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哀愁列車

2024-08-30 08:28:13 | 懐かしのメロディー

三橋美智也


島津亜矢


天童よしみ


惚れて 惚れて
惚れていながら行く俺に
旅をせかせるベルの音
つらいホームに来は来たが
未練心につまずいて
落とす涙の哀愁列車
 
燃えて 燃えて
燃えてすごした湯の宿に
うしろ髪ひく灯(ひ)がひとつ
今宵逢瀬(おうせ)を待ちわびる
君の幸せ祈りつつ
 旅にのがれる哀愁列車


泣いて 泣いて
泣いているのを知らぬげに
窓は二人を遠くする
こらえきれずに見返れば
すがるせつない瞳(め)のような
星がとぶとぶ哀愁列車




昭和32年(1957)リリース。

三橋美智也は、ビジネスなんぞに色気を出さず、歌一筋にやっていたら、美空ひばりに匹敵する国民的歌手になったはずと、いつだったか立川談志さんが

言っていたとか。

たしかに、全盛期の昭和30年代前半は「三橋で明けて三橋で暮れる」と言われるほどの絶大な人気を誇っていました。

生涯のレコード売上は1億600万枚。

ちなみに、世界ランキングはと言うと、

1位 ビートルズ - 1億8300万枚

2位 ガース・ブルックス - 1億5600万枚

3位 エルビス・プレスリー - 1億4650万枚

























































































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涙のギター

2024-08-28 10:00:47 | 懐かしのメロディー
ノ-キ-エドワ-ズ (ザ・ベンチャ-ズ)


