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帰らざる日のために

2024-05-31 09:31:26 | 懐かしいアニメ・TV主題歌
いずみたくシンガーズ



生まれて来たのは なぜさ
教えてぼくらは 誰さ
遠い雲に聞いてみても何も言わない
だからさがすんだ 君と
でかい青空の下で
この若さをすべて賭けていい何かを

愛する人がいるなら
求めるものがあるなら
なんにも怖くはないさ そいつが青春
涙は心の汗だ
たっぷり流してみようよ
二度と戻らない 今日のために

生きてるってこと 何さ
走ってゆくのは どこさ
風は寒く笑いながら 頬を打つだけ
だからしるすんだ 君と
荒れ果てた土の上に
この力をすべてこめた足あとを

愛する人がいるなら
求めるものがあるなら
なんにも怖くはないさ
そいつが青 春
燃えてる夢をいのちを
残らず 使ってみようよ
二度と戻らない 今日のために

愛する人がいるなら
求めるものがあるなら
なんにも怖くはないさ そいつが青春
涙は心の汗だ
たっぷり流してみようよ
二度と戻らない 今日のために




この曲、いずみたくシンガーズさんの「帰らざる日のために」は、昭和49年に放映されたTVドラマ「われら青春!」の主題歌です。

若さの代名詞である"青春"は、時代によって描かれ方が異なっています。
 
昭和3,40年代では、“若い事はそれだけで素晴らしい事”、“若さは太陽の下で謳歌するもの”といった価値観で描かれる作品が数多く登場しました。
 
しかし「帰らざる日のために」がヒットした昭和40年代後期になると、青春には陰りの心理も描かれるようになりました。
 
 "若い時分は分からない事ばかりなので、迷いや過ちを犯すもの”、“身体は成長する時期で、エネルギーがあっても何に情熱を注げば良いか見つけられないため、

葛藤が生じるもの”、といったリアルな心情が描かれ始めるようになったのです。
 
 
「帰らざる日のために」では、大人でさえ答えられない“なぜ生まれてきたのか?”、“生きるとはどういう意味があるのか?”と冒頭に問いかける歌詞に

なっています。
 
大人からすれば、"その答えは無い。それを見つけるのが人生で、どう生きるかは自分で探すもの”と思うでしょう。
 
 
しかし、誰もが一度は考えた事のある疑問を真っ先にぶつけてくる作詞には、若者のエネルギーを感じ、つい、この作品の世界観に引き込まれてしまいます。
 
もっとも、現代の若い方が納得できる歌詞かどうかは疑問ですが。(笑)































































































































 
 
 
 

