庭先に夕闇み/NSP

2019-03-14 01:10:42 | NSP
庭先に夕闇み/NSP



ゆうげの仕度のできるまで 僕は暇をつぶす
寝ころび新聞眺めては 柱時計ばかり
近所の子どもの手を引いて 君が通る時間
つっ掛け鳴らして石ころを いつも蹴って歩く
季節はずれの水玉模様
子どもっぽいねって言ってやろう
夕闇みせまる庭先に きりぎりす

湯飲み茶碗の飲み口が 少し欠けてしまい
茶箪笥開けると 母さんが愚痴をこぼしてばかり
聞かないふりしてそっぽ向き 僕がふてていると
御膳の上にはごちそうが 並びかけています
*井戸端会議は時を忘れて
古い軒並にぎやかに
夕闇みせまる庭先に 赤とんぼ

*リピート



東京五輪まで500日を切りましたが、盛り上がりは今一つ。

未来への期待よりも過去の栄光が懐かしい・・・

みつからないように/NSP

2019-03-13 18:30:14 | NSP
みつからないように


http://blog-imgs-84.fc2.com/t/o/s/toshiichi/201603240328504c2.mp3

*一人がいやな僕と 寂しがりやの君
愛し合うのは悪くはないだろう
僕の胸にほほよせて 眠るのも
朝が来るまで 話すのも*

見つからないように そうっと抜け出して
僕のところへおいで
今夜は君のために扉をすこし開けておくから

小さな喫茶店を開こうよ
僕がマスター 君がお盆を持って
いつかお土産さげて君を下さいと 
もらいに行く約束さ

*繰り返し

ひざを丸めて部屋のすみ
足が震える君がいる
いつかギターのある部屋に
君と僕の子どもを育てよう

*繰り返し

誰かが落とした悲しみを/NSP

2019-03-12 03:36:57 | NSP
誰かが落とした悲しみを/NSP


誰かが落とした悲しみを
拾うことなど無いだろう
お前が女であることは
俺のとなりで泣けば済む
どうして「さよなら」は
いつの日も
出会いにつきまとう
俺の指に からまわりする
お前の指が からまわりする

小さい時なら良かったと
淋しいことを言わないで
母さんの袖に摑まって
後ついてゆくだけなんて
いつから 泣き虫になったんだ
涙ばかり 流してさ
俺の指に からまわりする
お前の心が からまわりする

きっと幸せの中に居て
幸せがわからない
俺の指に からまわりする
お前の指が からまわりする
俺の指に からまわりする
お前の心が からまわりする



東日本大震災に伴う福島第1原発事故から11日で8年。

政府は来年の東京五輪を復興の節目と位置付けていますが、原発被災地の再生はまだまだ遠いようです。

「誰かが落とした悲しみを」を背負ったまま・・・

おとぎの国のお話

2019-03-11 14:01:27 | NSP
おとぎの国のお話


http://blog-imgs-102.fc2.com/t/o/s/toshiichi/20170219032742deb.mp3

どうやら通りの灯りもついて 
星が出てきたかしら
夜の眠りは楽しみな 
秘密の扉を開くのよ

* 少女は夢を抱いて おとぎのくにへと旅に出る
少女は夢を抱いて 遠い旅に出る


こんなに醜い私でも
夜が味方になったなら
そうよきっとなれるワネ
きれいなお姫様

*リピート

宝石いっぱいうめこんだ
ブレスレットや首飾り
いえいえそれより空を飛び
夜空の彼方へ行きたいな

*リピート

空を飛ぶのが飽きたなら
ステキな王子様現われて
わたしを強くひきよせて
抱いてくれるワネ

*リピート



福島第一原発事故から8年、日本の原発事業は混迷を深めるばかりです。

政府は原発を「重要なベースロード電源」として、2030年には電源の占める比率20~22%という目標を掲げていますが、これは「絵に書いた餅」。

?。(笑)

事故後停止した17原発57基のうち、この8年で再稼動したのは5原発9基、再稼動どころか、廃炉を決めたのが7原発、11基です。

政府は「今ある原発が順調に稼動すれば目標達成は可能」と強気ですが、地元住民の理解を得るのは今や至難のワザ。

非現実的なことでも現実として・・・ホント、おとぎの国のお話。















八十八夜

2019-02-17 09:51:36 | NSP
八十八夜/NSP


http://blog-imgs-76.fc2.com/t/o/s/toshiichi/20150302163525846.mp3

引き出しの中から あの人の写真
みんな捨ててしまった筈なのに
それはもう黄ばんでしまっていて
泣き顔か笑い顔かわからない
あの人の想い出にピリオドをうって 明日 嫁ぎます
もうすぐ八十八夜 もうすぐ暖かくなる
もうすぐ八十八夜 もうすぐ幸せになる

こんな夜に あの人の電話
遠くで懐かしさが話しかける
本当はあの人に手を引かれ
一緒の人生を歩きたかった
昨日までのあの人を忘れられないのは 私の 弱さでしょう
もうすぐ八十八夜 もうすぐ暖かくなる
もうすぐ八十八夜 もうすぐ幸せになる

写真が黄ばむようにあの人とのことも 色褪せてゆくかしら
もうすぐ八十八夜 もうすぐ暖かくなる
もうすぐ八十八夜 もうすぐ幸せになる



八十八夜は春から夏に移る節目の日、夏への準備をする決まりの日、縁起のいい日とされてきました。

また、八十八夜の別れ霜というように、この頃から霜もなく安定した気候となり、茶摘み、苗代のもみまき、蚕のはきたてなど一般に農作業の目安とされています。

しかし「八十八夜の忘れ霜」「さつき寒」とも言い、急に気温が下がって霜が降り、農作物や果樹に思いがけぬ被害を与えることを警戒したことばもあります。

霜なくて曇る八十八夜かな    正岡子規

天気予報の発達した現在でも、農家では霜除けのよしずを取り払ったり、苗代の籾巻きを始めたり、というならわしを行っているところが多く、天然自然の暦に則って季節を迎えることが無病息災の祈りだった古人の知恵を受け継いでいるところも数多くあります。

引き出しの中から あの人の写真
みんな捨ててしまった筈なのに


想い出の写真ならば、捨てることも、燃やすことも、また、泣きながらちぎることも、できるでしょう。

ちょっと後悔しながらも。(笑)

泣きながら ちぎった写真を
手のひらに つなげてみるの
                「あの日にかえりたい」 荒井由実

あるいは、お寺に納めることもできるようです。(笑)

お布施の上におきながら。(笑)

あの日誰かに 頼んで撮った
一枚切りの一緒の写真
納めに来ました 縁切寺
                      「縁切寺」 さだまさし

でも、記憶と言う名のこころの引き出しにしまった写真は、なかなか捨てることはできません。

もちろん、普段はしまいっぱなしで、また、しまっていることすらも、とうに忘れられていて、自由に取り出すこともできないのですが…。

しかし、なにかの折節に、太陽の光に焼き付けられた日光写真のように、浮かび上がってくるのです。

それはもう黄ばんでしまっていて
泣き顔か笑い顔かわからない


あなたの赤ちゃんの頃の写真は、白黒ですか?

それとも、カラー写真だったでしょうか。

おそらく、ここをご訪問される方の多くは、まだカラー写真が普及する以前のご誕生でしょうから、あえてお答えは結構です。(笑)

まあ、記念写真のカラー化が、小学校の入学式の写真、運動会の写真、中学校の遠足の写真、高校の修学旅行の写真、結婚式の写真…など、どの時点で達成されたかは、微妙に違ってくるのかもしれませんが、あえて追求はやめておきましょう。(笑)

しかし、特に昔のカラー写真は、現像液や定着液、あるいは印画紙の質も悪かったのでしょうか、黄ばむのも早くて、劣化の度合いもひどいものでした。

もっとも、泣き顔か笑い顔かわからないというのは、はたして、写真のせいかどうか、分かりません。(笑)

昔のカラー写真であっても、美しい人はより美しく、そうでない人は、それなりに…写っているものと思いますから。(笑)

そういう意味では、白黒の写真は、カラー写真ほどには経年劣化は激しくなくて、穏やかなセピア調になっていきますから、想い出とする記念写真ならば、白黒写真の方がいいのかもしれません。(笑)

あの人の想い出にピリオドをうって
明日 嫁ぎます


ピリオド(period)というのは、もともと、英文の文章の終わりなどに打つ句読点として使用される終止符の符号で、「 . 」と表記されます。

近年、「 . 」は、インターネットやパソコンなどの普及に伴い、ホーム ページアドレスや電子メールアドレスを区切ったり、ファイル名とファイルの種類を表す拡張子を区切ったりするときなどに使用されていて、これは、ドット(dot)と呼ばれています。

もっとも、想い出にピリオドをうつ、とは言いますが、想い出にドットをうつとはいいませんので、ご承知おきくださいませ。

そんなこというと、ドット、疲れますね。(笑)

もし、ドットという言葉が覚えられないんだったら、小数点の点「 . 」と同じですから、点って覚えればいいでしょう…、多少、目が点になりますが。(笑)

もっとも、付き合っていた彼女に、明日、嫁ぎますって言われても、目が点になりますが、こんな体験した男性、ぼくの知る限り、結構、いるんですよね。(^^ゞ

きっと、彼女の終止符「 . 」の意思表示を、どこかで見落としていたのでしょうけどね…。

あまりに「 . 」が小さすぎて…。

でも、もう終わりにしましょうの告白が「●」と大きすぎても逆にミジメかもしれません。(笑)

もうすぐ八十八夜 もうすぐ暖かくなる
もうすぐ八十八夜 もうすぐ幸せになる


八十八夜…立春からかぞえて、八十八日目。

暦年によって、少し前後はしますが、毎年、五月二日頃になります。

八十八を組み合わせれば、米という漢字になることから、田植えなどの農作業には、この八十八夜がひとつの目安になっているようです。

「八十八夜の別れ霜」という言葉があるように、八十八夜の頃は、汗ばむような気温の上昇があるかと思えば、急に気温が下がって、霜が降りやすい頃でもあり、農作物に被害が出ることもあります。

とはいうものの、そんな別れ霜の季節も終わり、「八十八夜」から三日も経てば、「立夏」となって、いよいよ晩春から初夏へと季節はめぐっていきます。

茶摘み歌もあるとおり、夏も近づく八十八夜に摘み取られるお茶は、そんな季節に芽吹いた新芽を手で摘んだ上質なお茶となり、古来より不老長寿の縁起物の新茶となります。

まあ、一杯、いかがですか。( ^‐^)_且~~

こんな夜に あの人の電話
遠くで懐かしさが話しかける
本当はあの人に手を引かれ
一緒の人生を歩きたかった


この電話は、やはり受話器があって、コードがある固定電話が似合うように思います。

電波がどこでも勝手に飛んでいく携帯電話よりも、いつも線がつながっていて、でも、いつも線がつながっているわけでもなくて、受話器の中に相手が住んでいるような身近な感覚がありながら、いつも途切れがちの会話が続く電話。

電源が入ってないか電波の届かないところに…なんて、小さな親切で大きなお世話のメッセージが流れるんじゃなくて、呼び出し音が、いつまでも永遠のように続くような電話。

人は生まれながら 赤い糸で結ばれている
そしていつかは その糸をたどって
めぐり会う
しかし その糸は 細くて弱い
                  「赤い糸の伝説」 N.S.P

たどりつくまえに、切れてしまう。

それが、赤い糸の運命…。

だから、赤い糸の伝説…。

そして、いずれにしろ、懐かしさはもう想い出。

想い出の中の声、そして写真。

遠く離れてしまえば

愛も 消えてしまうという

怖いんだ 怖いんだ
あなたの写真を見ながら
あなたが思い出になってゆく
そんな気がして
手紙書くだけで 心の糸が
つながっているだろうか
                  「赤い糸の伝説」 N.S.P