尾藤イサオ&ドーン




別れの熱い涙にふるえた

熱い涙にふるえた

真赤なギターよ

旅ゆく俺を泣かせる青い空

俺を泣かせる青い空

ちぎれ雲

風にうたれて悲しみうたう

俺の心は愛に狂う

女の心を背に受け流れゆく

影を背に受け流れゆく

涙のギター

・・・・・・・・・・





原曲は、紀本ヨシオさん、1965年のリリースでした。 

この年のヒット曲は・・・

西郷輝彦「星娘」

デューク・エイセス「女ひとり」

三田明&吉永小百合「明日は咲こう花咲こう」

倍賞千恵子「さよならはダンスの後で」

山田太郎 「新聞少年」

田代美代子&和田弘とマヒナスターズ 「愛して愛して愛しちゃったのよ」

西田佐知子 「赤坂の夜は更けて/女の意地」

北島三郎「帰ろかな」

















































































































































































































































































































































































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マロニエの木陰

2024-07-19 04:30:10 | 懐かしのメロディー
松島詩子




由紀さおり 安田祥子




春日八郎




空はくれて 丘の涯に
輝くは 星の瞳よ
なつかしの マロニエの木蔭に
風は想い出の 夢をゆすりて
今日も返らぬ 歌を歌うよ

彼方遠く 君は去りて
わが胸に 残る瞳よ
想い出の マロニエの木蔭に
一人たたずめば 尽きぬ想いに
今日もあふるる 熱き涙よ

空はくれて 丘の涯に
またたくは 星の瞳よ
なつかしの マロニエの木蔭に
あわれ若き日の 夢の面影
今日もはかなく 偲ぶ心よ





和製タンゴの名曲「マロニエの木陰」・・・

マロニエは、トチノキ科の落葉高木で、ヨーロッパ各地に名木や並木が多く、パリのシャンゼリゼにある街路樹は特に有名です。

世界四大街路樹(他にプラタナス、ニレ、ボダイジュ)の一つとされ、アメリカでも街路樹として使われています。

原産地はギリシャ北部(旧マケドニア)及びブルガリア付近だそうです。
 
日本でも公園や植物園等で稀に見られますが、イメージのよさにあやかって日本に自生するトチノキをマロニエと偽称しているケースもあるとか。






















































































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旅笠道中

2024-07-17 21:34:43 | 懐かしのメロディー
藤田まこと


藤圭子


橋幸夫


夜が冷たい 心が寒い
渡り鳥かよ 俺らの旅は
風のまにまに 吹きさらし

風が変れば 俺らも変る
仁義双六 丁半かけて
渡るやくざの たよりなさ

亭主もつなら 堅気をおもち
とかくやくざは 苦労の種よ
恋も人情も 旅の空

情ないぞえ 道中時雨
どうせ降るなら あの娘の宿で
降っておくれよ しんみりと





この曲は昭和10年(1935)2月28日公開された映画「東海の顔役」の主題歌でした。

映画は、市川右太衛門プロ制作、中川信夫監督、松竹キネマ配給のサイレント映画サウンド版で、内容は、清水の次郎長(本名:山本長五郎)若き日の物語。

サウンド版とは、音楽付きのサイレント映画で、サイレント映画からトーキーへの移行期に何本も作られています。

今に伝えられる次郎長の武勇伝ですが、一時期彼の養子になっていた天田五郎の著書「東海遊侠伝」(明治17年〈1884〉刊行)が元になっていたそうです。

この本にはかなりの誇張があるうえに、それをベースにした講談・浪曲・芝居・映画がさらに話をふくらませたため、一般に流布している次郎長像は、

実際とはかなりかけ離れていると言われています。

ただし、幕軍軍艦・咸臨丸の乗員の死骸を、官軍の命に逆らって葬ったこと、富士の裾野の開拓、英語塾を開いたことなど、いくつかの事績は事実のようですが。

ところで、長年、フリーの事業コンサルタント業というヤクザな稼業を続けてきたマスターとしては、3番の「亭主もつなら堅気をおもち……」が身に染みます。

亡き妻は、(この人とは楽な生活はできないだろう)と思いながら私と結婚したようですが、実際いろいろ苦労をかけてしまいました。

今は、「お前は堅気と結婚すべきだったね」と、仏前に言ってみたりしますが、今となっては何の足しにもなりませんよね。(笑)




































































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おんな船頭唄

2024-07-12 10:23:07 | 懐かしのメロディー
大月みやこ


天童よしみ


 田端義夫   



嬉しがらせて 泣かせて消えた
憎いあの夜の 旅の風
思い出すさえ ざんざら真菰(まこも)
鳴るなうつろな この胸に

所詮かなわぬ えにしの恋が
何処(なぜ)にこうまで 身を責める
呼んでみたとて はるかな灯り
ぬれた水棹(みさお)が 手に重い

利根で生れて 十三 七つ
月よあしたも 同じ年
かわいそうなは みなし子同士
今日もお前と つなぐ舟





原曲はご存知の通り、1955年にリリースされた三橋美智也さんののシングルレコードです。





三橋 美智也 





この曲、当初は後輩の新人歌手・西村つた江に用意されていた曲でしたが、高音から始まるこの歌を三橋さんに歌わせたいというディレクター・掛川尚雄の一存で

三橋さんに決定したのだそうです。

結果的には200万枚を売り上げ、A面の「逢初ブルース」(照菊)を凌ぐ大ヒット曲となりました。

加えて、この曲で一躍スターの仲間入りをした三橋さん、以後大ヒット曲を連発し歌謡界を代表する歌手として全盛期を迎えていくのです。

1956年には日活から同名のタイトルで映画化されており、三橋さんも劇中に艶歌師・三田道也役で出演しました。

ところで、1998年、千葉県香取市の佐原市立水生植物園に「おんな船頭唄」の歌碑が建立されましたが、千葉県と何の関係があるのか分かりません。(笑)