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てんびんばかり 

2024-05-31 03:34:06 | フォーク&ニュー・ミュージック
 河島英五


真実は一つなのか
何処にでも転がっているのかい
一体そんなものが あるんだろうか
何も解からないで僕はいる

そして それがあるとすれば
何処まで行けば見えてくるんだろう
そして それがないものねだりなら
何を頼りに 生きて行けばいいんだろう

何も解らない 何も解らない 何も解らない
何も解らない 何も解らない
何も解らないで僕はいる

家を出て行く息子がいる
引き止めようとする母親がいる
どちらも愛してるどちらも恨んでる
どちらも泣いている

友達が殴られて仕返しをしに行った男がいる
その殴った相手も友達だったので
困ってしまった男がいる

偉い人は僕を叱るけど
その自信は何処からくるんだろう
でも もしも僕が偉くなったら
やっぱり僕も誰かを叱るだろう

何人もの人を殺した男がいる
掛替えのない命を奪ってしまった
次はこの男が殺される番だ
掛替えのない命を奪ってしまう

男が殺される 男が殺される 誰も何も言わない
男が殺される 男が殺される みんながそれに
賛成したのです

男はいつでも威張っているけど
どんな目で女を見つめているんだろう
女はいつでも威張らせておくけど
どんな目で男を見つめているんだろう

僕が何気なく呟いた言葉が
君をとっても悲しませてしまった
慰めようと言葉を掛けたら
君は泣き出してしまった

長い間 君はとっても辛い思いをしてきたのでしょう
やっと君を幸せにできると
思ったのに君はもういない

毎朝決まった時間に起きる人の喜びは
何処にあるんだろう
電信柱に小便ひっかけた野良犬の悲しみは
何処にあるんだろう

うちの仔犬はとても臆病で一人では街を歩けない
首輪をつけると とても自由だ
僕を神様だと思っているんだろう

拳を挙げる人々と 手を合わす人々が
言い争いを続ける間に
ホラ ごらんなさい野良犬の母さんが
かわいい仔犬を生みました

※誤魔化さないで そんな言葉では
僕は満足出来ないのです
てんびんばかりは重たい方に傾くに
決まっているじゃないか
どちらも もう一方より重たいくせに
どちらへも傾かないなんて おかしいよ※

(※くり返し)




祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず。ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。

有名な平家物語冒頭部分です。

人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり。
             ひとたび生を得て滅せぬもののあるべきか

桶狭間の戦いの折、今川軍が鷲津・丸根の砦に攻めかかった事を聞いた織田信長が、この一節を謡ながら舞い、猛然と出陣したと言います。

いづれも、栄華の夢の儚さを言ったものですが、パッと咲いてパッと散る桜を好む日本人の性を表している言葉かもしれません。

しかし、こういう一種の潔さを尊ぶ文化は西洋文化にはないそうです。

西洋人はもっとねちっこく、ある意味狡猾なのかもしれませんね。

政治家が汚職をしようが、官僚が破廉恥行為をしようが、国民はその時は怒ってもすぐ忘れてしまう、これまた日本ならではの現象です。

アメリカでは汚職、女性問題などでのスキャンダルを起こせば、たちどころに失脚するようですから。

これらは「忘れることは美徳」という日本人特有の国民性でしょうか。

そう言えば、かって一世を風靡したラジオドラマ「君の名は」の冒頭部分の、「忘却とは、忘れ去ることなり」と、考えれば当たり前の言葉が大流行しましたよね。

今でも「サラリと水に流す」大度(たいど)こそ好ましいという風潮があります。

 一県が失われるような事故があっても4年もすれば過去のこと、経済のためならと平気で再稼働・新増設を許してしまう、

まさに「放射能汚染水をサラリと海洋に流す」です。

世論と欲望の天秤ばかり?

