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真夜中の シャワー

2024-04-30 00:08:12 | Jポップス
桂 銀淑  


真夜中に熱いシャワーを浴びて
夏がくれたワンナイトラブ
しずくにしてみたけど・・・
それはむなしい努力みたい
鏡の中で逢いたい心がときめく

※FEELING 瞳閉じて
FEELING あなたを呼び
FEELING 拒みながら
FEELING 求めてゆく
淋しい私が眠りにつくまで
FEELING 愛に酔わせて※

ベイサイドのドライブ思い出すと
バスタオルを巻いた胸に
聞こえてくるメロディー・・・
街であなたと同じ車
見かけるたびに時間が止まってしまうの

FEELING あのやさしさ
FEELING 私のもの
FEELING 背中向けて
FEELING 抱かれてゆく
涙が乾いて遠くへ行くまで
FEELING 愛に酔わせて

(※くりかえし)




この曲「真夜中のシャワー」は、1990年6月27日に発売された桂銀淑の7枚目のシングルです。ある。

オリコン・シングルチャートには100位内に33週ランクインし、多くの賞を受賞しています。





















































































































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京都慕情

2024-04-29 16:16:10 | Jポップス
渚ゆう子  


あの人の姿懐かしい
黄昏の 河原町
恋は 恋は 弱い女を
どうして泣かせるの
苦しめないで ああ責めないで
別れのつらさ 知りながら
あの人の言葉 想い出す
夕焼けの高瀬川

遠い日の愛の残り火が
燃えてる 嵐山
すべて すべて あなたのことが
どうして消せないの
苦しめないで ああ責めないで
別れのつらさ 知りながら
遠い日は二度と帰らない
夕やみの東山

苦しめないで ああ責めないで
別れのつらさ 知りながら
遠い日は二度と帰らない
夕やみの桂川






夕焼けはどなたもお分かりでしょうが、夕闇ってお分かりでしょうか。

日没後、月が出るまでの間の暗闇、また、その時分のことだそうです。


さて、京都慕情・・・

この曲は、ザ・ベンチャーズが1970年11月25日日本で発売したシングルで、「京都の恋」に続いてザ・ベンチャーズの「京都シリーズ」第2弾として

発表されました。

渚ゆう子盤は同年12月1日の発売。

















































































































































 

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青年おはら節

2024-04-29 03:57:22 | Jポップス
西郷輝彦


あいつにできる ことならば
僕らにできぬ わけがない
夢ならでっかい 夢をみろ
薩摩隼人の 名にかけて
ハー 西郷隆盛 おいらの兄貴
国のためなら オハラハー
死ねという
ハー ヨイヨイヨイヤサー

桜の花や 空の星
かがやくだけが 夢じゃない
いずこの土に 埋もれても
愛を忘れぬ 人となれ
ハー 人を恋した ことない奴にゃ
空の青さも オハラハー
わからない
ハー ヨイヨイヨイヤサー

女にゃ花が よく似合う
男にゃ汗が よく似合う
めざすは遠い 理想郷
ハー 月がちょいとでて まだかときいた
おれののぞみは オハラハー
まだ遠い
ハー ヨイヨイヨイヤサー

恋をするたび ジャンプする
そういう恋なら うんとやれ
息子よ父親(おやじ)を 越えてゆけ
娘よ母さん 越えてゆけ
ハー いつかくるくる おぬしの出番
からだきたえて オハラハー
明日をまて
ハー ヨイヨイヨイヤサー





「鹿児島おはら節」を現代風にアレンジした威勢のよい「若い民謡」です。

こういう人生の応援歌は星野哲郎の最も得意とするところかも知れません。

星野哲郎が西郷輝彦のために初めて書いた詞だそうです。

「十七才のこの胸に」で水島哲が確立した西郷の「ひとり旅」テーマを踏まえて「人生の旅」へと拡大し、若者への応援歌に仕立てたのでしょう。 

ちなみに、鹿児島おはら節は、




金沢明子


























































































































































































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おもいやり

2024-04-28 06:28:03 | Jポップス
黒木憲


克美 茂  


(セリフ)ばかだなあ…おまえ

泣いてくらすなよ 酒もほどほどに
やせたりして体を悪くするじゃない
せめて別れの握手に 心こめながら
お前にささやく 胸のうちを
じっときいてくれ すねて泣くじゃない

(セリフ)さあ涙…なんてふけよ…

惚れて転ぶなよ 恋におぼれるな
一途になり自分を捨ててけがするな
別れまぎわによけいなことと思うけど
お前を愛した 男だから
これがはなむけさ 思い出してくれ

なあ…どうして俺たちって…

五年過ぎたかな ここの愛の巣も
気づかないでいたけど
みんな想い出さ
大人どうしのくらしに幕を下ろす時
お前が行くまでしゃれていたい
肩で泣くじゃない 胸で泣くじゃない




思いやりとは、他人の気持ちに配慮し、相手が何を望みどんな気持ちかを注意深く考え、接すること。相手の身になって考えたり、推察して気遣いをしたり

することを意味する言葉です。 

例えば「彼氏いないってどんな感じ?」、「結婚してないと不安じゃない?」など、自分中心の生活をしているので、相手の立場や気持ちを思いやることができず、

普通なら躊躇する言葉を悪気なく発言。自分のひと言で相手が深く傷付いたり、苦しんだりすることを想像できないので、思いやりのない言葉を平気で

言ってしまうのです。 

「思いやり」のある人は日頃から相手の様子をしっかり観察し些細な気遣いをできる人ということですね。

要するに「相手の立場に立って考える人」、「相手が快適に過ごせるように振る舞う人」と言えるのかも。 




























































































































































































































































































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十五夜の君 

2024-04-28 01:15:10 | 小柳ルミ子
小柳ルミ子



苔むす庭に 遊ぶ風が
私を泣かせる 私の恋を
嫌な人の事なんか
胸に秘める わけがない
初めて自分で結んだ
唐草模様の帯も
ああ あなたを待てば
またひとつ 夜がゆく

雲間がくれに 遊ぶ月が
私をじらせる 私の恋を
一輪ざしの はな桔梗
なぜか人待ち顔して
膝をくずせば 障子越し
月夜の笛は ピーヒョロロ
ああ あなたを待てば
またひとつ 年をとる

池の向こうに 浮かぶ山が
私を叱るの 私の恋を
愛する人の為ならば
じっと待てば 甲斐がある
ほのかな香り 焚きしめた
たもとを 頬にあてて
ああ あなたを待てば
またひとつ 夢をみる


 


十五夜と言うのは、陰暦の毎月15日の満月の夜のことですが、通例は陰暦8月15日の夜を言います。

この夜、月見をしたり、綱引、相撲などを行い、年占的行事が多いようです。

月の満ち欠けを基準とする太陰暦では、満月はもっともわかりやすい目印であり、生活の折り目のよりどころとなっていました。

1月の小正月、2月の祈念祭、3月の梅若ごと、4月の春の例大祭、6月の祇園会、7月の盆、8月の月見、11月の霜月祭など、

1年を通じて月々15日前後の満月を目印として祭りを行う例は多いですよね。


















































































































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人を戀ふる歌 

2024-04-27 05:49:39 | 懐かしのメロディー
森繁久彌 


1 妻をめとらば 才たけて
  みめ美わしく 情けある
  友を選ばば 書を読みて
  六分(りくぶ)の侠気 四分(しぶ)の熱
2 恋の命を たずぬれば
  名を惜しむかな 男(おのこ)ゆえ
  友の情けを たずぬれば
  義のあるところ 火をも踏む
3 汲めや美酒(うまざけ) うたひめに
  乙女の知らぬ 意気地(いきじ)あり
  簿記の筆とる 若者に
  まことの男 君を見る
4 ああ われダンテの 奇才なく
  バイロン ハイネの熱なきも
  石を抱(いだ)きて 野にうたう
  芭蕉のさびを よろこばず
5 人やわらわん 業平(なりひら)が
  小野の山ざと 雪をわけ
  夢かと泣きて 歯がみせし
  むかしを慕う むら心
6 見よ西北に バルカンの
  それにも似たる 国のさま
  あやうからずや 雲裂けて
  天火(てんか )一度(ひとたび) 降らんとき
7 妻子を忘れ 家を捨て
  義のため恥を 忍ぶとや
  遠くのがれて 腕を摩(ま)す
  ガリバルディや 今いかに
8 玉をかざれる 大官(たいかん)は
  みな北道(ほくどう)の 訛音(なまり)あり
  慷慨(こうがい)よく飲む 三南(さんなん)の
  健児は散じて 影もなし
9 四度(しど)玄海の 波を越え
  韓(から)の都に 来てみれば
  秋の日かなし 王城や
  昔に変る 雲の色
10 ああわれ如何(いか)に ふところの
  剣(つるぎ)は鳴りを ひそむとも
  咽(むせ)ぶ涙を 手に受けて
  かなしき歌の 無からめや
11 わが歌声の 高ければ
  酒に狂うと 人のいう
  われに過ぎたる のぞみをば
  君ならではた 誰か知る
12 あやまらずやは 真ごころを
  君が詩いたく あらわなる
  無念なるかな 燃ゆる血の
  価(あたい)少なき 末の世や
13 おのずからなる 天地(あめつち)を
  恋うる情けは 洩らすとも
  人をののしり 世をいかる
  はげしき歌を ひめよかし
14 口をひらけば 嫉(ねた)みあり
  筆を握れば 譏(そし)りあり
  友を諌(いさ)めて 泣かせても
  猶(なお)ゆくべきや 絞首台
15 おなじ憂いの 世に住めば
  千里のそらも 一つ家(いえ)
  己(おの)が袂(たもと)と いうなかれ
  やがて二人の 涙ぞや
16 はるばる寄せし ますらおの
  うれしき文(ふみ)を 袖にして
  きょう北漢(ほくかん)の 山のうえ
  駒立て見る日の 出(い)づる方(かた)





与謝野鉄幹は、明治6年(1873年)、京都の寺の4男として生まれ、落合直文に師事し、歌人・詩人として活躍しました。
 
「君死にたまふことなかれ」の詩で有名な与謝野晶子は、3度目の妻です。
 
明治28年(1895年)、招かれて漢城(現在ソウル)で日本語による教育を行っていた乙未義塾(いつびぎじゅく)に教師として赴任、

この歌は在韓中の明治31年(1898年)に作られたと言われています。













































































































































 

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たどり着いたらいつも雨降り

2024-04-26 03:37:59 | フォーク&ニュー・ミュージック
山崎ハコ



疲れ果てていることは
誰にもかくせはしないだろう
ところがおいらは何のために
こんなに疲れてしまったのか
今日という日が そんなにも大きな
いちにちとは思わないが
それでもやっぱり 考えてしまう
ああ このけだるさは何だ

いつかはどこかへ 落ち着こうと
心の置き場をさがすだけ
たどり着いたら いつも雨降り
そんなことのくり返し
やっとこれでおいらの旅も
終わったのかと思ったら
いつものことではあるけれど
ああ ここもやっぱり どしゃ降りさ

心の中に傘をさして
裸足で歩いている自分がみえる
人の言葉が 右の耳から
左の耳へと 通りすぎる
それほど 頭の中は
からっぽになっちまってる
今日は何故か おだやかで
 知らん顔してる自分がみえる




この曲「たどりついたらいつも雨ふり」は、ザ・モップスの12枚目のシングルで、1972年7月5日に発売されています。





モップス  




元々は吉田拓郎さんがアマチュア時代に所属していたGSバンド「ダウンタウンズ」の曲で『第2回ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテスト』に出場した際に

演奏していた曲で、タイトルは「好きになったよ女の娘」でした。

1970年前後はロックよりもフォークの方が、言葉を音楽に乗せるという点で先行していたからでしょうか、フォークシンガーから楽曲提供を受けて、

言葉を大事にする部分を残してロックを作ってみる、という試みで出来た曲がこの曲。

そして、オリコン週間チャート最高26位ながらも、約14万枚を売り上げ、モップス最大のヒットとなります。

ちなみに、1973年の公開の日活映画「濡れた荒野を走れ」では挿入曲としても使用されています。



































































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母を恋うる歌 

2024-04-25 06:53:44 | 小椋佳
橋幸夫




いつと限らず 思い出す人
今でも胸の 中にいる人
母さん あなたは
どんな時も わたしの
絶対の 味方でしたね
厳しい目 優しい目
変わらずに わたしに
向けられていた目
今わたしが こうしている
全て あなたのお陰です

微笑みばかり 思い出す人
辛さ苦労を 追い払う人
母さん あなたの
喜びを 隠さない
笑い声 宝ものです
人生も 運命も
切り拓(ひら)く ものだと
論してくれたね
今わたしが こうしている
全て あなたの恵みです

母さん あなたは
どんな時も わたしの
絶対の 味方でしたね





5月の第2日曜日は「母の日」、今年の「母の日」は12日ですよね。
 
母を偲ぶ方、母を慕う方、この曲のように母を恋うる方、いろんな思いでこの日を迎える方が多いのではないでしょうか。

誰もが知っている行事ですが、母の日を祝う習慣はどのようにして生まれたかご存じでしたか?

その起源には諸説ありますが、よく知られているのは「100年ほど前のアメリカ・ウェストヴァージニア州で、アンナ・ジャービスという女性が

亡き母を追悼するため、1908年5月10日にフィラデルフィアの教会で白いカーネーションを配ったのが始まり」という話です。

この風習は1910年、ウェストヴァージニア州の知事が5月第2日曜日を母の日にすると宣言し、やがてアメリカ全土に広まっていき、

1914年には5月の第2日曜日が「母の日」と制定されました。

ちなみに、日本で初めて母の日のイベントが行われたのは明治末期頃。

1915年(大正4年)には教会で お祝いの行事が催されるようになり、徐々に民間に広まっていったと伝えられています。

母の日は、長い歴史の中でカーネーションを贈る日と定着していますが、日頃の母の苦労をいたわり母へ感謝を表す日でもあること、忘れないで。














































































































































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未練ごころ 

2024-04-24 07:29:12 | Jポップス
ちあきなおみ


こまどり姉妹


宮史郎


死ねといわれりゃ 死にもしよう
それほどあなたが 大好きでした
わたしはやっぱり だめなのね
あゝ だめなのね
忘れたいのに 今日もまた
夢であなたに 逢いました

待てというなら 待ちもしよう
さみしい恋でも 忍ぶ気でした
私はやっぱり だめなのね
あゝ だめなのね
すがりつくほど 遠くなる
男ごころを 知りました

泣いてすむなら 泣きもしよう
涙じゃ洗えぬ 思い出でした
私はやっぱり だめなのね
あゝ だめなのね
きれぬ未練の 糸切歯
じっと唇 かみました





未練の意味は、「心残りがある」「諦めきれない」「心から離れない」ことを指し、使い方として「未練がましい」「未練たらたら」といった、物や相手への

諦めきれない気持ちを表すときに使用します。

物や相手から断ち切れないという意味で使われるので、「未練」という言葉はあまりいい意味では使用されません。

ただし、男女で未練の意味は異なる?ようです。

男性の場合は、「元カノ」のことが忘れられずに未練が残る人が多いです。

一方、女性は元彼の存在ではなく、1人になってしまった寂しさや誰からも必要とされていないという気持ちから「愛されたい」と思い、元彼のことを思うのです。

ですから、男性の場合は未練を感じるのは「元カノ」に対し、女性の場合は「1人になった寂しさ」と少し意味が違う、そんなところでしょうか。








































































































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故郷ごころ

2024-04-24 02:54:14 | 森昌子
森昌子


私に故郷が ふたつ出来ました
生まれた町と あなたです
好きだから 好きだから
今すぐ逢いたい 帰りたい
募るこの想い 女のまごころを
届けて欲しいの あなたに あなたに・・・






望郷の詩句として名高い室生犀星(むろうさいせい)の「ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの」・・・。

実はこれ、遠方にあって故郷を思う歌ではなく、犀星が郷里の金沢に帰郷したおりに作られた詩だそうです。

東京で思うにまかせぬ暮らしを強いられ、懐かしい故郷に帰っても温かく受け入れてもらえない、その悲哀、郷里への愛憎半ばする思いが

「遠きにありて……」の言葉となったとか。

故郷とは時に複雑な思いを呼び起こす場所で、遠きにありて思うか、帰って父母や旧友と親しむか、思いは千々(ちぢ)に乱れるものかも知れません。


ところで、今年消えそうな政治家が二人います。

小池東京都知事と吉村大阪府知事。

小池さんは勿論「学歴詐称」。

そして吉村さんは、「万博問題」。

一度消えた政治家がカンバックするのは難しいもの、お二人様、政界から離れ「ふるさと」に戻られては。(笑)






































































































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流れの旅路

2024-04-23 03:52:29 | 懐かしのメロディー
津村謙


三橋美智也


若原一郎


紅いマフラーを いつまで振って
名残り惜しむか あの娘の馬車は
遥かあの丘 あの山越えて
行くかはるばる 流れの旅路

旅の一座の 名もない花形(スター)
ビラの写真の さみしい顔よ
遥かあの町 あの村過ぎて
行くかはるばる 流れの旅路

紅いマフラーは 見るのも辛い
別れ惜しんだ あの娘がいとし
遥かあの空 あの星見ては
行くかはるばる 流れの旅路




戦地から復員し歌謡界に復帰したものの、鳴かず飛ばずだった津村謙にとって、昭和23年は画期的な年となりました。

昭和22年、師と仰ぐ江口夜詩がポリドールからキングレコードに移籍して来て、江口作曲の「緑の牧場」が当時無名の津村謙に提供されることになったのですが、

この「緑の牧場」はNHKのラジオ歌謡のために制作された曲であったため、放送では当時既にスターだった近江俊郎が歌い、レコードは津村謙となったのです。

しかし、この経緯で津村謙という特異な名前(津村浩三+上原謙)が知られるようになり、キングレコードは次の企画に、『花売り娘シリーズ』などの上原げんとを

作曲に、作詞歴は長いものの「青春のパラダイス」でやっと無名を脱した吉川静夫を作詞に起用し、「流れの旅路」をリリースしたところこれがヒット。

この曲のヒットにより津村謙と吉川静夫は、歌謡界において確乎たる地歩を占めることとなったのです。

のち「流れの旅路」のイメージを汲むものとして、「流れの船唄」「流れのジプシー」「赤いマフラー」などが作られています。



























































































































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花はおそかった

2024-04-22 10:25:59 | 青春歌謡
美樹克彦


(台詞)こんな悲しい窓の中を雲は知らないんだ
    どんなに空が晴れたって それが何になるんだ
    大嫌いだ 白い雲なんて!

かおるちゃん おそくなって ごめんね
かおるちゃん おそくなって ごめんね
花をさがしていたんだよ
君が好きだった クロッカスの花を
僕はさがしていたんだよ
かおるちゃん おそくなって ごめんね
かおるちゃん おそくなって ごめんね
君の好きな 花は 花は 花はおそかった

かおるちゃん 君の白い その手に
かおるちゃん 君の白い その手に
花を抱かせて あげようね
君と夢にみた クロッカスの想い出
花を抱かせて あげようね
かおるちゃん おそくなって ごめんね
かおるちゃん おそくなって ごめんね
君の好きな 花は 花は 花はおそかった
 
 (台詞)信じるもんか! 君がもういないなんて……
     僕の命を返してくれ 返してくれよ!
 
君の好きな 花は 花は 花はおそかった
 バカヤロー





亡くなった恋人の名を幾度も呼んで花をささげる、設定は橋幸夫「江梨子」に似ています。

ところで、、「江梨子」が恋人の墓に捧げたのは野菊でした。

野菊は野生の花、一方、クロッカスは園芸品種、主人公(語り手)は花屋をさがしまわったのでしょう。

その分、「花はおそかった」は都会的な印象がし、「こんな悲しい窓の中」も清潔な病院の病室を連想させます。(笑)
 
そしてまた、設定は「江梨子」に似て、「江梨子」以上に劇的です。

恋人の死の直後、彼女を歓ばせようと花をさがしていたがためにその臨終にわずかに遅れてしまった場面です。

その意味で、この劇的設定に匹敵するのは、死の報に接して恋人の死の床に急ぐ舟木一夫「雪国へ」でしょうか。

「雪国へ」も、その末尾で、「好きだった花をささげよう」と歌っていました。

どちらも悲劇ですが、「雪国へ」は遅れて「現場」へ急ぐもどかしい心理的サスペンス、一方「花はおそかった」は悲劇の「現場」に遅れて到着した主人公の嘆き。
 
『伊勢物語』第六段なら、「足ずりをして嘆けどかひなし」と語るところです。

久しく恋いわたった深窓の姫君をとうとう連れ出して逃げたこの主人公、夜の雷雨に遭遇して姫君を野中の無人のあばら家に隠し、自分は追手を警戒して

外で見張っていたところ、なんと鬼が出現して姫君を一口に食ってしまいます。

姫の叫びも雷鳴の轟きで男の耳には届きません。朝になって小屋に入ってみればもう手遅れ。

彼もまた、悲劇の主人公でありながら、恋人のためを思う行為によってかえって恋人の死の「現場」に遅れてしまったのでした。

男は最後に歌を詠みます。

白玉か何ぞと人の問ひしとき露と答へて消えなましものを(夜の闇の底にいくつも白玉みたいに光るあれは何?、と姫君が尋ねた時、「夜露が光っているのですよ」

と答えて、露のように二人一緒に消えてしまったなら、ひとり取り残されてこんな嘆きをせずにすんだものを)もう取り返しがつかない、という嘆きを凝縮した

歌です。

(ちなみに、戦時中の坂口安吾に、『伊勢物語』のこの説話に言及した「文学のふるさと」という名エッセイがあります。)
 
ロック歌謡ともいうべきスタイルで登場した美樹克彦は、ステージ上での身体パフォーマンスを最初に解放した青春歌手でした。

デビュー曲「俺の涙は俺がふく」では指を鳴らし、「回転禁止の青春さ」では激しく踊ってみせました。

「花はおそかった」はその美樹克彦が初めて歌ったバラード調。身体表現は抑制されます。

しかし、その代わりを台詞が務めているのだ、といえるでしょう。

つまり、身体表現としてのパフォーマンスの代わりに、台詞というパフォーマンスがあるのです。

とりわけ、抑制に抑制をつづけた感情を一気に爆発させる最後の絶叫、「バカヤロー」は印象的でした。
 
美樹克彦はこの曲で年末の紅白歌合戦に出場します。

そして、これ以後、「手紙」(昭42-9)「海は青かった」(昭43-11)と情感をこめたバラード調が続くことになります。














































































































































































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メロンの気持

2024-04-22 06:24:00 | 懐かしのメロディー
高橋真梨子


森山加代子


Corazon de melon, de melon,
melon, melon, melon, melon…

ねぇ わたしはメロン
つきの はたけの
つゆに ぬれた
あおい メロン

Corazon de melon, de melon,
melon, melon, melon, melon…

ねぇ わたしはメロン
だれか こっそり
とりに きてよ
あまい メロン

Corazon de melon, de melon,
melon, melon, melon, melon…

ねぇ あおくてかたい
それは そとだけ
とっても おいしい
かわいい メロン




高級メロンと言われるマスクメロンの中でも最高級のメロン、クラウンメロン。

静岡県の特産品で、西部の天竜川以東の地域が産地だそうです。

伝統的な独自栽培で育てられた一級品だけがクラウンメロンとして出荷され、通年栽培・通年出荷を実現しています。

1本の木から1個のメロンしか収穫しないため、美味しさと栄養がひと玉に凝縮されていて、抜群の糖度、湧き出てくるような果汁、品格ある容姿のこの珠玉は、

誰もが味わいたい逸品であり、誰にでも喜ばれる名品です。
















































































































































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おけさ唄えば

2024-04-19 06:49:31 | Jポップス
橋幸夫



こいつを歌うと 泣けるのさ
遠くはなれて 想うのは
鴎とぶとぶ松原よ
おいら二人で逢ったとこ
あの娘はこの唄
好きだった好きだった
ハアー島の(アリャサ)
灯台 灯のつく頃はヨー
(アリャアリャアリャサ)

なぜか仕事が 手につかぬ
おいらの帰るを 待ちかねて
嫁にゆくよな 娘じゃないが
花が又咲きゃ気にかかる
揃い浴衣でおけさぶし
踊って明かした
夜もあった夜もあった
ハアー雪の(アリャサ)
新潟 吹雪に暮れるヨー
(アリャアリャアリャサ)・・・





この曲「おけさ唄えば」は、1960年10月5日に発売された橋幸夫の3枚目のシングルで、市川雷蔵と橋が初めて共演した同名の映画の主題歌となっています。

映画「おけさ唄えば」ですが、いわゆる明朗時代劇の股旅もの。

雷蔵は「悪人志願」の旅人(たびにん)やくざ、悪人ぶろうとするものの根が善良で正義漢、どうにも悪人になり切れない、という変わったキャラクター。

橋の方は金を貯めて故郷の佐渡に帰って母親の墓を建てようという実に親孝行な旅人やくざ、歌がうまくて付いた呼び名も「おけさの半次」。

オープニングで主題歌「おけさ唄えば」が流れ、その続きを唄いながら股旅姿の橋が登場。

橋を呼び止めて雷蔵が「唄うな」と言うのが二人の出会い。

どうやら「悪人志願」の雷蔵ゆえ、陽気な歌など「悪人」に似合わないから嫌いらしいのですが、やがて次第に意気投合した二人は、最後には協力して

善いやくざ一家の助っ人として悪いやくざ一家をたおし、別れ際には雷蔵が橋に「唄ってくれ」と歌を勧める、という流れ。
 
オープニングと劇中2回とエンディングで、計4回橋が「おけさ唄えば」を唄い、加えて挿入歌としてB面「逢いたいぜ」も一度唄います。
 
さて、映画は股旅ものでしたが、歌の歌詞を素直に読めば、これは現代ものでしょう。

なにしろ「灯台」が出てくるのですから。(笑)

ところで、『佐渡おけさ』や『チャンチキおけさ』など、新潟県民謡や民謡風歌謡などの曲名にある「おけさ」。

その意味や語源・由来については諸説入り乱れていますが、最も信頼できそうなのが、「猫が化けた娘の名前」だそうです。

飼い猫の主人が経済的に困窮し、それを助けるために猫が美女に化けるという「猫の恩返し」のストーリー。

猫が化けた美女の名前が「お桂(けい)」。

唄や踊りが上手く、彼女が歌っていた歌が「おけさ節」。

「おけいさん節」と呼ばれ、「おけさ」の語源となったと説明されています。

猫が化けた美女のおかげでお店が繁盛するなど、猫の飼い主は経済的に救われる結末となる。

実際、「出雲崎おけさ」の歌詞には、美女に化けた猫に関連して次のようなくだりがあります。



出雲崎おけさ


おけさ正直なら そばにも寝しょがノ おけさ猫の性で ソーレ じゃれたがる
 

新潟の港には、水揚げされた魚を求める野良猫や飼い猫が昔からたくさんいたのでしょうか、主人想いの献身的な「猫の恩返し」の逸話は新潟各地に

伝えられています。











































































































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道草

2024-04-18 06:52:01 | 小椋佳
小椋 佳


まっすぐに張った糸が あの日僕は好きだった
岩に似て 強いものが あの日僕にあるように
恋さえも人の弱さ 許せないごまかしなんだと
肩はって人を責めても 実りない日々のからまわり
じっと目を閉じ 今 じっと目を閉じ
心の中で琥珀にかすむ思い出たどれば
浮かんでくるのは 不思議と道草
数々の寄り道 まわり道

真実を背負うことが あの日僕は好きだった
この世には他に意味が あの日僕に無いように
どんなにか闇を行こうと 果てない深さの極みに
あこがれを守り袋に はりつめた日々のからまわり
じっと目を閉じ 今 じっと目を閉じ
あの気まぐれとそのたわむれと またあやまちさえ
許しも乞わずに 手を振る道草
数々の寄り道 まわり道





道草(みちくさ)とは、目的の所へたどりつく途中で、他のことにかかわって時間を費やすことで「道くさ」とも書きます。

また、「寄り道(よりみち)」とも言いますよね。 

「道草」という表現は、慣用句の「道草を食う」と関連があるそうです。

道草とはもともとは道端の草のこと。  


























































































































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