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大いなる旅路

2024-07-02 00:09:04 | 小椋佳
小椋佳


旅は長く遠く 肩の荷重く
時に堪えかねて 涙をふけば
胸の奥に熱く 何かがさわいだ
あの日とめどなく あふれた夢さ
なつかしい人が はるかな日々が
時の流れこえて ほら めぐる旅路さ

風がふと運んだ 汽笛の音に
時の谷間きて 歩みを止めれば
夕日 空をこがし 心に沈んだ
明日もたえまなく 燃える力さ
なつかしい人が はるかな日々が
時の流れこえて ほら めぐる旅路さ

なつかしい人が はるかな日々が
時の流れこえて ほら めぐる旅路さ





脳裏に焼きつく救助の光景 「忘れない」消防士の誓い 能登地震半年

暗い土砂の中で、助けを求めながら独り消えていった命があった。30年近く消防士として住民を守ってきたのに、人を救うことができなかった。自責の念を抱えて生きてきたこの半年。「もう二度と、あんな思いはしたくない。だから忘れないようにしている」。犠牲になった人たちへのせめてもの償いとして。

眼前に広がる青く澄んだ海に、静かな波の音が響く。岸には、隆起した岩礁が白く輝いている。「驚くほどきれいで穏やかな海でしょう」。石川県珠洲(すず)市で勤務する消防士、崎山大輔さん(46)は、ふるさとの光景を誇らしげに語ってくれた。「でも、町はだいぶ変わってしまった……」。半年前に一変した町並みを眺め、あの日の記憶に思いを巡らせた。(毎日新聞)


石川県で最大震度7を観測した能登半島地震は昨日(7月1日)、発生から半年経ちました。 

石川県では6月末時点で市町が必要としている仮設住宅の74%に当たる計5006戸が完成したそうです。 

被災者の応急的な住まいの確保が進む一方、地元を離れて暮らす被災者もいまだに多く、本格的な生活再建への支援が重要ですよね。












































































































































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シクラメンのかほり

2024-07-01 04:20:51 | 小椋佳
小椋佳


 
八代亜紀


小柳ルミ子




真綿色したシクラメンほど 清しいものはない
出逢いの時の君のようです
ためらいがちにかけた言葉に
驚いたようにふりむく君に
季節が頬をそめて過ぎてゆきました
うす紅色のシクラメンほど まぶしいものはない
恋する時の君のようです
木もれ陽あびた君を抱けば
淋しささえもおきざりにして
愛がいつのまにか歩き始めました

疲れを知らない子供のように
時が二人を追い越してゆく
呼び戻すことができるなら
僕は何を惜しむだろう

うす紫のシクラメンほど淋しいものはない
後ろ姿の君のようです
暮れまど惑う街の別れ道には
シクラメンのかほりむなしくゆれて
季節が知らん顔して過ぎてゆきました

疲れを知らない子供のように
時が二人を追い越してゆく
呼び戻すことができるなら
 僕は何を惜しむだろう






シクラメンは、北アフリカや中近東、地中海沿岸など、雨季と乾季が存在する地域を原産とする植物です。

そのため、雨季に花を咲かせ、乾季に休眠するという性質を持っています。

原産地では「涼しい雨季」が開花時期になり、日本では「冬」にあたります。反対に「暑い乾季」が日本では「夏」になります。

そのため、日本で一般的な育て方で生育するシクラメンは秋から春にかけて花を咲かせ、夏に休眠するのです。

さらに日本の夏はアフリカや中近東、地中海沿岸地域の乾季よりも湿度がかなり高くなります。ですから、夏の休眠期には湿度対策がとても重要。


真綿色したシクラメンほど 清しいものはない
出逢いの時の君のようです


当時は珍しかったシクラメンも、今では、スーパーなどでも売られていて、あちらこちらで見かけますが、このシクラメンのような「君」のような人は、残念ですが今はあまり見かけません。(笑)

ためらいがちにかけた言葉に
驚いたようにふりむく君に
季節が頬をそめて過ぎてゆきました


詩の中にある比喩の使い方が、ほんとに見事です。
 
この比喩、直喩かな?、隠喩だったかな?・・・えっと、どっちがどっちか、すっかり忘れました(^^ゞポリポリ・・・そうそう、擬人法も使われてますねぇ、

まるで国語の入試問題のようです。(笑)

さすがに、東京大学法学部卒業、元第一勧業銀行銀行員という感じがします。
 
銀行員は関係ないか。(笑)
 
まあ、銀行員だけに、この作詞法「マネー」したいです。(笑)

木もれ陽あびた君を抱けば
淋しささえもおきざりにして
愛がいつのまにか歩き始めました


人と人とが出会った頃というのは、どうして、あんなにもお互いに輝いて見えるのでしょうか。
 
木陰の薄暗がりのなかで、まるで木もれ陽をあびたように、その人にスポットライトがあたっているように見えるものです。
 
そう言えば、この現象、フランスの作家、スタンダールは、これを恋愛における「結晶作用」として、有名な彼の恋愛論で述べています。

疲れを知らない子供のように
時が二人を追い越してゆく
呼び戻すことができるなら
僕は何を惜しむだろう


小椋佳さん・・・もちろん小椋佳はペンネームであり、この名前の由来は、「佳」の漢字がつく「佳穂里=かほり」さんという女性の名前にあやかったのだ

そうです。

もちんその女性とは、この歌のように別れたから、このような詩が書けたのだろうと、思っていたら、現在の小椋佳さんの奥様のお名前です。(笑)





































































































































































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母を恋うる歌 

2024-04-25 06:53:44 | 小椋佳
橋幸夫




いつと限らず 思い出す人
今でも胸の 中にいる人
母さん あなたは
どんな時も わたしの
絶対の 味方でしたね
厳しい目 優しい目
変わらずに わたしに
向けられていた目
今わたしが こうしている
全て あなたのお陰です

微笑みばかり 思い出す人
辛さ苦労を 追い払う人
母さん あなたの
喜びを 隠さない
笑い声 宝ものです
人生も 運命も
切り拓(ひら)く ものだと
論してくれたね
今わたしが こうしている
全て あなたの恵みです

母さん あなたは
どんな時も わたしの
絶対の 味方でしたね





5月の第2日曜日は「母の日」、今年の「母の日」は12日ですよね。
 
母を偲ぶ方、母を慕う方、この曲のように母を恋うる方、いろんな思いでこの日を迎える方が多いのではないでしょうか。

誰もが知っている行事ですが、母の日を祝う習慣はどのようにして生まれたかご存じでしたか?

その起源には諸説ありますが、よく知られているのは「100年ほど前のアメリカ・ウェストヴァージニア州で、アンナ・ジャービスという女性が

亡き母を追悼するため、1908年5月10日にフィラデルフィアの教会で白いカーネーションを配ったのが始まり」という話です。

この風習は1910年、ウェストヴァージニア州の知事が5月第2日曜日を母の日にすると宣言し、やがてアメリカ全土に広まっていき、

1914年には5月の第2日曜日が「母の日」と制定されました。

ちなみに、日本で初めて母の日のイベントが行われたのは明治末期頃。

1915年(大正4年)には教会で お祝いの行事が催されるようになり、徐々に民間に広まっていったと伝えられています。

母の日は、長い歴史の中でカーネーションを贈る日と定着していますが、日頃の母の苦労をいたわり母へ感謝を表す日でもあること、忘れないで。














































































































































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道草

2024-04-18 06:52:01 | 小椋佳
小椋 佳


まっすぐに張った糸が あの日僕は好きだった
岩に似て 強いものが あの日僕にあるように
恋さえも人の弱さ 許せないごまかしなんだと
肩はって人を責めても 実りない日々のからまわり
じっと目を閉じ 今 じっと目を閉じ
心の中で琥珀にかすむ思い出たどれば
浮かんでくるのは 不思議と道草
数々の寄り道 まわり道

