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ブブリチキ

2024-08-25 01:27:42 | 加藤登紀子
加藤登紀子


ポールモーリア





またまた雪が降って、今日も寒い夜だ。
こんな日にゃ、酒でも飲まなきゃ、こりゃいられないと、
いつもの酒場に酔どれが集る。
その酒場で、いつも来るブーブリチキを売るおばちゃんがいて、
これが飲んべえで、ブーブリチキって、
ちっちゃな丸いパンだけど、これを売りながら、
飲んで飲んで、やけっぱちになって歌ってるんだ、いつも。

グビーチェ ブーブリチキ
ガレーチ ブーブリチキ
ガニーチャ ブーブリチキ
スダ バスクレイ

夜が寒けりゃ 買いなブーブリチキ
熱いブーブリチキ ヴィ・パジャレ!

それからしばらくしておばちゃんは死んだ。
寒い雪の晩にきっとまた酔っぱらって、酔っぱらって、
そのまんま眠っちゃったのかも知れない。
おばちゃんには一人だけ息子がいるっていう話だったんだけど、
死んだ時には誰も来なかった。

グビーチェ ブーブリチキ
ガレーチ ブーブリチキ
ガニーチャ ブーブリチキ
スダ バスクレイ

夜が寒けりゃ 買いなブーブリチキ
あついブーブリチキ ヴィ・パジャレ!

グビーチェ ブーブリチキ
ガレーチ ブーブリチキ
ガニーチャ ブーブリチキ
スダ バスクレイ

夜が寒けりゃ 買いなブーブリチキ
あついブーブリチキ ヴィ・パジャレ!

飲んで歌って 踊り狂って
朝が来るのを 待つのさ
夜が寒けりゃ 買いなブーブリチキ
熱いブーブリチキ ヴィ・パジャレ!





「ブブリチキ」は、オデッサからの移民によって世界に伝えられたので、ウクライナ民謡とも言われ、アメリカでは「ベーグルの歌」として広まったそうです。

歌詞は加藤登紀子さん訳詞によるもので、一応ロシア民謡ということに。
























































































































































































































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時代おくれの酒場

2023-10-15 10:41:01 | 加藤登紀子
加藤登紀子 


高倉 健



『人が心に思うことは
誰も止めることはできない…』

この街には 不似合いな
時代おくれの この酒場に
今夜もやって来るのは
ちょっと疲れた男達
風の寒さをしのばせた
背広姿の男達
酔いがまわればそれぞれに
歌の一つもとびだして
歌を歌えば血がさわぐ
せつなさに酔いどれて
気がつけば窓のすき間に
朝の気配がしのび込む
どこかに何かありそうな
そんな気がして
俺はこんなところにいつまでも
いるんじゃないと
この町には住みあきて
俺の女もどこかへいった
あいつ今頃どこでどうして
どんな男といるんだろう
夢の苦さを知りもせず
夢をさがしているんだろ

 ルルル……




兆治こと藤野伝吉(高倉健)は函館の街はずれで、女房の茂子(加藤登紀子)と「兆治」という名の居酒屋を営んでいた。

兆治は勤めていた造船所でオイルショックの時、出世と引き換えに同僚社員の首切り役を命じられたことに反発して会社を辞めていた。

寡黙で実直ながら気持ちが曲げられず無器用な兆治であったが、店は繁盛しており、兆治の同級生でバッテリーを組んだ無二の親友岩下(田中邦衛)をはじめ、

元の会社の同僚有田やその部下の越智、近所の一年先輩で酒癖の悪いタクシー会社経営者河原(伊丹十三)たちが毎晩のように足を運んで賑わっていた。

「兆治」の向いの小料理屋「若草」も陽気な峰子(ちあきなおみ)がカラオケで客を集めていた。

兆治は肩を壊して野球をあきらめた頃、地元青年会で知り合った年下の恋人さよ(大原麗子)との苦い思い出があった。

器量良しのさよに持ち上がった、旧家の牧場主神谷久太郎(左とん平)との縁談に、若く貧しかった兆治はさよの幸せを願って黙って身を引いたのであった。

しかしさよは、今でも兆治を想いつづけ、思い余って若い男と駆け落ちをしたこともある。そんなある夜、さよの不注意から神谷牧場が火事に見舞われ、

さよは街から姿を消していった。

そんな事件も落ち着いた頃、仕込みにかかる兆治の背後にさよが現われ、「あんたが悪いのよ」と言い残して去った。

さよの消息もはっきりしないまま、何処か時代に取り残される場末の小さな居酒屋「兆治」とそこに集う市井の人々の哀感こもるエピソードが

繰り返されていく……。

そんな中、常連客の秋本の妻が死んで、その顛末などで悪口を言う河原に我慢できずに殴った兆治は警察に留置される。

なぜか調べはさよとの関係に集中している。

警察は兆治とさよの関係から放火事件を疑っていたのだ。

釈放されひさびさに店に戻った兆治を茂子と岩下が笑顔で迎えた。

店の再開を聞きつけてやって来た峰子からさよをすすき野で見た人が居るとの話を聞く。

昔のさよの写真を引き伸ばし、すすき野の繁華街を訪ね回る兆治は造船所時代の後輩で店の客の越智と偶然にあう。

越智は兆治にサリーというホステスを知ってるかと聞く。越智はサリーに結婚を申し込んだという。

サリーこそ失踪してすすき野のキャバレーホステスに身を落としたさよだった。

兆治はさよの部屋を訪ねる。そこには酒で身体を病み、過去も未来も捨てただ死を待つかのようなさよが居た・・・。


キャスト

高倉健藤野伝吉(兆治)
加藤登紀子       藤野茂子
大原麗子神谷さよ
田中邦衛岩下義治
伊丹十三河原
左とん平神谷久太郎

















































































































































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帰りたい帰れない

2023-08-16 00:16:02 | 加藤登紀子
加藤登紀子 



淋しかったら 帰っておいでと
手紙をくれた 母さん元気
帰りたい帰れない 帰りたい帰れない

もしも手紙を書きたくなっても
僕は書かない 母さん

呼んでも答えぬ 人波にもまれて
まいごの子犬は ひとりでないた
帰りたい帰れない 帰りたい帰れない

破れたコートの ポケットにいつも
リンゴの花の 想い出を入れて
帰りたい帰れない 帰りたい帰れない

一人ぼっちが つらくなっても
僕は泣かない 母さん

春になの花 夏には祭り
秋の三日月 木枯らしの冬に
帰りたい帰れない 帰りたい帰れない

 帰りたい帰れない 帰りたい帰れない





「エッフェル姉さん」松川るい議員 地元大阪〝吊し上げ〟会議は直前中止も自民党内でも「四面楚歌」


当初、松川氏は謝罪しつつも 「非常に真面目な内容ある研修であった」 と強調していたが、旗色が悪くなるやトーンダウン。ネット上では 「エッフェル姉さん」 とまで呼ばれる始末だ。 ついには地元・大阪からも〝退場勧告〟が突きつけられる事態に……。 今月7日、大阪の自民党・枚方市支部が、定例役員会の決議に基づき、茂木敏充幹事長に松川氏の参院選挙区支部長の更迭を申し入れたのだ。(FRIDAY)

マスターが松川議員の応援団だとしたら、「ここは謝罪と共に議員辞職したら、そうすれば次の選挙への道が残りますよ」と。

しかし、それは全く遠いお話、・・・今は「帰りたい帰れない」、そんな状況?。(笑)


 












































































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あなたの行く朝

2023-06-26 06:05:01 | 加藤登紀子
♫ あなたの行く朝 ♫  加藤登紀子



いつの間にか夜が明ける 遠くの空に
窓をあけて朝の息吹を この胸に抱きしめる
あなたの行く朝の この風の冷たさ
私は忘れない いつまでも

もしもあなたが見知らぬ国で 生きていくなら
その街の風のにおいを 私に伝えておくれ
あなたのまなざしの はりつめた想いを
私は忘れない いつまでも

海の色がかわり 肌の色がかわっても
生きていく人の姿にかわりはないと
あなたはいったけれど
あの晩好きなうたを 次から次へとうたいながら
あなたが泣いていたのを 私は知っている
生まれた街を愛し 育った家を愛し
ちっぽけな酒場や ほこりにまみれた部屋を愛し
兄弟たちを愛したあなたを 私は知っている

いつかあなたが見知らぬ国を 愛しはじめて
この街の風のにおいを 忘れていく日が来ても
あなたの行く朝の 別れのあたたかさ
私は忘れない いつまでも 




およげ!たいやきくん(子門真人)、ペッパー警部(ピンク・レディー)、青春時代(森田公一とトップギャラン)が歌われた1976年。

CMで、「100円で、カルビーポテトチップスで買えますが、カルビーポテトチップスで、100円は買えません。」が流れた1976年。

この詩の主人公は異国に理想郷を求めたのか、あるいは貧しい人々を救うためなのか、家族や恋人を残して異国へ旅立とうとします。

今なら格安パックなどもあり、国内旅行気分で海外(異国)へ行けます。

しかし、当時は費用も今とは桁違い、しかも有線の電話や手紙しか通信手段がない時代。

ですから異国へ行くと言うことは今生の別れに近いものがあったように思います。

そんなあなたの行く朝・・・



































































































































































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美しき五月のパリ 加藤登紀子

2018-08-25 18:29:08 | 加藤登紀子
美しき五月のパリ 加藤登紀子


赤い血を流し 泥にまみれながら
この五月のパリに 人は生きてゆく
Ah! le joli mois de mai a Paris!

風よ吹いておくれ もっと激しく吹け
青空の彼方へ 我等を連れゆけ
Ah! le joli mois de mai a Paris!

年老いた過去は いま醜く脅え
自由の叫びの中で 何かが始まる
Ah! le joli mois de mai a Paris!

ほこりをかぶった 古い銃を取り
パリの街は今 再び生まれる
Ah! le joli mois de mai a Paris!

歌え自由の歌を届け 空の彼方へ
この五月のパリに 人は生きてゆく
Ah! le joli mois de mai a Paris!



1968年5月のパリ。

自由と平等と自治を掲げた約1千万人の労働者・学生がパリでゼネストをおこない、これに対する機動隊の武力的抑圧に抗議する民衆によって工場はストライキに突入し、フランスの交通システムはすべて麻痺状態に陥り、各大学もストライキに突入しました。

当時のドゴール大統領は、軍隊を出動させて鎮圧しましたが、労働者の団結権、大学の学生による自治権が認められる結果となりました。

「ああ!パリの美しき5月!は、この「五月革命Mai 68」の中で生まれた歌で、ヴァニア・アドリアン=サンスVania Adrien-Sensが歌い、「五月革命の歌Chansons de mai 68(副題:Comme nous les chantions ce printemps-là)」と題したCDに収録されています。

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風の舟唄

2017-02-07 14:44:38 | 加藤登紀子
風の舟唄/加藤登紀子




あんたの背中に 赤い夕陽がおちて
ヒュアラリー
西の山々 もう暗い

瀬戸の汐風 南の山をこえて
ヒュアラリー
海のかなたへ とんでいく

段々畑に 赤い花が咲く頃
ヒュアラリー
風に吹かれて 泣いたあの夜

盆のおくり火 かえらぬ人を呼んで
ヒュアラリー
遠い海なり 聞こえてやまぬ

舟こぐ男の 体に風が吹き荒れ
ヒュアラリー
灯りをつけても 吹きやまぬ




この曲は、1972年、松竹が制作した映画『故郷』(ふるさと)の挿入歌です。

山田洋次監督の「民子三部作」(1970年の『家族』、1972年の『故郷』、1980年の『遙かなる山の呼び声』)の第二作目。


瀬戸内海に浮かぶ倉橋島、小さな船で石を運んで暮している夫婦と幼い子供二人、老いた父との家族5人はささやかだが平和に暮している。

しかし老朽化した船を買い換えることもできず、仕事も立ち行かなくなってしまい一家は老人を残して尾道へ引っ越していくことになる。

始まりは、NHKの瀬戸内海紹介番組かと不安になるほど淡々・・・

アクシデント的なものは健次の怪我と、魚屋さんが風邪を引いた事ぐらい、合理化・効率化が至上命題の高度成長期に翻弄される家族の移り変わりをゆっくりと静かに描かれています。







































































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