goo blog サービス終了のお知らせ 

夢の中へ

2023-07-31 22:07:10 | 井上陽水
井上陽水


島倉千代子


 斎藤由貴



探しものは何ですか?
見つけにくいものですか?
カバンの中も つくえの中も
探したけれど見つからないのに

まだまだ探す気ですか?
それより僕と踊りませんか?
夢の中へ 夢の中へ
行ってみたいと思いませんか?

休む事も許されず
笑う事は止められて
はいつくばって はいつくばって
いったい何を探しているのか

探すのをやめた時
見つかる事もよくある話で
踊りましょう 夢の中へ
行ってみたいと思いませんか?

探しものは何ですか?
まだまだ探す気ですか?
夢の中へ 夢の中へ
行ってみたいと思いませんか?

 


湯水のように国債を発行しながら予算の使い方はいい加減、都合が悪いと国会を開かず、開けば「検討、検討」の連発で逃げまくる。

マスメディアも政府の顔色を伺いながら自主規制。

いったい、我が国の探しものはなん何なのでしょう。(笑)

そして、それは、見つけにくいものですか?、まだまだ探す気ですか?  ウウフ・:・ サーアー。

「ふざけんのも、ええかげんにせぇい、責任者出て来~い!。」

「出て来たら、どないすんの、この、どろ亀!。」

「そら謝ったらええねん!・・・ごめんちゃい。((^^)) 。」

・・・と、かって、大阪のぼやき漫才の故・人生幸朗&生恵幸子師匠だったら、ほんとうに、ぼやき漫才のネタに使うかもしれません。

もっとも、まぁ、こんなことことを知ってる人は、上方漫才の通か人間の骨董品でおまんなぁ。(笑)

探しものは何ですか 見つけにくいものですか?

人が一生懸命、探しものしているところを見たときに、思わず、このフレーズでつっこみたくなりませんか。

まだまだ探す気ですか?
それより僕と踊りませんか?


そんな、あほなこと言うてへんで、あんたも探してよ。

見つけたら、あとでなんぼでも踊ったるさかい。

・・・と、まあ、関西では、このように受け流すのが正統です。(笑)

探すのをやめたとき時
見つかること事も よくある話で
踊りましょう 夢の中へ
行ってみたいと思いませんか


これは誰にでも似たような体験がありますよね。

正確には、探すのをあきらめて、だいぶ経ったあとで用が無くなったときに、見つかるものなんですが。(笑)
 
探しものはなん何ですか まだまだ探す気ですか?
 
いったい、なにを探しているんでしょう。

インターネットなら、検索で探せますが。(笑)

それにしても、ほんと、なにを探しているんでしょう。

ここまでして、探そうとしているものと言えば・・・。

あっ、そこの君たち、孤独なインータネットの放浪者たち、いったい何を探しているの?。

えっ、なに? 愛?

探しているのは、愛なんですか・・・。

う~ん、確かに、世の中、愛を探している人は多いですね。

得がたき愛、失われし愛・・・。

でも、探しているのが愛ならば、探すだけ無駄というものです。

愛は、決して、探せるものではないのです。

もちろんカバンの中や机の中に、あるはずもない。

なぜなら愛は、人の心の中で芽生え、そして、つねに育てていかなければ枯れてしまうものですから。

夢の中へ夢の中へ
行ってみたいと 思いませんか?
ウウフ… ウウフ…
ウウフ… サーアー


陽水シリーズのコピーで迫るならば、「人生が二度あれば 」、「傘がない」、「紙飛行機」、 「白い一日」などを、しんみりと歌ったあとに、

エンディングとして「夢の中へ」を歌うのが、高度なステージテクニックです。(笑)

しかし、順番待ちで、一曲しか許されないときは、やはりイントロからサビ、そしてエンディングで盛り上がる「心もよう」あたりがいいでしょう。

一曲でリーズナブル。(笑)

もっとも、コピーして受けるかは、「サーアー?」ですが。(笑)

Ah ウウフ… 夢の中へ
ウウフ… 夢の中へ
ウウフ… サーアー

7月も今日が最後、エンディングは「夢の中へ」












































































































































 