三橋さんの歌碑は沢山ありますが、楽曲の歌碑はこれが初、以後、岐阜県養老郡養老町にも同曲の歌碑が建てられています。

しかし、こちらは誰もが納得出来る理由があります。

と、言うのは、「おんな船頭歌」の作曲を手掛けた山口俊郎氏の出身地が岐阜県養老郡養老町高田常磐町。

山口俊郎氏、以後も三橋さんと共に「ソーラン節」等の民謡を編曲し発表、日本各地に眠っていた民謡を再び世に広めた功績も。













































































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さよならルンバ

2024-06-27 01:46:28 | 懐かしのメロディー
二葉あき子


このまま お別れしましょう
あなたの言葉のまま
ダリアの花びらさえも
恋の時すぎりゃ 色はさめる
ああ さめた後から
いくら泣いて泣いて 泣いてみたとて
かえらぬ 恋の終わりは
しおれた 花びら

それでは これでさよなら
あなたの言葉のまま
タバコのすいがらのように
道に捨てられた あたしなのね
ああ つらいけれども
いくら泣いて泣いて 泣いてみたとて
かえらぬ 恋の終わりは
はかない けむりよ

 さよなら さよなら さよなら





昭和23年(1948)10月にコロムビアから発売されたこの曲「さよならルンバ」・・・

昭和20年代前半には、ブルースやルンバのつくヒット曲がいくつも生まれました。

昭和23年だけでも、この歌のほか、「バラのルンバ」「懐かしのブルース」「君忘れじのブルース」などがリリースされています。

ルンバは敗戦後の一種開放的な明るさにマッチしたこと、ブルースは日本人本来のセンチメンタリズムを刺激したことがヒットの大きな要因だった、

といってよいでしょう。

ただ、歌詞はセンチメンタルそのもの、彼女の奥行きのあるアルトが魅力の曲でした。



さて、昔、「言語名良、意味不明」と言われた総理大臣がいました。

竹下登元首相、そうです、タレントのDAIGO さんのおじいさんです。

歯切れのいい、センテンスの短いしゃべり方が人気だった小泉純一郎元総理とは対象的な総理だったと思います。

「言語名良、意味不明」・・・

そう言えば、七夕決戦を控えている小池百合子現東京都知事もそうかも知れません。(笑)




















































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誰か夢なき

2024-06-16 14:31:07 | 懐かしのメロディー
フランク永井




想いあふれて 花摘めば
白い指さき 入日がにじむ
あざみなぜなぜ 棘持つ花か
たとえささりょと
ああ… 誰か夢なき

森の梢に 照る月も
くもれ男の 切ない涙
つよくあきらめ 忘りょとすれば
声がまたよぶ
ああ… 誰か夢なき

あわれ彼の君 いま在(ま)さば
なんで離りょう 離されましょか
伊豆の紅バラ 湯槽(ゆぶね)に散らし
すがるおもかげ
ああ… 誰か夢なき

愛がまことの 愛ならば
慕うこの花 あの花二つ
結ぶ都の 優(やさ)糸柳
春よ輝け
ああ… 誰か夢なき





敗戦の翌年1946年11月公布された「新憲法」は1947年5月3日に施行されました。

この新憲法の三本柱のひとつが「平和主義」、戦争に苦しんだ国民にとっては「夢」そのものだったのではないでしょうか。

 施行前の3月、戦後初の総選挙に立った田中角栄の夢物語のような演説に込められたのは「庶民の生活向上」、やがて、首相になった角栄は日本列島改造で

「豊かさ」を実行して行きます。

あれから70年余、平和と豊かさがもたらされた今、また時代は戦前に戻ろうとしているように思うのはマスターだけでしょうか。

平和は「積極的平和」になり、庶民の豊かさは「国の豊かさ」に、いわゆる「富国強兵」へと。

あぁ、誰か夢なき・・・ 誰も夢なき。(笑)


この曲は1947年8月公開の新東宝映画『誰か夢なき(前・後編)』(渡辺邦男監督)の主題歌です。

恋愛ドラマで、藤田進、中村彰、黒川弥太郎、野上千鶴子、大河内伝次郎、入江たか子などが出演しました。

 時代劇スターの黒川弥太郎、大河内伝次郎の出演しているのが目を引きますが、敗戦後の被占領時代、GHQ(占領軍総司令部)により、時代劇は封建的だとして

公開が禁止されていて、出番がなくなった時代劇スターたちは、やむなく現代劇に出演していたのです。












































































































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麗人草の唄 

2024-06-13 07:55:31 | 懐かしのメロディー
倍賞千恵子


愛の涙に やさしく濡れて
咲くが女の 命なら
なぜに散らした あの夜の風よ
いまはかえらぬ 夢哀し

月のテラスで やさしく肩を
抱いたあの夜の あの人が
きょうも呼ぶ呼ぶ 嘆きの窓に
強く生きよと 夢に呼ぶ

涙々の いくとせ越えて
かえるこの春 花の春
咲いて香れよ 麗人草の
 花は紅(くれない) あの丘に




昭和24年(1949)の松竹映画『麗人草』(原研吉監督)の主題歌で、レコードはキングから発売されました。

主演は初代水谷八重子さん。


林伊佐緒





 
ところで、麗人草という植物は実際にあるのでしょうか?

伶人草という同音の草本はありますが、花は美しいものの、トリカブトの一種で、毒があり、麗人草のイメージには合いません。
 
伶人は雅楽の演奏者のことで、花の形が伶人のかぶる帽子に似ていることからこの名前がついたと言われたいます。
 
美人草という草花があります。

麗人とは美人のことですから、映画制作者と作詞者は、美人草を雅語的な麗人草に言い換えたのかも知れません。

ところで、麗人草ってどんな植物なんでしょう?

 調べてみますと、レイジンソウと発音が同じ草本はあるのですが、文字は伶人草、花は美しいものの、トリカブトの一種で、毒があり、麗人草のイメージには

合いません。
 
では、と考えてみますと、ありました。

とは言っても、こちらは美人草、ひなげしの別名とあります。

さらに、容貌・容姿の優れた女性を表す言葉として麗人と言うのもありました。

また、容貌・容姿の優れた女性を表す言葉としては、美人、美女、麗人、佳人、美形、名花、別嬪(べっぴん)、古い言い方では手弱女(たおやめ)、

知性や教養が備わった美人は閨秀(けいしゅう)、少し品下れる表現では色女、グラマーなどもあります。

 
 
























































