森の中のティータイム

離婚を経験し子供達も独立 
暮らしの小さな発見をノートに。

 後始末

2016-04-08 | 思い・つれづれ
先日ririkoさんと会った日に、次回の『ワイドスクランブル』で、以前こちらでも
何度かご紹介した安東英子さんのコーナーがあると教えてもらったので、前回の放送
をネットでチェックしてから、火曜日の放送を録画して観た。

安東先生、福岡から東京に出ていかれてますます頑張ってますねー^^。

それにしても、依頼者宅の何とモノが多いことか!
こういう番組で取り上げられる家の多くが同様の問題を抱えていることが多いけど、
これだけのモノを詰め込む前に(詰め込むこともできないくらい散らかってましたが)
なぜ同じものをいくつもいくつも買ってしまうのか・・と他人事ながら呆れてしまう。

まぁ、我が家にも同じように沢山の洋服や靴やバッグを買ってくる人がいるので
身につまされるけど;;
でも自分のモノならいざ知らず、たとえ家族のモノであろうと勝手に処分するワケには
いかずで、毎日もどかしい思いで暮らしている。

仕方なく、「終活」の一環として少しずつ「自分の持ち物」を処分している。
マイケル以外の数十本あった洋楽アーティストのビデオなどはあまり悩むこともなく
処分できたが、マイケルの百本以上のビデオはyoutubeがあるのでもう観ないと思う
のに、処分できず持越し;

衣類やバッグの多くは娘からの「お上がり」とか、同じように買い物が好きな私の姉から
貰ったものが多いので、さほど思い入れがないのは確かだけど、貧乏性が邪魔をする(笑)
今回処分したのはこちら。

 

帽子はあまり似合わず、被ることが無かったので。 
 


↓のレンガ色のアルパカマフラーとグリーンのストールは、南米雑貨屋に勤めていた頃に買ったもの。
高かったし好きな色なので、一つだけ救おうかな(笑)


こちらの柔らかいオレンジのアルパカスカーフは、母が病の床にある時に私がプレゼントした。
母はこれを入院するまで嬉しそうに身に着けてくれていて、亡くなった後、それを持ち帰った。
それから暫くの間、私はこれをスヌードのように縫い合わせて家で身に着けたが、ボロボロに
なっても母の匂いがするようでなかなか捨てられなかった。
でも私だっていつどうなるかわからない年令になったのだから、思い切って捨てることにした。

 

思い入れがあるものを処分するには、「納得する時間」がそれなりに要るのだろうと気付く。

まだまだ使いそうなものは残しましょうか。
それにしても寒色系が好きなのねーワタシ。こうやって見ると自分の好みがよく分かる。

 

段々似合わなくなるモノの方がずっと多いけど、それでも中には昔は似合わなかったモノが
意外にも似合うようになったりで驚くことも。



食べ物だって昔は口にしなかったものが美味しく感じたりするのよね。 フシギ!

         

こちら、ロイズのチョコをかけたチップスより好きかも。

 
         へぇ~そうにゃのー
        


以前こちらでも取り上げた「世界で一番貧しい大統領」が、今来日中だという。
彼の言う「次から次にモノを欲しがる人」は、きっと何か満たされない思いを抱えて生きてい
るのだろう。  ストレス社会にもきっと原因があるのかもしれない。

子育ての時期、私はいつも子供たちに「どんなに一所懸命やったことでも、後始末が
出来なければダメだよ」と厳しすぎるくらいに教えた。 彼らが大人になった今、果
たしてそれが出来ているかどうかは判らないけど、今でも何かあるたびに、私は自分
自身にもそれを課しているように思う。失敗してもいい。きちんと後始末さえできれ
ば・・と。 夫がいい加減で放り投げた「結婚生活の後始末」、子供たちをちゃんと
育てようと必要以上に気負い過ぎた気もする・・。

それでも私の人生の残骸を、子供たちに背負わせるわけにはいかない。
ちゃんと始末して死にたい。
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