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女の階級 

2023-05-22 07:24:00 | 懐かしのメロディー
加賀城みゆき



森 進一



君に捧げた 純情の
愛が女の 生命なら
弱い涙は 今日かぎり
捨てて荊刺の 径を行く

こころ砕けど ままならぬ
辛い浮世の 小夜嵐
愛の船路を 祈るごと
星もまたたく この夕べ

想い乱れて 咲く花は
女ごころか 月草よ
なみだ誘うな 秋風に
散るは彼の日の 夢ばかり

君を信濃の 高原に
涙かくして 見送れば
靡く煙りも 一すじに
燃えて火を噴く 浅間山




この曲「女の階級」は、吉屋信子原作による1936年(昭和11年)公開の日活映画であり、楠木繁夫の歌った同名の主題歌とシングルのタイトルでもあります。

当時の日活はサイレント映画からトーキーへの切り替え期にあり、サイレントとの差異を際立たせるのには音楽であるとし、テイチクとの提携を進めていました。

そして生まれたのがこの曲。



























































































































































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リンゴの木の下で

2023-05-20 10:32:15 | 懐かしのメロディー
リンゴの木の下で



この「リンゴの木の下で (In the Shade of the Old Apple Tree)」は、アメリカ合衆国の作詞・作曲家ハリー・ウィリアムズ と作曲家エグバート・バン・アルスタイン の共作として、1905年に発表された楽曲です。

日本語詞で「林檎の樹の下で」として取り上げられたのは約30年後の1937年。

「ディック・ミネ・エンド・ヒズ・ハワイアンズ」名義でウクレレとスティールギターを用いたハワイアン風の編曲による録音が行なわれました。

またこの曲は、オンシアター自由劇場の舞台「上海バンスキング(1979年初演)」でも取り上げられ、吉田日出子が柏木(門田)による日本語の歌詞で歌っていました。

更に1992年には、おおたか静流がこの曲を「林檎の木の下で」として取り上げ、アルバム『REPEAT PERFORMANCE』に収録するとともにシングル盤「悲しくてやりきれない」のB面に入れました。


林檎の木の下で  



その後、この録音は、周防正行監督の映画「シコふんじゃった。」(1992年)のエンディングテーマとなり、さらに山田太一のドラマ「悲しくてやりきれない」にも使われてます。






















































































































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伊豆の佐太郎

2023-05-19 00:03:13 | 懐かしのメロディー
伊豆の佐太郎



故郷見たさに 戻ってくれば
春の伊豆路は 月おぼろ
墨絵ぼかしの 天城を越えて
どこへ帰るか どこへ帰るか
夫婦雁

瞼とじれば 堅気になれと
泣いてすがった 洗髪
幼馴染も あの黒潮も
一度ながれりゃ 一度ながれりゃ
帰りゃせぬ

逢って行こうか 逢わずに行こうか
伊豆の佐太郎 忍び笠
どうせ明日は またながれ旅
はいた草鞋(わらじ)に はいた草鞋に
散る椿




村の宵祭の晩、土地の親分雷魚の儀十の片腕を斬った佐太郎は、許婚のお美代とも別れて伊豆を去らねばならなくなった。それから三年、三島の宿外れで浪人に襲われた男装の美女宇津木数馬を救ったことから、開港論者井伊大老の密使である彼女とともに下田へ行くことになった。二人は旅芸人の一座にかくまわれ、攘夷派の眼をくらましながら天城峠にむかった。一方、佐太郎の許婚お美代は儀十親分の好色の犠牲になろうとしていたが、丁度三年目の宵祭の日、村に入ってきた旅芸人の一座と数馬をなきものにしようとする攘夷派との間に争いがはじまり、それに佐太郎を斬ろうとする儀十一味とが加つて、宵祭は修羅場と化した。しかし、佐太郎の大活躍と浪人武井半蔵の応援で、悪人どもは潰滅し、佐太郎はお美代の許に、数馬は無事に下田に向うことができた。


こんなストーリーでしたよね。

当時、人気を失っていた高田浩吉さんの復帰作でもありました。












































































































































































 

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僕は泣いちっち

2023-04-14 22:48:52 | 懐かしのメロディー
天童よしみ


守屋浩 



僕の恋人
東京へ 行っちっち
僕の気持を 知りながら
なんで なんで なんで
どうして どうして どうして
東京がそんなに いいんだろう
僕は泣いちっち 横向いて泣いちっち
淋しい夜は いやだよ
僕も行こう
あの娘(こ)の住んでる 東京へ

祭の太鼓が
テンテケテンと 鳴っちっち
みんな浮き浮き 踊るのに
なんで なんで なんで
どうして どうして どうして
僕だけションボリ みそっかす
涙がホロリ ひとりで出っちっち(注)
お祭なんか いやだよ
僕は思う
遠い東京の ことばかり

上(のぼ)りの急行が
シュッシュラシュッと 行っちっち
いやな噂を ふりまいて
せめて せめて せめて
遠い 遠い 東京の
空に飛んでけ ちぎれ雲
汽笛がなっちっち 遠くでなっちっち
夜汽車の笛は いやだよ
早く行こう
 あの娘の住んでる 東京へ



タイトルの「僕」、あまり頼りになりそうな感じがしませんよね。

 決断もちょっと軽々しいし、・・・なにせ「行っちっち」に「泣いちっち」に「鳴っちっち」に「出っちっち」ですから。(笑)

今の日本、

国への信頼が「行っちっち」

国民は「泣いちっち」

政府への影響が「鳴っちっち」

一部の国民は外国に「出っちっち」(笑)



























































































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情熱のルンバ  高峰三枝子

2023-04-14 09:21:35 | 懐かしのメロディー
情熱のルンバ  高峰三枝子



嘆きの空の 夕焼けは
バラの花より なお紅い
もやせ情熱 歌えよルンバ
想い出の 花びらを
今宵散らそうよ

どこへ行くのか あの船の
なびく煙も 南風
ならせリズムを はやせよルンバ
明日の日は あした咲く
花の色香よ

若い生命の ある限り
恋は散るもの ひらくもの
たたけ太鼓を おどれよルンバ
くろかみの 長き夜を
おどりあかそうよ



 昭和26年2月にレコード発売されました。
 
戦前の「純情二重奏」、戦後の「懐しのブルース」「別れのタンゴ」「想い出のボレロ」、さらにこの「情熱のルンバ」は、いずれも高峰三枝子さんを主演とする松竹映画の主題歌です。
 
作曲はいずれも万城目正で、作詞も、『純情二重奏』の西條八十以外は藤浦洸。
 
ところでルンバ、本来はキューバで生まれたアフリカ系の音楽およびダンスですが、これはキューバ以外ではほとんど知られていません。
 
現在世界に広まり、社交ダンスの1つとしても演奏されるルンバは、キューバで1920年代に誕生したソンがボレロと結びついて洗練されたものです。

この2つを区別するために、前者は「rumba」、後者は「rhumba」と綴られます。

「南京豆売り」や「コーヒールンバ」がrhumbaの代表曲。




























































































































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ゴンドラの歌

2023-04-14 00:02:56 | 懐かしのメロディー
倍賞千恵子/ゴンドラの歌


いのち短し 恋せよ少女
朱き唇 褪せぬ間に
熱き血潮の 冷えぬ間に
明日の月日は ないものを

いのち短し 恋せよ少女
いざ手をとりて 彼の舟に
いざ燃ゆる頬を 君が頬に
ここには誰れも 来ぬものを

いのち短し 恋せよ少女
波に漂う 舟の様に
君が柔手を 我が肩に
ここには人目も 無いものを

いのち短し 恋せよ少女
黒髪の色 褪せぬ間に
心のほのお 消えぬ間に
今日はふたたび 来ぬものを



黒沢 明監督の映画 「生きる」 のなかで、志村 喬扮する一市役所の市民課長が、この歌を幸せそうに歌うシーンがありました。
 
彼、渡辺勘治は、30年間無欠勤という模範的な役人だったのですが、ある日、自分が胃ガンで余命幾ばくもないことを知らされます。 

早くに死に別れた妻との間にできた息子にも冷たくされ、絶望と孤独に陥った彼は、街へさまよい出て、飲みなれない酒を飲むのです。 

ああ、自分の人生はいったい何だったのか?・・・。  

かれは生きることの意味を考えはじめ、人生の最後の時間に、ほんの少しでも市民の役に立つことをしようと考えはじめます。
 
住民の要望を死にものぐるいで実現し、かれの努力により児童公園が完成します。 

そして小雪の舞う夜、完成したばかりの公園のブランコに揺られながら、彼はこの「ゴンドラの唄」を楽しげに歌うのです・・・













































































































































































 

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カチューシャの唄/倍賞千恵子

2023-04-13 14:50:52 | 懐かしのメロディー
カチューシャの唄/倍賞千恵子


カチューシャかわいや わかれのつらさ
せめて淡雪 とけぬ間と
神に願いを(ララ)かけましょうか
カチューシャかわいや わかれのつらさ
今宵ひと夜に 降る雪の
あすは野山の(ララ)路かくせ
カチューシャかわいや わかれのつらさ
つらいわかれの 涙のひまに
風は野を吹く(ララ)日はくれる
カチューシャかわいや わかれのつらさ
せめて又逢う それまでは
同じ姿で(ララ)いてたもれ
カチューシャかわいや わかれのつらさ
ひろい野原を とぼとぼと
独り出て行く(ララ)あすの旅



作曲は、『シャボン玉』や『証城寺の狸囃子』など数多くの有名な童謡を手掛けた中山 晋平氏(1887-1952)。

当時、中山は劇団芸術座の座長・島村抱月の書生として寄宿しており、この「カチューシャの唄」は島村からの依頼で作曲されたものだそうです。

































































































































































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白い花の咲く頃

2023-04-13 09:04:56 | 懐かしのメロディー
倍賞千恵子/白い花の咲く頃



白い花が咲いてた
ふるさとの遠い夢の日
さよならと云ったら
黙ってうつむいてたお下げ髪
悲しかったあの時の
あの白い花だよ

白い雲が浮いてた
ふるさとの高いあの峰
さよならと云ったら
こだまがさよならと呼んでいた
淋しかったあの時の
あの白い雲だよ

白い月がないてた
ふるさとの丘の木立に
さよならと云ったら
涙の眸でじっとみつめてた
悲しかったあの時の
あの白い月だよ



昭和25年発表のNHKラジオ歌謡です。
 
唄った岡本敦郎はこの歌で世に知られました。

作詞の寺尾智沙は作曲の田村しげる夫人。
 
昭和25年といえば、敗戦時の混乱がようやく収まり、就職や進学のために田舎から東京などの大都市へ出てくる若者が増え始めた時期です。
 
季節は、中学や高校の卒業式が済み、別れが多くなる3月末から4月にかけての頃でしょうか。

コブシやハナモクレンを先駆けに、白い木の花が次々と咲きます。
 
黙って見送る少女の遠景には、白い木の花。

田舎から都会へ出てきた多くの人が、春がくるたびに思い出す光景でしょうね。

































































































































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山のけむり

2023-04-12 21:31:10 | 懐かしのメロディー
倍賞千恵子/山のけむり


山の煙のほのぼのと
たゆとう森よ あの道よ
幾年消えて流れゆく
想い出の ああ 夢のひとすじ
遠くしずかにゆれている

谷の真清水汲み合うて
ほほえみ交し摘んだ花
山鳩の声聴きながら
行きずりの ああ 君とともに
下りた峠のはろけさよ

山の煙のたそがれに
別れた人のうしろ影
あとふりかえり 手を振れば
うすれゆく ああ 淡い夕日が
染めた茜のなつかしく



昭和27年、NHKのラジオ歌謡として発表され、長い間愛唱されてきました。

八洲秀章氏の傑作の1つで、マスターはこの前奏が特に好きです。
 
大学1年の夏、いっしょに美ヶ原に登った合宿旅館のお嬢さん(当時6歳)、今、どうされてるでしょう。

もしかしたら、お孫さんとあそんでいるかな?

「世界の天井が抜けたかと思う」と表現されるほど、広大な草原が広がる美ヶ原。

日本百名山のひとつでありながら、標高差が少なく整備された道を歩けることもあり、登山と言うよりハイキングかも。
















































































































































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白根一男  歌謡3曲

2023-04-09 06:24:14 | 懐かしのメロディー
青春は雲の彼方に


はたちの詩集    


次男坊鴉  



白根一男さん・・・

高校在学中に、テイチクレコードの第一回新人コンテストに出場して優勝しました。

コンテスト優勝から一年後の1953年同レコード会社から『夜霧の酒場』でデビューを飾り二年後の1955年『次男坊鴉』をリリースし、同名映画の主題歌だったことも手伝って大ヒットします。

1957年第8回NHK紅白歌合戦に出場『面影いずこ』を歌いました。

また、東芝レコードに引き抜かれ移籍。1961年に「はたちの詩集」がヒット曲となります。

鼻にかかった甘い声、マスターにとって大好きな歌手の一人です。

特に好きな曲3曲をUPしてみました。


































































































































































































































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おばこマドロス

2023-04-01 03:27:58 | 懐かしのメロディー
おばこマドロス


藤圭子 おばこマドロス



赤いジャケツに 潮かぜうけて

さらば港よ かもめよアバヨ

胸をそらして またくるときにゃ

おばこ船長でよー 逢いにくる

・・・


原曲は、野村雪子さんが1954年(昭和29年)11月に発表した「おばこマドロス」(吉川静夫作詞、吉田正作曲)。

おばこ、・・・

秋田弁で「娘」の意、そのほか東北地方では跡取り娘以外の娘、また、未婚女性や妹をさす地方もあります。

まぁ、歌詞からすると「秋田市」・「酒田市(山形県)」あたりでは。




































































































































































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緑の地平線

2023-03-27 17:49:15 | 懐かしのメロディー
緑の地平線




緑の地平線




緑の地平線





なぜか忘れぬ 人ゆえに
涙かくして 踊る夜は
ぬれし瞳に すすり泣く
リラの花さえ 懐かしや

わざと気強く ふりすてて
無理に注(つ)がして 飲む酒も
霧の都の 夜は更けて
夢もはかなく 散りてゆく

山の煙りを 慕いつつ
いとし小鳩の 声きけば
遠き行途(ゆくえ)に ほのぼのと
緑うれしや 地平線




昭和10年に日活多摩川撮影所で制作された同名の映画の主題歌.です。

映画は3人の女性が紆余曲折の末、真の愛に目覚めるといったストーリーで、原節子、岡譲二などが出演しました。

楠木繁夫は高知出身。東京音楽学校を学生争議で放校処分になったあと、昭和5年に歌手デビューしましたが、ヒット曲に恵まれず、芸名を変えながらマイナーレーベルを転々としました。
 
しかし、テイチク専属となってからは、古賀政男のバックアップを得て、『女の階級』『人生劇場』など、ヒットを連発しています。
 
戦後はヒット曲に恵まれず、病身の妻などを悲観して、昭和31年(1956)に新宿の自宅の物置小屋で自殺しました。









































































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悲しき竹笛 

2023-03-25 08:07:57 | 懐かしのメロディー
悲しき竹笛 ちあきなおみ




1(男)
 ひとり都の たそがれに
 思い哀しく 笛を吹く
 ああ 細くはかなき 竹笛なれど
 こめし願いを 君知るや

2(女)
 そぞろ歩きの たわむれに
 購(か)いて分かちし 思い出よ
 ああ 花の笑顔も やさしく浮かび
 われを泣かせる 歌のふし

3(男)
 雲は流れて 返れども
 鳥は塒(ねぐら)に 急げども
 ああ 誰にあかさん 唇燃ゆる
 こよい男の 純情を

4(女)
 花の都は たそがれて
 窓にさみしき 旅の星
 ああ 想いせまりて 吹き吹く調べ
 風よ伝えよ かの君に




昭和21年(1946)のヒット曲で、映画『ある夜の接吻(せっぷん)』(主演:若原雅夫・奈良光枝)の主題歌です。


悲しき竹笛




わが国の映画でタイトルに接吻がついたのはこれが初めてで、しかも接吻シーンが史上初めて映画で見られるというので、大人たちは大変期待したようです。

しかし、ラスト近くで接吻をほのめかすシーンがあっただけで、実際の接吻シーンはありませんした。

なお、接吻とはキスのことです。

日本映画史上、最初の「接吻映画」は、この映画のあと、同年5月に公開された『はたちの青春』です。

接吻映画といっても、主演の大坂志郎と幾野道子が軽く唇を合わせるだけでしたが、とにかく映画で接吻シーンが公然と見られるというので、観客は非常に興奮したそうです。

日本の俳優は接吻が下手だというので、GHQ(占領軍総司令部)民間情報教育局の演劇映画課長デビッド・コンデの指示により、昭和25年(1950)、たまたま来日していたハリウッド女優フローレンス・マリーを講師に招いて、「キッス講習会」が行われました。
 
場所は東京・目黒雅叙園で、指導を受けたのは、松竹の俳優・安部徹、高橋貞二、大谷伶子、藤田泰子、飯野公子などでした。

奈良光枝は、非常に清楚な感じの美人歌手でした。

マスターが子どものころ、大人の雑誌でこの人の写真を見て、「世の中にはこんなきれいな人もいるんだ」と感動した記憶があります。
 
もっとも、昭和21年にはマスターはまだ生まれていませんので、たぶんその写真を見たのは、ずっと後。

・・・残念ながら、彼女は54歳で亡くなってしまいました。

2番の2行目は、多くの歌集が「書いて分かちし」としていますが、オリジナルは「購(か)いて分かちし」です。

思い出となる品(たぶん竹笛)を買って分け合った」ということでしょう。

4番の「旅の星」は遊星(惑星)のことで、夕方ですから、宵の明星=金星を指しています。




















































































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誰か故郷を想わざる

2023-03-24 13:20:03 | 懐かしのメロディー
美空ひばり




島倉千代子




三橋美智也




花摘む野辺に日は落ちて
みんなで肩を組みながら
唄をうたった帰りみち
幼馴染(おさななじみ)のあの友この友
ああ誰(たれ)か故郷を想わざる

ひとりの姉が嫁ぐ夜に
小川の岸でさみしさに
泣いた涙のなつかしさ
幼馴染のあの山この川
ああ誰か故郷を想わざる

都に雨の降る夜は
涙に胸もしめりがち
遠く呼ぶのは誰の声
幼馴染のあの夢この夢
ああ誰か故郷を想わざる




この曲、「誰か故郷を想わざる」ですが、昭和15年(1940年)発売の戦時歌謡曲で、旧仮名遣いでは「誰か故郷を想はざる」と書きます。

読み方も、「たれかこきょうをおもわざる」で、「だれか・・・」ではありません。

作詞:西條八十、作曲:古賀政男、歌:霧島昇で、1940年1月20日、日本コロムビアから発売されました。

タイトルは「故郷を想わない人はいない」という意味の反語ですが、当初、こういった点が難解すぎてヒットしないと判断され、慰問用レコードとしてすべて戦地に送られたといいます。

ところが戦地で望郷の想いやみがたい兵士の間で大ヒットし、慰問に訪れた渡辺はま子がこの歌を歌うと、居合わせた畑俊六大将から末端の兵士まで等しく泣き,渡辺も思わずもらい泣き、満場涙に暮れたというエピソードもあるそうです。

古賀政男さんは、明治37年(1904)11月18日、福岡県三潴郡田口村(現在の大川市)に生まれましたが、大正元年(1912)8月、政男7歳のとき、母、姉、弟とともに、仁川に住む長兄を頼って朝鮮へ渡り、明治大学予科に入学するまで、その地で過ごしています。

あるとき、そのころの思い出を西條八十に話したところ、彼がそれを詞にし、それがこの歌だと伝えられています。



























































































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国境の町

2023-03-24 12:48:29 | 懐かしのメロディー
国境の町



国境の町 石原裕次郎




1 橇(そり)の鈴さえ 寂しく響く
  雪の曠野(こうや)よ 町の灯よ
  一つ山越しゃ 他国の星が
  凍りつくよな 国境(くにざかい)

2 故郷はなれて はるばる千里
  なんで想いが 届こうぞ
  遠きあの空 つくづく眺め
  男泣きする 宵もある

3 明日(あす)に望みが ないではないが
  頼み少ない ただ一人
  赤い夕日も 身につまされて
  泣くが無理かよ 渡り鳥

4 行方知らない さすらい暮し
  空も灰色 また吹雪
  想いばかりが ただただ燃えて
  君と逢うのは いつの日ぞ





四方を海に囲まれているうえ、長い間鎖国してきた日本では、一般国民が「国境」を意識することはほとんどありません。

日本人が国境を体感するようになったのは、明治政府が大陸に向かって侵略的進出を開始してからです。

この歌は昭和9年(1934)のリリース。

この年、室戸台風が阪神を直撃し、全国で死者・行方不明者3036人、全壊・半壊・流失家屋8万2000戸あまりという大被害を出しました。

また、東北地方が大凶作に見舞われ、窮乏による自殺・行き倒れ・娘の身売りが続出しました。

この歌の背景には、そうした社会状況があったのかも知れません。































































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