真実を背負うことが あの日僕は好きだった
この世には他に意味が あの日僕に無いように
どんなにか闇を行こうと 果てない深さの極みに
あこがれを守り袋に はりつめた日々のからまわり
じっと目を閉じ 今 じっと目を閉じ
あの気まぐれとそのたわむれと またあやまちさえ
許しも乞わずに 手を振る道草
数々の寄り道 まわり道





道草(みちくさ)とは、目的の所へたどりつく途中で、他のことにかかわって時間を費やすことで「道くさ」とも書きます。

また、「寄り道(よりみち)」とも言いますよね。 

「道草」という表現は、慣用句の「道草を食う」と関連があるそうです。

道草とはもともとは道端の草のこと。  


























































































































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古城の月

2023-12-26 05:10:32 | 小椋佳
小椋佳


ひとり 古城にたたずめば
時の流れの音がする
むかし詩を読む人がいて
哀れといった月の影
酒くみかわせ 若者よ
琴つまびけよ 乙女ごよ
古城は風と月ばかり

夢は砕けて夢と知り
愛は破れて愛と知り
時は流れて時と知り
友は別れて友と知る

花に見とれる日もあれば
松のそよぎに泣く時も
思いたどれば幾年の
姿が胸によみがえる
文読みかえせ 若者よ
恋抱きしめよ 乙女ごよ
古城は風と月ばかり





1人当たりGDP、最低21位 G7最下位、円安響き15%下落

内閣府は25日、2022年の日本の1人当たり名目国内総生産(GDP)がドル換算で3万4064ドルとなり、経済協力開発機構(OECD)加盟38カ国中21位だったと発表した。比較可能な1980年以降で最も低い順位となり、先進7カ国(G7)でも08年以来の最下位に沈んだ。(共同通信)


歴史もなく、宗教心もない戦後の日本にとって、当然の成り行きかも知れません。

困ったときの神頼みが唯一の宗教心では、神様も味方どころか、匙を投げてしまいます。

古城にかかる月も、哀れに思っているのではないでしょうか。



























































































































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古城の月

2023-07-29 03:00:45 | 小椋佳
小椋佳





ひとり 古城にたたずめば
時の流れの音がする
むかし詩を読む人がいて
哀れといった月の影
酒くみかわせ 若者よ
琴つまびけよ 乙女ごよ
古城は風と月ばかり

夢は砕けて夢と知り
愛は破れて愛と知り
時は流れて時と知り
友は別れて友と知る

花に見とれる日もあれば
松のそよぎに泣く時も
思いたどれば幾年の
姿が胸によみがえる
文読みかえせ 若者よ
恋抱きしめよ 乙女ごよ
古城は風と月ばかり

 古城は風と月ばかり




「貧しい人」とは、限りない欲を持ち、いくらあっても満足しない人のことだ」

これは、南米ウルグアイの前大統領ホセ・ムヒカ氏の言葉だそうです。

「清貧の思想」を地でいく彼の農園暮らしは、一切を捨てきったあとの心の充実を説く、・・・そう、西行,兼好,芭蕉 など,いわば世捨て人の風雅の暮しに

通じるものかも。

正反対を地でいってたのが、「
ビッグモーター兼重前社長親子」


限りなく金銭への欲を持ち、その維持のためには何でもやる。

夢は砕けて夢と知り

愛は破れて愛と知り

時は流れて時と知り

友は別れて友と知る

 
風雅の暮しを知らない哀しい人。

















































































































































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想い出して下さい

2023-07-01 09:55:18 | 小椋佳
小椋佳 想い出して下さい



想い出して下さい あの頃を

あきらめることを 知らないで

野原に蝶々 追いかけて

迷った帰り道

日暮れ淋しく なきべそかいて

やっとみつけた 家の燈り

いつの間にか 白いあみ抱いて夢みるあげは蝶

野原に蝶々 追いかけて

迷った帰り道

・・・・・・
 ...






野麦峠は、岐阜県高山市と長野県松本市の県境に位置し、飛騨国と信濃国を結ぶ鎌倉街道・江戸街道と呼ばれる街道の峠です。

古来から野麦街道最大の難所として知られ、能登で取れたブリを飛騨を経由して信州へと運ぶ道筋でした。

信州では飛騨ブリとして珍重され、能登では1尾の値段が米1斗であるものが、峠を越えると米1俵になると言われたそうです。

明治の初めから大正にかけて、当時の主力輸出産業であった生糸工業で発展していた諏訪地方の岡谷へ、現金収入の乏しい飛騨の村々の女性が

女工として出稼ぎのためにこの峠を越えたという史実は、1968年に発表された山本茂実のノンフィクション「あゝ野麦峠」で全国的に有名になりました。

























































































































































































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この空の青さは

2023-01-03 05:54:18 | 小椋佳
この空の青さは





帰るときめた夜が明ける
一人よがりの 冬が終わる
ああ それにしても
この空の青さはどうだ
この雲の白さはどうだ

僕はもう逃げない
君が待ってる


初めてのように夜が明ける
一人よがりの 旅が終わる
ああ それにしても
あの朝の光はどうだ
この木々の緑はどうだ

僕はもう逃げない
君が待ってる




「晴れた空」は人に感じられる色に基づき青い空。

と言うことは、「青空」=「晴れた空」。

マスターは「青空」と言うと、次の曲が・・・


私の青空



夕暮れに仰ぎ見る 輝く青空
日暮れて辿(たど)るは わが家の細道

せまいながらも 楽しい我家
愛の灯影(ほかげ)の さすところ
恋しい家こそ 私の青空(繰り返す)



原曲は、「My Blue Heaven」、作曲:ウォルター・ドナルドソン、作詞:ジョージ・A・ホワイティング、アメリカのポピュラー・ソングです。

曲は1928年にクルーナー(低い声で感傷的に歌う歌手)であるジーン・オースティン(英語版)の歌唱で大ヒットし、26週間に渡りチャートの13位以内にランクインし、500万枚を超える売上を記録しました。


Frank Sinatra - My Blue Heaven



When whippoorwills call and evening is nigh,
I hurry to my Blue Heaven.
A turn to the right, a little white light,
Will lead me to my Blue Heaven.

I'll see a smiling face, a fireplace, a cosy room,
A little nest that nestles where the roses bloom;
Just Molly and me, and baby makes three,
We're happy in my Blue Heaven.(refrain)

































































































































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小椋佳/木戸をあけて-家出をする少年がその母親に捧げる歌-   

2021-07-22 02:42:07 | 小椋佳
Kei Ogura- Kido o akete




あなたの後ろ姿に そっと別れを告げてみれば
あなたの髪のあたりに ぽっと灯りが さしたよな
裏の木戸をあけて 一人夜に出れば
灯りの消えた街角 足も重くなるけれど
僕の遠いあこがれ 遠い旅は捨てられない

許してくれるだろうか 僕の若いわがままを
解ってくれるだろうか 僕のはるかなさまよいを
裏の木戸をあけて いつか疲れ果てて
あなたの甘い胸元へ きっともどりつくだろう
僕の遠いあこがれ 遠い旅の終わるときに
帰るその日までに 僕の胸の中に
語りきれない実りが たとえあなたに見えなくとも
僕の遠いあこがれ 遠い旅は捨てられない



この曲、タイトルや歌詞だけから判断すると、重くて暗いイメージですよね。

でも、小椋さんの本音は別・・・

本音で歌詞を書いたとすれば、


みんなの後ろ姿にそっと別れをつげてみれば
おいらの髪のあたりにぽっと明かりがさしたよな
裏の木戸をあけて一人外に出れば
賑わってる街角 足はとても軽くなる
僕の軽いわがままと軽いあこがれ ここから始まる

許してくれるだろうか 僕の軽いわがままを
解ってくれるだろうか 僕の軽いあこがれを
裏の木戸をあけていつかつかれ果てて
家の灯りの温かさ、必ず戻って来るからね
僕の短い家出中、決して心配しないでよ
僕の胸の中に語りきれない実りが いっぱいいっぱいあるからさ
僕の軽いわがままと軽い家出は捨てられない