しかし、そういう日本人の中にも受けた傷の痛みを決して忘れないといった人もいないわけではないと思うのです。

いや、もしかすると、本当は誰だってこころの奥底に受けた傷の痛みを仕舞っているのかもしれません。

忘れたように見えるのは、悲しみのたびに出来たこころの襞に隠されて見えないのかも・・・・・・・そう、信じたいのですが。


河島英五さんは、1952年(昭和27年)、大阪府東大阪市に生まれ、大阪府立花園高校を卒業後、「ホモ・サピエンス」というグループで活動、

のちソロとして、活動し、清酒のCM曲として「酒と泪と男と女」が大ヒットし、代表曲となりました。

この唄は「ホモ・サピエンス」として「人類」というアルバムでリリースされており、のちに、「河島英五とホモ・サピエンス」名義で、

A面を「てんびんばかり」、B面を「酒と泪と男と女」としてシングルカットしてリリースされ、その後に「河島英五」名義として、A面とB面を入れ替えて

リリースされました。

1979年(昭和54年)のTBS系ドラマ「3年B組金八先生」第1シリーズ第1話の挿入歌として、この唄が使われていたので、聞いたことがある人も

多いかもしれません。

ところで、我が国の最高裁判所の大ホールに飾られているギリシャ神話をイメージした正義の女神像は、左手に天秤ばかりを持ち、右手に剣を持って、

目を閉じています。

裁判を扱ったテレビドラマなどにもよく登場しますから、ご存知の方も多いと思います。

左手の天秤ばかりは「公平、平等」を表しており、右手の剣は「正義を実現するという強い意思」を、そして目を閉じているのは、見た目に惑わされないという

意味らしいです。

中学高校時代の公民の教科書や大学の法学科目で学ぶときに出てくるルドルフ・フォン・イェーリング「権利のための闘争」には、「法の目的は平和であり、

それに至る手段は闘争である」、「剣なき秤は法の無力、秤なき剣は単なる暴力」とあります。

なにが真実であり、そしてなにを真実として見極め、なにを正しいものとして判断して、どうやってその正義を実現すれば良いのか、

正確な天秤ばかりと最強の剣を持たない生身の人間にとって、これはただ、青春時代の一時期の悩みだけでなく、人として生きていく限りは、

つきまとう普遍的なテーゼ(命題)なのかもしれません。

さて、6月20日告示、7月7日投開票の東京都知事選、どうやら小池現職知事と蓮舫さんの一騎打ちになりそうですね。

果たして、この「てんびんばかり」、どちらに傾くでしょうか・・・

マスターは蓮舫さんに傾いて欲しいですが。




























































































































































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ヘッドライト

2024-05-31 00:20:15 | Jポップス
新沼謙治


北へ走ろう お前と二人
北は雪どけごろだろう
春もあるだろう
そんなに泣くなよ
今夜からは二人だけだよ
ふり向けば つらいことばかりの
東京は捨てたよ
夜霧にゆれてる
悲しみのヘッドライト

夜が明けたら ドライブインで
からだあたためてくれる
お茶をのもうよ
もたれて眠れよ
俺に遠慮なんかするなよ
もう二度と 戻らない町には
未練など持つなよ
二人でたずねる
しあわせのヘッドライト

もたれて眠れよ
俺に遠慮なんかするなよ
もう二度と 戻らない町には
未練など持つなよ
二人でたずねる
しあわせのヘッドライト





ヘッドライトとは、輸送機械の前部やヘルメットなどに搭載・装着し、操縦の視認性と外部からの被視認性を向上させるために使われる照明装置で、

前照灯(ぜんしょうとう)ヘッドランとも言います。

北へ走ろう お前と二人 ・・・

哀しみを表す表現はやっぱり「北」、これが「南」だと、楽しみを想像しちゃいますものね。(笑)




































































































































 

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しのび逢い

2024-05-30 13:55:59 | Jポップス
加山雄三


淡い灯かげに 横顔みせて
あのひとは 赤い酒飲んでいた
ぼくの足音 ひとりで待っていた
いけないひとね もう知らないと
唇につめたい 指をふれたひとよ

夜明けの明りに 背を向けながら
あのひとは 涙をこらえていた
ぼくの背中に 好きよと書いていた
別れを胸に みつめてふたり
ひいてはひかれて 夜ごとのしのび逢い




忍び逢いとは「男女が人目を避けてこっそり会うこと」です。  

逢瀬と意味はほぼ変わらない状況と言えるでしょう。

人に見られてはいけない事情を抱えているケースで使っていく言葉であり、忍び逢いという言い方はそんなに有名ではないので、逢瀬ほど使われる

表現ではありません。

逢瀬は「面会すること、男女が隠れて会おうとすること」

逢瀬に関しては、たいていは後者の意味になるでしょう。

男女に関する言葉として使われることが多いのです。

忍び逢いは「男女が人目を避けてこっそり会うこと」

逢瀬とほとんど意味は変わらない状況でしょう。

男女の密会においてよく使われる言葉なので、使用できるシーンはかなり限られますが。





































































































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もう君はいないのか

2024-05-30 03:06:20 | Jポップス
新沼謙治




日差しを浴びて 
まどろんで 
ときおり風に 揺れる葉の 
かすかな音に 目が覚める
いつもと同じ 秋の日が 
穏やか すぎるあまりにも
一緒にコーヒー飲もうよと
振り向けば音もなくカーテン揺れる
そうかもう君はいないのか
・・・・・・・・・
...





【自公連立終焉へ】公明党の支持母体・創価学会の「自民党離れ」が進む 岸田首相の「解散やるやる詐欺」に翻弄され“選挙協力”は風前の灯火

1999年に自民党と公明党が連立を組んでから、25年が過ぎようとしている。政策的には反発と妥協を繰り返しながら、“選挙で勝つ”を最大の目的に繋がってきた

自公だが、その関係についに、決定的な亀裂が走ろうとしている──。(週刊ポスト )

自民党➡公明党  もう君はいないのか(笑)













































































































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黒潮列車

2024-05-29 21:11:21 | Jポップス
新沼謙治


うず巻く荒波 この俺は
おまえが きらいじゃないんだよ
愛して砕けて 泣くよりも
あいつとしあわせ 生きてくれ
おまえのやさしい 微笑みが
この胸に キラリよぎるよ
とまるな列車 黒潮列車
海鳴り蹴ちらして 走ってくれよ

おまえに ふれたらこの指が
芯まできよらに 白くなる
俺には過ぎた ひとだから
わらってこの身を ひくんだよ
おまえにのこした ひとづてが
あの空に キラリゆれるよ
とまるな列車 黒潮列車
なみだよ潮風に 吹かれて散れよ
とまるな列車 黒潮列車
なみだよ潮風に 吹かれて散れよ




黒潮(くろしお)は、東シナ海を北上してトカラ海峡から太平洋に入り、日本列島に沿って東に向かい、房総半島沖に達する海流です。

日本近海を流れる代表的な暖流で、日本では日本海流(にほんかいりゅう)とも呼びます。































































































































































































 

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ふるさとは今もかわらず

2024-05-29 15:51:45 | Jポップス
新沼謙治・すみだ少年少女合唱団


爽やかな 朝靄の中を
静かに 流れる川 

透き通る
風は身体をすりぬけ
薫る 草の青さよ 

緑豊かなふるさと
花も鳥も歌うよ 

君も 僕も あなたも
ここで生まれた

あぁふるさとは
今もかわらず





 
ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや
ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや


この詩の題名は「小景異情(その二)」。詩集「抒情小曲集」(大正6年9月)に収められています。 

「異土」は「いど」と読み、「故郷以外の土地。異郷」という意味、また「乞食」は「かたい」と読み、「乞食(こじき)」と同じ意味です。
 
それにしても、哀しい歌ですね。

ふるさとを持ち、そして、ふるさとに帰れないほど、辛いことはありません。

マスターは18歳で東京に出て以来、ずっと故郷である新潟県を避けていた気がします。

しかし、父親が亡くなったこともあり、帰郷して数年が経ちました。

郷里に帰って、ふるさとのことをしきりに想っている、そんな毎日がずっと続いているのです。

ふるさとは実際に帰るところではなく、異郷にて、想い出すところであるべきだとマスターは思っています。
 
マスターは「旅人」に戻ろうとしているのです。

青春期の彷徨を、再び始めるつもりはりませんが、「人生は旅である」という思いが強くなっているのでしょうね。

















































































































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まわり道 

2024-05-29 07:09:53 | 八代亜紀
八代亜紀


桜の花のような
小雪がふりかかる
お前のおくれ髪を
この手で なでつける
まわり道を したけれど
めぐり逢えたら いいさ いいさ
遅れてやって来た
二人の春に 乾杯を あ……

川辺で子供たちが
無邪気に遊んでる
お前はそれを見て
かすかに 涙ぐむ
まわり道を したけれど
夢が叶えば いいさ いいさ
苦労の分だけは
お前もなれよ 幸せに あ……

まわり道を したけれど
これが最後の 恋さ 恋さ
二人であたたかな
ねぐらをきっと つくろうよ あ……






都知事選「小池VS蓮舫」の“頂上決戦”という大勝負 女性総理候補が激突「200万票台の競り合い」に

首都の顔を選ぶ東京都知事選(7月7日投開票)が6月20日の告示まで4週間足らずとなる中、3選を目指して5月29日にも出馬宣言する見通しの小池百合子知事(71)に先んじて、立憲民主の蓮舫参院議員(56)が27日に出馬表明した。これにより、4年に1度の首都決戦は「小池VS蓮舫」という女性同士の“頂上決戦”の構図が固まった格好だ。(東洋経済)

小池さん、どう戦うのでしょうね。

戦い方によっては、さすがの小池さんも危ない気がします。

もっとも、マスターはそれを望んでいるのですが。(笑)

今や令和の時代、何時までも昭和の政治に拘るのはどうかと思います。

若い政治を導入したらいかがでしょう、まわり道だとしても。

























































































































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さよなら故郷 

2024-05-28 16:17:31 | 八代亜紀
八代亜紀


雪が降る 雪が降る
あのひとの 肩に降る
ただひとり 旅に出る 北国の駅
あたためあったふたり
ふたりの愛を
涙 涙かんで捨てるつらさ
わかって
もう二度と帰れない さよなら故郷

雪が降る 雪が降る
わがままを 許してと
泣きながら 指で書く 汽車のガラス窓
愛するだけがすべて
すべてじゃないと
信じ 信じながら悲しすぎて
泣けない
手をふれば凍りつく 涙の粉雪

償うことはなにも
なにも出来ない
こんな こんな馬鹿な私なんか 忘れて
いつまでもしあわせに さよなら故郷






ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの
 
室生犀星の詩「小景異情」をご存知の方は多いと思います。

たとえその題に覚えがなくても、詩をご覧になったら、ハッと思い当たるのではないでしょうか。

「小景異情」は六篇の短い詩から成るのですが、なかでも有名な「そのニ」。


ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて異土の乞食かたゐとなるとても
帰るところにあるまじや
ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや


実はこれ、遠方にあって故郷を思う歌ではなく、犀星が郷里の金沢に帰郷したおりに作られた詩だそうです。

東京で思うにまかせぬ暮らしを強いられ、懐かしい故郷に帰っても温かく受け入れてもらえない。その悲哀、郷里への愛憎半ばする思いが「遠きにありて……」の

言葉となったらしいです。

故郷とは時に複雑な思いを呼び起こす場所、遠きにありて思うか、帰って父母や旧友と親しむか。

思いは千々(ちぢ)に乱れる今夏のお盆は、どんなお盆として迎えられるでしょうね、特に知事選後の東京の方は。
























































































































 

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河内おとこ節

2024-05-28 06:54:07 | Jポップス
中村美津子


河内生まれの 風来坊は
生きのいゝのが あゝ…売りもんや
サテモ皆様 おそまつながら
こゝが男の 舞台なら
太鼓叩いて 見栄を切る
喧嘩囃子の 河内ぶし

一に度胸や 二に人情や
後は腕づく あゝ…腕しだい
サテモ皆様 悪声ながら
坂田三吉 物語り
派手な掛声 頂いて
唸る男の 河内ぶし

馬鹿な息子と 叱ってくれる
俺(わい)の親父(おやじ)は あゝ…生駒山
サテモ皆様 おゝそれながら
肌は鉄火の 勇み肌
グイと冷酒 飲みほして
仁義がわりの 河内ぶし




河内の範囲は生駒山地・金剛山地の西側に沿った南北に細長い地域で、大阪府東部のことを指します。

「河内おとこ」と言えば、八尾の朝吉。

故郷の河内を出て博徒となり、弟分とともに喧嘩と恋に明け暮れるさまが描かれた今東光の長編小説「悪名」の主人公村上朝吉です。

勝新太郎の代表作として知られる「悪名」シリーズ(全16作)、勝演じる“八尾の朝吉”と、田宮二郎扮する“モートルの貞”が、卑劣な極道を

叩きのめす任侠アクションでした。












































































































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愛染かつらをもう一度

2024-05-28 02:43:33 | Jポップス
島津亜矢


花と嵐の青春を
涙と共に 生きるとき
父さんあなたの 主題歌だった
古い艶歌がわかります
いつかいっしょに 唄いましょうね
愛染かつらをもう一度

灯りさざめく東京の
日暮れは夢の 吹き溜まり
父さん私は あなたの娘
負けはしないと唇を
噛めば心に 聞こえてきます
愛染かつらの あの歌が

真実つくした 男道
破れたけれど 悔いはない
俺にはかわいい おまえがいると
酔えば口癖 お父さん
どうぞ元気で 唄ってほしい
愛染かつらを いつまでも




「愛染かつら」(あいぜんかつら)は、川口松太郎の小説で、これを原作とする映画・テレビドラマが多数製作されています。

あらすじは・・・

津村病院創立二十五周年祝賀の日、看護婦高石かつ枝は余興に歌を歌った。

伴奏は津村病院長の長男津村浩三で、これが縁で浩三とかつ枝はたびたび会うようになった。

浩三はかつ枝に結婚を申し込んだが、かつ枝には亡夫との間に敏子という子供があるためと身分の相違とを思いあわせてためらっていた。

だが、誠実な浩三の熱意にうたれたかつ枝は、愛染堂の桂の木の下で堅い愛の誓を交わした。

しかしこのことは、名門・中田病院の令嬢と浩三を結婚させようとしていた家族の大反対にあう。

一番強く反対するのは浩三の妹・竹子で、彼女はかつ枝を罵倒した。

窮地の二人は、浩三の先輩服部を訪ねて京都に身を隠そうとした。

その当日、敏子が急病に倒れたためかつ枝は約束の場所に行けなくなった。

一人京都へ向った浩三は、服部の世話で大学の研究室で働くようになる。

服部の妹美也子は浩三に惹かれるものを感じ、何かと世話を焼く。

数日してかつ枝が服部の家を訪れた。応対に出た服部は、かつ枝を誤解しているため浩三の居場所を教えなかった。

後日、かつ枝が訪れたことを知らされた浩三は急拠帰京し、かつ枝のアパートを訪ねるが、彼女に敏子という子供があることを知って会わずに帰った。

数カ月が経過し、浩三は病院に帰り、竹子の圧力でかつ枝は病院から姿を消していた。

そんなある日、新聞に「白衣の天使よりレコード歌手へ」という見出しで、かつ枝が自作の歌の発表会を歌舞伎座で行うということが報じられていた。

津村病院の看護婦たちは応援しようとするが、裏切られたと思い込んでいる浩三は、看護婦の外出許可を出さない。

だが、かつ枝の同僚・峯沢、若井から彼女の立場と事情を説明され、すべてを了解した浩三は、看護婦達全員に外出許可を与えた。

発表会は盛会だった。楽屋にかけつけた浩三に、かつ枝はだまってうなずくだけであった。

翌日、愛染堂の前にぬかずく浩三、かつ枝、敏子の姿が見られた。

松竹製作の映画(1938年公開)では、高石かつ枝 役は田中絹代、津村浩三は 上原謙が演じています。












































































































































































 

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心のこり

2024-05-28 00:16:58 | Jポップス
細川たかし


私バカよね おバカさんよね
うしろ指 うしろ指 さされても
あなた一人に命をかけて
耐えてきたのよ 今日まで
秋風が吹く 港の町を
船が出てゆくように
私も旅に出るわ 明日の朝早く

私バカよね おバカさんよね
大切な 大切な 純情を
わるい人だと 知っていながら
上げてしまった あなたに
秋風の中 枯葉がひとつ
枝をはなれるように
私も旅に出るわ あてもないままに

私バカよね おバカさんよね
あきらめが あきらめが 悪いのね
一度はなれた 心は二度と
もどらないのよ もとには
秋風が吹く つめたい空に
鳥が飛び立つように
私も旅に出るわ 一人泣きながら




「心のこり」は、既に何かを終えた後に、そのことが思い通りにならず、不満や物足りなさ、心配などの気持ちとして、後に残ることを表わしています。

また、未練や不満などを気持ちの上で断ち切れずに、それらの感情が心に残っている様子を表わす言葉でもあります。

物事が既に終わった後に、何かをしてしまった、あるいはしなかったことに対して、不満や、心配、あるいは喪失感を感じて、気持ちがすっきりしない様子を

表す言葉です。

庶民が政府に対して思う心でもあります。(笑)






























































































































































 

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おやじの海 

2024-05-27 16:39:25 | Jポップス
村木 賢吉


東 亜樹ちゃん


 
海はヨ~ 海はヨ~ 

でっかい海はヨ~ 

俺を育てた おやじの海だ

沖で苦労のシラガも増えて

汐のにおいが はだ身に しみた

そんな おやじが いとをしい 

・・・・・・・・・




この曲「おやじの海」は、村木賢吉が1972年に発売した演歌です。

1972年に佐義達雄の作詞作曲、村木の歌唱で、この曲のシングルを500枚自主制作しました。

それから6年後の1978年ごろに、北海道釧路市で有線放送から人気に火が付き、数か月で全国に広がったようです。

1979年2月にシングルを再発売、その後翌1980年に掛けて大ヒット、ロングセラー曲となりました。
























































































































































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おもいで河

2024-05-27 12:46:57 | フォーク&ニュー・ミュージック
中島みゆき


桜田淳子


研ナオコ


涙の国から 吹く風は
ひとつ覚えのサヨナラを 繰り返す
おもいで河には 砂の船
もう 心はどこへも 流れない

※飲んで すべてを忘れられるものならば
今夜も ひとり飲み明かしてみるけれど
飲めば飲むほどに 想い出は深くなる
忘れきれない この想い 深くなる※

△おもいで河へと 身を投げて
もう 私は どこへも流れない△

季節のさそいに さそわれて
流れてゆく 木の葉よりも 軽やかに
あなたの心は 消えてゆく
もう 私の愛では とまらない

(※くりかえし)
(△くりかえし)

飲んで すべてを忘れられるものならば
今夜も ひとり飲み明かしてみるけれど
飲めば飲むほどに 想い出は深くなる
忘れきれない この心 深くなる

(△2回くりかえし)





この曲「おもいで河」(おもいでがわ)は、中島みゆきの6作目のシングルで、1978年8月21日にキャニオン・レコードよりリリースされています。  

三人三様の歌をお楽しみいただけたらと思います。


















































































































































































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砂の船

2024-05-27 09:31:45 | 中島みゆき
砂の船 中島みゆき cover 「寒水魚」


誰か 僕を呼ぶ声がする
深い夜の 海の底から
目を 開ければ窓の外には
のぞくように 傾いた月

僕はどこへゆくの夢を泳ぎ出て
夢を見ない国をたずねて
いま 誰もいない夜の海を
砂の船がゆく

望むものは何ひとつない
さがす人も 誰ひとりない
望むほどに 消える夢です
さがすほどに 逃げる愛です

月は波に揺れて 幾百 幾千
古い熱い夢の数だけ
いま 誰もいない夜の海を
砂の船がゆく

月は波に揺れて 幾百 幾千
古い熱い夢の数だけ
いま 誰もいない夜の海を
砂の船がゆく
いま 誰もいない夜の海を
砂の船がゆく
ただ 誰もいない夜の海を
砂の船がゆく




少なくとも歌謡曲の歌詞ではありませんよね。

文学性が高く、歌のなかに寂寞とした喪失感が詰まっています。

中島みゆきさん、 この人はいわゆるニューミュージックのアーティストのひとりですが、言葉を編み出す力はピカ一で、詩人としても当代一流の存在だと

思います。 

みゆきさんのことを考えると、自動的に松任谷由実を連想して、ふたりを比較して考えてしまいます。

二人とも一九七〇年代の半ばに登場した人達ですが、ユーミンの場合は最初の頃の荒井由実時代の作品と松任谷のダンナと結婚したあとの『紅雀』以降の作品の

クオリティが一寸違っていると思います。

初期の作品には深層心理的なものがあるのですが、アルファレコードから独立したあとのものはトレンディで時代の匂いのする、スキーとかサーフィンとか

ドライブとかモノ文化に含まれる新しいライフスタイルを歌ったものが多いようです。

生活のうたわれ方も比較的表層的。

みゆきさんの場合は、最初から最後まで深層心理的で、生きることに悩む人間の心の立ち姿を歌にしようとしています。

メッセージがトラディショナルというか、人間的で本質的だと思うのですが・・・。




















































































































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