心の糸、なにも手紙を書くだけで、電話をするだけで、つながっているものではないはず…。

見えなくとも、聞こえなくとも、つながっているときにはつながっているものなのです。

ただ、心の糸も、やはり赤い色をしているのです…。

昨日までのあの人を忘れられないのは
私の 弱さでしょう


あの人のやさしかったところだけを想いうかべながら、そして、あの人との楽しかったころだけを想いめぐらしながら、想い出の中に生きていくこと…。

そんな考え方になるのは、やはり弱さでしょう。

前向きにすすめずに、うしろを振り返えってばかりいるのは、確かに弱さでしょう。

ただ、やはり、それは相手を想う優しさゆえ…。

そんな一途さは失いたくないものです。

しかし人生は、思うほどには長くはありませんが、また思うほどに短くもありません。

離れてしまった手のぬくもりを、後生大事に守るより、手を差し伸べて、前にすすむ勇気も必要です。

もうすぐ八十八夜 もうすぐ暖かくなる
もうすぐ八十八夜 もうすぐ幸せになる


夏から秋、秋から冬、そして冬から春。

人生というのもまた春夏秋冬があり、なにも若者だけが、春秋に富むわけではありません。

寒さに震えた人ほど暖かさを感じることができます。

薄幸だったからこそ幸せが身に沁みます。

写真が黄ばむようにあの人とのことも
色褪せてゆくかしら


想い出たちが色褪せていくのを感じるときほど、せつなく、さみしさを感じることは、ほかにありません。

でも、形あるものは崩れ、色あるものは薄れていくのが世の定めであるのならば、一途さは、ただのこだわりとなり、執着となり、固執となってしまうものです。

季節が次々とめぐっていくように、人もまた、変わらなければならないときがあるはずです。

それは、決して、心変わりでも、変節したのでも、また自分を捨てることでもありません。

もうすぐ八十八夜 もうすぐ暖かくなる
もうすぐ八十八夜 もうすぐ幸せになる


だからこそ、こころの中で、このフレーズをリフレインさせ、自分で自分に言い聞かせながら、前のめりになって、一歩でも前に向かって歩みたいものです。

死ぬときは、たとえドブの中でも前のめりになって死にたい…、そんな坂本龍馬のような心境には、なかなかなれなくてもね…。(^^ゞ

                             

NSP 面影橋

2019-02-07 01:43:38 | NSP
NSP 面影橋


君には君を愛する人が いつもそばにいるのに 
僕の口づけを うけた訳がわからない     
黄昏せまる面影橋に 見送るつもりで来たが  
帰したくなくなって さよならいえない    
ルールも友だちも約束も みんな棄てて            
君を ああこのまま抱いていたい 面影橋で                  
                     
心のままに生きたとしても 幸せとは限らない 
ほら ふざけているうちに涙がでてきちゃう  
楽しいことも悲しいことも 時が洗い流して  
すべてを思い出という 言葉に変えてしまう  
ルールも友だちも約束も みんな棄てて
君の ああ名前を呼んでいたい 面影橋で



さて、どことなくロマンチックな響きの名をもつ『面影橋』、この橋は、豊島区高田1丁目 ・新宿区西早稲田3丁目の神田川に架けられている橋で、かぐや姫の「神田川」でもこの辺を舞台にしています。

ところでこの曲ですが、どうも、友達の彼女とデキてしまったが彼がどうしても離れたくないと言う男性心(?)を歌っているみたいです。

もちろん、数ある男女間の恋愛ではそんな事もあるかも知れません。

が、しかし、現実問題としてそんな事があったら大変です、隣の奥さんとかご主人とかとの不倫を想像してみてください。

あらら、まさか、本当にしちゃってる方、おられませんよか。ヾ(@^(∞)^@)ノ

ともかく、このセンチメンタルなメロディーとはミスマッチで真逆な歌詞、理解は出来たとしても、実行はなかなか難しいというところだと思います。(笑)

それでも、恋に恋して、ついついと堕ちてしまう、こういった恋愛の手痛さと無様さが、どこか懐かしく、甘酸っぱく感じ、許せてしまうのはやっぱり、天野さん独特の歌唱のせいでしょうか・・・・・。

NSP 雪のララバイ

2018-12-12 16:50:38 | NSP
NSP 雪のララバイ


http://blog-imgs-91.fc2.com/t/o/s/toshiichi/20161202074858014.mp3

一人の暮しにあきて 弱気になることばかり
狭い居場所が落ち着く私は 孤独が友だちらしい
あなたの声が聞きたい いつしか朝をむかえて
電話をまくらにためいきつくのも 少しは慣れた夜

ララバイ 歌おうか ちょっと疲れただけ
明日からは明日からは また元気に歌おうね

心の深いところに 思い出ばかりが積もる
も一度だけでも あなたにもたれて 雪でもみたい夜

愛し始めたころは まわりが見えなくなって
あなたと二人のお祭りさわぎも 幸せだった気がする
粉雪風におどれば 夜どおし窓をたたけよ
おみやげかかえて突然あなたがたずねてくるかしら

ララバイ 歌おうか ちょっとハミングで
ルー ルー また元気に笑おうね

心の深いところに 思い出ばかりが積もる
も一度だけでも あなたにもたれて 雪でもみたい夜
 
ララバイ 歌おうか ちょっと疲れただけ
明日からは明日からは また元気に歌おうね

ララバイ 歌おうか ちょっとハミングで
ルー ルー また元気に笑おうね



この1年、

平昌五輪、サッカー・ワールドカップなど楽しい話題もありましたが、日本のスポーツ界では暴力・パワハラが続出しました。

自然災害としては、大阪北部地震、西日本豪雨、大型台風、北海道地震など大災害が頻発。

国政では、「森友・加計問題」、財務省の決算文書の改ざん、財務事務次官のセクハラ辞任、文部省幹部の汚職などの不祥事、安倍1強体制でいろいろありました。

列島の1年は散々でしたよね。

さて来年は、ですが・・・

天皇陛下譲位、サッカーW杯はあるものの、どうも、明るい話題は想像しにくいのが現状です。

4月予定の統一地方選、7月行われる参院選で安倍1強体制が崩れれば別ですが、「野党が何を言っても変わらない」、「選挙で投票しても意味がない」などと、為政者に政治決定を白紙委任しているの国民ですから、民主主義は劣化するばかり。

働いても賃金は上がらず、公共料金は上がり、増税も、・・・

せめて、災害だけはと祈るのが来年かもしれません。(苦笑)









冬の花火はおもいで花火

2018-11-26 05:08:40 | NSP
冬の花火はおもいで花火/NSP


http://blog-imgs-75.fc2.com/t/o/s/toshiichi/20150604170817f30.mp3

花火の季節はもう過ぎて
誰も見向きはしないのね
あなたが愛した証拠には
ひとにぎりの花火だけ

冬の花火はおもいで花火
私ひとり 火をつける
火薬のにおい あなたのにおい
重なり合って なつかしい

冬の花火は おもいで花火
冬の花火は 失恋花火
冬の花火は こごえる花火
身を切るほど 美しい

死んでも 忘れはしませんと
背中を指で なぞったわ
あなたも百まで 生きようと
とても素直になれたわ

冬の花火はおもいで花火
燃やし続けているうちに
つらいつらいと言ってたころが
幸せだと いまわかる

冬の花火は おもいで花火
冬の花火は 失恋花火
冬の花火は こごえる花火
身を切るほど 美しい



30代の始めのころ、転職後3カ月も経ってから暑中見舞いを兼ねて友人や知人、先輩にハガキで簡単な挨拶状を出したことがありました。

この種の挨拶状に返信をいただくことはあまりないのでしょうが、そのときは、親しい先輩の1人からすぐに返信がありました。

「新天地での活躍を祈る」という定型の言葉の後に「挨拶状は転勤・転職してすぐ出さないと『六日の菖蒲、十日の菊』と言われるよ」と記されていました。

六日の菖蒲十日の菊・・・・・

先輩の添え書きは「遅れた挨拶状は失礼になる」という忠告の意と察しはしましたが、もともと植物に疎く社会常識にも欠けるマスターですので、それをなぜ『六日の菖蒲(アヤメ)、十日の菊』と言うのか当時は全く分かりませんでした。

ヒントは、菖蒲の読み方にあったのですね。

「菖蒲」という漢字は「ショウブ」とも読み、「尚武」に通じる。5月5日の端午の節句は「尚武の節句」とも言います。

さらに調べてみますと、九月九日は「重陽の節句」。

つまり、

端午の節句にはアヤメを、重陽の節句にはキクと、それぞれ飾るが、それらの花を手に入れるのが遅れて翌日になれば何の意味もないことから、タイミングを失して役に立たないことのたとえというわけです。

このように、時機を失して役に立たないもののたとえには、「夏炉冬扇(かろとうせん)」というのもあり、つまりは夏の火鉢や冬の扇子は無用ということであり、また、喧嘩騒ぎが収まってから棒や鉢巻を持って行っても何の役にも立たないという「喧嘩過ぎての棒千切り」、「喧嘩過ぎての向こう鉢巻」というのもあります。

また、時機を失して手遅れという意味では、「後の祭り(あとのまつり)」という言葉も有名ですね。

語源の由来には諸説があるようですが、一般的には、この祭りは、京都の祇園祭のことで、祇園祭のうち、祇園囃子で賑やかに華やかな宵山、山鉾巡行の「前の祭り」に対して、7月24日に行われるのが「後の祭り」で、大阪では天神祭りが始まる頃です。

この「後の祭り」の神事が本来の神事ですが、祇園囃子もなく、厳かにひっそりと行われることから、後の祭りだけ見るのでは、時機に遅れていて後悔することから転じたものが「後の祭り」とされています。

さて、そんな祭りに、花火が添えられると、より華やかに賑やかになりますが、花火というのは、やはり夏に似つかわしく、夏の季節のイメージですね。

最近は、大きなイベントでは仕掛け花火や打ち上げ花火が季節を問わずに使われており、また、クリスマスや新年などの冬の客寄せとして、冬場のスキー場や観光地でも花火が見られますから、冬の花火も、ひとつの風物詩となってくるのかもですが。

でも、大きな花火大会はともかくとして、手花火、庭花火、線香花火など、個人で楽しむ花火は、やはり夏に限ると思います。

寒風吹きすさぶ、波の花が舞い散る海岸で、根雪になっているキャンプ場の広場で、ちまちまと花火をしている姿なぞ、想像するだけで風邪ひきそうですから。(笑)

歳時記を繰っても、花火、手花火、庭花火、線香花火、仕掛花火、打上花火、遠花火、いずれも夏の季語とされています。(笑)

個人で楽しむ夏の花火で、どうしても最後まで残ってしまうのが、線香花火です。

残すなら買わなきゃ良いのにと思いつつ、やはり、なんとなく買ってしまうのが線香花火です。

夏の海水浴キャンプなどでは、打ち上げ花火やロケット花火で男女入り混じって、キャアキャアと騒いでいる友人たちから少し離れて、誰も見向きもしない線香花火をしている女の子がかならずいます。

そして、それに接近するチャンスを狙っている男の子もかならずいるのですが、もっとも、そういう娘は、やはりなにか訳ありです。(笑)

このごろの花火はすぐに落ちるとそうぼやいたり、誰かせんこう花火をください、ひとりぼっちの私にとか、煙にむせたと、ことりと咳して涙をぬぐっていたりして、結構、そんじょそこらの打ち上げ花火より、取り扱うのは難しいものなんです。(笑)

もっとも、虎穴に入らずんば虎児を得ず。

綺麗な花火を得ようと思えば、多少の火傷も覚悟しないと、人間的に成長しないものです。(笑)

もっとも、子どもの頃よく言われましたね。

火遊びすると、おねしょするよと。(笑)

いずれにしろ、花火が美しいのは、やがて花火が燃え尽きるものと知っているからでしょう。

消えない花火はない。

青春時代の恋愛などもそうかもしれません。

そして、燃え尽きる寸前に、その一瞬だけ、輝きを増すからこそ、さらに印象深く、思い出深くなるのでしょう。

赤い糸の伝説

2018-11-13 15:45:59 | NSP
NSP 赤い糸の伝説


http://blog-imgs-76.fc2.com/t/o/s/toshiichi/20150420171648850.mp3

"人は生まれながら 赤い糸で結ばれている
そしていつかは その糸をたどって めぐり会う
しかし その糸は 細くて 弱い"

