goo blog サービス終了のお知らせ 

熱いさよなら

2018-03-27 16:19:56 | 五輪真弓
五輪真弓 熱いさよなら 歌詞付き


http://blog-imgs-75.fc2.com/t/o/s/toshiichi/_x2b5u6d_-_from_Dailymotion_by_Offliberty.mp3

街角のカフェテラス
あなたとよく来たものね
お似合いのふたりだと
誰からも言われたわ
きれいだね いつだって
恋のはじめはロマンス
ふざけあい抱きしめあった
そんな春だった
あー あそび上手なふたりの
たわむれ劇とわらってよ
涙は未練をさそい
愛にはぐれさせるだけよ
わたしに言って あのやさしさで
いつかまた会えればいいねと

楽しげにほほえんだ
ふたりの思い出写真
目の前の灰皿で
そっともやしましょうね
悲しいね いつだって
恋のおわりはブルース
のみかわすグラスカクテルも
今はほろにがい
あー あそび上手なふたりの
わすれ話と わらってよ
いつしか時の流れに
なつかしく思い出す日まで
あなたにおくる 熱いさよなら
いつかまた会えると いいわね

あー あそび上手なふたりの
わすれ話と わらってよ
いつしか時の流れに
なつかしく思い出す日まで
あなたとわたし 熱いさよなら
いつかまた会えると いいわね



<証人喚問>証言「控える」「控える」 佐川氏なお官僚答弁

「答弁を差し控えたい」。学校法人「森友学園」(大阪市)との国有地取引を巡る決裁文書の改ざん問題で、27日午前に参院予算委員会で行われた佐川宣寿(のぶひさ)前国税庁長官に対する証人喚問。改ざん当時の財務省理財局長は、大阪地検による捜査を理由に詳しい証言を拒み続けたものの、安倍晋三首相周辺の関与についてはきっぱりと否定した。(毎日新聞)

ここまで自己犠牲を徹底、まさに官僚の鏡かも。

とは言え、政府も喜んではいられまい。

疑惑は深まるばかりで、野党の追及はさらに激しくなるだろうし、国民の不信も増大。

あそび上手なふたりのわすれ話と わらってはいまい。(笑)





  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

母をたずねて三千里

2018-03-24 05:47:39 | イージーリスニング(easy listening)
草原のマルコ_大杉久美子_midi・instrumental_歌詞


http://blog-imgs-80.fc2.com/t/o/s/toshiichi/20150717033207ece.mp3

はるか草原を ひとつかみの雲が 
あてもなくさまよい とんでゆく
山もなく谷もなく 何も見えはしない
けれどマルコ おまえはきたんだ 
アンデスにつづく この道を
さあ出発だ 今 陽が昇る
希望の光両手につかみ 
ポンチョに夜明けの風はらませて
かあさんのいる あの空の下 
はるかな北を めざせ

小さな胸の中に きざみつけた願い 
かあさんの面影 もえてゆく
風のうた草の海 さえぎるものはない
そしてマルコ おまえはきたんだ 
かあさんをたずね この道を
さあ出発だ 今 陽が昇る
行く手にうかぶ朝焼けの道 
ふくらむ胸にあこがれだいて
かあさんに会える 喜びの日を 
はるかにおもい えがけ



イタリアの港町ジェノバに住む少年マルコは、両親と鉄道学校に通う兄とともに慎ましく暮らしていたが、生活は日増しに苦しくなり、とうとう母がアルゼンチンへと出稼ぎに行くことになる。

寂しさをこらえ見送るマルコだったが、やがて母アンナからの便りが途絶えてしまう。

母を捜しに行きたいというマルコの固い決意に父もとうとう旅立ちを許し、マルコの長く苦しい旅が始まるのだった。

マルコは持ち前の明るく元気な性格でアルゼンチンでの様々な人との出会いや出来事を乗り越え、ついにトゥクマンの町で母アンナと再会する。

人々の思い遣りと思い遣りに対する感謝の気持ちが物語のテーマのひとつ。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

荒城の月

2018-03-21 04:49:03 | 童謡・唱歌
荒城の月


http://blog-imgs-76.fc2.com/t/o/s/toshiichi/201505070558596a0.mp3

1 春高楼の花の宴
  めぐる盃影さして
  千代の松が枝(え)わけいでし
  むかしの光今何処(いずこ)

