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夢の跡

2025-04-05 22:13:22 | 村下孝蔵
村下孝蔵



階段を登れば 街並が見える丘
霞立つ夕暮れの 古い都町
風の歌が遠くで 泣いているように響く
港からは 最後のフェリーが離れてゆく

1年振り訪ねたアパートの扉には
僕の知らない人の名前がかかっていた
何時までも 僕のこと忘れはしないからと
届いた手紙の訳に 今頃気づくなんて

悪いのはこの僕と 風は頬を叩いて
いつも二人歩いた城跡に一人
破るために約束かわした訳じゃないと
待ち続けてそのまま 枯れた忘れな草よ

涙が虹のように月の光の中で
輝いて落ちていった あの日の君はどこに
失う愛の重さ 気付くまでの時間に
すれ違った 心2つ 叶わぬ夢の跡に

音もなく流れてく 悲しい星のように
すれ違った 心2つ 叶わぬ夢の跡に







階段を登れば街並が見える丘  霞立つ夕暮れの古い都町♪

この楽曲は、1982(昭和57)年 4月21日に発売されたアルバム『夢の跡』のアルバムタイトル曲で、作詞、作曲は勿論、村下孝蔵さんによる作品です。

歌に出て来る街並は、松山市の事で、丘は松山城のある勝山の事です。

この楽曲は村下孝蔵さんの『松山行フェリー 』の続編と言える歌、歌の中では、階段を登ったように歌われていますが、実際は上のリフトを使われたようです。

リフトから、村下孝蔵さんは松山の街並を見ながらどんな事を考えておられたのでしょうか。

悪いのはこの僕と 風は頬を叩いていつも二人歩いた城跡にひとり♪

村下孝蔵さんの想い出の場所であり、この楽曲の舞台となった松山城は松山市の中心部にある標高132mの勝山に築城された山城です。

標高132mですから、山道を登っても大した事はないのですが、ここにはリフトとロープウェイがあり、利用される方も多いようです。

音もなく流れてく 悲しい星のように すれ違った心2つ叶わぬ夢の跡に♪

































































































































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冬物語 

2023-09-27 12:57:42 | 村下孝蔵
村下孝蔵


時計台の影を踏みながら歩いた 
去年の秋と何も変わらない 
あなただけがいない この街にはいない 
今年の秋を枯れ葉が埋める
小さな倖せを掴みきれないまま 
迷い込んだ心 漂う街角
降り出しそうな空 震えてる小枝が 
僕を映している 窓ガラスに爪を立てる

それぞれの風が胸を凍らせてく 
冬物語 静かに始まる 
やがて白い雪が 悲しみを被って 
洗い流して春をむかえるよ
掴みきれないもの それが夢なんだと 
わかっていたならば 目かくししたまま 
一人部屋の中で 生きていればいいと 
なだめているように 時計台が心叩く





村下さんの楽曲では比較的珍しい、ピアノのイントロで始まるこの曲「冬物語」。

いかにも悲しげに響くピアノの音が、曲の冒頭の段階で全編の雰囲気を伝えています。

冬は誰にも分け隔てない寒さを連れてきて「やがて白い雪が」降ってきます。

その雪は男女の関係においても、その他の関係においても、人間として生きている以上避けられない「悲しみを被って」、例外なく「洗い流して」、

また訪れる「春をむかえる」ことを促すのですね。

男性は自然の移ろいとその絶対的な温かさをも感じますが、女性への想いは拭い去ることができずに・・・。































































































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少女

2023-09-24 15:36:07 | 村下孝蔵
村下孝蔵



白い壁を染めて 草笛が響く丘
菜の花と そして夕月
切れた鼻緒 帰り道の少女が一人
灯りが 恋しくて 震えてた
かすりの着物 おさげ髪には
飾りなど ありません
服を着せかえても 人形は
言葉など 知りません
ふり向いて 僕を見つけ
うれしそうに 微笑んだ
名も知らぬ あどけない少女よ
青いホタル 今も 甘い水を 探して
見つけられず 迷い込んだ