あなたと僕の 小指の糸が
ほどけない様に 結びましょ
明日の朝は 汽車に乗るあなた
別れに涙は つきもものと
いやなんだ いやなんだ
やさしいあなたを ひたすら待ち
年をとる悲しい僕に なりそうな気がして
誰にも見えない 赤い糸が
二人をつなぐという

キャラメルほおばり ほほふくらませ
あなたと並んで 歩きましょ
あなたの口びる ひとさし指で
そっとふれても いいですか
だめなんだ だめなんだ
じょうだんでも言えずに くだをまく
あなたが女じゃなかったら なぐってやるのに
遠く離れてしまえば 愛も
消えてしまうという

こわいんだ こわいんだ
あなたの写真を みながら
あなたが思い出になってゆそんな気がして
つながっているだろうかく



「赤い糸の伝説」のことを知ったのは、いつの頃だったでしょうか。

ちかごろ、ふと、そんなことを考えます。

きっと、あの時、あの頃のことに、違いないのです。

でも、はて、さて、やはり、いつのことだったのかなって思います。

そして、いまもって、はっきりとは、思い出せないのです。

いいえ、もちろん、N.S.Pの「赤い糸の伝説」のことではありません。

この唄のことならば、当然、知ったのは、公開されて発表されたときのことですから、まだ、そのときの記憶はしっかり保持しています。

もっともこの記憶も、写真が黄ばむように色褪せてゆくかしら。(笑)

でも、このフレーズのある曲もまだ、色褪せず、記憶にあります。

まだまだ、八十八の米寿には遠いですから。(笑)

しかし、N.S.Pの「赤い糸の伝説」が出たときには、すで「赤い糸の伝説」というものがあることを知っていたことは、間違いありません。

人は生まれながら、赤い糸で結ばれている。

…せやな、なるほど、そんな話しは聞いたことがあるな。

そしていつかは、その糸をだどって、めぐり会う。

…う~ん、そうなんやろかなぁ。

…いまはぜんぜん赤い糸は見えへんしなぁ。

…引っ張られているような感じもあらへんねんけどなぁ。

…でも、そうやったとしたら、ちょっと、どきどき、するかなぁ。

しかし、その糸は細くて弱い、

…って、え~、そんなぁ。

…なんか、赤い糸って、今にも切れそうな糸なんやなぁ。

…ちょっと~、ちょっと、天野さん~、

…それはちょっと殺生なはなしやないか。

…切れてもうたら、どないすんのんや。

…人と人とを結ぶ、運命の赤い糸の話やで。

…誰かが歌っとったみたいな、ゆらゆらと耐えかねて、たわむ白糸のような、蜘蛛の糸の話しとは違うんやろ。

…それに、天野さん、そんな切れそうな細くて弱い糸やったら、「赤い糸の伝説」と矛盾するんちゃうんかいな。

そんなこんな話を、ひとりで突っ込んでいた記憶もあります。(笑)

だから、マスターが、「赤い糸の伝説」を知ったのは、かなりむかしの、つまり少年期から思春期にかけてのことだとは思うのですが、はて、さて、やはり、何で知ったのでしょうか。

いま、ふと、思ったのですが、マスターは子どもの頃、自分に買ってもらった本や漫画雑誌はすぐに読み飽きてしまって、女のともだちが買っていた本などをよく借り読みしていました。

女ともだちは、少女マンガ雑誌の「少女フレンド」や「マーガレット」、あるいは、少女向けジュニア小説誌「小説ジュニア」などをよく読んでいましたから、ひょっとしたら、その漫画や小説の中に、「赤い糸の伝説」のことが載っていたのかもしれません。

恋に恋するような、ロマンティックさよりもまだ、幼なくて、むしろメルヘンティックな話に魅かれるような、そんな頃のことでしょうか。

あなたと僕の 小指の糸が
ほどけない様に 結びましょ
明日の朝は 汽車に乗るあなた
別れに涙は つきものと


ところで、小指というと、どの指のことだと思いますか。

いやいや、中年になって、指まで太ってきて、小指が、親指や人差し指と区別がつきにくくなったからというのでありません。(笑)

ともかく、小指というと、手の小指を思う人が多いでしょうね。

小指を立てて、彼女や恋人のことを示す場合もありますから。

そういえば、小指をたてて、「私はコレで、会社を辞めました」って、禁煙用品のコマーシャルもありましたよね。

けど、ほんま、みなさん古い話やったら、よう覚えてはりますな。(笑)

いやなんだ いやなんだ
やさしいあなたを ひたすら待ち
年をとる悲しい僕に なりそうな気がして
誰にも見えない 赤い糸が
二人をつなぐという


話を元に戻すと、つまりは、足にも小指があるということ。

そして、どうやら、赤い糸は足の小指に結ばれているらしいのです。

えっ、どうりで赤い糸が見えなかったはずです、ってか。

バレイやってたから、足の小指の赤い糸切れてしもうたんかしら。

サッカーしてたから、赤い糸がこんがらがって切れたんかなって。

まあ、主張はご自由にしてください。

誰にも見えない糸だから、たぶん、誰も見てませんから。(笑)

まあ、ついでに、こんな話もあります。

あるひとが、ようやく見つけた赤い糸をたどりよせて見ると、なんとその先には、紙切れが結ばれてて、あったんやって。

ほんで、ははぁ、ひょっとして、これは相手のことを書いた釣書みたいなものかななんかかいなと開いてみると、そこには、なんと「ハズレ」と書かれてあったとか、なかったとかいう。(笑)

こうなると、都市伝説みたいになるかも。(笑)

キャラメルほおばり ほほふくらませ
あなたと並んで 歩きましょ
あなたの口びる ひとさし指で
そっとふれても いいですか


そういえば、キャラメルといえば、遠足のときのおやつの定番でもありましたが、みなさんは、なにキャラメルを思い出しますか。

マスターは、やはり森永製菓の「森永ミルクキャラメル」かな。

1899年(明治32年)からあるという黄色いパッケージで、「滋養豊富」 「風味絶佳」という読めない頃から見ていた文字が懐かしい。(笑)

明治製菓の「明治サイコロキャラメル」というものもありました。

こちらは、明治ながら明治ではなく、昭和2年の1927年発売。

明治といえば、やはり、チョコレートが先ですからね。

そして、キャラメルといえば、やはり「グリコ」ですね。

江崎グリコの本社が大阪ということもあり、大阪の道頓堀の戎橋のそばの大阪名物のグリコのネオン塔は1935年(昭和10年)からあったということなので、さらに、なじみ深いです。

グリコキャラメルのおまけ付きの発売が1927年(昭和2年)ということですが、「アーモンドグリコ」も1955年(昭和30年)ですから、さらに、グリコと歩いた青春もあるのかもしれません(笑)

ついでですが、むかし、散髪屋さんに子どもが行くと、終わったらキャラメルがもらえました。

キャラメルほしさに散髪しに行きました。(笑)

でも、口びるにひとさし指でそっとふれるというような、キャラメルよりも甘い想い出は、残念ながらなかったなぁ。(苦笑もしくは微笑)

なお、ほほばり、ほほふくらませるというならば、ペコちゃんのキャラクターで有名な不二家の「ミルキー」も取り上げるべきといういうご意見もあるかと思うのですが、残念ながら、不二家のミルキーは、キャラメルではなく、ソフトキャンデーだから外したということでご了解願います。

つまりは歯にひっつくから外したわけではなく、さだまさしさんがCM曲を担当した事もある、「不二家ソフトエクレア」も好きです。(笑)

マスターに「菓子」を語らせたら「歌詞」以上にうるさい。(笑)

だめなんだ だめなんだ
じょうだんも言えずに くだをまく
あなたが女じゃなかったら なぐってやるのに
遠く離れてしまえば 愛も
消えてしまうという


いまのご時勢だと、なぐるなんて、DV(ドメスティック・バイオレンス)とかいわれて、かなり問題のある歌詞になるのかもしれません。

しかし、まあ、いわゆる反実仮想ということですね。

天野さんは女じゃなくても、なぐるなんてできないでしょうし。

しかし、汽車に乗って、遠く離れてしまえば、愛は消えてしまうというフレーズは、思わず、チューリップの「心の旅」を想起しますが、いずれにしろ、細くて弱い、赤い糸の儚さの宿命なんでしょうね。

そして、だからこそ、この伝説は、いまでもラブソングになるですね。


赤い糸なんて信じてなかった
運命はつかむものだと思った
                「Trust」-浜崎あゆみ 

約束しようよ
そして2人
心に赤い糸をしっかり結んで
                 「赤い糸」-コブクロ

こわいんだ こわいんだ
あなたの写真を みながら
あなたが思い出になってゆく 
そんな気がして
手紙書くだけで 心の糸が
つながっているだろか


いずれにしろ、「赤い糸の伝説」というのは、二人をつなぐ糸のことだけでなく、人と人をつなぐ糸と言えるのかもしれません。

そして、その糸は、やはり織りなして、布となるのかもしれません。


なぜ めぐり逢うのかを
私たちは なにも知らない
いつ めぐり逢うのかを
私たちは いつも知らない
どこにいたの 生きてきたの
遠い空の下 ふたつの物語
縦の糸はあなた 横の糸は私
織りなす布は いつか誰かを
暖めうるかもしれない
                「糸」-中島みゆき 

えっ、「赤い糸」が織りなす布なら、「赤い布」になるよっ、ですか。

なるほど、そりゃ、そうなりますね。

そっか、そういえば、だからこそ、人生を織りなした60歳の還暦の祝いに、「赤ちゃんに還る」あるいは「赤は魔よけの色」として、「赤い布」の赤いちゃんちゃんこなどが贈られる風習があるのでしょうか。

なんかかなり強引にこじつけてみました。(笑)

強引ついで、わざとらしい展開で終えましょうね。(笑)

あっ、そういえば、いま想い出しました。

たったいま、想い出しました。

「赤い糸の伝説」に初めて出逢ったころのことを。

そう、あの人の小説のなかです。

そう、きっと、あの時、あの頃のことに、違いないのです。

「それはいつか学校の国語の教師が授業中に生徒へ語つて聞かせたことであつて、私たちの右足の小指に眼に見えぬ赤い糸がむすばれてゐて、それがするすると長く伸びて一方の端がきつと或る女の子のおなじ足指にむすびつけられてゐるのである。ふたりがどんなに離れてゐてもその糸は切れない、どんなに近づいても、たとひ往来で逢つても、その糸はこんぐらかることがない、さうして私たちはその女の子を嫁にもらふことにきまつてゐるのである。」
                             「津軽」-太宰治



この「赤い糸の伝説」は、1976年(昭和51年)5月にリリースされたN.S.Pとしては七枚目のアルバム「シャツのほころび涙のかけら」に収録されています。




粉雪のささやき/NSP

2018-11-13 03:41:50 | NSP
粉雪のささやき/NSP



粉雪のささやきか
微かに廊下のきしむ音
眠りについたら もう二度と
目覚めぬ 怖い夢

※あなたの涙は
僕の心に注がれて
悔やんだ日々さえ
素直な気持ちで云える
降りつづく粉雪※※

ぼんやりと窓ガラス
積もった白さが乱反射
寝起きの僕には純白が
あなたと交差する
心の疲れも
あなたの手で受け止めて
やさしく見守り
夜通し包んでくれた
まだ止まぬ粉雪




真白き頬に落ちる涙は 寒く
雪に姿を変え 足元に舞う
振り返り 振り返り
あなたの影を遠くに見る

いまわしき北風に 心乱され
降り積もる雪に 心埋もれ・・・
それでもなお 
ふつふつ ふつふつと
わずかな灯火がくすぶる

愛する人よ あなたは今・・・・

この灯が消えてしまわないうちに
この灯が燃えつきてしまわないうちに

雪が降るのはなんのため・・・・

夕暮れ時はさびしそう

2018-10-31 03:29:09 | NSP
NSP 夕暮れ時はさびしそう


http://blog-imgs-76.fc2.com/t/o/s/toshiichi/2015042017133827b.mp3

田舎の堤防 夕暮れ時に
ぼんやりベンチに すわるのか
散歩するのも いいけれど
よりそう人が 欲しいもの

あの娘がいれば 僕だって
さびしい気持にゃ ならないさ
まわりの暗さは 僕達のため
あの娘が来るのを 待っている
夕暮れ時は さびしそう
とっても一人じゃ いられない

夕焼け雲さん 伝えてくれよ
あの娘のお部屋の 窓ぎわへ
虫にさされるのは いやだけど
肩をならべて いたいよと

こんな河原の 夕暮れ時に
呼び出したりして ごめんごめん
笑ってくれよ ウフフとね
そんなにふくれちゃいやだよ

夕暮れ時は さびしそう
とっても一人じゃ いられない
夕暮れ時は さびしそう
とっても一人じゃ いられない

おうちの人に おこられるかな
呼び出したりして ごめんごめん
もうちょっとだけ いっしょにいよう
帰りたいなんて いわないで
そうか君は 笑うのが
へたに なっちゃったんだね
あんまり僕を 困らせないで
そろそろ笑ってくれよ

こんな河原の 夕暮れ時に
呼び出したりして ごめんごめん
笑ってくれよ ウフフとね
そんなにふくれちゃいやだよ

夕暮れ時は さびしそう
とっても一人じゃ いられない
夕暮れ時は さびしそう
とっても一人じゃ いられない
夕暮れ時は さびしそう
とっても一人じゃ いられない…



朝日も夕日と同じような距離にあると思うのですが夕焼けのように空が真っ赤になることはありません。

なぜ?

夕焼けはなぜ赤い?

う~ん、難しいですね、思いつくのは大気の温度差とか、大気中の塵の多寡?  (笑)

その日の一日の終わり、夕暮れどきって、秋にかぎらず、春夏秋冬、いつでもさびしそうですね。

でも、秋の日の夕暮れは、確かに格別…。

夏の日の想い出たちが遠ざかるにつれて、確実に、夕暮れが早くなっていき、また気温も急激に下がっていくからでしょうか。

田舎の堤防 夕暮れ時に
ぼんやりベンチに すわるのか
散歩するのも いいけれど
よりそう人が 欲しいもの



堤防沿いの道は、夕陽が落ちていくのが間近に見えて、川面にキラキラと、夕陽が照り返して、川面を渡る風は冷たくなっていく。

完璧に、人肌のぬくもり、人恋しくさせる舞台設定ですね。

若いときに、こんなデートコースが思い浮かんでいたら、人生は変わっていたかもしれません。(笑)

あの娘がいれば 僕だって
さびしい気持にゃ ならないさ


「あの娘」って言い回しが好きです。

あの子ではなく、あの娘って書く…。

女偏に良いと書いて娘。

鬼も十八、番茶も出花…の頃ですよね。(笑)

まあ、そんな娘も、女編に家と書いて、嫁になり、女編に老いと書いて、姥になっていくのは、歴史的必然であると、かのマルクスも毛沢東も金日成も、言ったとか言わないとか…言わない言わない。(笑)

夕焼け雲さん 伝えてくれよ
あの娘のお部屋の 窓ぎわへ


天高く 夕焼け映えて うろこ雲

秋の日の夕焼け空がさびしく見えるのは、むくむくと積み重なるような入道雲や雷雲などの乱層雲が空を占めている夏の日とは違って、天が高く見える上に、すじ雲、うろこ雲などの絹雲や絹積雲が、頼りなげに、まるで、西陣の絹織物が加茂の流れの中で、染め上げられるようにして浮かんでいるからでしょう。

虫にさされるのは いやだけど
肩をならべて いたいよと


秋も深まったころ、季節にはぐれて、弱々しい羽音をたてて飛んでいる蚊…、古来、そんな蚊を「あはれ蚊」と言って、哀れみ慈しみ、殺生をしないという、情感のある風習がありました。

蚊帳(かや)などいうを見かけることもほとんどなく、いまや、蚊取り線香すらも、年中使える電気式蚊取りになって、そんな「あはれ蚊」の存在も忘れがちになっています。

でも、もし、「あはれ蚊」に、右手を刺されたら、左手も差し出す…なんて、凡人には無理な相談で、もちろん、見つけたら、やっぱし、パチっとするか、シューっとするか、しますやろね。(笑)

おうちの人に おこられるかな
呼び出したりして ごめんごめん
もうちょっとだけ いっしょにいよう
帰りたいなんて いわないで


こんな「おうち」も、少なくなりましたね。

かみなりを落とす親父は、とうのむかしにいなくなり、夜中に娘が出かけようとしても、「携帯持ったの?」とだけ、声をかける、物分りのいい母親がいる「おうち」…なんか、やっぱり「おうち」として変…と思うのが時代おくれなのかな。

でも、時代おくれのそんな、おこる「おうち」もあって欲しいですよね。

そうか君は 笑うのが
へたに なっちゃったんだね
あんまり僕を 困らせないで
そろそろ笑ってくれよ


笑うのがへたって、そりゃ、でも天野くん、こんなシチュエーションで娘さんが笑って出てきたら、それこそ気色悪いでしょ。

こんな河原の 夕暮れ時に
呼び出したりして ごめんごめん
笑ってくれよ ウフフとね
そんなにふくれちゃいやだよ


しかも、夕暮れの河原で、ウフフなんて笑われると、ぼくなら、ふくれられるより、いや。(笑)

でも、まあ、蓼食う虫も好き好きや…、ごめんごめん。(^^ゞ

夕暮れ時は さびしそう
とっても一人じゃ いられない…


まっ、夕暮れもいっとき…、あとは暗闇にまかせましょ。(笑)

この曲は、N.S.Pの代表的なヒット曲、例のごとく、天野さんらしい泣きべそかいたような不安定な節回しの声は、いつ聞いても、じんわりときます。

ファンの待望久しくN.S.Pは復活し、活動再開されていますが、このサウンドだけは、踏襲していってほしいものです。

NSP ゆうやけ

2018-10-27 15:44:06 | NSP
NSP ゆうやけ


http://blog-imgs-91.fc2.com/t/o/s/toshiichi/20161027104212a7e.mp3

やんちゃぼうずが走ってく
このかいわいに夕陽がおちる
赤んぼだいた婦人がせわしなく
せんたうものをとりこんで
子供は好きよといったきみの
やさしさがゆれています
ああ ひさしぶりの夕やけがきれいです

きみはボクのものだよと
小さい電球だけにして
きめられた日課みたいに
口づけするとまた泣いた
へやはせまくてくらしにくいけど
お金をいっぱいためましょうネ
ああぼくがかんだうでの
きずあといたくなれ

さびしそうねボクにいったあとの
きみのほうがさびしそうです
ああほんとにひさしぶりの
夕やけが赤赤と



夕やけ

きえた

雲のいろ、

けんか

してきた

ひとりいて、

みていりゃ、

つッと

泣けてくる。


「雲の色」 金子みすゞ


きれぎれの空から

2018-10-23 02:03:30 | NSP
【きれぎれの空から】NSP



きれぎれの空は 九月の紅をうつす 
あなたは嬉しく 瞳にうつす
ぼんやり思いに ふけるのは 
僕のことじゃないと 言いたげに
きれぎれの空は どこまで続く

華やいだ夏は 静かな秋へ向かう 
心は閉じて 瞳は閉じて
つれづれ思う 遠い人 
必ずまた逢うと 言ったけど
きれぎれの空は どこまで続く 
どこまで続く



九月の夕空が紅に染まった様子を描写した出だしと、優しいメロディが、心深くに残っている懐かしい故郷の空を連れてきてくれます。

「きれぎれの空」、・・・イメージはおそらく「とぎれとぎれの空」ということなのでしょう。

秋の空はいつも、多様な雲にさえぎられながらその姿を変えていきます。

人の一生も四方八方をどこまでも見渡せることなどそうはなく、いつも何かに遮られ、とぎれて立ち止まることも多いですよね。

もしかすると「きれぎれの空」とはそんな決して一様ではない人の営みを表現しているのかもしれません。

きれぎれの空なのにどこまでも続くという、一見矛盾を含んだフレーズがなぜかとても心に残ります。

真の空は雲により一見きれぎれに見えるだけで、その向こうではどこまでも、そしていつまでも続いていく・・・

天野さんが最後に綴ったこの言葉、悲しさや辛さがどこまでも続くという無情感ではなく、さらに先の空まで続いているであろう故郷や、未来への思いをも表したかったのではないでしょうか。

Rain

2018-10-04 17:00:09 | NSP
NSP Rain


http://blog-imgs-93.fc2.com/t/o/s/toshiichi/20160531040733b0e.mp3

誰がつついた訳でもないが
いつしか空が割れて
あなたの髪を濡らして遊ぶ
空の子供たちさ
流れる頬の雨が
煙草の火を消したね
ほんとにあの雨は涙じゃなかったの
愛の心 硝子の心 壊れやすい心

優しい言葉探したけれど
さよならしかなくて
赤や緑の傘がきれいだ
別れの祝福のよう
どちらが悪者だと
どちらが可哀想だと
噂に二人とも振り回されたから
愛の心 硝子の心 壊れやすい心
愛の心 硝子の心 壊れやすい心

千切れるほどに手を振る人は
昨日までの恋人
ぼくと別れる理由は何
それもはっきりしない
どちらを勝ちにしたら
どちらを負けにしたら
二人の結末の答えになるのかな
愛の心 硝子の心 壊れやすい心
愛の心 硝子の心 壊れやすい心




<第4次安倍改造内閣>女性副大臣、5人に

政府は4日午前の臨時閣議で、第4次安倍改造内閣の副大臣25人と政務官27人の人事を決定した。副総務相兼副内閣相に佐藤ゆかり元経済産業政務官(自民)を充てるなど、副大臣に女性5人を起用。昨年11月発足の第4次安倍内閣で2人だった女性副大臣を増やした。今回の内閣改造で女性閣僚は片山さつき地方創生担当相の1人にとどまったため、女性活躍の観点でバランスをとったとみられる。(毎日新聞)

女性副大臣5人、これも全員野球?(笑)

ふざけるな野球じゃないだろ政治だろ(朝日川柳)・・・










男と女の余白 / NSP

2018-10-04 02:14:49 | NSP
男と女の余白


http://blog-imgs-93.fc2.com/t/o/s/toshiichi/201610020621272e9.mp3

男が一人 酒に飲まれて
隣の人に 絡んでいるわ
心の中の残り火だけを
今も大事に 暖めて
女はいつも 答えをさがす
どちらが悪いか さがしつづける
さよなら告げた あの人か
意地をはってた 私なのかな
いやね 別れがくるって
いつからか感じていたなんて
いやね お互い様だわ
いまさら昔に帰れない
いやね いやね
こんなはずじゃないわ
いやね 私らしくない
あなたを恋しくなるなんて

男と女 語り明かせば
ほんの少しの 涙でわかる
幸せすぎても いけないと
不幸せでも いけないと
いやね 別れがくるって
いつからか感じていたなんて
いやね お互い様だわ
いまさら昔に帰れない
いやね いやね
あなたしかいないのに
いやね 私らしくない
あなたを恋しくなるなんて

いやね 私らしくない
いやね 私らしくない
いやね 私らしくない
あなたを愛していたなんて
いやね いやね
あなたしかいないのに
いやね 私らしくない
あなたを愛していたなんて



今井絵理子 橋本健氏と堂々交際宣言の陰で支援者離れが加速中

自民党の今井絵理子参議院議員(35)が10月3日、自身のブログを更新。「現在、私今井絵理子は元神戸市会議員の橋本健さんとお付き合いさせていただいております」と明かした。(女性自身)

今井絵理子参議院議員も、ただの女やったんやなぁ。

いまさら昔に帰れない
いやね いやね
こんなはずじゃないわ
いやね 私らしくない
あなたを恋しくなるなんて