2 秋陣営の霜の色
  鳴きゆく雁(かり)の数みせて
  植うるつるぎに照りそいし
  昔のひかりいまいずこ

3 いま荒城の夜半の月
  変わらぬ光たがためぞ
  垣に残るは唯(ただ)かづら
  松に歌うはただ嵐

4 天上影はかわらねど
  栄枯は移る世の姿
  うつさんとてか今もなお
  ああ荒城の夜半の月



作詞:土井晩翠、作曲:瀧廉太郎

『荒城の月』が発表されたのは明治34年(1901)で、東京音楽学校(現東京芸術大学音楽部)が同年に発行した音楽教科書『中学唱歌』に掲載されました。
当時、小中学生用の唱歌といえば、外国曲に日本語の詩をつけたものが主流でした。東京音楽学校では、この風潮に一石を投じて日本独特の唱歌を作ろうと企画し、いくつかの詩を提示して、それに合う曲を求めました。
同校に在学中だった瀧廉太郎は、土井晩翠の『荒城の月』『箱根八里』『豊太閤』の3つに曲をつけて応募したところ、3曲とも入選となりました。その英才振りがうかがい知れるエピソードです。

土井晩翠は自分の故郷・仙台の青葉城や、旧制二高時代に訪れた会津若松の鶴ヶ城から詩のイメージを得、滝廉太郎は自分の出身地・大分県竹田の岡城から曲を着想したことはよく知られています。



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

想い出のサンフランシスコ

2018-03-16 02:25:10 | Wポップス
Tony Bennett - I left my heart in San Francisco


http://blog-imgs-76.fc2.com/t/o/s/toshiichi/201505150632212b0.mp3

The loveliness of Paris seems somehow sadly gay
The glory that was Rome is of another day
I've been terribly alone and forgotten in Manhattan
I'm going home to my city by the bay


I left my heart in San Francisco
High on a hill, it calls to me
To be where little cable cars climb halfway to the stars
The morning fog may chill the air, I don't care


My love waits there in San Francisco
Above the blue and windy sea
When I come home to you, San Francisco
Your golden sun will shine for me



I Left My Heart in San Francisco(想い出のサンフランシスコ)は、1953年にニューヨーク市ブルックリンでジョージ・コウリーとダグラス・クロスによって書かれたポップス曲で、トニー・ベネットのトレードマークとなった歌として知られています。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

オレ・グァッパ

2018-03-15 02:56:44 | ラテン&ダンス音楽
Arie Malando : Ol�・ Guapa Tango for Orchestra - Caravelli and His Orchestra


http://blog-imgs-75.fc2.com/t/o/s/toshiichi/201506010432445fb.mp3

オレ・グァッパ(Ole Guapa)、Oleというのは、闘牛士などに送る掛け声で、Guapaというのは娘とかお転婆娘という意味だそうです。
元気良く踊る娘さんに掛け声をかけている情景を歌ったものでしょうか。なんとなくそんな風景が目に浮かぶ陽気な曲です。



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ある雨の日の情景

2018-03-09 11:37:50 | 吉田拓郎
天地真理 ☆ ある雨の日の情景


http://blog-imgs-84.fc2.com/t/o/s/toshiichi/2016040203271081e.mp3

バスが止まって (並木道に) 外は雨が降っている
ガラス窓に いっぱい並んだ雨だれの 
向こうで誰かが (肩をすぼめて) タバコに火をつけた

それから人は (人はみんな) 皆傘をさして 
まるで心を 傘で隠せるみたいに
そして黙って (黙って雨の) 雨の中を歩いてる

それから雨は (雨はどこか) どこかの風といっしょに
茶色の葉っぱを 一枚落としていった
それから皆 (みんな雨に) 雨にぬれて歩いてる

雨の中を (中をバスは) バスは動きだした



雨は、上空の水蒸気が冷えて、水滴となり、地上に落ちてくる、単なる自然現象に過ぎません。

しかし、日本は、四季がはっきりしており、梅雨や台風のもたらす降雨により、世界的にも降水量の豊富な多雨地帯で、雨とも縁の深い土地柄です。

そのため、四季折々に迎える風景たちとともに、さまざまな人生の折節が重なりあって、人は、その時々に降る雨を見ることになります。

そして人は、そんなある雨の降る日の光景を感情を込めて見つめて、心の中に写し撮るのです。

この曲は、マスターの記憶では、Am/Dm/Am/Emという、いたってシンプルなコード進行と、ストーローク奏法のギター伴奏はたやすく弾けるだったと。

ただ、そのせいでしょうか、ボーカルのメインとコーラスがしっかりしていないと、雨の日の泥んこ遊びのようになってしまうる曲かも。(笑)

なお、この曲を作詞された伊庭啓子さんですが、吉田拓郎さんらも参加していた広島のアマチュアフォークサークル「広島フォーク村」のメンバー。



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

初恋

2018-03-08 17:11:54 | 村下孝蔵
初恋 村下孝蔵


http://blog-imgs-76.fc2.com/t/o/s/toshiichi/20150303061547a8a.mp3

五月雨は緑色 悲しくさせたよ
一人の午後は
恋をして淋しくて
届かぬ想いを暖めていた

好きだよと言えずに 初恋は
ふりこ細工の心
放課後の校庭を走る君がいた
遠くで僕はいつでも君を探してた
浅い夢だから 胸をはなれない

夕映えはあんず色 帰り道一
人口笛吹いて
名前さえ呼べなくて
とらわれた心見つめていたよ

好きだよと言えずに 初恋は
ふりこ細工の心
風に舞った花びらが
水面を乱すように
愛という字書いてみては
ふるえてた あの頃
浅い夢だから 胸をはなれない

放課後の校庭を走る君がいた
遠くで僕はいつでも君を探がしてた
浅い夢だから 胸をはなれない



孝蔵さんと言えば、1982年の「ゆうこ」、そして翌年「踊り子」とともに、大ヒットした「初恋」が、哀愁を帯びたメロディラインとともに、思い出されます。


五月雨は緑色 悲しくさせたよ一人の午後は
恋をして淋しくて 届かぬ思いを暖めていた



特にこの「初恋」という曲は、なにか甘く、またほろ苦く、そして、せつなさを感じる歌でした。

初夏の自然の中の美しい情景とともに、いつまでも忘れたくない、心の中の心象風景が、描かれているからでしょうか。

   
放課後の校庭を走る君がいた
遠くで僕はいつでも 君を探してた
浅い夢だから 胸を離れない



誰にでもあるような想い出の中の思春期の頃のワンシーン。

浅い夢だから、胸を離れない。

初恋…、しかもそれが、片恋、片思いだからこそ、いつまでも胸を離れないのでしょうか。

   
好きだよと言えず初恋は 振り子細工の心


…確かに、成就した恋よりも、好きだ、ということすら言えなかった恋の方が、いつまでも心の中に残るような気がします。

   
夕映えはあんず色
帰り道一人口笛を吹いて
名前さえ呼べなくて
とらわれた心見つめていたよ



甘酸っぱいあんずのような色の夕焼け空。
そして、その空を背景に、あの人のシルエットが遠ざかっていく。

いま帰りなの…、もうすぐ大会だね…、そんな用意していた言葉どころか、名前すら呼びかけられずに、ただ後姿を見送ってる自分の姿。

夕陽に伸びた頼りなげな自分の影法師。

   
風に舞った花びらが 水面を乱すように
愛という字を書いてみては
ふるえていたあの頃



青春のメモリアルを、繊細な感性で、それを見事に切りとって、この曲は、水のごとくに流れるような歌詞を、美しいメロディラインに乗せています


浅い夢だから 胸を離れない
胸を離れない 胸を離れない



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

コートにスミレを

2018-03-03 17:15:53 | みなみらんぼう
コートにスミレを 「みなみらんぼう」


http://blog-imgs-68.fc2.com/t/o/s/toshiichi/20140830172405584.mp3

まだ肌を刺す北風が 君の髪の毛を
胸の想いを 語るように
乱しては過ぎる
なんて辛い恋の終わりか 言葉も少なく
愛のかけらを 重ね合っても 空しく崩れる
コートにスミレの花ひとつ
さり気なく差して
君は小さな肩をすぼめ 坂を降りて行く

まだ春浅い丘の道 枯れた草を踏んで
風の隙間を 歩いて行こう
さよならを言わず
なんて淋しい恋の終わりか
信じていながら
愛を大事にすればするほど
ふたりは離れる
コートにスミレの花ひとつ
さり気なく差せば
燃えて咲くには早すぎた 紫が淡く

なんて淋しい恋の終わりか
信じていながら
愛を大事にすればするほど
ふたりは離れる
コートにスミレの花ひとつ
さり気なく差せば
燃えて咲くには早すぎた 紫が淡く




花の色は移りにけりな いたづらに
    わが身世にふる ながめせし間に
                    (古今和歌集)

百人一首でおなじみのこの歌を詠んだ小野小町は、平安時代初期に活躍した女流歌人で、紀貫之が古今和歌集で選んだ六歌仙のうち、ただひとりの女性です。
しかも、クレオパトラ、楊貴妃とならび、世界三大美女とも言われ、絵師が絵にも描けないほどの絶世の美女であったらしいです。

もっとも、自分自身を、花にたとえれるほどの美貌をもち、しかも後世に残せる和歌を詠みこむ才能があった小野小町だからこそ、この和歌が説得力をもち、惹かれるわけで、普通は、いつ、花が咲いたかも、分からない人も多いわけで…。

※「北の国から」の純くんのナレーション風に読むこと(笑) 

まあ、しかし、「隣の花は赤い」ということわざもあるので、他人の色鮮やかにして、大輪の、華やかな花を羨むことはやめて…。

 七重八重 花は咲けども山吹の
     実の一つだになきぞ悲しき
                  (後拾遺和歌集)

…と、そうよねぇ、綺麗な花よりも、やはり実をつけることの方が大切よねぇ~、と、開き直る事も大切なわけであり…。
…と、はいうものの…。

 花の命は短くて 苦しきことのみ多かりき 
                   (林芙美子)

…と、いう一節も、また、ぐっ…とくるかもしれません。(笑)
いずれにしろ、花をやるのも、人をやるのも大変です。(笑)

んで、花のさかりを遠くに見つめつつ、ともかく、やはり、ここは、花も嵐も踏み越えて~♪(旅の夜風「愛染かつら」主題歌)…と、いくべきかもしれません。(笑)

いずれにしろ、移ろう季節の中では、花も…人の心も…、やはり色あせて、散りいくのが定めというものです。

祇園精舎の鐘のこゑ 諸行無常のひびきあり
沙羅双樹の花の色 盛者必衰のことわりをあらはす

いつまでも咲きつづけていると思っているあいだに、いつのまにか、大事なものをなくしてしまうものですね。

しかし、なくしたものをいつまでも探してもしかたがありません。
It is no use crying over spilt milk.
(こぼしたミルクを嘆いても仕方がない「覆水盆に返らず」)

お腹を空かせたキツネさんが、あるとき、森で、たわわに実った、美味しそうなひと房のブドウを見つけます。
しかし、そのブドウの房は、高いところにあって、キツネさんは、なんどか、ジャンプしてとろうとするが、届きません。

そして、キツネさんは、こう思って、諦めます。
…あのブドウは、きっと、すっぱくて、まずいんだ…。
イソップ寓話にある「すっぱいブドウ」の話です。
この話から、英語で負け惜しみを、「sour grapes 」といいます。

キツネさんのとった行動は、負け惜しみにすぎなくて、なんの前向きの解決にもなりませんが、少なくとも、いつまでも、悔やんでいてはストレスをためこむことになり、それよりは、ともかく、そう思ってみるのも、ひとつの対処療法としては有効かもしれません。

しかし、まあ、失ったときは、たしかに、もういらないや…と、思うのも、またひとつの真実(ほんとう)のことですね。
しかし…。

I'll never fall in love again. 
        (バート・バカラック(Burt Bacharach))
(もう二度とわたしは恋などしないでしょう。)
…といいつつも…、
Dariling,you love me
…と思い焦がれて…、
I’m just a woman Fall in love
          (恋におちて 小林明子)

花なんて大人に似合わないかな…うん?(゜.゜)
せやったら、大人には何が似合うんやろ?

まっ、ここは大人になって、大人しくしく、酒でもあおって、静かにイビキかいて、寝るが勝ちかも。(笑)



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

うれしいひなまつり

2018-03-03 08:17:33 | イージーリスニング(easy listening)
うれしいひなまつり(尺八、打ち込み版)



高木菜那に報奨金4千万円 日本電産、3階級特進で係長

平昌冬季五輪のスピードスケート女子で二つの金メダルを獲得した高木菜那選手(日本電産サンキョー)に対し、親会社で精密モーター大手の日本電産(京都市)の永守重信会長兼社長が28日、報奨金4千万円を出すことを明かした。また、3階級特進して係長級になることも決まり、高木菜那選手は「いつもサポートしてもらっている。感謝の気持ちでいっぱい」と喜びを語った。(朝日新聞デジタル)

高木菜那選手、うれしいより、「楽しい」ひなまつりかも。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする