雨の降る日曜日

2018-07-31 13:55:00 | マスターお薦め曲
雨の降る日曜日


雨の降る日曜日 何もすることがなくて
何気なくあなたの
名前を呼んでみたりするの
二人でくちずさんだうたが
聞こえてきたような気がして
思わず涙ぐむ
雨の降る日曜日 何もすることがなくて
何気なくあなたに
手紙を書いてみたりするの・・・



大人になると、・・・と言うより、人は、ある年齢になると背丈の伸びはとまります。

腰まわりは別として。(笑)

でも、人生の本番はそこから。

経済も、ある意味人の背丈といっしょ、伸びがとまっても死にはしません。

丁度良いサイズ、それが一番。

無理をすると、伸びるのは腰まわりだけになってしまいます。(笑)


谷村新司のショー・タイム ゲスト/The Ventures/ザ・ベンチャーズ

2018-07-31 06:09:07 | ライブ&BGM
NHK BSプレミアム 【谷村新司のショー・タイム】 ゲスト/The Ventures/ザ・ベンチャーズ



ベンチャーズ (The Ventures)はアメリカのインストゥルメンタルのバンド。

1959年結成。アメリカではサーフ・ギター・サウンドの元祖とされ、また日本に於いてはビートルズと並び、後の日本のポップス、ロック界に多大なる影響を与えたバンドとされています。

2008年にはロックの殿堂入りを果たしています。

ベンチャーズが日本で人気が出たのは2回目の来日(1965年1月、アストロノウツなどとのパッケージツアー)で、ドン、ボブ、ノーキー、メルの4人で行った日本公演からでした。

彼らは専用ギターである、モズライトのギターを真空管アンプにプラグ・インする事によって生み出されるラウドかつ強烈なサウンドで、たちまち日本の若者たちをとりこにし、日本に於いて一大エレキ・ブームを巻き起こしたのです。

THE VENTURES - Live in Japan 1990

2018-07-31 01:41:45 | エレキ(guitar/violin )
THE VENTURES - Live in Japan 1990 [1/5]


1. Opening
2. Medley: Walk Dont Run / Perfidia / Lullaby of the Leaves
3. Apache
4. Manchurian Beat


THE VENTURES - Live in Japan 1990 [2/5]


5. Hokkaido Skies
6. Miss Brand New Day
7. Diamond Head
8. Wipe Out


THE VENTURES - Live in Japan 1990 [3/5]


9. House of the Rising Sun
10. Paint it Black
11. Ellie My Love
12. Seaside Story


THE VENTURES - Live in Japan 1990 [4/5]


13. Slaughter on 10th Avenue
14. Pipeline
15. Stars on Guitars (Medley)


THE VENTURES - Live in Japan 1990 [5/5]


16. Caravan

The Ventures - Kyoto Doll (Medley) ベンチャーズ 京都の恋

2018-07-31 01:02:01 | エレキ(guitar/violin )
The Ventures - Kyoto Doll (Medley) ベンチャーズ 京都の恋 【720P】


The Ventures Live on September 1997 in Tokyo.

・Kyoto Doll (京都の恋)
・Walk Don't Run (急がば廻れ)
・Perfidia (パーフィディア)
・BlueMoon (ブルー・ムーン)
・DiamondHead (ダイアモンド・ヘッド)
・PipeLine(パイプライン)

・Bob bogle : Bass guitar & Lead Guitar
・Don Wilson : rhythm Guitar
・Gerry McGree : lead guitar
・ Leon Taylor : Drums

風の盆恋歌

2018-07-30 14:54:33 | マスターお薦め曲
田川寿美 風の盆恋歌


蚊帳の中から 花を見る
咲いてはかない 酔芙容
若い日の 美しい
私を抱いて ほしかった
しのび逢う恋 風の盆

私あなたの 腕の中
跳ねてはじけて 鮎になる
この命 ほしいなら
いつでも死んで みせますわ
夜に泣いてる 三味の音

生きて添えない 二人なら
旅に出ましょう 幻の
遅すぎた 恋だから
命をかけて くつがえす
おわら恋唄 道連れに



編み笠を目深にかぶった一団が、ゆっくりと踊りながら近づいてくる。

しなやかにひざが折れ、すーっと伸びた手が宙を漂う。

街筋に響く哀調を帯びた越中おわら節。

三味線と胡弓(こきゅう)がもの悲しい旋律を紡ぎ出します。

「おわら風の盆」、・・・富山県の八尾(やつお)地域に江戸時代から伝わる伝統的な夏祭り・盆踊りで、9月1日から3日間、八尾周辺はお祭りムード一色となります。

とは言っても、明るいお囃子に賑やかな人々の声がつきものの一般的な夏祭りと違い、毎年往来を埋め尽くすほどの観光客が訪れるにもかかわらず、踊りの間に聞こえるのは地方(じかた)と呼ばれる演奏と唄、そして踊り手の衣擦れのみ。

どこかもの悲しく、そして美しく、夏の終わりを惜しむような風情で満たされています。

昭和30年代ぐらいまでは、ほとんど近隣の人たちしか知らないローカルな祭りで、見物人も大して多くなかったらしく、深夜家の中にいると、闇の中から胡弓・三味線・太鼓の音が次第に近づいてきて、人びとの踊る足音とともに家の前を通り過ぎ、次第に遠ざかってゆくという、幽艶な情趣に満ちた行事だったといいます。

「おわら風の盆」が全国に知られるようになった最大のきっかけは、高橋治の小説『風の盆恋歌』(昭和60年〈1985年〉刊)。

若い頃、たがいに心を通わせながら結ばれることなく別れた男女が、20数年を経て再会し、愛をはぐくむという物語。それぞれに家庭をもつ2人は、毎年「風の盆」の3日間だけ、密かに八尾で過ごします。
 
不倫には違いありませんが、それだけでは片づけられない哀切な恋愛小説です。

小説はベストセラーになり、テレビドラマ・演劇化され、さらに平成元年(1989)に石川さゆりの同タイトルの歌が発表されると、「風の盆」は一躍ブームとなります。
 
八尾は人口2万人ほどの町でしたが、おわら風の盆が行われてきた地域は住民数千人ほど。

そこに3日間で30万人前後の観光客が訪れるようになりました。
 
祭りは盛り上がり、観光業者は潤うようになりましたが、かつての素朴で静寂な雰囲気は失われてしまったと嘆く人もいるようですが。











Evening Twist

2018-07-30 09:16:39 | エレキ(guitar/violin )
The Quiets - Evening Twist


http://blog-imgs-93.fc2.com/t/o/s/toshiichi/20160911070613208.mp3


とぎれとぎれの話はやめてよ
あんたの心にしがみついた
ままの終わりじゃしょうがない
あたいは恋花 散れば いいのよ
あたいはあんたに夢中だっ た
心からあんたに惚れていた
燃えつきてしまった恋花は静かに
別れ唄歌うの疲れたまんまで
二人で心合わせたけれど
大きな夢を咲かせすぎた
燃えて散るのが花 夢で咲くのが恋
燃えて散るのが花 夢で咲くのが恋
ひとり咲き


チャゲ&飛鳥の「ひとり咲き」・・・です。

思い出となってしまった話は、もはや会話も弾みようもなく、あとは、どちらがさきに、いつ腰をあげるかどうかのタイミングを図っているだけのことになります。

ところで、「好き」と「惚れる」という言葉は、同義語のような使い方をし、またそのような感じがしますが、また、微妙に違うように思います。

「好き」という言葉には、「嫌い」という反対語があり、また、「惚れる」という言葉には、「惚れて振られる」という用法はありますが、「惚れる」という言葉には、明らかな反対語はありません。

「好き」ということは、感情というよりは、知識・意識から派生していくものであり、一方、「惚れる」ということは、情そのものだからでしょうか。

この情というものは、なかなか厄介なしろものであり、かの文豪夏目漱石にして、「草枕」の有名な冒頭に、

「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。」

として、情に流される人間を描いています。

さて、恋の花、・・・他の誰がなんといおうと、恋人たちの心の中では、大輪の華麗な花を咲かせています。

しかし、大きければ大きいほど、鮮やかであれば鮮やかであるほどに、その姿形を維持していくには、膨大なエネルギーを必要とします。

エネルギーは不滅ながらも、時間という、また厄介な存在の影響を受けると、それこそ、他方にエネルギーは分散流失してしまい、花はもろくも色あせ、枯れてしまうものです。

夢の中でこそ咲かせ続けることができます。

もっとも、夢の中でもドライフラワーになっている場合もありますが。(笑)

Twist 2曲

2018-07-30 08:01:40 | エレキ(guitar/violin )
The Webasto - Mustanmeren Twist



Badding Rockers - Satumaa Twist



Mama,Do you remember・・・

森村誠一の長編推理小説『人間の証明』(にんげんのしょうめい)のテーマです。

新しく出された単行本、「国会の証明」では

「母さん、ぼくのあの膿どうしたんでしょうね、ほら、出し切る、出し切ると言っていたあの膿ですよ」がテーマ。


思い出したくもないですが、1月22日から開幕され、今月22日閉幕となった通常国会劇。

改ざん・隠蔽・虚偽、・・・そしてダメ押しに「生産性」発言。

大阪人ではありませんが、そもそも権力者に期待すること自体、無意味なことかも。(笑)

それより、猛暑対策?

Twistで、ぶっ飛ばしましょうか。

夢からさめたら/村下孝蔵 

2018-07-30 03:09:43 | 村下孝蔵


http://blog-imgs-82.fc2.com/t/o/s/toshiichi/20151022053551ea9.mp3

夢からさめたら目の前に
君が立っていた 愛ぶらさげて
どんな時でも陰から見てくれてた

ぬくもりがあふれた あの場所へ
帰れるものならば帰る
二人 自転車に乗り走ったね
しがみついて笑った君のもとへ

寂しくなったらそばにきて
もたれあうようにささえあった
さむい時には肌あわせ あたためあった

ちっぽけなしあわせにこだわって
道に迷ってばかりいた
やっと集めた光さえも
指の間もれた

二人 自転車に乗り走ったね
しがみついて笑った君よ




人間って、本来は寂しくて悲しい存在、それを必死に乗り越えようと夢を持つ、・・・・・その夢が覚めても、人間同士、身を寄せ合って励まし合い、また次の夢に向かって前に進む、その繰り返し・・・。




あの日に帰りたい - 小野リサ

2018-07-29 15:33:06 | マスターお薦め曲
あの日に帰りたい - 小野リサ



1 泣きながらちぎった写真を
  手のひらにつなげてみるの
  悩みなき昨日(きのう)のほほえみ
  わけもなくにくらしいのよ
  青春の後ろ姿を
  人はみな忘れてしまう
  あの頃のわたしに戻って
  あなたに会いたい

2 暮れかかる都会の空を
  想い出はさすらってゆくの
  光る風 草の波間を
  かけぬけるわたしが見える
  青春の後ろ姿を
  人はみな忘れてしまう
  あの頃のわたしに戻って
  あなたに会いたい

  今愛を捨ててしまえば
  傷つける人もないけど
  少しだけにじんだアドレス
  扉にはさんで帰るわ あの日に



具体的年齢は別として、人はある程度の年齢に達したとき、青春時代を追想するなかで、「あの日に帰りたい」と思わない人はまずいないでしょう。

しかし、仮にタイムトラベルが実現してそれが可能になったとしても、マスターは「青春時代」に限定して帰りたいとは思いません。

記憶には純化作用があり、不愉快な事柄は意識的・無意識的に消し去ろうとする傾向があります。

輝ける青春だと思っていたものが、実際には後悔・恥辱・劣等感・怒り・不安などに満ちた苦渋の時代だったというのがおおかたの例ではないでしょうか。

もし帰れたら、あの人を失う原因になった愚行を修正しよう、あたらふいにした成功を取り戻そう、もっと勉強しよう、などと人は考えます。

しかし、そのこと自体は修正できても、そこから分岐して始まる新たな人生では、また同じような愚行や失敗を繰り返すことになるのが「青春時代」。

このブログのサブタイトルは「~show我が青春、涙からもらった元気~」。

でも、この青春は「戦後の昭和」そのもの、俗に言われている「青春時代」とは意味合いがそもそも違います。(笑)

ところで平成という年号、「地平かにして天成る」「内(うち)平かにして外成る」が由来だそうですが、実際は・・・






おばこマドロス

2018-07-29 09:13:17 | 懐かしのメロディー
藤圭子♥おばこマドロス



赤いジャケツに 潮風うけて
さらば港よ かもめよアバヨ
胸をそらして またくるときにゃ
おばこ船長でヨー 逢いにくる

金のモールの 帽子を振って
若い仲間よ 元気でアバヨ
海のみやげを 待ってておくれ
おばこマドロスヨー 年の頃

縞のマフラーを 横っちょに結び
歌も追分 さよならアバヨ
月のデッキで ふるさと偲び
おばこマドロスヨー 波まかせ



原曲は、野村雪子さんが1954年(昭和29年)11月に発表した「おばこマドロス」(吉川静夫作詞、吉田正作曲)。





結詞   井上陽水

2018-07-29 03:17:14 | 井上陽水
結詞 井上陽水


http://blog-imgs-93.fc2.com/t/o/s/toshiichi/201606100451114ab.mp3

浅き夢 淡き恋
遠き道 青き空

今日をかけめぐるも
立ち止るも
青き青き空の下の出来事

迷い雲 白き夏
ひとり旅 永き冬

春を想い出すも
忘れるも
遠き遠き道の途中での事

浅き夢 淡き恋
遠き道 青き空




「時の記念日」、・・・1920年に東京天文台(現在の国立天文台)と文部省の外郭団体である財団法人の生活改善同盟会によって制定されました。

生活改善同盟会が、1920年(大正9年)5月16日から7月4日まで東京教育博物館で「時の展覧会」を開催し、期間中の6月10日を時の記念日として設定し、行事・宣伝を行ったのが始まりだとか。

「時は金なり」という格言があります。

「時間はお金と同じくらい大切なものだ」という意味でしょうか。

お金は置いておいても減りはしませんが、時間は、何もしなくても少しずつ無くなっていく・・・

たしかに、そうかもしれません。

でも、あまりに時間を節約してもどこか虚しい。

静かで安らかな時間、・・・・・いま、考えていいのかも。








天地真理  思い出の足音

2018-07-28 16:46:45 | マスターお薦め曲
天地真理 ☆ 思い出の足音



小鳥も来ない朝 ひとりぼっちの朝
私は 木漏れ日の庭先に出て
パステルカラーの アルバムひらいて
思い出の足音を 聴いてます
今日という日があるのに
どうして人は思い出の中へ 
帰って行くのでしょう
話して 誰か話して
ひとりぼっちの私に
話して 誰か話して
ひとりぼっちの私に
話して

夜明けを待ってる夜 ひとりぼっちの夜
私は 屋根裏の小さな部屋で
初雪色の ギターを抱いて
明日へのメロディーを 歌います
何度さよならを言っても
どうして人は新しい夢を 
探し続けるのでしょう
歌って誰か 歌って
ひとりぼっちの私と
歌って誰か 歌って
ひとりぼっちの私と
歌って



作詞:小谷夏  作曲:菅原進
編曲:青木望


この曲の作詞をされた小谷夏さんは、皆さまご存知のように、有名な演出家である久世光彦(くぜてるひこ)さんのペンネーム、また、作曲をされた菅原進さんは、ビリーバンバン(菅原兄弟)の弟さんです。

この曲って、少し寂しい雰囲気の漂う曲ですが、真理さんの低音から高音まで対応できる声が上手く対応できている、というのがマスターの印象。

天地真理 ある日私も

2018-07-28 12:59:24 | マスターお薦め曲
天地真理 ☆ ある日私も



いつも見る 青空なのに
なぜか違うの どこか違うの
恋のはじまりを感じる 今
四つ葉のクローバ さがす野原で
太陽のように あなたがまぶしいの私
きっと恋をすると すべてかがやくのね
ある日突然に 私も 私も

きのうきた 砂浜なのに
なぜか違うの どこか違うの
恋の歓びにときめく 今
けんかの真似をして 春の渚を
裸足のままで あなたを追いかける私
きっと恋をすると 甘えたくなるのね
ある日突然に 私も 私も

四つ葉のクローバ さがす野原で
太陽のように あなたがまぶしいの私
きっと恋をすると すべてかがやくのね
ある日突然に 私も 私も



1972年6月1日発売されたアルバム「ちいさな恋/ひとりじゃないの」に収録されている曲です。

作詞:わだじゅんこ/作曲:浜口庫之助

天地真理 愛の渚

2018-07-28 10:18:12 | マスターお薦め曲
天地真理 ☆ 愛の渚


愛の砂浜をそめる赤い夕陽

ふたりで見つめる 日暮れの空よ

あなたは海の男と呼ばれ

潮に灼けたひろいその胸で

私はいつまでも

愛されたいわ



愛の砂浜をはだしの夏がゆく

ふたりで歩こう 足をぬらして

あなたは船の男と呼ばれ

頬よせれば波の音がする

私はいつまでも

愛されたいわ



あなたは海の男と呼ばれ

潮に灼けたひろいその胸で

私はいつまでも

愛されたいわ



1976年7月21日、天地真理さんの18枚目のシングル「愛の渚」。

作曲が加山雄三さんということもあり話題になりました。

また幸せだわ私 ずっと あなたのそばにいてもいい?

というセリフにも男性の方はメロメロになられたのではないでしょうか。

この頃の真理ちゃんは更に元気パワーが溢れていましたね。

僕の胸でおやすみ

2018-07-28 08:15:09 | 南こうせつ
夏川りみ×南こうせつ 僕の胸でおやすみ


http://blog-imgs-76.fc2.com/t/o/s/toshiichi/20150422122044c5c.mp3

君の笑顔の むこうにある悲しみは
僕のとどかないところに
あるものなのか
ふたりで歩いてきた道なのに
なんて淋しい
古いコートは捨てて
僕の胸でおやすみ

春はおとずれ そして去っていく
変わってしまう悲しみは
僕も知っている
この船であてのない
ふたりならば
古いコートは捨てて
僕の胸でおやすみ

ふたりで歩いてきた道なのに
なんて淋しい
古いコートは捨てて
僕の胸でおやすみ
僕の胸でおやすみ




good fortune and happiness will come to the home of those who smile

ご存知でしょうか、「笑う門には福来る」ということわざです。

決して、民を見下げてニヤニヤしている大臣や宰相のことではありません。
いつもにこにこしていて、笑いが満ちている人の家には自然に福運がめぐって来る、という意味です。(笑)

「笑う門には福来る」・・・

確かに、いつも明るく笑顔を絶やさずに、人を和やかにさせる人には、自然と幸福が訪れるというのは、なんとなく実感があって納得できることわざです。

福をもたらすのが、人智の及ぶところではなく、神様、仏様の領分であったとしても、やはり、笑顔の魅力には、誰もかなわないのかもしれません。(笑)

反対に、人ならば、とくに親しい関係にある人以外では、誰もが、暗い顔をした人や、泣き顔の人や、怒りの顔をした人、憂うつそうな顔の人には、寄り添うどころか、声をかけるのもためらってしまいます。

笑顔になれない人々に接する機会の多い医療や福祉、宗教に携わる人々でも、やはり、相手の笑顔を得んがために、頑張っているんだといいます。

でも、笑顔といっても、乳幼児、つまり赤ちゃんの笑顔のように、なんの屈託も計算もない、天使のような笑顔、ほんとに心からの笑顔を、一生涯に持ち続けられる人って、ほとんどいないでしょう。

誰もが、顔で笑って、こころで泣いていた、という、道化師の笑顔のような気持ちで、笑顔を作った経験があるのではないかと思います。

そうです、見栄や意地で虚勢を張らずとも、残念ながら、笑顔のむこうにある悲しみというのは、その人の個々の孤独のなかにあるものだからなのです。

どんなに最愛の人であっても、容易に手の届かないところにあるものなのです。

つまりは人は、神でも仏でもないのですから、ほんとに、こんな場合には、どう手を尽くしても、救いにはならないかもしれません。

しかし、その悲しみがあるということを認めて、わかってあげることだけでもできれば、たとえ手を差し伸べることができなくても、ただ黙って胸をかしてあげるだけでも、その人がその人の悲しみを乗り越える力を与えることができるはずです。

見守ること、それもやさしさのひとつです。

春はいつまでも春ではなく、春は去っていき、やがて夏になり、またその夏も去っていき、そして秋になり、冬になり、春になりと、めぐる季節は、文字通り、とどまらず、めぐっていくものです。

かけがえのないものを失ったという喪失の悲しみは、やがて、かけがえのないものを、もはや得ることができないのだという諦念の悲しみに変わっていきます。

出会いがあれば別れがある、得るものがあれば失うものもある、それが理屈ではなく実感として感じ取ることができる人生経験を積んだとしても、やはり悲しみは、いつも痛々しいほどの悲しみです。

でも、そんな悲しみを感じ取れる感性を持ち続けることができるからこそ、人は、他の悲しむ人に対して、いつくしみ、やさしくなれるのです。

神でも仏でもないけれど、人として慈悲の心を育み大切にできたとしたら、それは、その人にとって、人として生まれた最大の喜びになるのかもしれません。

ところで、定年退職後に世界一周の豪華客船クルーズを計画している人たちが大勢いて、セット旅行を企画する旅行会社が盛況であるとのことです。

確かに、船旅は、時間はかかるけれど、ゆったりとして、まさにゆとりを感じる旅になるのかもしれません。

かって、豪華客船ではありませんが、青森からの帰省の帰りに、北海道に寄ってから、フェリーを使って帰阪したことがありました。

確か、当時は丸一日以上かかったと思います。

ところで、船の速度は、時速何キロではなく、ノット(knot)という単位で速さを現します。

ノットというのは、むかし船の速度測定に、等間隔に結んだ紐を水中に投下していき、一定時間の砂時計が落ちるまでに流した紐の結び目(knot)を数えたことに由来するらしいです。

1ノットは、一時間に一海里進む速さと定義されますが、一般的に、一海里は、1,852メートルですから、1ノットというのは、1.852キロメートル毎時、つまり、時速1.8kmとなります。

中途半端な距離やなあと思ったら、地球の緯度1分の長さに等しくさせるためらしく、目標物の少ない大海原の地図上では、経度と緯度で位置を確認するために、いまも有用とのこです。

さて、太平洋戦争のときの戦艦大和の最大速力は27ノットといわれ、時速にして51kmです。

原動機付自転車に負けそうですね。(笑)

乗ったフェリーも、高速フェリーという名前がついていましたが、30ノット程度だったと思います。

最初は良かったです。
デッキで潮風に吹かれながら、遠ざかる港や山並み、近づく島影を眺めて、旅情気分を満喫できました。

しかし、夜になると、真っ暗闇の海。
期待していた漁火など、考えれば、日本海の真ん中からでは見えるはずもありません。

もちろん、天空は見たことのないほどの満天の星。
むかし、船乗りたちが、星座を頼りにして航海していたことが実感できました。

確かに、星座を頼らなければ、船が北か南か、どちらに向かっているのか、それこそ、あてのない船旅をしなければなりません。

もっとも、いまは人工衛星を利用して自分が地球上のどこにいるのかを正確に割り出すGPSシステムが、自動車のナビゲータや携帯電話にまで装備されるようになりましたから、きっと船さんも、いまは星座を見ていないのでしょうね。 (笑)

ともかく、長距離フェリーの旅、途中下車もできず、期待に反して、後半は、食っては寝るというような感じの旅でした。(笑)

しかし、ひねもすのたりのたりとした、穏やかな春の海を船でいくような旅は、分刻み秒刻みの時刻表のような毎日に追われる身に、自分探しの時間として、たまにはいいのかもしれませんね。


南こうせつさん、伊勢正三さん、山田パンダさんの伝説のフォークバンド、かぐや姫。

かぐや姫は、たまに再結成してくれていますし、かっての「神田川」で「商品名クレパス」のために、紅白出場がかなわなかった因縁のあるNHKとも、すっかり、仲直りしたのかよく登場してますね。(笑)

この曲は、かぐや姫の3rdアルバムで、分かりやすいタイトル「さあど」に収録されています。(笑)

このアルバムの中に名曲「神田川」が収録されていますが、最初にシングルカットされたのは、この「僕の胸でおやすみ」で、そのあとに、「神田川」がブレイクして、シングルカットされたいきさつがあります。

山田パンダさんは、人気としては、こうせつさんや正やんに負けますが、「黄色い船」や「眼をとじて」「あの日のこと」、そして、吉田拓郎さん作曲の「落陽」のヒット曲を持つなど、しっかりとした存在感があります。

ちなみに、山田パンダさん、拓郎さんと同じ年なのに、師匠格の拓郎さんに遠慮して、長い間、ひとつ年下とサバを読んでいたらしいです。(笑)