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惚れた女が死んだ夜は

2025-07-23 03:32:20 | マスターおすすめ曲
すぎもとまさと



小林旭



なぐさめなんか ほしくない
黙って酒だけ おいてゆけ
惚れた女が 死んだ夜は
俺はひとりで 酒をくむ

わかりはしないさ この痛み
どこへもやりばの ない気持
惚れた女が 死んだ夜は
雨よ降れ降れ 泣いて降れ

酒よ 酒よ 俺を泣かすなよ

甘えてすがった さみしがり
ふり向きゃいつでも そこにいた
惚れた女が 死んだ夜は
何を言っても ぐちになる

いいやつばかりが 先にゆく
どうでもいいのが 残される
惚れた女が 死んだ夜は
涙流れる ままでいい

酒よ 酒よ 俺を泣かすなよ
酒よ 酒よ 俺を泣かすなよ




「好き」と「惚れる」の一番の違いは、気持ちの重さです。

好きは軽いものから重いものまで様々、その最上級の重い心理が「惚れる」。

その証拠に、「好き」には「嫌い」という反対語がありますが、「惚れる」には反対語がありません。

まずは大前提として、男性はすべての女の子が「好き」だという点を押さえておきましょう。

女子は好きになる人は特別、でも男子は世の中の女の子すべてに良い感情を持っています。

つまり「この子が好きだな」と思うだけでは特別感がありません。

女子がコスメ売り場に行くと「かわいい!欲しい!」と思うものばかりだと思いますが、その感覚に近いかも知れません。

極端な言い方をすると「A子もB子もかわいいから好き」という心理があるので、男性はすぐに誰かを好きになります。

その証拠に、女子に誘われたら相手をよっぽど嫌ってない限り体の関係をもてるのが男です。(笑)

惚れた女が 死んだ夜は
涙流れる ままでいい

酒よ 酒よ 俺を泣かすなよ
酒よ 酒よ 俺を泣かすなよ

マスターは20年以上前になりますが、妻を亡くしました。

その時、妻を見送った訳ですが、涙は一滴もこぼれませんでした。

恐らくですが、人って、本当に悲しい時には涙は流れないのではと思うのですが・・・。






















































































































 

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あゝ野麦峠  

2025-07-20 01:30:32 | マスターおすすめ曲
アルル



つぶらな瞳が歩いてゆく

うなじが白く吹雪に染まる

悲しみだけが待っているのに

その時はまだ何にも知らずに

つぶらな瞳は明日を見つめる

しあわせは野麦の東

山は高くても谷は深くても

道は遠くても夢は途切れても

・・・・・・




1903年(明治36年)2月。雪山を往く100人以上もの少女の群れ。
 
彼女らは飛騨から野麦峠を越えて諏訪湖付近の岡谷にある製糸工場で働くために移動しているのです。
 
河合村の政井みね(大竹しのぶ)、三島はな(友里千賀子)、庄司きく(古手川祐子)、平井とき(浅野亜子)、途中で合流した篠田ゆき(原田美枝子)も

新工として群れに加わっていました。
 
3年後、過酷な労働環境の中、みねは一人前の工女になっていました。
 
取り出す糸の品質によって工女たちは厳しく査定され、ときとはなは劣等呼ばわりされ、みねとゆきは社長の足立藤吉(三國連太郎)から誉められるほどの

優秀工女のお墨付きがつきました。
 
工場の跡取りで道楽息子の春夫(森次晃嗣)はそんな二人に関心を寄せるようになっていました。
 
絶望したときは、大日本蚕糸会の総裁である伏見宮殿下(平田昭彦)一行が工場視察に訪れた日、諏訪湖に身を投げ自ら命を絶ちます。
 
やがて正月。
 
みねは故郷に一時帰省し、兄の辰次郎(地井武男)らと再開します。
 
帰る家のないゆきは春夫に身をまかせます。
 
ある日、金庫の金が紛失しているのが発見され、帳付け担当の野中新吉(山本亘)に疑いがかけられます。
 
新吉を慕っていたきくは、見番頭の黒木(三上真一郎)に相談しますが、小屋に連れ込まれて乱暴されてしまい、自暴自棄になったきくは小屋に火を放って逃走、

新吉と共に天竜川に身を投げ心中してしまいます。
 
やがて旧盆が訪れ、工場は束の間の休業に入ります。
 
はなは検番代理の音松(赤塚真人)と交際を始め、ゆきは春夫の子を身籠っていました。
 
しかし、春夫には既に婚約者がおり、ゆきは藤吉や春夫から子を堕ろすよう説得しますが、きくと新吉の死因に疑問を抱いていたゆきは工場から去り、

一人で子を産み育てようと野麦峠を越えていましたが、途中で倒れて流産してしまいます。
 
1908年(明治41年)、アメリカの大不況の煽りを受けて生糸の輸出は停止され、各地の製糸工場が倒産に追い込まれていました。
 
そんな中、藤吉の工場は生き残りをかけて国内向けの生糸生産にシフトし、労働条件は更に悪化の一途を辿っていました。
 
そんな中、みねは作業中に吐血して倒れてしまいます。
 
結核と診断されたみねは物置小屋に放置され、知らせを受けた辰次郎が引き取りに出向きますが、藤吉や春夫らの態度は冷淡でした。

辰次郎はみねを背負って秋の野麦峠を進んでいましたが、みねは「兄さ、飛騨が見える」と言い残して静かに息を引き取ります。
 
知らせを受けた工女たちは、みねが放置されていた物置小屋に手を合わせ追悼していました。


1979年製作「あゝ野麦峠」、原作は山本茂実のノンフィクション「あゝ野麦峠」です。

シリアスな題材に対して製糸工場の再現などに巨額な予算が必要なこともあり、以前にも映画化が企画されましたが断念されました。

しかし、新たに設立された新日本映画の出資によって実現、若い人気女優たちの共演や抒情的な主題曲などで人気を集め、

社会派映画としては突出したヒットとなり、翌年にはTVドラマ化もされます。

主な出演者は、森下愛子、永島敏行、西崎みどり、江藤潤、音無真喜子、蟹江敬三、中原早苗、小池朝雄、山田隆夫、三ツ木清隆・・・

ただ、その時の主題歌は、小椋佳 の「想い出して下さい」

 

小椋佳  想い出して下さい



野麦峠は、岐阜県高山市と長野県松本市の県境に位置し、飛騨国と信濃国を結ぶ鎌倉街道・江戸街道と呼ばれる街道の峠です。

古来から野麦街道最大の難所として知られ、能登で取れたブリを飛騨を経由して信州へと運ぶ道筋でした。

信州では飛騨ブリとして珍重され、能登では1尾の値段が米1斗であるものが、峠を越えると米1俵になると言われたそうです。

明治の初めから大正にかけて、当時の主力輸出産業であった生糸工業で発展していた諏訪地方の岡谷へ、現金収入の乏しい飛騨の村々の女性

(多くは10代)が女工として出稼ぎのためにこの峠を越えたという史実は、1968年に発表された山本茂実のノンフィクション「あゝ野麦峠」で

全国的に有名になりました。































































































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三人家族

2025-07-15 02:58:33 | マスターおすすめ曲
あおい輝彦


あの時は何気なく会った
あの人が
なぜか心に残る
淡い恋心
この広い空の下
ぼくのさがす 幸せは
あなただけ あなただけ

名前さえ 知らないで
好きになった人
いつも遠くの方から
わたしを見てる
燃えている夕焼けが
ふたりだけの 明日を
呼んでいる 呼んでいる

あの人の澄んだ目が
いつもぼくに 微笑みを
投げかける 投げかける
投げかける





偶然、横浜駅発の朝の通勤電車で見かけた同世代の会社員の柴田雄一と稲葉敬子。

互いの名前も知らず、一目惚れをし合った二人は、お互いの会社が丸の内にあると気付き、デートを重ねる内に交際をするようになっていきます。

一方、横浜では予備校のクラスメートとして、雄一の弟の健と敬子の妹の明子が知り合い、ふとしたことから交際を始めました。

そして、姉妹の母キク、兄弟の父で定年退職前後の会社員の耕作(どちらも3人家族)を含めた家族ぐるみの親交も生まれていきます。

この曲は1968年 - 1969年に放送されたTBS系列のテレビドラマ「木下恵介アワー」の第4弾、『3人家族』の主題歌でした。

ちなみに、ドラマのキャストは・・・
 
柴田家
柴田雄一:竹脇無我
柴田健:あおい輝彦(雄一の弟)
柴田耕作:三島雅夫(雄一の父)

柴田家
稲葉敬子:栗原小巻
稲葉明子:沢田雅美(敬子の妹)
稲葉キク:賀原夏子(敬子の母)

その他
沢野敬:中谷一郎(写真家)
ハル:菅井きん(柴田家の家政婦)
須藤兼一:森幹太(キクの元夫)
洋子:川口恵子(健が想う娘)
小林:近藤洋介(雄一の先輩社員)
高松:菅貫太郎(商事会社の営業課員)
佐藤:遠藤剛(雄一の同僚)
通信部長:武内亨(雄一の上司)
健の友達:鶴田忍
中山:東野孝彦(雄一の友人)
明美:片山真由美(中山の恋人)
敬子の上司:永井智雄
旅行代理店の客:川上夏代、三戸部スエ
沢野の元恋人の女性:川口敦子
山下公園の青年:林家珍平
予備校の窓口係:関口銀三
電話工事業者:矢野宣、荘司肇
:江幡高志
ご隠居さん:吉田義夫
 
ほかナレーション:矢島正明



















































































































































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波浮の港

2025-07-12 02:54:12 | マスターおすすめ曲
倍賞 千恵子


フランク永井


石原裕次郎






磯の鵜(う)の鳥ゃ 日暮れにゃかえる
波浮の港にゃ 夕焼け小焼け
あすのひよりは
ヤレホンニサ なぎるやら

船もせかれりゃ 出船のしたく
島の娘たちゃ 御神火(ごじんか)ぐらし
なじょな心で
ヤレホンニサ いるのやら

島で暮らすにゃ とぼしゅうてならぬ
伊豆の伊東とは 郵便だより
下田港(しもだみなと)とは
ヤレホンニサ 風だより

風は潮風 御神火おろし
島の娘たちゃ 出船のときにゃ
船のともづな
ヤレホンニサ 泣いて解く





「波浮の港」(はぶのみなと)は1923年に野口雨情が発表した詞に、中山晋平が作曲した歌曲です。

昭和初期の伊豆大島は、観光とは無縁の離島で、島の南東部にある波浮港村(はぶみなとむら)は、島の中心部の新島村からも三原山を挟んで反対側にある

わびしい漁村でした。

当時は東京からの船便もなく、雨情は現地には全く行かず、地図さえも確かめずに詩を書きました。

このため、歌詞が必ずしも現地の風景に忠実でない部分があります。

東を海に面し西側に山を背負って全く夕日が見えない波浮港に「夕焼け」を見せる点や、雨情の故郷の磯原にはたくさんいるものの、

大島には全くいない海鵜が登場する点がそれにあたります。

とは言っても日本の抒情歌の代表作、素敵な曲です。



続く教員の性暴力「由々しき事態」、文科省が緊急会議 私学にも課題

盗撮など教員による子どもへの性暴力事件が相次いだことを受け、文部科学省が10日、緊急のオンライン会議を開いた。参加した都道府県と政令指定都市の教育長に、文科省は服務規律の徹底を強く求めた。 
望月禎・初等中等教育局長が「非常に耳を疑う、教育界を揺るがすような大変由々しき事態。危機的な状況だと共有していただき、教師による性暴力の根絶をしなければならない」と述べた。(朝日新聞)


日本の教育界もここまで落ちているのでしょうか・・・

校長も、授業前に、教職員この曲を聞かせてやったら。

多少はマシになるかも知れませんね。

























































































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江戸の闇太郎

2025-07-08 02:43:31 | マスターおすすめ曲
美空ひばり 
 



月に一声 ちょいとほととぎす
声はすれども 姿は見えぬ
おれも忍びの 夜働き
どっかり抱えた 千両箱
こいつァ宵から 縁起がいいわい
ヘンおいらは黒頭巾
花のお江戸の 闇太郎

風に稲穂は あたまをさげる
人は小判に あたまをさげる
えばる大名を おどかして
さらう小判は 涙金
おつな商売 やめられましょうか
ヘンおいらは黒頭巾
花のお江戸の 闇太郎

江戸の盛り場 猿若町に
ひいき役者の 幟があがる
あだな笑くぼに 雪の肌
女泣かせの 雪之丞
こいつァ今夜も
行かざぁなるめえな
ヘンおいらは黒頭巾
花の お江戸の闇太郎




 
西條八十の詞は、闇太郎にふさわしく、江戸っ子口調と庶民的な言葉遊びを使います。
 
「月に一声ちょいとほととぎす/声はすれども姿は見えぬ」
  
 
ほととぎす鳴きつるかたをながむればただ有明の月ぞのこれる
 
 
「百人一首」の後徳大寺左大臣の歌(『千載集』)以来、月にほととぎす、一声鳴いても姿は見えぬ、というのはほととぎすの定型イメージ。

ついでに挙げれば、月にほととぎすをあしらった「沓手鳥孤城落月(ほととぎすこじょうのらくげつ)」は大坂落城を描いた坪内逍遥の新作歌舞伎の題。
 
そのほととぎすの姿を見せぬ様を和歌でいう序詞のように使って、闇に紛れて姿を見せぬ自分の忍び仕事の「夜働き」へとつなぎます。
 
「こいつは宵から縁起がいいわいは河竹黙阿弥作の歌舞伎「三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつかひ)」でお馴染み、

お嬢吉三の名台詞「こいつは春から縁起がいいわい」のもじり。

雪之丞が役者なので、闇太郎も少し芝居がかるわけです。
 
最後は、芝居がかったその勢いで、「ヘンおいらは黒頭巾/花のお江戸の闇太郎」、ちょいと気取って名乗りを挙げます。

「ヘン」は名乗りの前の咳払いみたいなもの。

得意げに威張った「エッヘン」の「ヘン」と受け取ってもよいでしょうし、「てやんでえ」みたいな啖呵の前置きと受け取ってもよいでしょう。

弁天小僧なら「知らざあ言って聞かせやしょう」とくるところです。
 
 二番の歌詞「風に稲穂はあたまを下げる」は、偉くなればなるほど世間への感謝を忘れず謙虚になるべきだという意味の俗諺「実るほど頭を下げる稲穂かな」。

「頭を垂れる」「頭の下がる」などともいう)をもじってやっぱり序詞みたいに使い、現実には人は小判に頭を下げるが、この俺は金と権力を握って

ふんぞり返る大名どもから千両箱を盗んで庶民に分けてやるのだ、俺が盗んで配る小判なんぞは奴らが貧乏人に施すべき当然の「涙金(同情の施しとして与える

わずかな金銭)」にすぎない、と義賊の心意気を歌います。

義賊とは、いわば、不合理な「格差社会」に抗議して「富の再分配」を個人で強行実践する者のことです。
 
三番で雪之丞の名を出して歌い収めるあたりもうまいもの。

浅草の猿若町は芝居小屋が集まっていた盛り場。「女泣かせの雪之丞」は単に雪之丞が女性観客を熱狂させたというだけでなく、「雪之丞変化」の物語と

深くかかわっているのです。

この曲もまた、芝居っ気があって、胸のすくように痛快で、なんとも気持ちのいい歌ですね。































































































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アメリカ橋 

2025-07-06 13:30:59 | マスターおすすめ曲
山川豊


五木ひろし  


田川寿美


1 風が足もとを 通りすぎてゆく
  久しぶりだねと 照れてわらいあって
  アメリカ橋のたもと ふと通うぬくもり
  やるせない恋埋めた街
  角部屋の灯り
  石だたみ石だたみ 想い出続く
  いつかいつか 熱かった青春
2 君は変わらない 月日は過ぎても
  髪を切ったので 少し若くなった
  アメリカ橋のたもと 黄昏が間近い
  煙草やめたのいつからと
  それとなくきいて
  眼をそらす眼をそらす ガラスのむこう
  遠い遠い かえらない青春
  アメリカ橋のたもと
  それじゃと手をあげる
  そっとコートの衿たてた
  さり気なさおいて
  人の群れ人の群れ 誰もが他人
  はるかはるか あの頃が青春




平成10年(1998)2月発売、歌っていたのは演歌歌手の山川豊さんですが、メロディも歌詞もフォークかニューミュージックに類する曲だといっていいと思います。

こんなふうに、別れたひとと偶然再会し、少し話してから淡々と別れることを夢見た人は、けっこういたかもしれませんね。

たいていは、果たされることなく終わる夢ですが。
 
2番の「眼をそらす眼をそらすガラスのむこう」は、2人の仲が元に戻るには時間が経ちすぎたとお互いに感じていることを暗示していたのでしょうか。

この束の間の再会は、結果として、それを確認するためだけの邂逅(めぐりあい)だったかもしれません。
 
温暖化の影響なのか、ファッションの変化なのかはわかりませんが、人びとがあまりロングコートを着なくなった昨今、コートにまつわるこのイメージは、

もうあまり理解されないかもしれません。







































































































































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かもめの街

2025-06-29 13:39:11 | マスターおすすめ曲
すぎもと まさと



ちあきなおみ


キム・ヨンジャ 




やっと店が終わって ほろ酔いで坂を下りる頃
白茶けたお天道が 浜辺を染め始めるのさ
そんなやりきれなさは 夜眠る人にゃ分らないさ
波止場に出れば カモメがブイに2、3羽
一服しながら ぼんやり潮風に吹かれてみるのが
あたしは好きなのさ
カモメよ カモメよ
淋しかないか
帰る故郷があるじゃなし
おまえも一生 波の上
あたしも一生 波の上
あ〜 あ〜 ドンブラコ

いろんな人が居たし いろんな人が居なくなった
泣いてくれるのは カモメと霧笛ばかり
一服しながら あれこれ取り止めなく懐かしむのが
あたしは好きなのさ
カモメよ カモメよ
風邪などひくな
絹の寝床があるじゃなし
おまえも一生 波の上
あたしも一生 波の上
あ〜 あ〜 ドンブラコ
 カモメよ カモメよ あ〜 あ〜





入り江に向かうなだらかな坂道を下り
ホテルと見まがう新しい病院の一室で
もうすぐ死ぬかもしれないひとと
穏やかなひとときを過ごした

(問いかけたいことはもうなくなっていた
答が分かったからではなく
答が分からないことが答だと知ったから)

窓際のコップの中のハマナスの花
枕もとに散らばる子どもたちの写真
からだにつながれた機械の微かな吐息
硝子窓を透かして見える世界の切れはし
曼荼羅を描くのに足りないものはない

「……あのとき……あなたと……私は……」
切れ切れに言いかけてあとが続かない
だが青白い仮面のような表情の下に
見えない微笑みの波紋がひろがり
ベッドの上の病み衰えたひとは
健やかな魂のありったけで私を抱きしめた

谷川俊太郎「見舞い」



いかにも谷川俊太郎さんらしい「詩」です。

ひとの一生、腑に落ちないこと、理不尽なこと、いろんなことがありますが、ただ抗うばかりでなく身をゆだねることで分かることもあります。

そのひとつが大切なひとの死であり、ひいては自分の死かもしれません。

死を迎えて言葉が交わせないひととの言葉なき問答・・・



























































































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センチメンタルカーニバル

2025-06-28 04:09:16 | マスターおすすめ曲
あおい輝彦


渚に揺れながら 小さな声で
「好きよ」とささやいて 逃げた人
夏が過ぎれば この恋も
終わると 知りながら
このまま朝まで 踊ろうか
それとも 星になろうか
愛してキスして 燃えたひとときの
センチメンタル カーニバル

小さな肩先を ふるわせながら
月夜に流れ込む 君がいる
明日帰るよ あの街へ
想い出 抱きしめて
愛して許されるものなら
死ぬまで 離さないだろう
涙にぬれてる ドレスがまぶしい
センチメンタル カーニバル

このまま朝まで 踊ろうか
さよなら 真夏の夢よ
愛して失くして 燃えたひとときの
センチメンタル カーニバル





この曲「センチメンタル・カーニバル」は、1977年6月25日に発売されたあおい輝彦の14枚目のシングルでした。

オリコンチャートにおいて、前作「Hi-Hi-Hi」に引き続き2作連続でベスト10入りを果たしています。

なお1977年の年間ヒットチャートでも53位にランクされるヒット曲となりましたが、あおいのシングルにおいてオリコン10位以内に入ったのは、現時点で本楽曲が

最後となっているそうです。




























































































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れくいえむ

2025-06-28 01:41:36 | マスターおすすめ曲
南こうせつ


さくら草の鉢を抱えて
その人がもう来る頃
僕は庭で君の写真を
陽炎で燃やしてた
二十歳の恋
二十歳の君
時間の止まった想い出が
青い空を焦がしてく
生きていたら
君はきっと悲しむだろう
君に捧げるれくいえむ
許してほしいと口ごもる

裏木戸から顔をのぞかせ
その人の弾んだ声
炎の中君の笑顔が
燃え尽きる前に揺れた
二十歳の春
二十歳の君
季節は巡って春風が
今も僕を悩ませる
生きていたら
君は何て笑うだろうか
君に捧げるれくいえむ
忘れることなどないだろう
二十歳の人
二十歳の君
若さの息吹をその人に
託したあと舞い上がる
今、火の粉となって
空に昇ってゆくよ
君に捧げるれくいえむ
 これが最後になるだろう




森羅万象、あらゆる物や事象にはピークがあります。

私見になりますがマスター、時代で言えば「江戸時代中期」、戦後で言えば「高度成長期」、歌で言うと「昭和」が我が国のピークだったと思っています。

人生で言うと、やはり二十歳(はたち)の頃でしょうか。(笑)



















































































































































































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五木の子守唄

2025-06-25 03:28:02 | マスターおすすめ曲
八代亜紀


美空ひばり


金沢明子


おどま盆ぎり盆ぎり
盆から先ゃおらんと
盆が早(はよ)くりゃ早もどる

おどまかんじんかんじん
あん人たちゃよか衆(し)
よか衆よか帯 よか着物(きもん)

おどんがうっ死(ち)んちゅうて
誰(だい)が泣(に)ゃてくりゅか
裏の松山蝉が鳴く

蝉じゃごんせぬ
妹(いもと)でござる
妹泣くなよ 気にかかる

おどんがうっ死んだら
道ばちゃいけろ
通る人ごち花あぎゅう

花はなんの花
つんつん椿
水は天からもらい水





原曲は熊本県球磨(くま)郡五木(いつき)村の古謡。
 
長い間、地元の住民か民謡の専門家しか知らない曲でしたが、昭和25年、古関裕而が採譜・編曲して、NHKラジオの放送終了時に、自らハモンドオルガンを

弾いて放送してから、全国に広まりました。
 
その後、民謡歌手の音丸や照菊が歌ってヒットし、多くの人びとに愛唱されるようになりました。

ところで、赤ちゃんは、コウノトリが運んでくるのよ、って子どもの頃に教えてもらって、そのことを長い間、信じていた純真な人が多いのじゃないでしょうか。

そういうマスターも、ほんのつい最近まで、そう思っていましたから、もっとも最近がいつのことかは、ともかくとして。(笑)

ところで、コウノトリが、赤ちゃんと幸せを運んでくるという伝説の発祥は、ドイツなどのヨーロッパ諸国といわれていますが、ヨーロッパのコウノトリは、

生物学的に正しくはコウノトリの近縁種のシュバシコウという鳥で、姿や羽色、生態などはコウノトリとよく似ていますが、くちばしが赤いのが特徴です。

コウノトリやシュバシコウは、白鳥などと同じく、繁殖地から越冬地に渡っていく渡り鳥の仲間なんですが、環境が生息するのに適した地域では、

繁殖地で留まる「留鳥」となるために、地域によっては年中見かけることがあります。

それゆえ、人をあまり怖れずに、人里近くの池や川辺や水田などで餌をついばんで、松などの木の上に、オスとメスがいっしょに巣づくりをして、仲むつまじく

ヒナを育てる姿を見せるため、それが、赤ちゃんを運んでくるという伝説として広まったのでしょうか。

ところで、コウノトリが、我が国の特別天然記念物に指定されたのは、1956年(昭和31年)ですが、それから、わずか15年後の1971年(昭和46年)には、

我が国の野生のコウノトリ、つまり日本の自然の中で生まれ育ち繁殖するコウノトリは姿を消してしまいます。

農薬の影響などにより、餌となるドジョウなどが激減し、また営巣するための木が減少するなど、コウノトリにとっての生育環境が悪化したためです。

近年になって、環境意識の高まりとともに、人と自然の共生が再認識されて、最後の野生コウノトリの生息地であった兵庫県の豊岡市を中心に、コウノトリの

野生復帰の試みがなされています。

一方、人間様の方の状況はといえば、1971(昭和46年)から1974年(昭和49年)の間は、いわゆる団塊の世代の子どもたちの第二次ベビーブームでした。

コウノトリが姿を消したのは、きっと第二次ベビーブームの到来で赤ちゃんを運搬するのが忙しくなるのが嫌だったからだという、うわさもあったとか、

なかったとか、そりゃないでしょうね。(笑)

そして、マスターが初めてパパと呼ばれた1990年(平成2年)頃には、合計特殊出生率、つまり1人の女性が一生の間に産む子供の数が、子どもを産み控えて

出生率が落ちる丙午(ひのえうま)の年よりも、さらに少ない1.57に落ち込みました。(人口維持に必要な合計特殊出生率は、2.07と言われています)

さらに、2002年(平成14年)には、合計特殊出生率が1.29にまで落ち込みました。

この合計特殊出生率が、1.29のままに推移すれば、西暦3000年代には、統計数値上、日本の人口がゼロになり、日本人全滅という予測も出ました。

そこで、ニッポンジンも、ニッポニア・ニッポン=朱鷺(とき)やコウノトリと同じように、全滅危惧種や別天然記念物に指定して保護するかどうかで、

厚生労働省で検討したとか、しなかったとか、そりゃしないでしょうね。(笑)

そういえば、ヨーロッパには、人間の赤ちゃんはキャベツ畑で生まれるという伝説もあります。

つまるところ、キャベツ畑から、コウノトリが運んでくるということにつながる連作昔話のようです。(笑)

それでは、日本の場合は、代表的な昔話の桃太郎の桃のように、川が運んでくるのでしょうか。

「おまえは橋の下から拾ってきたのよ」と親や兄姉から言われたことがあるという経験を持つ人が多いということは、それはきっと、川が赤ちゃんを運んでくる、

という発想が根底にあるからなのかもしれません。

これは民俗学的に研究の余地がありますね。

余地はありますが価値があるか知りませんが。(笑)

ところで、星が空から落ちてきて、お母さんのお腹に入って、赤ちゃんになるというような話しになると、かなり、オトメチックな発想、メルヘンチックな物語、

考えがちですが、案外、女性には、そのような想いをもたれる方も多いのではないかとも思います。

もちろん、妊娠経験の無いマスターの想像に過ぎなくて想像妊娠の世界ですが。(笑)

男性としたら、女性の突き出てくるお腹を見ていても、あるいは動いたと言われてさすっても、まだそれは女性の身体の一部のような感じがするものです。

男性の方は、母子が身体的に分離される出産によって、初めて父子としての関係が生ずるというか、主張できるような気がします。

しかし、女性の方にすれば、十月十日もの間、すでに胎児との間で、母子としての関係が、厳然と存在しているのでしょうね。

そういう意味では、天空の星のいのちが、母のもとへ降り立ちて、不思議にも、いのちとして宿るというのが、母性としての実感なのかもしれません。

もちろん、母性というものは、女性に必ず備わっているというのは一般論に過ぎなくて、最近の愚かな母親たちは、母性のかけらも無いように、

自己中心的に走り、子どもを虐待したり、死に至らしめたりすることがあるようです。

そういえば、子授け、安産、子育ての仏教の守護神である鬼子母神も、はじめは、子の母でありながら、常に他人の子を捕えて食べてしまうために、

釈迦が、彼女が最も愛していた子を隠して、子を失う母親の苦しみを悟らせて、仏教に帰依させたと言います。

つまり、母が母たる源である母性というものは、もちろん女性の生理的、身体的な機能に基づく先天的な特性であるにしても、その母性を真に豊かなものに

形成させていくかどうかは、後天的に得るさまざまな知識や経験、環境によるところの影響に大きく依存するものといえるでしょう。

子を産めば、母となるのではなく、母になろうとしなければ母にはならないのです。

それは父性も同じことだと思います。

子を成して、父となるのではなく、父になろうとしなければ、父たりえないのです。

子育て、育児を通じて、親である自覚のもとで、親として自らを育てないといけないのです。

育児が育自ともいわれる所以です。

そして、親は無くとも子は育つ、という一方で、子は親の背中を見て育つとも言います。

背中に疲労と困憊の文字を浮かべていませんか。

背中に憤怒と悲嘆を漂わせていませんか。

背中が丸くなっていませんか。

背伸びはせずに、背筋は伸ばしましょう。

     しゃぼん玉 飛んだ
     屋根まで 飛んだ
     屋根まで 飛んで
     こわれて 消えた
     風 風 吹くな
     しゃぼん玉 飛ばそ

     しゃぼん玉 消えた
     飛ばずに 消えた
     生まれて すぐに
     こわれて 消えた
     風 風 吹くな
     しゃぼん玉 飛ばそ
      「しゃぼん玉」-野口雨情/作詞 中山晋平/作曲

この童謡歌は、作詞者の野口雨情が、生後まもなく亡くなった我が子への、鎮魂の気持ちを詠ったと言われています。

乳幼児死亡率が高かった時代、授かった子を病や事故で亡くすことも多かったのでしょう。

生活が豊かになり、医療技術の進歩や衛生的な環境も確保され、乳幼児死亡率が低くなりました。

それは良いことなんですが、その結果、多産多死から少産少死へと移っていきます。

そしていま、少産少死の行きつくところ、少子高齢化が大きな課題となっています。

長男が生まれたのは深夜未明でした。

次男が生まれたのも深夜未明でした。

よく覚えています。

なんでよく覚えているかというと、二人とも、出産費に深夜料金が加算されていたからです。(笑)

長男のときは、ガラス越しながら、しっかりと目と目とがあったのを覚えています。

他の子は、しわしわの猿みたいな顔に、しわか目か分からないくらいの目なのに、我が子だけは、人の顔をして、目をぱっちりと、可愛く開けていました。

最初の親ばかでした。(笑)

そして、まるで、マスターと会うのを待ちくたびれていたかのように、大きなあくびをしました。

次男のときは、その長男と駆けつけました。

やはりガラス越しでした。

眠っていましたが、時折動く、赤ちゃんの手足を、兄となった長男は、不思議そうに見つめていました。

そして、まぶしそうに、次男が薄く目を開けて、彼を見たとき、彼はうれしそうに微笑を返しました。

そんな時代もあったのですよ、マスターにも。(笑)








































































































































 

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山谷ブルース  

2025-06-24 04:30:08 | マスターおすすめ曲
岡林信康




吉幾三




日吉ミミ 



今日の仕事はつらかった
あとは焼酎をあおるだけ
どうせ どうせ山谷のドサずまい
ほかにやる事ありゃしねぇ

一人酒場で飲む酒に
かえらぬ昔がなつかしい
泣いて 泣いてみたってなんになる
今じゃ山谷がふるさとよ

工事終ればそれっきり
お払い箱のおれ達さ
いいさ いいさ山谷の立ちん坊
世間うらんで何になる

人は山谷を悪く言う
だけどおれ達いなくなりゃ
ビルも ビルも道路も出来ゃしねえ
誰も分かっちゃくれねぇか

だけどおれ達ゃ泣かないぜ
はたらくおれ達の世の中が
きっと きっと来るさそのうちに
その日にゃ泣こうぜ うれし泣き





広末涼子さん 「双極性感情障害」などと診断 芸能活動を休止

俳優の広末涼子さんが「双極性感情障害」などと診断され、当面、すべての芸能活動を休止することを個人事務所の公式サイトで明らかにしました。(NHK)


マスターは不倫を肯定はしませんが、否定もしません。

不倫は、本当に愛する伴侶を持っていないからだと思うからです。

しかし、リスクは大きい。

ちなみに、広末涼子さんはマスターの後輩、学部・学科も一緒です。

早稲田の中で、最も簡単に入れた学部・学科でした。(笑)

ところで、この曲「山谷ブルース」、1968年9月25日、日本ビクターよりリリースされた、岡林信康のデビュー曲です。 

ところで、山谷(さんや)は、東京都台東区の北東部清川・日本堤・東浅草一帯の通称です。

行政地名としては1966年(昭和41年)の住居表示実施に伴い消滅しましたが、日雇い労働者向けの簡易宿泊所が集まる、荒川区にまたがるドヤ街の呼び名として

使われ続けています。

簡易宿泊所「ドヤ」は東京オリンピックの建設需要に沸いた1960年代前半は、220軒以上を数え、約1万5千人の労働者でにぎわいましたが、現在は約120軒に減少。

東京都福祉保健局の2021年の調査によると、約3千人が暮らし、うち9割が生活保護を受給しているとか。


















































































































































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人恋しくて

2025-06-23 06:56:21 | マスターおすすめ曲
田山稚充


暮れそうで暮れない 黄昏どきは
暮れそうで暮れない 黄昏どきは

ふと目についた 小石を蹴ったり
自分の影に じゃれついてみたり
なんとなく落ちつかない 一人ぼっち
恋の相手は いるにはいるけど
喧嘩別れ したばかり
暮れそうで暮れない 黄昏どきは
暮れそうで暮れない 黄昏どきは
心が脆く なるものですね

古い手紙は 燃やすには惜しい
読み返すには なんとなくつらい
そわそわと落ちつかない 一人ぼっち
何をしてるか 気がかりなくせに
何もせずに ぼんやりと
暮れそうで暮れない 黄昏どきは
暮れそうで暮れない 黄昏どきは
煙草の煙 見つめて過ごす

風は昼間は 暖かいけれど
夜はまだまだ 膚寒くなって
なんとなく人恋しい 一人ぼっち
窓の下行く 恋人同志は
肩を寄せて 楽しそう
暮れそうで暮れない 黄昏どきは
暮れそうで暮れない 黄昏どきは
街の灯りを 数えましょうか




この曲「人恋しくて」は、南沙織通算16枚目のシングルで、1975年8月1日CBS・ソニーから発売されました。

カヴァー・ソングを除いたシングル曲では、初めて「有馬三恵子・筒美京平コンビ」を離れてリリースされた作品でもあります。

作詞は、1960年代に西野バレエ団で活躍した江美早苗として知られた中里綴、作曲は、翌1976年2月26日に発売されたソロデビューシングル「春うらら」を

ヒットさせた田山雅充です。














































































































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海を見ていた午後

2025-06-20 03:46:36 | マスターおすすめ曲
荒井由実



あなたを思い出す この店に来るたび
坂を上って きょうもひとり来てしまった
山手のドルフィンは 静かなレストラン
晴れた午後には 遠く三浦岬も見える
ソーダ水の中を 貨物船がとおる
小さなアワも恋のように消えていった

あのとき目の前で 思い切り泣けたら
今頃二人 ここで海を見ていたはず
窓にほほをよせて カモメを追いかける
そんなあなたが 今も見える テーブルごしに

紙ナプキンには インクがにじむから
忘れないでって やっと書いた遠いあの日




開店から数年後。ある女子高生が友人に連れられこの店を訪れた。

やがてこの少女は八王子から電車に乗って一人で訪れるようになり、ランチタイムから夕暮れまでこの店で過ごした。

店内に飾られた山川による冒険活劇のペン画も、美術大学を目指していた彼女の感性を刺激したようである。

この少女こそ、のちにシンガーソングライターとして一時代を築く荒井由実である。(Wikipedia)

横浜・山手(実際の住所は根岸旭台、最寄り駅は根岸)にあるレストラン「ドルフィン」。

このレストラン、多くのユーミンファンが訪れていて、歌詞に書かれているような静かなお店かどうかは疑問ですが。(笑)























































































































































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今日は雨

2025-06-18 00:40:01 | マスターおすすめ曲
南こうせつ



国道沿いの 二階の部屋では
目覚めるとき に 天気がわかる
今日は雨 アスファルトに流れる雨を
大きな車が 轢いて走る
一人の ベットで 眠り目覚めた
僕のさびしさも 轢いて走る 今日は雨
昨日ほどお前のことを 憎んだ夜はない

昨日のコーヒー 乾いた部屋では
消えゆく星の つらさがわかる
今日は雨 窓ガラスを流れる雨が
心の中まで つたって落ちる
一人の ベットで 眠り目覚めた
寒い胸の中 つたって落ちる 今日は雨
こんな日は眠ろう 眠りたいだけ
 こんな日は眠ろう 眠りたいだけ





「収束しないのは知事のかたくなな態度が原因」ひょうご県民連合、斎藤知事に辞職申し入れ

斎藤元彦兵庫県知事の疑惑告発文書問題を巡り、立憲民主党議員らでつくる兵庫県議会の第4会派「ひょうご県民連合」は12日、6月定例会の閉会後に斎藤知事に辞職を求める申し入れ書を手渡した。斎藤知事は「申し入れを重く受け止める。県政を前に進めることが私の責任の果たし方。引き続き頑張っていきたい」と答えた。(産経新聞)

斎藤知事・・・

「今日は雨」から、「今日も雨」、そして「毎日雨」。

そして、「洪水」に。(笑)









































































































































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ひとりじめ

2025-06-17 04:50:26 | マスターおすすめ曲
石川ひとみ 



もっと見つめて あなたの瞳で
もっと愛して 私だけの心

薄紅のア・ネ・モ・ネは
窓辺に咲いたけど
あの人と私は 春がまだ浅い

陽を浴びている場所が
そこにある時は
どこかしら陰になる場所が
あるのでしょう

初めて口づけは何時だったかしら?
ふたりはあの頃と
変わってないかしら?

そばで話して あなたの出来事
そばで笑って 私だけのために

云わなくてわかるけど
確かめたいのよ
揺れ動く心には 言葉が必要

友達が集まると
黙ってしまうのね
この人が恋人と
紹介して欲しい

ふたりなら生きて行く事はできても
あなたのぬくもりが
まだまだ足りない

そばで見つめて あなたの瞳で
そばで愛して 私だけの心

もっと見つめて あなたの瞳で
もっと愛して 私だけの心

そばで話して あなたの出来事
そばで笑って 私だけのために・・・



私だけのあなたでいてほしい・・・

ひとりじめ(独占欲)の心理は、気になる人の全てを知り尽くしたくなり、自分の思い通りに相手を束縛したい、そういった気持ちです。

しかし思いが強すぎてしまうと、抑えられない独占欲の心理が相手だけではなく自分をも苦しめてしまうことになります。

気持ちを繋ぎ留めておきたい思いは、人間関係を大切にしたい気持ちの表れですが、感情を押し付けてばかりでは相手の気持ちが見えないもの。

もしかしたら、「ひとりじめ心理」は「こころの貧乏」なのかも知れません。

 でも、それが人の本音。









































































































































































































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