セロハン越し のぞいて見ていた 大きな空に
まだ星は輝いていますか
遠くへ 飛ばそうと 紙風船
たたいたら 割れました
大人になっても 夕立ちに
ふられてばかりいます
あはれ 恋も知らないで
まつげ ぬらした 少女は
悲しき 夕焼けの まぼろしか
ふり向いて 右手を振り
うれしそうに 微笑んだ
いつか見た 僕だけの少女よ
おさげ髪には 紙風船



この曲「少女」(しょうじょ)は、村下孝蔵の楽曲で、1984年4月1日にCBSソニーよりシングルとして発売されました。

村下のデビュー4年目、7枚目のシングルです。

また、同年発売のアルバム「花ざかり」の6曲目としても収録されてます。

シングル版では伴奏が生演奏なのに対し、アルバム版では打ち込み。

この「少女」のメロディーは、村下孝蔵とプロデューサーの須藤晃が共に好きだった中森明菜が歌うイメージから出来上がったといいます。




















































































































 

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ロマンスカ-

2023-09-19 02:54:07 | 村下孝蔵
村下孝蔵 



愛を貯めてた 少しずつ
君を満たしていたかった
愛を食べてた ひとつずつ
君を満たしていたかった
愛情以外は何も 僕らの未来を作れない

窓の外を光る電車が
町並み抜けて走った
夢を乗せたロマンスカーを
何度も見てた 寄り添って

夏がだんだん終わってく
何か欲しくてあせってた
冬がだんだん近づいて
何か欲しくてあせってた
抱きしめあうたび何故か
僕らは過去へと 逃げてった

踏み切り越し手を振る君の
隠れる姿探して
通り過ぎるロマンスカーに
叫んだ声は 風の中

海にも山にもいつか
並んで行こうね 手をつなぎ

君の好きなロマンスカーは
二人の日々を駆け抜け
夢がにじむ遠い夜空に
名もない星が流れた
 君はいない 





「ロマンスカー」とは、2人掛けの座席を備えて観光地へと向かい、男女のロマンスを連想させることから生まれた呼び名だそうです。

箱根行きの小田急特急が、その代表格でしょうか。

1992年にリリースされた村下孝蔵さんのシングル「ロマンスカー」・・・

力強くも切ない恋のメッセージが、走るロマンスカーの姿と重なり合う曲で、自身も生前、いちばん気に入っていた曲でした。

小田急は57年登場の3000形に始まり2018年の70000形まで、時代の最先端をいく特急型電車を投入し続けていますが、

村下さんが作詞・作曲された時、彼の脳裏に浮かんだ車両は何だったのでしょうか。

シンガー・ソングライターとしてのプロデビューは80年、東京へ拠点を移したのは84年ですから、その頃の主力車両は3100形「NSE」でしたから、

多分、この車両だったかも。

村下孝蔵さんが急逝したのは1999年6月24日、46歳でした。

出棺の時に流れていたのが「ロマンスカー」。

そのわずか22日後の7月16日、NSEは最後の特急運用に就き、永遠に走り去っています。
























































































































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かざぐるま

2023-08-22 16:34:47 | 村下孝蔵
村下孝蔵




叶わぬ恋と決めつけても あきらめきれないよ
どうにもならぬと はじめから知っていたのに
かざぐるまが音をたててる カラカラ響いても
風がやんで止まったあとは 色がわかれる

夏の海に抱かれるように 何故に飛び込んでくれない
ああ すべてを捨てて あなた奪えるなら
もう何もいらない 思いのままになれば

実らぬ恋とわかってても 離れていられない
涙をこらえて暮らしていても あなたはそこに
線香花火 闇の中でも キラキラ輝いて
だけど燃えつきてしまったら 落ちてゆくだけ

夏の夜に魅せられても 何故に星にとどかないの
ああ あなたをつつむ 風になれるのなら
今 二人の心 くるくるまわしたいよ

ああ すべてを捨てて あなた奪えるなら
もう何もいらない 思いのままになれば 






処理水の海洋放出、24日にも開始へ 政府が最終調整

東京電力福島第一原発の処理水の海洋放出をめぐり、政府は24日にも放出を始める方向で最終調整に入った。政府関係者が明らかにした。関係閣僚会議を22日朝に開いて正式に決定する。9月から福島県沖で底引き網漁が解禁となることを考慮し、8月中の放出開始に踏み切る。(朝日新聞)


日米韓首脳会議に木原誠二を連れて行ったり、処理水の海洋放出を開始しようとしたり、岸田総理、息子並みになったのかも知れません。(笑)

「海は日本の下水道」だとでも思っているのでしょうね。

確かに、安全性を担保しての放出なら仕方ない、と思われる方も多いかも知れません。

しかし、安全性より利益優先が今の日本、担保なんて遠~い夢。

しかし岸田総理、どうしてここまで翔太郎 化してしまったのでしょう。(笑)

確かにここ数か月、色々ありました。

側近木原誠二内閣官房副長官 の乱行、松島・今井議員の不始末、さらに「ブライダル まさこ」と批判殺到の森まさこ議員の出場など。

だからと言っても、総理に狂わられたら国民は大変。

キシダという回らない「かざぐるま」、誰か回らせてくれませんか。(苦笑)












































































































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花れん

2023-08-22 00:10:01 | 村下孝蔵
村下孝蔵




遠くのあなたまでそのまま 伝えることができたなら
例えば白い花ならば 寂しくて泣いていますと
赤い花なら 元気ですと 教えられたなら
あなたのまわりを いつも飛び続ける
小鳥になりたい 誰よりも近くで
追いかけて ゆきたいけれど
何もかも すてたいけれど

大切にしまっておいた 子供の頃のたからもの
ずっと探しているけれども どうしても見つからない
そんな夢から覚めた朝 小さなビーズの首飾り
取り出してみたら 糸が切れ 床にちらばった
窓の外は雨 昨日も明日も
あなたはこの場所に 戻ってこれない
追いかけて 行きたいけれど
何もかも すてたいけれど

心が形で送れるものならば
どんなにあなたは おどろくでしょうか
追いかけて 行きたいけれど
 何もかも すてたいけれど





この曲「花れん」は、1984年4月1日に発売された「少女」のB面です。

歌詞のとおり、花びらを乗せて舞う風のようなイントロから本楽曲は始まります。

村下さんの楽曲の中でも、比較的ポップさが強いものといってもよい反面、華麗さと悲しさのような香りが背景に流れています。


遠くのあなたまでそのまま 

伝えることができたなら

場面設定としては、女性が思いを寄せる(寄せた)男性に向けて、心のうちで語り掛けるというもの。

また、「花」には「散る」という含意があるとみれば、この二人、結ばれることがない点だけが確定している間柄かも知れません。

例えば白い花ならば 

寂しくて泣いていますと

赤い花なら 元気ですと 

教えられたなら

男性には見えていないかもしれないけれど、今、目の前で咲いている「たとえば 白い花ならば」、まるで自分の心に合わせてくれて「寂しくて 泣いています」。

でも、こちらの「紅い花ならば」あなたを想う私の心のように、いつまでも変わらず「元気ですと」男性に「教えられたなら」どれほどすばらしいでしょう。

あなたのまわりを 

いつも飛び続ける

小鳥になりたい 

誰よりも近くで

女性は自分の育てる花々に触れるたび、このように想っているのでしょう。
 
追いかけて

ゆきたいけれども

何かも

すてたいけれども

 
もしそんなことが可能ならば、女性は男性のことをどこまでも「追いかけてゆきたいけれども」と思います。

今、自分の身の回りにある物事、関係など「何もかもすて」て男性と過ごしていき「たいけれども」と・・・






















































































































































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月あかり

2023-08-21 01:53:23 | 村下孝蔵
村下孝蔵




朧月夜に障子を開けて
注しつ注されつほろ酔い加減
小川の流れに耳を澄まし
君はほんのり頬を染めていた
君が誘った最後の旅に
何も把めず迎えた夜は
交わす言葉も空しく 

「もうこれ以上飲んだらだめよ」
「もうこれ以上飲んだらだめ」と
何故かいつもと違ってた君の言葉が優しくて 

夜風吹きぬけ障子を閉めて
向かい合わせの旅の宿
夜も深まり二人の声も
川の流れに溶け込んで
傷つけ合って暮らせぬ事に
二人気付いて頬づえついた
夜のしじまに時は消えていた 

「もうこれ以上飲んだらだめよ」
「もうこれ以上飲んだらだめ」と
こんな夜は寂しすぎて一人飲む程想い出す 

「もうこれ以上飲んだらだめよ」
「もうこれ以上飲んだらだめ」と
今も聞こえてくるような君のつぶやき悲しくて 







2023年の十五夜(中秋の名月)は9月29日(金)です。

雨や曇りで見えない地域、あるかもしれませんが、見える地域の方はぜひ。(笑)

連日、悲しい、つらい、腹立たしいニュースがいっぱいの2023年ですが、この日だけでも「月あかり」に心やすめるのも一興かも。












































































































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恋路海岸

2023-08-17 06:44:42 | 村下孝蔵
村下孝蔵




愛しくて愛しくて
寄せては引く波を見てた
忘れたくて二人のことすべてを
恋路は露雨の中

遥かなる冬の浜辺
幻とたたずむ駅
潮風 赤錆びた鉄格子
無人の待合室
むきだしの樹々の肌と
カタカタと黒い電車

古都を出て北へのぼる
想い出だけ重ね着して
しだれ柳なぐさめるように
能登路は雨にかすむ

夕暮れに追われながら
この場所へたどり着いた
湯煙り ストーブの向こう側
震える海岸線
愛しくて 愛おしくて
寒流に空も凍る

せつなくて せつなくて
捨てられた紙人形
恋路海岸 めぐりあいの悲しさ
 うつろな夢のかたち




能登半島を代表する観光地として知られており、縁結びのパワースポットにもなっている海岸、恋路(こいじ)海岸。

能登半島は富山湾側を「内浦(うちうら)」、日本海側を「外浦(そとうら)」と呼び、各々の海は全く異なる顔を見せます。

奥能登・能登町にある恋路海岸は能登半島の北東部に位置し、内浦に面しています。

 内浦特有の穏やかな波を象徴する恋路海岸は、青く澄んだ海水と白砂の浜をもつ美しい海岸で、能登半島国定公園に指定されており、

波穏やかな海岸に赤い鳥居と沖に浮かぶ島「弁天島」がある光景はとても神秘的な海岸です。

その海岸付近に、寄り添うように座る青年と娘のモニュメントがあります。

この青年と娘は、深い愛で結ばれた「助三郎」と「鍋乃」。

700年ほど前に深い愛で結ばれていた2人の間に、鍋乃に想いを寄せる男が現れ、助三郎は男が仕掛けた罠によって恋路の海に命を落とします。
 
その後、鍋乃も後を追って海に身を投げるという悲しい恋の伝説が今も語り継がれ、そうしたことから、この海岸一帯が「恋路」と呼ばれるようになり、

二人を偲ぶ像が建てられました。

銅像の目の前からは、二人が人目を忍んで会っていたとされる「弁天島」を望むことができ、干潮時には島まで歩いて渡ることができるとか。



















































































































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この国に生まれてよかった

2023-04-11 18:32:35 | 村下孝蔵
この国に生まれてよかった 村下孝蔵



春夏秋冬(はるなつあきふゆ) 繰り返す
季節を着替えながら
花に埋もれて 月を待ち
鳥を追いかけ

睦月 如月 弥生 卯月
朝から夕べへと
雪と舞い 遊び雨に濡れ
雲をたどり

この国に生まれてよかった
美しい風の国に
ただひとつの故郷で
君と生きよう

湯の町 門前の境内
城跡 漁り火よ
岩清水に触れ石畳
川を眺め

この国に生きててよかった
美しい風の国で
地平線の緑色
見つめていこう

この国に生まれてよかった
美しい君の国に
ただひとつの故郷を
二人歩こう

紅葉の山並み青い空
白いうなじに映る遠い夢ならば
この国で 叶うように遠い夢ならば
この国で 叶うように




 
この国に生まれてよかったと思われる方、多いかもしれませんが、日本財政は五輪で「ご臨終」。

そうならなくても2025年の万博がトドメになりになりそうです。

この国に生まれてこなければよかった、・・・(笑)

そうは言っても、春夏秋冬、それぞれの季節にそれぞれの味わい、自然科学的にはいい国ですよね。

やっぱり、この国に生まれてよかった、・・・かな。(笑)















































































































































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しゃぼん玉

2023-04-11 16:45:45 | 村下孝蔵
しゃぼん玉:村下孝蔵



鮮やかな赤い色のトマトをひとつ買いました
窓ぎわにそっと置いて 一日中眺めてる
何も話さず そばにいるだけで
トマトの気持 わかります

しゃぼん玉 空を映して飛ぶ
愛しくて涙が出る
たとえはかなく消えても
きれいに飛ぶ
しゃぼん玉 だんだん薄くなる
さみしくてとりたくなる
風に吹かれてさまよい
最後まで虹の色・・・・・


 

子どもの頃、石鹸水を使ってしゃぼん玉をよく飛ばしました。

空にあこがれていたせいでしょうか。

いつか帰るところと思っていたせいでしょうか。

でも、使用する石鹸水のせいでしょうか、虹色の大きなしゃぼん玉は、あまり飛ばなかったような気がします。

そうそう、しゃぼん玉で思い出しましたが紙飛行機もよく飛ばしました。

マスターがよく使ったのは、新聞の折込に入っているチラシ広告の紙です。

それも、今のように派手な総天然色印刷、つまりはフルカラー印刷の大きなチラシ広告紙ではなくて、やや黄ばんだような藁半紙(わらばんし)っぽくて、黒や赤や青のインクの片面単色刷りの紙でした。

いまでも、御近所さんの小さなお店などの広告紙としては、たまに見かけますが、これは裏面をメモ用紙代わりに使ったりできますね。

そういえば、学校で使われるプリント用紙も、藁半紙だったので、その紙でも、紙飛行機折りましたね。

悪い点数のテスト用紙なんかは、みんな紙飛行機に・・・。(笑)

そういえば、藁半紙のこと、「ざらばんし」、または「ざら紙」などと言いませんでしたか。

言ったよという人と、言わないよという人が混在するので、ひょっとして、これは方言なのかな、それとも世代の差なのかなと考えて、広辞苑(第5版)で引くと、次のように記載されていました。

わら‐ばんし【藁半紙】
藁の繊維に小量のミツマタやコウゾの繊維を混ぜて漉(す)いた半紙。また、化学パルプ・砕木パルプで作った安価な紙をもいう。ざら紙。

あっ、藁で作られてたから、藁半紙なんだと、妙なところで感心して、ざら紙ともいうことは分かりましたが、そこで、「ざらばんし」を引くと、出てこない。

ちなみに、パソコンの辞書変換でも、「わらばんし」は「藁半紙」と変換されますが、「ざらばんし」は変換すると、誤変換して「皿万死」になります。

これじゃ、まるで皿屋敷の怪談みたいですね。(笑)

でも、インターネット検索で調べると、やはり、「ざらばんし」もヒットして、「更半紙」なんて当て字もあるようで、同じことで疑問を持っている人も大勢いることがわかり、多少、ほっとしました。

みんなで間違ってれば怖くない。(笑)

最近は、再生紙が主流になり、純粋の「藁半紙」というのは、なかなか手に入らないということらしいので、純粋の藁半紙の紙飛行機があれば、保存しておいた方がいいのかもしれません。

もっとも、裏にテストの点数なんかが織り込まれていないか、よく確認しておかないと、子孫が見つけて恥をかきますよ。(笑)

どこまで飛ぶかなんて、分からない紙飛行機。

海図も磁石もコンパスもない旅、まして空の旅。

しかも、弱々しい風まかせ。

ただいえるのは、風まかせの紙飛行機でも、飛ばそうとしないと、飛ばないし、飛べない。

そして、いずれはどこかへ落ちるでしょう。

でも飛ばないと、いまのまま、そのまんま。

とりあえず、飛んでいけばどこかにいくでしょう。

久し振りに、しゃぼん玉や紙飛行機を飛ばしてみませんか。

そして、それに乗って、心の中でフリーフライト。

 テークオフしてみるのもいいかもしれません。









































































































































































































   


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少女

2019-07-06 17:50:45 | 村下孝蔵
少女 / 村下孝蔵


http://blog-imgs-106.fc2.com/t/o/s/toshiichi/201706161735005a2.mp3


「大好きだった、そして仲良しだった野際陽子さんへ NHKに入ったのが、およそ60年前。

あなたはアナウンサー、私は放送劇団。

その頃からもう気が合っていて、一緒にフランス語を習ったり、同じお洋服屋さんで、お洋服を作ってもらったり。私は、あなたの感覚が、好きだったし、何より正直だった清らかなあなたが好きでした。

長いことFAXでやりとりしましたね、流れるように美しい字のあなたのFAXは、カタカタと静かに送られてきました。

大きくてガタガタの字の私のFAXは、あなたと対照的に、恐らく、ドタドタとお宅に到着したことでしょう。

いつになったら、あなたが「やすらぎの郷」に沢山出ていらっしゃるかと、楽しみにしていました。

あなたが病気で、それどころではない、なんて知らなかったのよ。

一緒に芝居をやりましょうとか、よく話しあいましたね。

野際さん、胸がいっぱいで、悲しく、なんと言ったらいいのか、わかりません。

転勤で名古屋でのあなたの個人アパートに泥棒が入った話は、おかしくて『徹子の部屋』だけでも、4回は、して頂きましたね。

いやがらずに、よく話して下さったわね。

この2,3日は、ずっとあなたのことを考えていました。

どうしてでしょうね。

そういえば「死」ぬときのことなんかも、呑気に話しあっていましたね。

次に、あなたとお会いしたときに、どんなだったか話しあいましょうね。

野際さん、あなたのいらっしゃらない、この世界は、寂しいです。

本当にお友達がいなくなったようです。

じゃ、今度お会いするまでね。お友達でいて下さってありがとう。」(黒柳さんの手紙の全文)

永久の少女、・・・それが野際陽子さん。



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花ざかりの森  村下孝蔵

2019-03-14 09:42:39 | 村下孝蔵
村下孝蔵 「花ざかりの森」




されど寂しき 鐘の音が鳴る
そのくちびる悲しくて君は
雨に濡れてる紫陽花の花
ひとり泣いてた

砂丘には宵待草
誰を待つかゆらゆらと揺れる
星が消えた朝焼には
僕は月と沈む

されど寂しき鐘の音が鳴る
街はもう花ざかり

されど寂しき鐘の音が鳴る
雲は流れこの恋はおわる
よろめいた後ひざをつく君
ひとり泣いてた

紫の名もない花湖畔に咲き
枯れてゆくいつか
波がみだれ岩を砕き
水をにごしてゆく

されど寂しき鐘の音が鳴る
街はもう花ざかり

長い壁には落書き
頭を垂れ黙り込む空に
花吹雪美しく
はらり風に舞った
されど寂しき鐘の音が鳴る
その紅きくちびるよ



AKB総選挙の開催見送り発表 09年開始以降で初

AKB48は13日、公式ブログで毎年恒例のイベント「AKB48選抜総選挙」を今年は開催しないことを発表した。(日刊スポーツ)

NGTの暴行事件が原因なんでしょうが・・・

「花ざかりの森」の美しさはあっても、寂しき鐘の音が鳴る ・・・・。






































































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踊り子

2018-09-18 04:24:44 | 村下孝蔵
踊り子 村下孝蔵


http://blog-imgs-76.fc2.com/t/o/s/toshiichi/20150420080250835.mp3

答えを出さずに いつまでも暮らせない
バス通り裏の路地 行き止まりの恋だから
何処かに行きたい 林檎の花が咲いている
暖かい所なら 何処へでも行く
つまさきで立ったまま 君を愛してきた
南向きの窓から 見ていた空が
踊り出す くるくると 軽いめまいの後
写真をばらまいたように 心が乱れる
表紙のとれてる愛だから かくしあい
ボロボロの台詞(セリフ)だけ 語り合う日々が続き
坂道を駆ける子供達のようだった
倒れそうなまま二人 走っていたね
つまさきで立ったまま 僕を愛してきた
狭い舞台の上で ふらつく踊り子
愛してる 愛せない 言葉をかえながら
かけひきだけの愛は 見えなくなってゆく
つまさきで立ったまま 二人愛してきた
狭い舞台の上で ふらつく踊り子
若すぎたそれだけが すべての答えだと
涙をこらえたまま つまさき立ちの恋




日本には彼岸に関係する慣用句で「暑さ寒さも彼岸まで」というものがありますよね。

寒さは春分まで、暑さは秋分までには和らぐという意味の言葉ですが、ホント、酷暑が忘れたように去って行きました。

慣用句には成っていませんが、恋愛も似ているかもしれません。

夏の燃えるような恋も、彼岸の頃になると相手は対岸に去ってゆく・・・

片想いやったんかなぁ、なんて思って「片想い」が「肩重い」に。

いかんいかん、オヤジギャグ的おちゃらけをかましていては、この歌のイメージ、ぶち壊しやんかと、孝蔵ファンに、叱られそうです。(笑)

それはそれとして、彼岸の頃になると聴きたくなるのが村下孝蔵・・・



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やさしい瞳

2018-09-15 17:37:56 | 村下孝蔵
やさしい瞳 (Live音源) / Yasashii Hitomi


http://blog-imgs-76.fc2.com/t/o/s/toshiichi/201503030635366f8.mp3

花が咲いた 音もたてず私の庭に
あの人の笑顔だけ見つめている花
何気なく口ずさんでくれた あのメロディー
大好きな 片思いの唄でした

夏の風鈴ゆれて すだれの陰 私黙りこむ
白いTシャツに 汗の匂い 青い空と似合ってた
やさしい気持ち伝えたい
やさしい瞳になりました


草の香り 川原を包む花火の日に
目をとじて あの人をひとり待っている
目の前で 好きと言ってくれなくてもいい
でも 今は道に迷わないでね

町の夕暮れどきは 無口な色まざりさびしくて
七色の絵の具 きっと二人夢をいつかぬりわける
やさしい気持ち伝えたい
やさしい瞳になりました



「思い出」ってなんだろうと、改めて考えるために、まず「思い出」を広辞苑(第五版)で調べてみました。

①前にあった事柄で深く心に残っていることが思い出されること。また、その事柄。また、そのきっかけとなるもの。
②後々まで思い出しても楽しくなること。また、そのさま。

さすがは、広辞苑です。

いつも分かったような分からんような解説です。(笑)

でも、特に②については意外に感じました。

この定義によると、思い出とは、後々まで思い出しても楽しくなること、ということですから、つまりは思い出は、楽しい思い出のことを指すのでしょうか。

どちらかというと、いままでは、過去に経験したことの記憶に、喜怒哀楽の感情が加わったものが、思い出になるのだという認識がありました。

だから、思い出というものには、もちろん楽しい思い出もあれば、悲しい思い出もあり、辛い思い出もあるはずと思っていました。

考えてみれば、思い出たちが優しすぎるということは、その思い出たちが、楽しい、嬉しい、幸せな思い出たちだけだった、ということになるのでしょうか。

ところで、ある調査によれば、人に思い出を列挙させてみると、楽しい思い出が5割~6割くらい、悲しく辛い思い出が2割~3割くらいとなり、残りがどちらでもない思い出となるそうです。

この比率についても、多少、意外かもしれません。

そして、その思い出たちが、最近のものが多いほど、悲しく辛い思い出の比率が高いのですが、その逆に、その思い出たちが昔のときのものが多いほど、楽しい思い出の比率が高まってくるというのです。

よく考えてみると、思い出が、過去に経験したことの記憶ならば、その記憶というのは、時間の経過に伴って、必ず、忘れていく、薄れていくものです。

楽しい、嬉しい、幸せな思い出は、思い出すことが苦痛ではない分、いや快楽ともいえる分、なんども思い出しては、記憶の強化を図ります。

一方、悲しい思い出は、思い出すことが辛い分だけ、できれば思い出さないようにするはずです。

そうすることにより、時間の経過により、楽しい思い出たちの記憶は強化保存されて、悲しい思い出たちの記憶は減退消失されて、結果的に、楽しい思い出たちが残っていくものです。

だから、思い出とは、楽しい思い出であるというのも、あながち楽天家の戯言(たわごと)と、一概にはいえないのかもしれません。

でも、残念ながら、ひとは悲しみにとらわれると、ネガティブになり、暗く否定的な考え方、消極的な行動しかとれなくなることが多いと言われています。

そして、悲しい思い出たちの記憶を強めて、再生産していき、これがいわゆるマイナス思考へとつながっていきます。

しかし、よく考えてみてください。

悲しい思い出となるできごとがあったとしても、そのすべてが、悲しいできごとだったのでしょうか。

たとえば、ある人と別れたとします。

そして、もう会えないということになります。

それは、悲しく辛いできごとに違いないでしょう。

かならず悲しい思い出になるでしょう。

そして、それはそれでいいのです。

悲しみは悲しみと受け入れてください。

意地を張って無理することはありません。

でも、その人と別れたということを、改めて見つめ直してみてください。

別れたのは、その人と、出会えたからなのです。

出会えたからこそ、別れがあったのです。

そして、その人と過ごした時間があったのです。

そんな中でのできごとのひとつひとつまでもが、悲しく辛いできごとばかりでは、なかったはずです。

思い出して楽しくなるようなできごともあったはず。

幸せな気持ちになるようできごともあったはず。

その記憶を呼び起こし、その思い出たちを大切にしていけば、楽しい思い出の数は変わらなくとも、比重は増していくはずです。

そう、それがプラス思考です。

そうすれば、いつかきっと、ポジティブになって、明るく肯定的な考え方、積極的な前向きな行動がとれるはずです。

そして、それがまた、忘れたくない思い出たちに、つながっていくものなのです。


「みゅーじっくふうちゃんねる」の設立は平成19年5月、妻の死がきっかけでした。

中学2年と高校1年の息子、そしてちいちゃんという2才のオス猫を残したまま・・・48歳、早すぎる旅立ちでした。

それからだったと思います、・・・子育て、猫育てのおりふしに、妻と巡り合ったころよく聴いていた村下さんのこの曲が、なにかむしょうに懐かしく脳裏に浮かんできたのが。

そうだ、幾たび季節を見送ろうとも、忘れたくない思い出があるならば、忘れられないようなものを作ってみよう。

思い出の曲たちと、いつでも出会えるサイト。

そう、それが「みゅーじっくふうちゃんねる」の原点でした。

そして、パソコンに無知だったため悪戦苦闘、サイトの作り変えを重ねながらようやく3年前から落ち着きはじめた有様です。

どこまで走れるか、それは分かりません。

歩くより遅い走りかもしれません。(笑)

しかし、その思い出たちが手を振ってくれる限り・・・。

そして、その思い出たちが、ここに来る皆様を優しく包み込んでくれる限り・・・。

もちろん、ぼちぼちとですけど。(笑)





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レンガ通り/村下孝蔵 

2018-09-11 01:33:48 | 村下孝蔵
レンガ通り 村下孝蔵 1990コンサートより


http://blog-imgs-82.fc2.com/t/o/s/toshiichi/20151023053647b1e.mp3

古いレンガ通りの懐かしいアパートの
部屋を通りすがりに背伸びして見たよ
あの頃何時も貴方を迎えに行った
窓越しに見えるわ 影二つ
行き交う人に 気遣いながら
誰か待つフリを何度も繰り返し
せめて幸せな貴方の声聞けば
それで諦めも付くハズと
何時か新しい愛が見える日まで
少しでも悲しみ忘れたいけれど

枯葉風に吹かれて舞い落ちる速さで
想い出が眼の前を通り過ぎてく
もしかして良くない夢だったらと
コートの襟立てて振り返る
唇噛んで 暮らす淋しさを
そんな貴方には 解らないだろう
禁じられた愛の行方に今でさえ
残るあの日の別れの手紙
せめて貴方と直に言葉尽くし
飾りたかったよ 別れ話
飾りたかったよ 別れ話




失恋、彼のアパートの前を通り掛ったフリをしながら、ウロウロ、今では問題になってしまうんでしょうねぇ。

・・・っていうか、いまや、そんな光景は。

・・・でもかっては、そんな女性も結構見受けられたようです。

現代では男女の出逢いや別れが、結構アッサリと始まり、そして終わってしまう、・・・ちょっと寂しく思うのはマスターだけでしょうか?(笑)




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