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

古城の月

2023-07-29 03:00:45 | 小椋佳
小椋佳





ひとり 古城にたたずめば
時の流れの音がする
むかし詩を読む人がいて
哀れといった月の影
酒くみかわせ 若者よ
琴つまびけよ 乙女ごよ
古城は風と月ばかり

夢は砕けて夢と知り
愛は破れて愛と知り
時は流れて時と知り
友は別れて友と知る

花に見とれる日もあれば
松のそよぎに泣く時も
思いたどれば幾年の
姿が胸によみがえる
文読みかえせ 若者よ
恋抱きしめよ 乙女ごよ
古城は風と月ばかり

 古城は風と月ばかり




「貧しい人」とは、限りない欲を持ち、いくらあっても満足しない人のことだ」

これは、南米ウルグアイの前大統領ホセ・ムヒカ氏の言葉だそうです。

「清貧の思想」を地でいく彼の農園暮らしは、一切を捨てきったあとの心の充実を説く、・・・そう、西行,兼好,芭蕉 など,いわば世捨て人の風雅の暮しに

通じるものかも。

正反対を地でいってたのが、「
ビッグモーター兼重前社長親子」


限りなく金銭への欲を持ち、その維持のためには何でもやる。

夢は砕けて夢と知り

愛は破れて愛と知り

時は流れて時と知り

友は別れて友と知る

 
風雅の暮しを知らない哀しい人。

















































































































































  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

思い出の星空

2023-07-29 00:57:22 | 懐かしのメロディー
寺内タケシ&バニーズ


テリーズ





失われた30年とは、バブル崩壊後の90年代初頭から現在までの期間を指します。

この30年間は高度経済成長期や安定成長期のような成長が見られず、経済の低迷や景気の横ばいが続いているのです。
 
日経平均株価の89年12月29日の終値は3万8915円87銭でしたが、2019年12月30日の終値は2万3656円62銭。

昨日の平均株価終値は3万2759円23銭。

マスターは株をやらないので株価のことは分かりませんが、株価が高いから景気がいいとか、収入が増えるとかは、庶民には関係ないことだけは分かります。(笑)
 
さて、失われた30年の原因については諸説あり、いろいろ言われております。

そして、多くの専門家が指摘するのは「問題の根本的解決なしでは、失われた30年は失われた40年・50年になる」という危機感です。

星空を失った30年、さらに続く数10年、思い出の星空、早く見たいものです。



















































































































































































  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

禁じられた遊び 

2023-07-27 00:37:11 | 懐かしの映画音楽
Jeux interdits



安らかに眠って下さい
過ちは繰返しませぬから


広島の原爆死没者慰霊碑に刻まれているこの碑文については、主語が誰なのかわからない、原爆投下は日本の責任ではなく過ちを反省するというはのは

おかしいのではないか、などの論争が過ってはありました。

しかし、1945年(昭和20年)8月6日の原爆投下により、約14万人が広島で死んだという事実を前にして、この論争は、あまりにむなしいと思うのは、

マスターだけでしょうか。

結局、碑文のことについては、すべての人びとが、原爆犠牲者の冥福を祈り、戦争という過ちを再び繰り返さないことを誓う言葉であるという説明文を

添え書きすることで、決着をみましたが、それにしても、本質を見誤った、なにか情けない話ではと思います。

アメリカでは、原爆を投下したのは、戦争の早期終結に必要であったためで、それがなければ、より多くのアメリカの若き兵士たちが殺され、

また日本の若者たちも玉砕で命を落とすことになっていたから、原爆投下は、結果として、多くのいのちを救った、などとの主張がなされているようです。

もっとも、日本でも、あの戦争は、欧米列強の帝国主義的侵略からアジアを守るために、民族自決に基づく大東亜共栄圏を作ろうとしたものであり、

韓国併合は正しかったし、南京大虐殺というのもなく、侵略戦争ではなく、自衛のための聖戦であったなどの論調がいまなお根強く残っています。

立場が違えば、考え方も違い、ものの見方も、価値観も異なるのは、否定はしません。

でも、人と人とが殺しあい、多くの罪なき人々の命を奪ってしまうのが戦争であり、悲惨であることの事実の重みは、共通の認識であってほしいと思います。

全知全能の神ならぬ人であればこそ、思い違い、考え違い、間違いというものはあります。

仏の境涯に至らない人であればこそ、地獄、餓鬼、畜生の三悪道のこころで、修羅のごとくの争いをしてしまうことも、やむを得ないのかもしれません。

人であればこその過ち・・・。

だからこそ、また許されもするのです。

もっとも、そのためには、過ちに気がついたなら、それを反省悔悟して、こころから謝罪し、真摯に贖罪して、償うことが必要になります。

しかし、過ちを認めようとせずに、自己保身、自己弁護にはしり、責任から逃れるために、さらに過ちを重ねては、過ちを増幅し、繰り返すだけになります。

第二次世界大戦のあとでも、朝鮮戦争、ベトナム戦争、中東戦争、アフガン内戦、イラン・イラク戦争、湾岸戦争と、戦争の惨禍は、結局のところ、

とどまるところをしりませんでした。

昭和20年代生まれの団塊の世代は、戦後の反戦、不戦の誓いの中で育って、まさに戦後の経済復興期の中で文字どおり「戦争を知らない子供たち」
として

育ちました。

あとに続く、マスターのような昭和30年代生まれは、経済白書が言うところの「もはや戦後ではない」世代で、兄姉世代である団塊の世代の学園紛争や

反戦運動の挫折と転向を目の当たりにして、無気力・無関心・無責任の三無主義世代と呼ばれました。

そして、その後の昭和40年代生まれは、「高度経済成長」の時代に育って、もはや理解不能の新人類として、扱われました。

しかし、いずれにしろ、この間、我が国は戦争の当事国にならなかった平和な時代にあり、戦争によって青春を奪われることがなかった世代、

といえるかもしれません。

だからこそ、あの頃へ帰りたい・・・、生まれ来る子供たちが、平和な時代を、そんな風に懐かしむことがないようにしないといけません。

平和な時代を次代に引き継ぐことができるように。

大阪府堺市に生まれた与謝野晶子は、日露戦争(明治37年(1904年)~明治37年(1905年)で激戦地の中国旅順にいる弟のことを嘆き、詩を詠みました。

     ああおとうとよ 君を泣く
     君死にたもうことなかれ
     末に生まれし君なれば
     親のなさけはまさりしも
     親は刃をにぎらせて
     人を殺せとおしえしや
     人を殺して死ねよとて
     二十四までをそだてしや
                 (中略)
     君死にたもうことなかれ
     すめらみことは 戦いに
     おおみずからは出でまさね
     かたみに人の血を流し
     獣の道に死ねよとは
     死ぬるを人のほまれとは
     大みこころの深ければ
     もとよりいかで思されん
                 (後略)
            『君死にたまふことなかれ』 与謝野晶子

この歌が、もし日露戦争ではなく、狂気の軍国主義の第二次世界大戦中に詠まれた歌ならば、おそらく与謝野晶子は、ただちに投獄され、

獄死も免れなかったかもしれません。

それにしても、当時における安易に天皇制を支持して、愛国心を鼓舞するような風潮に対して、この詩は勇気ある素直な抵抗、反戦歌だったといえます。

いま、わたしたちは、こんな風に、生まれ来る子供たちに、語れるものをなにか持っているでしょうか。

     戦争は人の心の中に
     起きるものであるから
     人の心の中に平和の砦を
     築かなければいけない

これは、第二次世界大戦が終結した年、1945年(昭和20年)11月に作成された、国際連合教育科学文化機関ユネスコの憲章前文です。 

神仏に祈りをささげるのもいいのですが、まずは、人の心の中に、二度とそのような戦没者を出さないように、平和の砦を築くための努力をすべきでしょう。

God helps those who help themselves (天は自ら助くるものを助く)といいますから、そんな地道な努力を続けるようにすることにより、願いが叶うはずです。

しかし、一方で、国家が、特定の宗教団体や宗教施設に、戦没者を軍神として祀り、国家権力者が公的に参拝することを定着させようとする動きがあります。

戦没者追悼の美名に隠れて、かっての政教一致の時代に戻そうとする危険な動きだと思います。

戦没者は、国家のために、国家という組織や体制を守るために、死んだのではありません。

愛するものを守ることが、国を守ることだと信じこまされて、戦地に果てたのです。

国家は、国家のためではなく、国民のためにある。

それを忘れた国家なんて・・・・・・
 































































































































































  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ウスクダラ

2023-07-26 18:03:00 | 世界の民謡
Eatha Kitt-Uska Dara



gider iken, aldýda bir yagmur.
Üsküdara gider iken, aldýda bir yagmur.
Kâtibimin setresi uzun etegi çamur.
Kâtibimin setresi uzun etegi çamur.
Kâtip uykudan uyanmis gözleri mahmur.
Kâtip uykudan uyanmis gözleri mahmur.
Kâtip benim ben kâtibin el ne karýsýr.
Kâtibime kolali da gömlek ne güzel yarasir
Üsküdara gider iken, bir mendil buldum.
Üsküdara gider iken, bir mendil buldum.
Mendilimin içine de lokum doldurdum.
Mendilimin içine de lokum doldurdum.
Kâtibimi arar iken, yanýmda buldum.
Kâtibimi arar iken, yanýmda buldum.
Kâtip benim ben kâtibin el ne karýsýr.
Kâtibime kolalý da gömlek ne güzel yarasýr.




この歌は、ユスキュダル(イスタンブールの一部)へと旅していく女性とその秘書についての物語を歌ったトルコの民謡「キャーティビム (Kâtibim)」に

基づいています。

アーサー・キットは、1953年3月13日に、ニューヨーク市のマンハッタン・センター で、アンリ・レネとその楽団の伴奏で、この曲を録音しました。

レコードは、アメリカ合衆国ではRCAビクター・レコードから、イギリスではEMIのヒズ・マスターズ・ボイス ・レーベルからてリリースされています。

ちなみに、歌詞を和訳すると、

ウスクダラに行ったとき、雨が降っていた。

ウスクダラに行ったとき、雨が降っていた。

setreを着たキャーティップ(お役人さん)の長いスカートには泥がはねていた。

setreを着たキャーティップの長いスカートには泥がはねていた。

眠りから目覚めたキャーティップ、寝むそうな眼をして。

眠りから目覚めたキャーティップ、寝むそうな眼をして。

キャーティップは私の、私はキャーティップのもの、私が腕を組むの。

キャーティップの糊の利いたシャツはなんて美しいんでしょ。

ウスクダラに行ったとき、私はハンカチを見つけたよ。

ウスクダラに行ったとき、私はハンカチを見つけたよ。

ハンカチの中をlokum(お菓子)でいっぱいにしたよ。

ハンカチの中をlokum(お菓子)でいっぱいにしたよ。

キャーティップを探していたら、傍に見つけた。

キャーティップを探していたら、傍に見つけた。

キャーティップは私の、私はキャーティップのもの、私が腕を組むの。

キャーティップの糊の利いたシャツはなんて美しいんでしょ。




























































































  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Plein Soleil (太陽がいっぱい)

2023-07-26 01:35:53 | 懐かしの映画音楽
太陽がいっぱい  クロード・ロベール Plein Soleil Claude Robert




驕る平家は久しからず、・・・これは平家物語の冒頭の「驕れる人も久しからず」から 、自分の地位などを頼みとして勝手な振る舞いをするものは遠からず

衰え滅ぶということです。

憲法に書いていない部分を都合よく解釈し、立憲主義を否定しても、自分の我を通す現政権はまさに「驕る平家」、・・・言い分はあるにしても、

侵してはいけない領域を侵すという行為は長続きはしないでしょう。

ところで次の文章は、これも我が国の著名な小説家の代表作のひとつ、今度は冒頭ではなく、ラストの部分を引用してみました。(笑)

「君よ!今は東京の冬も過ぎて、梅が咲き椿が咲くようになった。太陽の生み出す慈愛の光を、地面は胸を張り広げて吸い込んでいる。春が来るのだ。
 
君よ、春が来るのだ。冬の後には春が来るのだ。君の上にも確かに、正しく、力強く、永久の春がほほえめよかし‥‥僕はただそう心から祈る。」

すぐに分かった方は相当な文学通の方か、あるいはマスターのように、文学史のお勉強として、タイトルと作者を覚えて、あらすじを読んで、最初と最後の

名文だけを読んで、読んだ気になってる方かのいずれかでしょう。(笑)

正解は、有島武郎の「生まれいずる悩み」という小説です。

有島武郎は、ほかに「或る女」、「カインの末裔」、「惜みなく愛は奪ふ」などがあります。

「人間失格」の書き出しと、「生まれいずる悩み」のラストとを比べてみると、「冬の後には春が来る」と「冬来たりなば春遠からじ」を彷彿させるような

有島武郎が、なんと前向きな、ポジティブな、プラス志向の作家であると思われるかもしれません。

しかし、事実は残酷なもので、有島武郎という作家も、1923年(大正12年)、享年45歳で、人妻と軽井沢の別荘で縊死自殺をしています。

有島武郎も、薩摩藩郷士で大蔵官僚である父をもち、学習院中等科を卒業、札幌農学校に進学し、ハーバード大学等へ留学後、東北帝国大学農科大学で

教鞭をとりながら、同人雑誌「白樺」に参加、武者小路実篤、志賀直哉などとも親交がありました。

作家としても恵まれた境遇にあったといえますが、宗教や思想への懐疑、父親や妻の死、そして創作活動の行き詰まりなど、やはり人知れずの悩みが

あったのかもしれません。

有島武郎にしても、太宰治にしても、あるいは、芥川龍之介、金子みすゞ、原民喜、火野葦平、三島由紀夫、川端康成など、素晴らしい文学作品を書き上げ、

人々に感銘を与えたにも関わらず、多くの作家が自殺しています。

作家に限らず、他の分野で功成り名を遂げた人でも、大きな組織で位人臣を極めた人でも、衆生済度を説く高名な僧侶であっても、自殺する人は自殺しています。

もちろん、マスターは、貴賤貧富を問わず、老若男女を問わず、いかなる理由や原因があるにしても、自殺自死することを肯定しません。

突然の病に倒れたために、そして予期せぬ不慮の事故のために、天寿を全うできずに、生きたくても生きることができずに、無念に亡くなった方々を

多く見送ってきました。

だからこそ、いのちある限りは、生まれてきたことを悔い、生きていくことに悩むことがあっても、それは人間として老若男女を問わず、どんな境遇でも

起こりうるべきことであって、そのために自らのいのちを絶つようなことはすべきではありません。

「山より大きな猪はでない」、どんなに大きな猪でも住んでいる山より大きな恐ろしい猪は出ない、この世で起きたものはこの世で解決できないものはありません。

「明けない夜はない」、陽が沈んで真っ暗闇が続いても、いつかはまた陽が昇る、いつまでも漆黒の闇が続くわけがない、いつしか夜が明けていくものです。

「止まない雨はない」、どんなに激しく、長く続く雨であっても、雨はやがて小降りとなり、やがて雨は止んで、晴れ間に虹がのぞくこともあるでしょう。

言い古された言葉、気休めの言葉、だと思われるかも知れません。

でも、そう思っても、やはり、これが真理、これが真実です。

そう言い聞かせて、そして、どんなことをしても、生きていくべきだと思うのです。

例え、今が「平家」の時代であったしても。























































































































  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

結詞  井上陽水

2023-07-25 07:20:49 | 井上陽水
結詞(むすびことば)   井上陽水



浅き夢 淡き恋
遠き道 青き空

今日をかけめぐるも
立ち止るも
青き青き空の下の出来事

迷い雲 白き夏
ひとり旅 永き冬

春を想い出すも
忘れるも
遠き遠き道の途中での事

浅き夢 淡き恋
遠き道 青き空





「時の記念日」・・・

1920年に東京天文台(現在の国立天文台)と文部省の外郭団体である財団法人の生活改善同盟会によって制定されました。

生活改善同盟会が、1920年(大正9年)5月16日から7月4日まで東京教育博物館で「時の展覧会」を開催し、期間中の6月10日を時の記念日として設定し、

行事・宣伝を行ったのが始まりだとか。

「時は金なり」という格言があります。

「時間はお金と同じくらい大切なものだ」という意味でしょうか。

お金は置いておいても減りはしませんが、時間は、何もしなくても少しずつ無くなっていく。

たしかに、そうかもしれません。

でも、あまりに時間を節約してもどこか虚しい。
 
静かで安らかな時間、今こそ考えていいのかもです。

マスターの「結詞(むすびことば」(笑)






























































































































  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

愛のオルゴール

2023-07-25 03:52:07 | イージーリスニング(easy listening)
リチャード・クレイダーマン



ジェームス・ラスト






この曲、「愛のオルゴール」(Music Box Dancer)は、1974年に発表されたフランク・ミルズの最初のアルバム「詩人と私」に収められた、

ピアノのインストゥルメンタル曲です。

1978年にラジオ向けのプロモーションのためにシングル・カットしたところ、ヨーロッパ、アジアで人気を呼び、

北米ではオタワのDJデップ・ワッツが気に入り、オンエアを重ねて1979年にカナダ、アメリカで大ヒットしています。

日本でも、独自の歌詞をつけたリメイク曲「潮騒のメロディー」として、よく知られていますよね。

インストゥルメンタル曲でありながら印象的で覚えやすいメロディで、アメリカの「ビルボード」誌では、1979年5月5日に週間ランキング

第3位を獲得しています。

ちなみに、高田みづえさんの「潮騒のメロディー」はオリコンチャートで最高25位でした。

























































































































  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

戦争は知らない

2023-07-25 01:58:24 | フォーク&ニュー・ミュージック
カルメン・マキ   戦争は知らない  



戦争は知らない(ザ・フォーク・クルセダーズ)



野に咲く花の 名前は知らない
だけども 野に咲く花が好き
帽子にいっぱい 摘みゆけば
なぜか涙が 涙が出るの

戦争の日々を 何も知らない
だけども私に 父はいない
父を想えば あゝ荒野に
赤い夕陽が 夕陽が沈む

戦で死んだ 悲しい父さん
私は あなたの娘です
20年後の この故郷で
明日お嫁に お嫁に行くの

見ていて下さい 遙かな父さん
いわし雲とぶ 空の下
戦知らずに 20才になって
嫁いで母に 母になるの

野に咲く花の 名前は知らない
 だけども 野に咲く花が好き





この曲「戦争は知らない」は、稀代の詩人にして劇作家、昭和が生んだ元祖マルチ・アーティストの寺山修司が、おそらくは最初に作詞を手がけた楽曲です。

曲は、カルメン・マキ「時には母のない子のように」の前年リリースされた曲ですが、「時には・・・」に比べると、地味にヒットした程度だったような

気がします。

というのも、マスター、今、このブログを書こうとして検索していて、この曲「戦争は知らない」も寺山修司の作詞だと言う事に気付いたくらいですから。(笑)

道理で何故か心に残るし、心に染みる歌だったと、改めて寺山修司さんという人を見直しています。

ところで、戦争は何故起きるののでしょう? ・・・

子供の頃、兄弟喧嘩を見ている親たちが「負けるが勝ち!負けるが勝ち!!」と口にしていたこと、覚えていませんか?。

確かに、相手をやり込めようとしてもきりがないし、一方的に怒っている相手には、「三十六計逃げるが勝ち」、「触らぬ神に祟りなし」と負けていたほうが

無難かもしれません。

もっとも大人の喧嘩、それも国と国との場合はそんな単純なものではないでしょう。

でも、・・・

戦争に青春時代を翻弄されて来た我々の親の世代が、やっと今、貧しくとも平和な余生を送っている。

そう考えると、「どうぞ、きな臭い世の中になりませんように」と祈りたいものです。





















































































































  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Mr. Lonely

2023-07-24 22:09:09 | イージーリスニング(easy listening)
ジェットストリーム オープニング 城達也



遠い地平線が消えて、
深々とした夜の闇に心を休める時、
遥か雲海の上を、音もなく流れ去る気流は、
たゆみない  宇宙の営みを告げています。

満点の星をいただく果てしない光の海を、
豊かに流れゆく風に  心を開けば、
煌く星座の物語も聞こえてくる、夜の静寂の、
なんと饒舌なことでしょうか。
光と影の境に消えていったはるかな地平線も
瞼に浮かんでまいります。

これからのひと時。
日本航空が、あなたにお送りする
音楽の定期便。「ジェットストリーム」。
皆様の、夜間飛行のお供を致しますパイロットは、
わたくし、城達也です。





ついつい、このナレーションが浮かんでくる「ミスター・ロンリー」(Mr. Lonely)は、1964年に全米チャート1位を獲得したボビー・ヴィントンの代表曲です。




Bobby Vinton - Mr. Lonely


 

日本においては、フランク・プゥルセル・グランド・オーケストラのバージョンが、TOKYO FM制作のFMラジオ番組『JET STREAM』のテーマ曲に長年使用され、有名になりました。



ミスター・ロンリー/フランク・プゥルセル・グランドオーケストラ
































































































 

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

心もよう

2023-07-24 18:59:37 | 井上陽水
北原ミレイ こころもよう




さみしさのつれづれに
手紙をしたためています あなたに
黒いインクが きれいでしょう
青いびんせんが 悲しいでしょう
あなたの笑い顔を
不思議なことに
今日は覚えていました
十九になった お祝いに
作った歌も忘れたのに
さみしさだけを 手紙につめて
ふるさとにすむ あなたに送る
あなたにとって 見飽きた文字が
季節の中で うもれてしまう アア

遠くで暮すことが
二人に良くないのはわかっていました
くもりガラスの 外は雨
私の気持ちは 書けません
さみしさだけを 手紙につめて
ふるさとにすむ あなたに送る
あなたにとって 見飽きた文字が
季節の中で うもれてしまう
あざやか色の 春はかげろう
まぶしい夏の 光は強く
秋風の後 雪が追いかけ
季節はめぐり あなたを変える アア……



 

「このまえ、手紙を書いたのいつだったかなぁ。」

思い出そうとしても記憶は遠い彼方、電話やメールはするけど、手紙はね…(^^ゞ、という方が、圧倒的に多いのではないでしょうか。

最近はメール万能ですから、若い人は勿論、かなり年配の方でも、そういう親しい関係の交信をメールの中の「闇」の世界だけで行うケースが多くなりました。

もっとも、情報技術(IT=Information Technology)の進展、普及に伴って、ライフスタイルも大きく変容した昨今、それが時代の流れですねって、

ひとことで言えば、それまでなんですけどね。

さみしさのつれづれに
手紙をしたためています あなたに


つれづれに…
 
この言葉で、誰もが連想する有名な古文。

つれづれなるままに
日ぐらし すずりにむかひて
こころにうつりゆく よしなしごとを
そこはかとなく 書きつくれば
あやしうこそ ものぐるほしけれ
                吉田兼好 『徒然草』

つれづれなるままに手紙を認める(したためる)…そんな美しく綺麗な日本語も、やがて忘れ去られていくのでしょうか。

そこはかとなく、なにか、さみしさを感じます。

黒いインクが きれいでしょう
青いびんせんが 悲しいでしょう


筆不精なんて言葉があります。

手紙や文章を書くために、筆を持つことを面倒がること、またその人のことを言います。

もちろん、硯で墨を磨り、毛筆で文(ふみ)をしたためるような時代はもちろんのこと、また、ガラスのインク瓶にペン先をつけながら、

カリカリと、刻みつけるように書くような時代も、よく知りません。

でも、マスターは幸いなことに、カートリッジ式インクの万年筆を使って、便せんで手紙を書いた記憶は持っています。

真新しい便せんとインクの匂い…。

そういう意味では、筆まめだったのかもしれません。

もっとも、筆まめでしたが、フォークギターでマメは作っても、ペンでマメは作りませんでした。

あれ?、ペンで作るのはマメでなく、タコ…(:。)彡やったかな。(笑)

まっ、どっちみち、ペンダコを作っても、たこ焼きには使えませんから、どっちでもいいです。(笑)

中学の入学祝いに買ってもらったパーカーの万年筆。

あんなに大切にして、大事に使っていたのに、いつのまにか、無くしてしまいました。

使っていたインクは黒いインクではなくて、やや心もち青みがかった、ブルーブラックインク。

そして、しなやかながら、やや厚手の紙質で、横に罫線が入った、淡い青い色の便せんで書く手紙。

そんなこだわりで、いったい誰に出したのかって?

あはっ、(^_^ゞ-☆ 忘れたことにしましょう。(笑)

そして、手漉き和紙の渋みのある便せんや、キャラクター入りの可愛い便せんで書かれた返事をもらうのも嬉しいですよね。

で、誰にもらったのかって?

あはっ、(^_^ゞ-☆ 忘れたことにしましょう。(笑)

あなたの笑い顔を
不思議なことに
今日は覚えていました
十九になった お祝いに
作った歌も忘れたのに


でも、忘れたことにしましょう、というのは、裏返して言えば、まだ覚えている、ということですよね。(笑)

そして、ときとして、絶対に忘れるはずもないと思ったことを意外に忘れてしまうことがある反面、また、なんで、こんなことを、いまだに覚えているのかと、

不思議に思うこともあります。

記憶というのは、不思議なもので、強烈な印象を与えたものが、必ずしもいつまでも記憶にとどまっているわけでもなく、逆に印象の薄いものが、なぜか
長く

記憶にとどまっている場合もあります。

そして、その記憶の再生が、ある日、あるとき、思いがけないときに、ふとよみがえるのです。

いつまでも覚えておきたいと思った笑顔の代わりに、思い出せば身を切るように辛くなるような、泣き顔しか思い出せない…。

君のためにと作ったメロディーが、行き先を見失って五線譜からつぎつぎと飛び去っていく…、タイトルだけを形見に残して…。

そんな遠い記憶の中に住んでいる想い出たち。

でも、こんな厄介な想い出たちだからこそ、美しく、哀しく、また、せつないのでしょうね。

遠くで暮すことが
二人に良くないのはわかっていました


恋愛関係の構成要素のひとつに、親和欲求というのがあります。

つまりは、一緒にいたい、という欲求です。

そして、逆に言えば、一緒にいたい、というこの欲求が満たされないことが、長く続くと、恋愛関係も次第に崩れてしまうことを意味します。

遠く離れてしまえば
愛は終わるといった  チューリップ「心の旅」

遠くで想うてくれても
近くの誰かの氷まくらで
熱のやつ下がりよる  山崎ハコ「ごめんしてね」

もっとも、遠距離恋愛という言葉もあるとおり、物理的な距離は遠く離れ、遠くで暮らすようなことがあっても、心理的な距離が離れていなくて、

いつも近くに感じ続けていれば、恋愛関係の持続も可能です。

逆に、物理的な距離は近くにいても、いや、一緒に暮らしていたとしても、心理的な距離が遠く離れていけば、もはやそこには、恋愛関係は失われているのです。

しかし、物理的な距離は、交通手段の高速化が進んだとしても、容易には縮まりはしませんが、心理的な距離は、互いの努力や工夫によっては
縮めていくことは

可能なのです。

もっとも、それが難しいのは言うまでもありません。

くもりガラスの 外は雨
私の気持ちは 書けません


ラブレター(love letter)…、素直に恋心の想いを書き綴り、相手にその想いを伝える手紙…。

万葉の時代から相聞歌(そうもんか)のやりとりをした伝統のある我が国では、ラブレターのことを、恋文(こいぶみ)とも言いますが、さらにたどれば

懸想文(けそうぶみ)とも言いました。

文字どおり、想いを懸ける文で、それを、神社などの梅の枝に懸けて、願掛けをしました。

相手に直接渡したり、下駄箱の中に入れるなんて、もってのほかの時代だったのでしょうね。(笑)

ところで、その懸想文が売られています。

カブラのような丸い形の聖護院大根(しょうごいんだいこん)や、ニッキ(肉桂=シナモン)味のする京菓子の聖護院八つ橋などで有名な聖護院を

東に入った所にある須賀神社では、2月3日の節分の日に懸想文を売っています。

懸想文を売っているのは、覆面をして、水干(すいかん)と呼ばれる赤い装束に、烏帽子(えぼし)をかぶった懸想文売り。

もっとも、この懸想文は、縁談や商売繁盛などの願を叶える符札で、鏡台や箪笥に入れておくと容姿が美しくなり、着物が増え、良縁にめぐまれるというので、

古くより町々の娘や嫁にあらたかなものとして買い求められた縁結びの縁起物のひとつです。

したがって、恋文を代筆したものではないので、あわてて買って、マスターに送らないように…ってか。(笑)

さみしさだけを 手紙につめて
ふるさとにすむ あなたに送る
あなたにとって 見飽きた文字が
季節の中で うもれてしまう アア


手紙には、やはり手書きの文字が似合います。

達筆でなく、みみずの這ったような悪筆であっても、稚拙な丸文字であったとてしても、その人の個性がにじみ出すものです。

ワープロやメールでも文章は送れます。

そして顔文字などで個性も現れます。

でも、やはり、手書きの文字ような体温を感じるような温かみは、なかなか表現できません。

もちろん、それが、別れにつながる恋文であったとしても、(^_^)/~~ばいば-い!や、またd(^-^)ネ!と即時に送信されるよりも、やはり趣があります。

もっとも、こんな趣は誰も望みませんけどね。(笑)

あざやか色の 春はかげろう
まぶしい夏の 光は強く
秋風の後 雪が追いかけ
季節はめぐり あなたを変える アア……


色褪せた手紙を燃やせるようになるには、やはり幾度かの季節を、めぐらないといけないのかもしれません。

あなたが変ったように、わたしも変わる…、新しい風が吹く前に、自分が変わらなくっちゃいけないと思い続けながら…。

前半の心象風景の穏やかな描写とともに、後半の四季折々を歌いこんだ、見事なリズム感のあるフレーズとともに、せかせるような、たたみかけるような旋律が、

なんともせつなさを感じさせます。

「心もよう」は、井上陽水さんが当時の人気女性フォークデュオであるベッツイ&クリスに、提供しようとした曲でしたが、採用されずお蔵入り。

その歌詞を書き直して、「氷の世界」というアルバムで自分で歌ったものが、この「心もよう」ということです。

名曲ヒットの裏側事情というものは、なかなか興味深いものがありますよね。
















































































































































































  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

おひさまのたね

2023-07-24 14:59:58 | 西島三重子
西島三重子「おひさまのたね」




こどもは だれもが おひさまの種を
にぎって 生まれてくるんだよ
えがおの ひざしと 涙の雨が
きみの大地に そそぎこむ

おひさまになれ おひさまになれ
やさしく強い 心をもって
おひさまになれ おひさまになれ
そばにいるだけで あったかい

ことばにだしても 伝わらないけど
いつでも 両手は ひろげてる
振りきるのもいい つかまるのもいい
きみのいのちが うるおうなら

おひさまになれ おひさまになれ
笑っていつか 話をしよう
おひさまになれ おひさまになれ
離れても心は そばにいる

あしたの 天気に くよくよするほど
きみの大地は ちいさくない

おひさまになれ おひさまになれ
やさしく強い 心をもって
おひさまになれ おひさまになれ
 そばにいるだけで あったかい




この曲「おひさまのたね」はこどもの健やかな成長を祈る親の気持ちを歌った曲です。

こどもは誰しも生まれてくる時にぎゅっと手を握って生まれてきます。

その中には両親からもらった「おひさまのたね」が入っているのです。

太陽の光や雨風をうけながら、おひさまのように周囲の人々を温かい気持ちにしてあげられる存在になりますように・・・。





































































































  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

愛の迷い子

2023-07-23 01:55:14 | Jポップス
愛の迷い子 / アグネス・チャン



木枯らしに負けそうなの
背中に あなたの声が
今も聞こえてる寒い空

黙ってたのはうれしさ
かみしめてたのにあなた
帰ろうかなんてあまり突然

たすけに来てこんな気持ちで
帰れない 今素直に
大好きですと言えるのです

枯葉をひろおうとして
落とした涙でわかる
ひとりぼっちだと風の中

心配ぱかり数えて
しあわせが横むいちゃう
愛に駆けて行く勇気下さい

※この次会うわたしを見てて
変わります愛がひとつ
世界ひろげてくれたのです※

(※くり返し)




この曲「愛の迷い子」は、1974年12月21日に発売されたアグネス・チャンの8枚目のシングルです。

作詞:安井かずみ/作曲:平尾昌晃/編曲:馬飼野俊一

ちなみに、1975年のヒット曲BEST5は

1位 昭和枯れすゝき ⇒さくらと一郎
2位 シクラメンのかほり ⇒布施明
3位 想い出まくら ⇒小坂恭子
4位 時の過ぎゆくままに ⇒沢田研二
5位 港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ/カッコマン・ブギ ⇒ダウン・タウン・ブギウギ・バンド

「愛の迷い子」は16位でした。































































































































  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

忘れたいのに

2023-07-22 17:57:41 | フォーク&ニュー・ミュージック
忘れたいのに/高木麻早




今朝は ちょっぴり紅茶を濃くしてみました
ついでにほんの少し 涙も入れました
机に飾った写真を裏返し
二人の想い出 飲んでしまうの

諦めて 諦めて みるけれど
時の流れが 変わるだけ
もう 二度と恋など する気になれません
初めての恋でした‥‥
最後に微笑を薄く切って浮かべて
「貴方はひどい人ねと」 つぶやくわ


今夜は 少し肌寒い感じがします
やはり 貴方の温もり恋しくなります
時おり聞こえる 誰かの足音に
貴方の姿を 想い出します

諦めて 諦めて みるけれど
時の流れが 変わるだけ
もう 二度と恋など する気になれません
初めての恋でした‥‥
最後に微笑を少し切って浮かべて
「貴方はひどい人ね」とつぶやくわ

もう 二度と恋など する気になれません
初めての恋でした‥‥
最後に微笑を薄く切って浮かべて
 「貴方はひどい人ね」とつぶやくわ




ノスタルジックでセンチメンタルな曲、皆様の心に届いたでしょうか。

誰にだって忘れたいことの一つや二つあると思います。

天の川に流してしまいましょうか・・・・・。



ところでこの曲「忘れたいのに」は1978年9月21日 キャニオンレコードから発売されています。

1978年と言えばレコード界はピンク・レディーの年 。

ベストテンの1位~3位、全てピンク・レディーでした。 

「UFO 」、「サウスポー 」、「モンスター 」。

そういえば、6位もピンク・レディー で、「透明人間 」。

高木麻早さん、若しかしたらあの年は「忘れたい年」かも知れません (笑)


















































  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

鏡花水月

2023-07-22 13:30:18 | 懐かしいアニメ・TV主題歌
鏡花水月  必殺仕事人




この世の地獄と
あの世の地獄
どちらも地獄にかわりなし

“おやおや”
どっかで誰かが泣いてるかい
そうかい そうかい
そういうあんたにゃ 他人事
(ひとごと)か

云わぬが花とは 申されど
ひとこと云わせて
いただきます

あんたが見るか
おいらが見るか
誰かが地獄を
見なきゃ 終われねぇ

善男善女にゃ
無縁の話で御座います










  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする