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東京新宿恋の街

2025-08-27 21:32:03 | 青春歌謡
舟木一夫



口笛吹いたら ふり返る
スケート帰りの 可愛いゝ娘
お茶を飲もうか ドライブしよか
それともメトロの 散歩道
ごきげん ごきげん ごきげん
東京 新宿 恋の街

誰にも言えない 約束は
デイトの新宿 ターミナル
並ぶデパート 素敵な夢を
明るく彩どる ショッピング
ごきげん ごきげん ごきげん
東京 新宿 恋の街

ネオンの シャワーを あびながら
二人で行こう ボーリング
若い唄声 寄り添う影を
やさしく見つめる ビルの月
ごきげん ごきげん ごきげん
東京 新宿 恋の街



実はこの曲、「新宿ステーションビル」完成記念(予祝)で、「あたらしい東京のうた」として雑誌「平凡」が歌詞募集したものでした。
 
(新宿ステーションビルは39年5月20日オープン。のちに「マイシティ(MY CITY)」、さらに「ルミネエスト新宿」と名称変更。)

しかも舟木一夫と高石かつ枝がデュエットで歌うという企画でした。
 
このデュエット、実現していれば、ビクターの橋幸夫&吉永小百合に負けない、新鮮さではむしろ上回る、コロムビアの青春歌謡コンビが実現していたでしょう。

しかし、実現直前に高石かつ枝がクラウンレコードに移籍してしまったため、デュエットにはならず、舟木がソロで歌うことになってしまいます。

作詞された荒木氏は、当然、舟木と高石のデュエットを想定して詞を書いたでしょう。
 
では、デュエットするならどういう歌唱分担になったでしょう。
 
たぶん、一番は舟木、デパートとショッピングを歌う二番は高石、「二人で行こう」と歌う三番は二人いっしょに。

ああ、返す返すも、高石かつ枝のクラウン移籍は残念なことでありました。 

































































































































































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潮風を待つ少女

2025-06-07 07:47:47 | 青春歌謡
安達明



海のむこうから

潮風にのって

きっとしあわせ くるという

だからいつでも はまなすの

花の咲いてる 砂山で

ああ 君は君は 潮風を待つ少女

・・・

 .



「海のむこうから潮風にのってきっとしあわせ」が来る、というのは、たぶん言い伝えなのでしょう。

その言い伝えを信じて、少女は潮風を待っているわけです。

もっとも、潮風が海から陸に吹く海風のことなら、浜辺では日中は必ず海風が吹きます。

「待つ」ほどのことはありません。(笑)

だから現実的にはちょっとリアリティがないのですが、正確には、彼女はただの潮風を待っているのではなく、
潮風が「しあわせ」を運んでくるのを待ち続けて

いたのでしょうね。



































































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若いふたり 

2025-05-22 05:23:16 | 青春歌謡
北原謙二


君には君の 夢があり
僕には僕の 夢がある
ふたりの夢を よせあえば
そよ風甘い 春の丘
若い若い 若いふたりの
ことだもの

君には君の 歌があり
僕には僕の 歌がある
ふたりが歌を おぼえたら
たのしく晴れる 青い空
若い若い 若いふたりの
ことだもの

君には君の 道があり
僕には僕の 道がある
ふたりの道は 遠いけど
昨日も今日も はずむ足
若い若い 若いふたりの
ことだもの
 



四拍子の二拍目にアクセントを置くこのリズム、「ドドンパ」といいます。

青春歌謡、初の「リズム歌謡」だといってもかまわないかもです。
 
なんだか「ドンドンパンパンドンパンパ」と歌う秋田民謡「ドンパン節」を連想させて面白い名前ですが、それもそのはず、このドドンパ、外国産・輸入物の

マンボやルンバとちがって、国産・和製のリズム。

その起源については諸説あるようですが、[wikipediaドドンパ]では、

都々逸(どどいつ)+ルンバだともいい、また、外国産リズムの席捲によって衰退する国産軽音楽の現状を憂いた小沢昭一、永六輔、中村八大などが、国産リズムの

開発を模索して編み出したものだ、とも述べています。
















































































































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仲間たち

2025-05-03 07:33:07 | 青春歌謡
舟木一夫



歌をうたって いたあいつ
下駄を鳴らして いたあいつ
思い出すのは 故郷の道を
みんな一緒に はなれずに
ゆこうといった 仲間たち

帽子まるめて いるあいつ
リンゴ噛って いるあいつ
記念写真は とぼけていても
肩をならべた ツメエリにゃ
夢をだいてた 仲間たち

手紙よこせと いうあいつ
あばよあばよと いうあいつ
口じゃ元気に どなったくせに
ぼくが故郷を たつ朝は
涙ぐんでた 仲間たち




青春歌謡の時代とは、或る意味、舟木一夫の時代であったかもしれません。

ほかの歌手たちを押しのけて舟木一夫で代表させる理由の一つは、彼の代名詞にもなった「学園ソング」です。

「青春時代」とは、もはや「少年」ではないがいまだ「大人」ではない過渡期、

「少年」が「大人」になるための移行期間、猶予期間(モラトリアム)、準備期間を指します。

社会の正式メンバーではないので労働も責任も免除されるのが「少年」、社会の正規の構成員として労働し責任を負うのが「大人」です。

「青春」という言葉自体は昔からあるし、それが人生の若年の一時期を指す言葉として転用されたのも古いことです。

けれども、社会がこういう猶予期間を大規模に制度化するのは近代になってから。

たとえば江戸時代には、武士の子は十代半ばで元服すればその日から「大人」で責任を問われれば腹も切らねばなりません。

 百姓町人なら子供も労働します。

十代で結婚して父親や母親になるのもありふれたことでした。

「青春時代」という概念は近代に誕生し、制度化され、長期化し、普及します。

その制度の中心には高等教育の拡充があり、心も体も成熟していながら労働も社会的責任も免除されている若者たちの中心は学生だったということです。
 
「青春」という言葉が小説の表題になった最初はたぶん小栗風葉の『青春』ですが、その主人公は大学生です。

また、森鴎外に『青年』という小説がありますが、この主人公・小泉純一(よく似た名前の政治家がいましたね)は学生ではありませんが、

財産家の息子で働く必要がない上に学問する気もない、という設定はまさにモラトリアムそのものです。

『青春』は明治38年、『青年』は明治43年に連載されました。日露戦争後です。西暦でいえば20世紀の初頭です。

その時期に「青春=モラトリアム」が社会制度として日本社会に定着したのだといってよいでしょう。

ついでにいえば、夏目漱石の『三四郎』(明治41年)も学生小説ですが、漱石も日露戦争後に作家になった人です。

つまり、学園生活こそが青春の中心なのです。

その意味で、「終り」(学園生活というモラトリアム期間の終り)の意識を先取りしながら現在(社会的利害関係のしがらみから護られた純潔)の

かけがえのなさを歌う舟木一夫の「学園ソング」こそが青春歌謡の時代を代表するのかもしれませんね。

































































































































































































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チャペルに続く道

2024-11-20 05:41:06 | 青春歌謡
西郷輝彦


ネムの並木のこの道は
チャペル に続く白い道
野原を越えて鐘の音は
雲の彼方に消えてゆく
あしたも二人で歩こうね
チャペルに続く白い道

雨に嵐に負けないで
いつでも強く生きようと
チャペルの鐘は きょうもまた
ぼくと君とによびかける
二人の夢はふくらむよ
チャペルに続く白い道

暗く貧しいすぎた日も
心の中はいつの日も
明るくすんだ鐘の音に
明日の幸せ夢みてた
思いのすべてをこめた道
チャペルに続く白い道




日本の読み方

日本は「にほん」と「にっぽん」の2通りに読めますが、本来正しいとされているのは「にっぽん」の方で、国際機関などにもこちらで届けてあります。

しかし現実にはどちらをつかっても間違っているとはいえないのです。

実際、「日本体育大学」の日本は「にっぽん」と読むのが正しく、「日本大学」や「日本女子大学」は「にほん」と読むのが正解。

さて、西郷輝彦さんは昭和39(1964)年2月クラウンレコードより「君だけを」でデビューされましたが、2ヶ月後に発表された2曲目が、

この「チャペルに続く白い道」。

ちなみに、チャペル (chapel) は、本来クリスチャンが礼拝する場所のことです。

ここでは「礼拝堂のある学校」と解釈、続く道は、やっぱり無地の白い道でしょうね。





















































































































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始めからもういちど

2024-11-03 05:24:57 | 青春歌謡
西郷輝彦




始めから もういちど・・・

そんな風に思ったり、考えたりしてる人、意外と多いかも知れません。

っと言うより、大半の方がそうなのかもです。(笑)

しかし、それは無理な話、いや、無理でなければいけないことなのです。

理由をお知りになりたい方は、当ブログ内のカテゴリー欄の「ごあいさつ」をクリックしてくださいね。(笑)














































































































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寒い朝

2024-10-30 05:40:40 | 青春歌謡
吉永小百合/和田弘とマヒナスターズ  


北風吹きぬく 寒い朝も
心ひとつで 暖かくなる
清らかに咲いた 可憐な花を
みどりの髪に かざして今日も ああ
北風の中に 聞こうよ春を
北風の中に 聞こうよ春を

北風吹きぬく 寒い朝も
若い小鳥は 飛び立つ空へ
幸福(シアワセ)求めて 摘み行くバラの
さす刺(トゲ) 今は忘れて強く ああ
北風の中に 待とうよ春を
北風の中に 待とうよ春を

北風吹きぬく 寒い朝も
野越え山越え 来る来る春は
いじけていないで 手に手をとって
望みに胸を 元気に張って ああ
北風の中に 呼ぼうよ春を
北風の中に 呼ぼうよ春を




青春歌謡の中心は男性歌手。
 
女性は「青春」を担いにくかったのでしょうね、若い女性歌手たちはもちろんいましたが、女性の「青春」はそのまま「結婚適齢期」であり、

テーマの大半は恋愛であり、恋愛においては「受け身」であり男を「待つ」存在だったのがその理由だったと思います。

つまり男性への依存の姿勢が、社会的に形成された(そして女性に要求された)イメージにあったからです。

それでは若さそれ自体を肯定し謳歌することはできない、歌謡曲の世界でもそうでした。

典型は島倉千代子の「泣き節」でしょう。
 
例外は美空ひばりとポップス系です。

美空ひばりは東映時代劇でただひとり女優として主役を張り、男装して小気味のいい啖呵を切っては颯爽とちゃんばらを繰り広げました。

ポップス系はもともと快楽開放系です。

快楽を解放せよ、という誘惑はいつもアメリカからやってきます。

(昭和初年のジャズブームも、昭和30年代前半のロカビリーブームも、高度成長経済のモデルとしての大量生産大量消費社会の魅惑も。)

けれども、洋楽翻訳バージョンの多かったポップス系はマスターの定義する「青春歌謡」に入りません。
 
しかし、ここに特別な存在の若い女性歌手がいました。

吉永小百合、・・・女性青春歌謡を切り開いたのは吉永小百合だと思います。
 
吉永小百合は、もちろん、日活青春映画のスターでした。

青春歌謡は日活を中心とする青春映画と影響しあっています。

その中心に、吉永小百合と浜田光夫の青春コンビがいました。

二人の最初の共演は、「ガラスの中の少女」ですが、共演が本格化するのは「草を刈る娘」あたりからで、ほとんどプログラム・ピクチャー化して定着するのは

昭和37年からなのです。

その37年4月に発売されたのがこの曲「寒い朝」。

歌詞にある「北風」も「春」は、現実であると同時に、人生の試練や幸福のメタファーです。

同様に、「若い小鳥」や「バラ」「さす刺」といったメタファーを多用しながら、「きこうよ」「待とうよ」「呼ぼうよ」と呼びかけ、励まします。
 
名作映画「キューポラのある街」の印象が強いせいでしょうか、吉永小百合には、逆境にめげることなく、まっすぐ前を見て歩こうとするけなげな少女、

といったイメージがありました。

自分もつらいことを抱えながら、弱い者はかばってやり、教師に対しても親に対しても、まちがいはまちがいとして指摘し、正しいことは正しいこととして

主張する、クラス委員長みたいなイメージとでもいいましょうか、そういう彼女のイメージがぴったりの曲です。























































































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オレは坊ちゃん 

2024-10-28 15:11:53 | 青春歌謡
舟木一夫


あなたがうまれた 町だから
山と小川に かこまれた
静かな町が 僕は好き
 
あなたに似ている 花だから
丘の夕陽に 咲いている
野菊の花が 僕は好き
 
あなたの笑顔の あかるさを
映して光る 空の色
 
あなたと重ねる てのひらを
くすぐるような 秋の風
 
あなたが馴染んだ 笛だから
星さえ耳をかたむける
祭りの笛が 僕は好き





これはデビュー五周年記念の明治座公演で演じた「坊っちゃん」の主題歌でした。

「坊っちゃん」はもちろん夏目漱石の小説のあの「坊っちゃん」。
 
「親譲りの無鉄砲で子供のころから損ばかりしている」

有名な一文から始まる小説「坊っちゃん』」。

主人公である坊ちゃんは、教師をしており、曲がったことが大嫌いでとても正義感の強い人です。

この物語は明治時代を舞台としており、坊ちゃんが四国の学校に赴任したところから物語はスタートします。

新しい学校の愛媛県の松山というところは田舎で古くからのしきたりや人間関係が色濃く残っている地域でした。

一方で坊ちゃんは東京出身。

当時の東京は明治維新後のため、近代化が急激に進んでいました。

そんな東京出身の坊ちゃんが、田舎の松山の古い慣習に従えるわけがありません。

坊ちゃんは長所でも短所でもある無鉄砲さを発揮しながら松山の学校で悪戦苦闘していきます。

松山の学校の教師達も保守的で、自分たちの慣習を守るためなら卑怯な行動に出ることもいといません。

それでも坊ちゃんは自分が正しいと考えたことを必ず通そうとします。

この点から、この作品には明治政府への皮肉も込められているのかもしれない、という推測もできます。

300年以上も続いた江戸幕府を倒し、明治政府ができ、開国をして新しい日本がどんどん出来上がっていきました。

しかし、この改革はすべてが良いことではなかったのです。

明治政府にはお金もなく、内部で戦争もしていました。

当時の夏目漱石はそういった明治政府のことをあまりよく思っていなかったのでしょうか。

そんなことを考えながら読むことで、この「坊ちゃん」により一層の深みが増します。


ところで、「吾輩は猫である」の書き出しは「吾輩は猫である。名前はまだない。」最後まで名無しの猫。」・・・

そしてこの「坊っちゃん」の主人公(語り手)の姓名も不明。

つまり漱石は、長篇小説一作目二作目、ともに名前を呼ばれない主人公(語り手)の小説を書いたのでした。

そう言えば、長編第3作「草枕』の語り手=主人公も名前がなかったですよね。
 
しかも、「坊っちゃん」の世界は姓名でなくあだ名の世界です。
 
校長は「狸」、キザな教頭は「赤シャツ」、「赤シャツ」の腰巾着は「のだいこ」(田舎の幇間で太鼓持という意味)、怒りっぽい正義漢の数学科主任は「山嵐」、

気弱な英語教師は「うらなり」、「うらなり」の婚約者で「赤シャツ」に横恋慕される令嬢は「マドンナ」、といった具合。
 
主人公を子供のころから「坊っちゃん」と呼んだのはばあやの「お清」ですが、小説の最後の方では「赤シャツ」と「のだいこ」の会話に

「あのべらんめえと来たら、勇み肌の坊っちゃんだから」と出てくるので、どうやら松山でも「坊っちゃん」が彼のあだ名になっていたらしいです。

もちろん、「お清」の愛情こめた「坊っちゃん」と違い、「赤シャツ」と「のだいこ」の呼ぶ「坊っちゃん」には揶揄と軽侮がこもります。
 
あだ名はその人の特質を誇張して付けるもの。つまり人物の類型(タイプ)を表示する「タイプ名」。

 「坊っちゃん」では人物たちはあだ名通りの人間としてふるまいます。「赤シャツ」は「赤シャツ」らしく、「のだいこ」は「のだいこ」らしく、

「山嵐」は「山嵐」らしく、「うらなり」は「うらなり」らしく、つまり「名(あだ名)は体を表す」、「名詮自性(みょうせんじしょう)」の世界。
 
こういう人物名は、近代小説よりは、滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』などに似ているのです。

八犬士たちは各自儒教の八つの徳目「仁義礼智忠信孝悌」の一文字を示す玉を持ち、犬塚信乃戌孝、犬川荘助義任、というふうにその一文字を自分の名前につけ、

その徳目の化身として行動します。

(要するに、名前が善兵衛なら善人、悪兵衛なら悪人、ということ。)
 
そしてまた、「八犬伝」がそうだったように、「坊っちゃん」もまた「勧善懲悪」の世界なのです。
 
とはいえ、「坊っちゃん」の世界は等身大。正義も小さく悪も小さい。

正義を体現する「坊っちゃん」と「山嵐」がやったのは卵をぶつけたぐらいのこと。

読者の胸はスキッとしますが、彼らは辞職してしまうので、現実には敗北者。

「赤シャツ」一派はその後も平然と出世しつづけるでしょう。

しかも「坊っちゃん」は「江戸っ子」、「山嵐」は「会津っぽ」、ともに幕末維新の敗北者の子弟なのでした。

ここに漱石の現実(近代日本社会)批判を読み取ることが出来るかも。

そして、「坊っちゃん」が書かれて100年以上経った今でも、その風景は変わっていません。

だから、「権力」(赤シャツ)からは離れられないのでしょうね。(笑)




















































































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チャペルに続く白い道

2024-10-22 03:54:50 | 青春歌謡
西郷輝彦


ネムの並木のこの道は
チャペル に続く白い道
野原を越えて鐘の音は
雲の彼方に消えてゆく
あしたも二人で歩こうね
チャペルに続く白い道

雨に嵐に負けないで
いつでも強く生きようと
チャペルの鐘は きょうもまた
ぼくと君とによびかける
二人の夢はふくらむよ
チャペルに続く白い道

暗く貧しいすぎた日も
心の中はいつの日も
明るくすんだ鐘の音に
明日の幸せ夢みてた
思いのすべてをこめた道
チャペルに続く白い道







日本は「にほん」と「にっぽん」の2通りに読めますが、本来正しいとされているのは「にっぽん」の方で、国際機関などにもこちらで届けてあります。

しかし現実にはどちらをつかっても間違っているとはいえないのです。

実際、「日本体育大学」の日本は「にっぽん」と読むのが正しく、「日本大学」や「日本女子大学」は「にほん」と読むのが正解ですもんね。

さて、西郷輝彦さん、昭和39年クラウンから「君だけを」でデビューされていますが、2ヶ月後に発表された2曲目が、
この「チャペルに続く白い道」でした。

ちなみに、チャペル (chapel) は、本来クリスチャンが礼拝する場所のこと、ここでは「礼拝堂のある学校」と解釈、続く道は、やっぱり無地の白い道。




























































































































































































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この夕空の下に

2024-10-11 15:30:59 | 青春歌謡
吉永小百合


丘はみどりに花摘んで
偲ぶははるか遠い町
あゝこの夕空の下に
わたしの愛する人がいる
ただひとり私の愛する人がいる

人と生まれたよろこびを
はじめて知った霧の町
あゝこの夕空の下に
ふたりで育てる夢がある
頬よせてふたりで育てる夢がある

雲よかがやけばら色に
ささやく風はきみの声
あゝこの夕空の下に
ひとすじ愛する人がいる
神かけてひとすじ愛する人がいる




この曲は「平凡」の歌詞募集歌でした。
 
歌詞の魅力は何といっても、この部分。

あゝこの夕空の下に/わたしの愛する人がいる/ただひとり私の愛する人がいる。
  
恋人と互いの愛情を確認しあった喜びをさわやかに謳い上げています。

「世界にただひとり」などと抽象的にいうよりも、「この夕空の下に」の具象性がとても効果的ですよね。

花咲く緑の丘で見上げる果てしなく広い「夕空」なのです。

「神かけて」、・・・この愛は「神」に誓って唯一の愛、不変の愛。

「きみ」は「ただひとり」の人、唯一の恋人。
 
「恋愛の一回性」「恋人の唯一性」は青春歌謡の重要なテーマかもしれません。










































































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十七才のこの胸に

2024-10-09 07:23:47 | 青春歌謡
西郷輝彦

風に吹かれた 花びらを
うかべて波は 遠ざかる
ひとりぼっちの 湖は
口笛さえも 切れ切れに
山むらさきに 夜がくる

空をまっかに そめながら
どこ行く夕日 ひとり旅
そっとよぼうか 思い出を
十七才の この胸に
しまっておいた 思い出を

夜がしずかに 訪れりゃ
湖さみし 風さみし
ひとりぼっちのぼくだから
あてなくたどる落葉松の
林の道を ただひとり




今年17歳の学年は高等学校2年生です。

高校も1年生は入学の年ですし、3年生は受験・就職準備で大変ですし、やりたい事に夢中になれるのは2年生。

勿論、恋愛も。

マスターもあの頃は・・・(笑)










































































































































 

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太陽にヤァ!

2024-08-01 00:11:11 | 青春歌謡
舟木一夫

ウウウウ オオオオ エエエエ ア
太陽みたい はちきれそうな
まっかな まっかな 水着
若いなぎさも 燃えている
恋をするから 燃えている
ウウウウ オオオオ エエエエ ア
まっかな 水着 ヤァ!
 
ウウウウ オオオオ エエエエ ア
すてきな夜が 待ってるみたい
ブルーの ブルーの 水着
君の素足を ぬらしてる
波も今夜は 眠れない
ウウウウ オオオオ エエエエ ア
ブルーの 水着 ヤァ!

ウウウウ オオオオ エエエエ ア
ふたりでのんだ レモンが恋し
黄色い 黄色い 水着
髪がゆれてる ゆらしてる
風のことばが 気にかかる
ウウウウ オオオオ エエエエ ア
黄色い 水着 ヤァ!

ウウウウ オオオオ エエエエ ア
あの娘もイカス この娘もイカス
いかした いかした 水着
みんな燃えてる さがしてる
若い誰かを 呼んでいる
ウウウウ オオオオ エエエエ ア
 いかした 水着 ヤァ





舟木一夫の歌の中では最高にアップ・テンポの曲です。

「ウウウウ オオオオ エエエエ ア」の「無意味」なフレーズが入っていますよね。

橋幸夫の「AAA I I I EEO」(「恋をするなら」)、西郷輝彦の「ブムババ ブムババ……」(「恋人ならば」)と同じく、

リズム歌謡ならではの詞の特徴です。

さりげなくエレキギターも使っています。

この年の夏のリズム歌謡は、橋が「恋と涙の太陽(アメリアッチ)」(41-6佐伯孝夫作詞)、舟木がこの「太陽にヤア!」(41-6)、

西郷が「星のフラメンコ」(41-7浜口庫之助作詞)、三田が「恋のアメリアッチ」(41-8山上路夫作詞)。

三田は前年夏はリズム歌謡はなかったので、ここに初めて「四天王」が競演したことになります。

加えて加山雄三が「お嫁においで」(41-6岩谷時子作詞)を歌いました。

歌謡界がこぞって夏を謳歌しはじめたわけです。

オリンピック以前にはなかった現象です。

夏は快楽解放の季節、快楽解放の時代の到来を示す現象の一つです。

橋は「どうして僕達いけないの 愛し合ってるのにいけないの」(「恋と涙の太陽」)。

西郷は「好きなんだけど 離れてるのさ」(「星のフラメンコ」)。

三田は「こんなに こんなに 愛してる」(「恋のアメリアッチ」)。

加山は言うまでもなく「僕のお嫁においで」(「お嫁においで」)。
 
つまり、みんな特定の恋人に向けて歌う恋歌ですが、「太陽にヤア!」だけが違います。

たしかに、「恋をするから燃えている」と歌い、「君の素足」や「ふたりでのんだ」といった表現がありますが、 

この詞の語り手は特定の女性(特定の色の水着の娘)と一対の関係に入っているのではありません。

これは海辺の恋人たち、若い娘たちの恋を祝福する讃歌なのです。

だから最後は、「みんな燃えてる」と、「引きのアングル」で全体を讃えて終わります。

「渚のお嬢さん」が最後に「みんな青春」と歌ったのと同じですね。

いわば「太陽にヤア!」は「花咲く乙女たち」(昭39-8西條八十作詞)の夏の海辺のエレキヴァージョンです。

赤い水着、ブルーの水着、黄色い水着は、いかした色とりどりの花々にほかなりません。

もちろん「花咲く乙女たち」の抒情が花々の散りゆく未来(終末)にまで思いを馳せていたのとは違い、「太陽にヤア!」はあくまでいま眼前に咲き誇る

真夏の花々への讃歌ですが。
 
その意味で、ここでも語り手の姿勢は、「花咲く乙女たち」や「渚のお嬢さん」と同じく、基本的に、「見る人=鑑賞者」です。 「見る人=鑑賞者」は

対象に対して距離を保っています。

そこが舟木一夫らしい慎ましさでしょう。

表現というものは、じかであけっぴろげで直接的であれば相手に通じる、というものではありません。

リズム歌謡の詞はともすればストレートで単純になりがちです。(エスカレートすれば「歌」ではなく「叫び(シャウト)」になるでしょう。)

しかし、直接の「叫び」そのものはもう「表現」ではありません。

「表現」は必ず、「距離」の意識に媒介されています。

距離を保ちつつ、その距離を埋めるのは想像力です。

距離によって隔てられ、直接性を禁じられ、隠されているからこそ、想像力が発動するのです。

禁止と抑圧があるからこそエロティシズムが生まれるのです。

それが、距離を介した想像力の働きというものです。

なお、舟木は翌年の夏には「夏子の季節」(昭42-5丘灯至夫作詞)を歌います。

「夏子」という特定の女性に呼びかけ、「初めてこころをうちあけた/まぶしいビーチの昼さがり」と歌います。

恋愛の対関係のようにみえます。

しかし、「夏子」という名前は、おわかりのとおり、現実の女性の名前である以前に、夏という季節の擬人化でもあります。

ここでも やはり、具体的な恋人との完全な対関係とはいえない、一般化された、「引きのアングル」の距離が保持されているのです。










































































































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涙の敗戦投手

2024-07-20 07:23:05 | 青春歌謡
舟木一夫



みんなの期待 背にうけて
力のかぎり 投げた球
汗にまみれた ユニフォーム
だけど敗れた 敗戦投手
落ちる涙は うそじゃない
 
味方と敵に 別れても
戦いすめば 友と友
勝つも負けるも 時の運
肩をたたいて 手に手をとろう
いつか笑顔で また逢おう
 
夕陽が沈む グランドに
希望の歌を 歌おうよ
泣いて口唇(くちびる) かみしめた
夢も生きるぞ 敗戦投手
 明日は輝やく 朝がくる





球児の母として、仲間と夢追う青春知った 松本伊代さん

■甲子園観戦記 松本伊代さん

これが甲子園のアルプスかあ。すごい迫力。いいですね、みんなでここに座れるの。私たちの応援は、こんなに大規模ではなかったけど、懐かしい。

私もおそろいの帽子にTシャツを着ていました。

歌いたくなっちゃう。

あれ、仲間に入っちゃった。

19歳の次男、隼輝(としき)が高校球児でした。

小1から野球を始め、成城学園では5番で捕手。

3年生だった去年の西東京大会は3回戦で負けました。

試合の後、私たちのところに来て、泣きながら「ありがとう」と言ってくれた。

「頑張ったね、ありがとう」とハグしました。

もうユニホームを洗濯したり、背番号を縫い付けたりすることがないんだなあ、と。

しばらくは高校野球ロスでした。

伊代さん、4~5年前の朝日新聞での掲載記事です。

夏の甲子園予選、各地で熱く戦われています。



































































































































































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江梨子

2024-06-19 21:26:53 | 青春歌謡
橋幸夫



冷たい雨が 降る朝に
一人で江梨子は死んでしまった
かわいそうな江梨子よ
きれいだった江梨子よ
涙にぬれた その顔を
花で飾ってあげましょう

だまされたって傷つかぬ
やさしい心の娘だったが
大人達が江梨子よ
わるいんだぜ江梨子よ
苦しみのない天国で
きっとなるでしょ幸福に

海辺のお墓その下で
静かに江梨子は眠っている
野菊だけど江梨子よ
つんできたぜ江梨子よ
今では逢えはしないけど
残る名前の美しさ




江梨子の死は自然死ではなさそうです。

「大人達が……わるいんだぜ」というのは、旧弊な大人達の無理解が彼女を死に追いやった、という意味でしょう。

若者たちの「純愛」が大人たちの無理解という障壁にぶつかって、敗北し、悲劇に終わる、というのは青春ドラマの定型の一つ。

彼は「大人達が……わるいんだぜ」「野菊だけど……つんできたぜ」と語りかけます。

ちょっとぞんざいなこの「……ぜ」という語尾は、「花で飾ってあげましょう」とか「きっとなるでしょ」「海辺のお墓」といった丁寧口調とすこしばかり

ちぐはぐですよね。

詞の欠陥といえば欠陥ですが、たぶん、このぞんざいな口調は股旅歌謡から引き継がれたものかも知れません。

股旅歌謡を歌い続けた橋さんの、歌詞によって形成された橋幸夫像には、ちょっと不良っぽいかっこいい兄ちゃん、といったイメージができあがっていましたから。

(笑)





































































































































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若草の丘

2024-05-17 09:59:32 | 青春歌謡
本間千代子


そよ風が 匂います
白いシューズが はずみます
若草萌える 丘の径
どこかで小鳥が ふたりの為に
すてきな愛の ハミングを
ホラ ホラ 唄います唄います

あこがれが 呼んでます
赤いセーターが ゆれてます
たのしい今日の 想い出を
はるかな空で 鐘の音が
ホラ ホラ 鳴ってます鳴ってます

幸福(しあわせ)が 待ってます
青いバッグに こぼれます
瞳にしみる 草の色
誰かがもらした 吐息の露が
真珠のように ころがって
 ホラ ホラ 光ります光ります




解説不要の青春讃歌です。

「ふたり」のデートですが、特に恋人同士であることを強調しているわけでもなく、いわゆる「恋心」を歌っているわけでもありません。

「そよ風」と「あこがれ」と「幸福(しあわせ)」、初々しいデートは「ふたり」の青春讃歌の一環なのです。

若草萌える春、さわやかな丘の上で、心もはずみ、足取りもはずむ。

はるかな空で鳴る鐘の音は、やっぱりキリスト教系のベルでしょう。

三番の歌詞、「誰かがもらした吐息の露が」がうまい。

本間千代子さんの明朗なかわいらしさがうまく活かされた歌です。




















































































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