っとでもなるのでしょうか。(笑)

家出をしたいと思ったのは中学生の頃だったそうです。

家は上野広小路、人付き合いが好きな母親が切り盛りする料理屋さん。

裏に木戸があって、人の出入りは自由だったのでしょうね、家族への不満とかそういったものではなく、『個』が持てない、それが家出をしたいと思った要因だったそうです。

その時の気持ちを曲にしたのがこの曲。






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ただお前がいい / 小椋佳

2021-04-28 01:24:54 | 小椋佳
ただお前がいい / 小椋佳



オリコンで新譜を聴いて書いていた紹介記事、その影響でしょうか、コンサートなど殆ど行くことがなかったマスター。

そんなマスターが出かけた数少ないコンサートが小椋佳。

作曲も好きでしたが、詩に魅せられました。

作詞家でありながら作詞家らしくない詩に惹かれたのでしょうね。

ただお前の詩がいい・・・



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小椋佳/さらば青春

2021-04-27 10:46:32 | 小椋佳
さらば青春 小椋佳





皆様、お久しぶりです。

正直言いますと、ブログから「さよなら」しようと思っていたのです。

落ちていく日本、それを止めようとしない政治体質に飽きてきていたからです。

しかし、「さよなら」の4文字よりも「ありがとう」の5文字を選ぼうと思い、また更新することに。

更新しなくても毎日訪問して頂いている皆様への「ありがとう」、こちらが大事、そんな気持ちを持たせて頂ききました。

「ありがとう」・・・


さて、

青春は単なる人生の花盛りではなく、来るべき結実の秋への準備の季節である (竹腰与三郎)
                         
青春…人それぞれに、想い出があるでしょう。
こころのかたすみに、ぽつんといる青春。

青春に、バカヤロ~って叫んだ人も、青春に、さよならではなく、こんにちわ~♪って、愛想を振りまいた人もいるのでしょうか。(笑)

でも、なんの挨拶もしないままに、あれ?いつのまにか、通り過ぎてしまっていた…というお気の毒な人もいるのかもしれません。(笑)

僕は 呼びかけはしない
遠く すぎ去るものに
僕は 呼びかけはしない
かたわらを 行くものさえ


呼びかけたって、青春は立ち止まってくれません。
いま、あなたが呼びかけて、立ち止まってくれるのは、ご近所の奥さんくらいです。(笑)

下手をすれば、自分の連れ合いも、自分の子供も、立ち止まってくれません。(笑)
えさを持ってれば、ひょっとしたら、犬や猫くらいは立ち止まってくれるかも知れませんが、それでも逃げられたらショックが大きいのでやめましょう。(笑)

だから、あのとき、青春に呼びかけていたら、青春はひょっとして、立ち止まってくれたかも…なんて、無駄な後悔はしないようにね。(笑)

…でも、青春って、いったいなんなんでしょうね。


  青春とは人生の或る期間を言うのではなく、
  心の様相を言うのだ。
  優れた創造力、逞しき意志、燃ゆる情熱、
  怯懦を却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心、
  こういう様相を青春というのだ。

  年を重ねただけで人は老いない。
  理想を失うときに初めて老いがくる。

  歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失うときに
  精神はしぼむ。

  苦悶や、孤疑や、不安、恐怖、失望、
  こう言うものこそ恰も長年月の如く人を老いさせ
  精気ある魂をも芥に帰せしめてしまう。

  年は七十であろうと十六であろうと、その胸中に
  抱き得るものは何か。

  曰く 驚異への愛慕心、空にきらめく星辰、
  その輝きにも似たる事物や思想に対する欽仰、
  事に処する剛毅な挑戦、小児の如く求めて
  止まぬ探究心、人生への歓喜と興味。

  人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる。
  人は自信と共に若く 恐怖と共に老ゆる。
  希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる。

  大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、
  そして偉力の霊感を受ける限り、人の若さは
  失われない。

  これらの霊感が絶え、悲嘆の白雪が人の心の
  奥までも蔽いつくし、皮肉の厚氷がこれを固く
  とざすに至れば、この時にこそ人は全くに
  老いて、神の憐れみを乞うる他はなくなる。

                     作詩:Samuel.Ullman
                     訳詩:岡田義夫


青春をテーマとした詩の中の定番といっていいほど有名なサミエル・ウルマンの「青春の詩」です。

なるほどなぁ~。

そうだよねぇ~。

(゜゜)(。。)(゜゜)(。。)ウンウン

そして、この詩にうなづく頻度に比例して、やはり、青春から、確実に遠ざかっているのです。(笑)

見るがいい 黒い水が
抱き込むように 流れてく


青春時代が、必ずしも清流ではなかったことは、改めて、振り返り見るときに、気がつきます。
虚心坦懐に、見栄を捨て、虚飾を捨てて、改めて、振り返って見れば…。

よどみなき…、しかし、濁流であったこと…。

…にもかかわらず、やはり、青春時代が美しく思えるのは、そのすべてを押し流す力と、未来へという方向を持つベクトルが強大であったからでしょうか。

少女よ 泣くのはお止め
風も木も 川も土も
みんな みんな たわむれの 口笛を吹く


少女が女となったときに、いつ果てるともしれなかった涙は、やがて潮が引くように枯れていきます。
いえ、もちろん、単に、年とともに、潤いがなくなったからや…などとは申していません。

…こころで思っていたとしても…。(笑)

見るがいい 黒い犬が
えものさがして かけて行く


少年が青年になったときも、腹を空かせた野良犬がえもの求めて、あてどもなく駆け回るのをやめて、首輪につながれて、ドッグフードを食らうことをよしとするような感じになります。

もっとも、駆けるのをやめたから、首輪につながれたのか、首輪につながれたから、駆けるのができなくなったのかは、定かではありません。(笑)

少女よ 泣くのはお止め
空も海も 月も星も
みんな みんな うつろな 輝きだ
ラララ……


風も木も 川も土も 空も海も 月も星も…
つまりは、万物すべて、たわむれであり、うつろであるということです。

ということは、やはり、この歌は、諸行無常、色即是空の世界を歌ったものだ…ということですから…、やはり…、さらば青春…なんです。d(^-^)ネ!

まあ、この歌詞の意味が理解できる頃になると、涅槃も近い?…んなことはないですね。(笑)

ですから、せめて、そのような方は、「さらば青春」と言わずに、「いつでも青春」と言いましょう。

この番組は、あなたのこころの健康に奉仕するサプリメント「みゅーじっくふうちゃんねる」の提供でお送りしました。(笑)




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傾いた道しるべ

2020-11-16 02:21:33 | 小椋佳
傾いた道しるべ 小椋佳





この曲「傾いた道しるべ」は、1975年10月25日発売の布施明のシングル曲です。

1975年大晦日の「第17回日本レコード大賞」など数々のグランプリ受賞曲となった「シクラメンのかほり」に次ぐシングルで、シンガーソングライター・小椋佳が続いて作詞・作曲を担当。

さて、過去数十年間、漫然と聞いていた「傾いた道しるべ」・・・

この歌詞のキーワードは「心の中の三叉路」。

人生には色々な分岐点がありますが、その分岐点三叉路・・・。






































































































































































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少しは私に愛を下さい

2019-01-04 04:56:56 | 小椋佳
少しは私に愛を下さい/小椋佳


http://blog-imgs-80.fc2.com/t/o/s/toshiichi/20150709074056802.mp3

少しは私に愛をください
すべてをあなたに捧げた私だもの
一度も咲かずに散っていきそうな
バラが鏡に映っているわ
少しは私に愛をください

たまには手紙を書いてください
いつでもあなたを思う私だもの
あなたの心のほんの片隅に
私の名前を残してほしいの
たまには手紙を書いてください

みぞれの捨て犬 抱いて育てた
やさしいあなたを思い出しているの
少しは私に愛をください



一生懸命愛しても冷たくする男性にほんの少しでも優しくして欲しい、愛情を示して欲しいと健気に願う女性の思いを唄った小椋佳さん、初期の代表的な「恋歌」です。

しかし、この歌は(今となっては有名な話ですが)「恋歌」の体裁に秘められたメッセージがあるのです。

1971年と言えば、小椋さんが勤めていた日本勧業銀行と第一銀行が合併して第一勧業銀行(現:みずほ銀行)が誕生した年です。

以前、高い視聴率を取ったあのドラマでも描かれたように合併には勢力争いがつきもので、結果、どちらかは冷遇されることになります。

その辛い立場のサラリーマンの悲哀と皮肉を込めて、この曲が誕生というわけです。

歌中の「バラ」は勧銀のマーク、ウィキにはこのことを人事部に知られて怒られた、なんてエピソードも書かれています。





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小椋佳 めまい

2018-02-04 13:31:09 | 小椋佳
小椋佳 めまい


http://blog-imgs-76.fc2.com/t/o/s/toshiichi/201504190708341d5.mp3

時は私にめまいだけを残してゆく
だからワイングラスの角氷
眠りにつこうとする愛に
ささやかないで

時は私にめまいだけを残してゆく
だから小舟を運ぶ潮風よ
眠りにつこうとする愛を
揺り起こさないで

鏡に残ったあなたの後ろ姿
青い青い海が見える
さよならを書こうとした口紅が
折れてはじけた

時は私にめまいだけを残してゆく
だから暮れ染(なず)む海の夕渚よ
いかりをほどいてゆく船の
心留めて

鏡に残ったあなたの後ろ姿
青い青い海が見える
さよならを書こうとした口紅が
折れてはじけた




小椋佳の歌「めまい」といえばファンの間でも根強い人気の名曲ですよね。

歌い出しの♪時は私にめまいだけを残してゆく♪から最後まで詩情溢れる歌です。

青い地中海を望む窓辺、外の明るさとは対照的な暗く沈んだ部屋で鏡に向かっている女性。

先ほど背中越しに部屋から去っていった男性の後ろ姿。

鏡に映った残像をいつまでも消せないでいる。

別れを告げる覚悟で紅い口紅で鏡に「さよなら」と書こうとしたが折れてはじける。

その刹那にまだ男性を愛している事に気づいてしまう・・・

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道 草

2017-05-04 03:44:25 | 小椋佳
道 草(小椋佳)




まっすぐに張った糸が あの日僕は好きだった
岩に似て 強いものが あの日僕にあるように
恋さえも人の弱さ 許せないごまかしなんだと
肩はって人を責めても 実りない日々のからまわり
じっと目を閉じ 今 じっと目を閉じ
心の中で琥珀にかすむ思い出たどれば
浮かんでくるのは 不思議と道草
数々の寄り道 まわり道

真実を背負うことが あの日僕は好きだった
この世には他に意味が あの日僕に無いように
どんなにか闇を行こうと 果てない深さの極みに
あこがれを守り袋に はりつめた日々のからまわり
じっと目を閉じ 今 じっと目を閉じ
あの気まぐれとそのたわむれと またあやまちさえ
許しも乞わずに 手を振る道草
数々の寄り道 まわり道





「道草を食う」という言葉があります。

目的地までまっすぐ行かず寄り道をするという意味の例えで、その昔、馬が輸送や農作業に活躍していた頃、仕事に向かうときや帰り道で道草を食べながらぶらぶら歩いていたことに由来します。

今では近所をうろついている馬を見かけることもなく、この言葉も死語となりそうですね。

もっとも、味噌などの調味料を持参して道ばたに生えている草をむしって食べる野草研究家と称する人物が、馬に代わるピンチヒッターとして名乗りをあげているので、「道草を食う」もぎりぎり実感の持てる言葉として生き残っているかもではありますが。(笑)
































































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