度の補正予算委についての論議が行われている最中なので,金額,内容とも確実なことは言えません。

しかし,政府案は,たとえ野党が参議院で否決しても衆議院で可決しているので,このまま実現するでしょう。

政府案によれば,補正予算は10兆円ほどになるようです。政府は,これと2013年度の本予算約92兆円を使って,
「機動的な財政政策」を行おうとしています。

金額の問題はともかく,「機動的な財政政策」,つまり「大規模な公共事業」でデフレを解消し,
経済回復を図るという発想そのものを問題にしてみたいと思います。

これは,民間の需要が少ないときには政府が公共事業を発注して有効需要を作り,景気回復の起爆剤にしようという,
経済学の入門書に出てくる古典的な戦略です。

この背後には,“乗数効果”という考え方があります。理想的な経過をたどった場合の効果を示すと次のようになります。

まず,国や自治体が,道路,橋,港湾,空港,ダム,鉄道,上下水道,防波堤などの公共工事を発注すると,受注した建設業者にお金が入ります。

次に建設会社は資材や部品をメーカーに注文します。ここで建設会社,資材や部品メーカーの収益が増えるので,従業員の雇用と給料が増えます。

さらに従業員は食費や衣料,家電製品,旅行などへの消費を増やし,それぞれの分野のメーカーや小売業の会社が利益を得て,
経済全体が活性化します。

こうした経済の波及効果が全体として国民粗総生産(GDP)をどれだけ押し上げたかを示す数値が「乗数効果」とよばれるものです。

たとえば,この乗数が10%なら,100兆円の投資をすればGDPが10兆円増加することになります。

以上は,公共事業を増やして,景気が回復する最善のシナリオです。

高度経済成長期やバブル期には,次々とお金が回り,乗数効果も大きかったのですが,現在では余り期待できないと考えられています。

というのも,公共事業というのは,名前の通り「公共」の事業であり,道路や橋のような社会経済基盤(インフラ)の整備です。

高度経済成長期には,たとえば道路ができることによる経済効果は大きかったのですが,現在では基本的なインフラは既にかなり整備されているので,
公共事業による経済効果は少なくなっています。

さらに,局地的には雇用も増えるかも知れませんが,全国的には土木工事も機械化が進み,かつてのように雇用が増えることもありません。

企業は,利益が見込めれば従業員の賃金を上げることが期待されますが,実態はそうではないようです。

すでに,岩手県,宮城県,福島県,仙台市では,資材価格の高騰に加えて,人手不足から労働者の人件費が上昇し,
多くの建設会社はその賃金を出せないため,入札の40~50%は不調に終わっています。(『毎日新聞』2013年2月20朝刊)

受注した建設会社,利益を労働者に分配するよりも,内部留保金に回してしまう傾向がからです。

これは建設会社だけでなく,日本の多くの企業が行ってきたことです。

自民党政権がずっと続けてきた公共事業へ支出にもかかわらず,「失われた20年」と言われる不況が続いたのも,この内部留保が主要因のひとつでした。

こうなると,最善のシナリオが示す,お金が循環するという条件が崩れてしまいます。

さらに,たとえ労働者の賃金が多少上がっても,現状ではすぐに消費が伸びる保障はありません。

まず,多くの日本人は老後の生活に不安を抱いており,出来る限り蓄えておこうとする傾向が強いからです。

次に,日本のように成熟期に入っている社会では,家電製品や車などはおおむね揃っていて,どうしても欲しい物は少なくなっているからです。
これは,1970年代から80年代とは大きく違うところです。

実際には,繰り返して書いているように,勤労者の平均賃金は長期低落傾向にあります。

むしろ,新たなインフラを造れば,将来の維持や管理が必要になり,将来,国や自治体に巨額の負債が残ります。

1990年代前半の国債残高は200兆円でしたが,2012年度末で700兆円に膨らみましたが,GDPは20年前と同じ500兆円のままです。

つまり,500兆円の国債を積み増しても,GDPの伸びはゼロだったのです。

自民党は,「国土強靱化法」に基づき,今後10年間で200兆円の公共事業を行うことを決めています。

政権を取ってから,「今までとは違う」と言い続けていますが,何がどう違うのか,説得力のある説明していません。
私には,やっぱり自民党は変わっていないとしか考えられません。

つまり,選挙の票田を確保するために公共事業をでお金をばらまく,というこれまでやっていることと本質的に何も変わっていません。

BNPバリバ証券のチーフエコノミストの川野龍太郎氏によれば,「経済効果は一時的で,政府は民間のように合理的なお金遣いもできない。
将来の借金返済まで考えれば乗数効果はマイナスだ」と述べています。(『東京新聞』2013年2月11日)

安倍氏の経済政策のアドバイザーは,経済担当の内閣官房参与,浜田宏一,エール大学名誉教授(76才)ですが,彼は現在の日本の実情を無視して,
恐ろしく時代遅れの考えを安倍首相に提言し,安倍氏はそれを参考にしているようです。

考えられるシナリオは,莫大な借金(国債)と物価の上昇,福祉予算のカット(すでに始まっています),賃金の長期低落です。

次に「第三の矢」である,成長戦略について考えてみましょう。

「第一の矢」と「第二の矢」は,政府の意志で決定し,実行に移すことができる政策です。そして,過去20年にもわたって実施してきましたが,
うまくゆかなかった政策です。

これに対して成長戦略は,民間企業の戦略や国民の消費が主役になり,政府は間接的にしか影響力を発揮できません。

たとえば,安倍首相は経団連に,賃金を上げるよう申し入れをしましたが,企業側はほとんど応じていません。

安倍首相の所信表明にみられるように,今の政府に総合的な成長への戦略を描くチエはありません。

一応,所信表明では iPS細胞を使った医療を成長産業として位置づけてはいますが,これが国の成長を支える大きな産業になるとは思いません。

安倍首相は,かつての高度成長とバブル期と現在とは,日本経済をめぐる環境が全く違うことに気が付かないようです。

かつては日本製品は世界で競争力を持っていましたが,今や日本で出来ることのほとんどは韓国,中国をはじめ多くの新興国でも,
より安い人件費を利用してより安い価格で生産が可能となりました。その分,日本製品は競争力を失っているのです。

私は,安倍政権下で実施される大胆な金融緩和と「機動的な財政政策」(大規模な公共事業)が,実体経済の成長なきインフレ(物価高)と,
子孫に押し付ける巨額の借金(国債)をもたらす結果に終わるのではないかと危惧しています。

この間に,株の取引で利益を得る人もいるかも知れませんが,大部分の国は株で利益を得るほどの資産をもっていないので,実際には無縁の話です。

むしろ,貨幣価値の下落によって,現在多くの日本人が老後のために蓄えている預貯金が,確実に減少してしまうことだけは確かです。

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