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あざみの歌

2024-06-09 00:30:25 | 懐かしのメロディー
倍賞千恵子




山には山の 愁(うれ)いあり
海には海の 悲しみや
ましてこころの 花ぞのに
咲きしあざみの 花ならば
 
高嶺(たかね)の百合の それよりも
秘めたる夢を ひとすじに
くれない燃ゆる その姿
あざみに深き わが想い
            
いとしき花よ 汝(な)はあざみ
こころの花よ 汝はあざみ
さだめの径は 涯(は)てなくも
香れよせめて わが胸に
 





詩は、昭和20年(1945)に復員してきた当時18歳の横井弘が、疎開先の下諏訪の八島高原で、野に咲くアザミの花にみずから思い抱く理想の女性の姿をだぶらせて

綴った歌詞に、八洲が作曲したうたが、NHKのラジオ歌謡に採用され、昭和24年(1945)8月8日から放送された。 NHKの「日本の歌ふるさとの歌百選」にも

入選し、今でも皆に愛唱される歌となった。このうたは、霧ヶ峰八島高原で作詞されたということで、その歌碑が建っており、あざみの歌発祥の地としても

親しまれいます。

孤独を感じさせるアザミの花言葉は、トゲのある姿と、すっと伸びた固い茎に由来。

特に、「独立」という花言葉は、スコットランドがノルウェー軍に夜襲を受けた際、アザミのトゲを踏みつけたスコットランド兵の声でスコットランド軍が

追い打ちをかけることができたという話に由来しているとか。

このエピソードによって、アザミはスコットランドの国花となっているそうです。








































































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十三夜

2024-06-08 11:09:10 | 懐かしのメロディー
八代亜紀




藤圭子



1 河岸(かし)の柳の行きずりに
  ふと見合わせる顔と顔
  立ち止まり 懐かしいやら嬉しやら
  青い月夜の十三夜

2 夢の昔よ 別れては
  面影ばかり遠い人
  話すにも何から話す 振袖を
  抱いて泣きたい十三夜

3 空を千鳥が飛んでいる
  今更泣いてなんとしょう
  さよならと こよない言葉かけました
   青い月夜の十三夜




十三夜とは、十五夜(中秋の名月)の後に巡ってくる十三夜をさし、旧暦9月13日のお月見のことを言います。

中秋の名月の後なので、「後(のち)の月」と言われたりもします。

また、十三夜には栗や枝豆を供えることから「栗名月(くりめいげつ)」「豆名月(まめめいげつ)」とも言われます。

十五夜は中国から伝わったものですが、十三夜は日本固有の風習。

延喜19年(919年)、宇多法皇によって十五夜の宴に加えて9月13日にも観月の宴を行ない、これが日本独自の十三夜の月見のはじまりとされています。

十三夜は正式には九月十三夜。旧暦の9月13日に行われるお月見です。

ちなみに、2024年、今年の十三夜は10月15日(火)。

さて、八代亜紀・藤圭子さんの「十三夜」も素敵ですが、原曲に近く歌われているこの方の歌も是非・・・


 
加賀城みゆき































































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涙の渡り鳥 

2024-06-05 04:05:05 | 懐かしのメロディー
倍賞千恵子


天童よしみ


雨の日も風の日も 泣いて暮らす
わたしゃ浮世の 渡り鳥
泣くのじゃないよ 泣くじゃないよ
泣けば翼も ままならぬ

あの夢もこの夢も みんなちりぢり
わたしゃ涙の 旅の鳥
泣くのじゃないよ 泣くじゃないよ
泣いて昨日が 来るじゃなし

懐かしい故郷(ふるさと)の 空は遠い
わたしゃあてない 旅の鳥
泣くのじゃないよ 泣くじゃないよ
 明日(あす)も越えましょ あの山を




昭和7年(1932)、ビクターから発売差荒れたこの歌、歌ったのは、覆面歌手第一号として知られる小林千代子さんでした。


小林千代子


そして、大ヒット。

作曲者の佐々木俊一は、東洋音楽学校(現・東京音楽大学)卒業後、ビクターの楽団でドラムを叩いていたそうです。

この曲は彼の最初の作品で、それが大ヒットという、作曲家として実に幸運なスタートを切りました。

その後、彼はおもに佐伯孝夫と組んでヒット曲を連発しましたが、昭和32年(1957)に49歳という若さで亡くなってしまいました。
 
『無情の夢』『燦めく星座』『新雪』『桑港(サンフランシスコ)のチャイナタウン』『明日はお立ちか』『高原の駅よさようなら』『月よりの使者』

『アルプスの牧場』『野球小僧』『白樺の小径』は、いずれも佐伯孝夫とのコラボ作品です。

佐々木俊一は浪曲(浪花節)のファンで、とくに春日井梅鶯(かすがい・ばいおう)が好きだったとか。

常々、「浪曲には大衆の好むものが潜んでいる」といい、作曲の際には梅鶯のレコードに耳を傾けていたといいます。























































































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雨降る街角

2024-06-04 00:14:37 | 懐かしのメロディー
ちあきなおみ



辛いだろうが やぼな事言うでない
これきり逢えぬ 二人じゃないさ
せめて震える 肩を引きよせ
揺れて歩けば 雨が降る
ああ 別れ街角

あれもこれも ひとときの夢ならば
今さら俺が 泣けたりするか
洩れる吐息に うるむ青い灯
なぜか今宵も 雨が降る
ああ 馴れた街角

想い出して ただ一人待っていな
忘れずきっと 迎えにゃ来るぜ
未練きれずに 濡れてたたずむ
影に嘆きの 雨が降る
ああ さらば街角




この曲は昭和28年12月に春日八郎でレコード発売されています。


春日八郎




春日八郎はこの前年に『赤いランプの終列車』、翌年に『お富さん』と立て続けに大ヒットを飛ばしていました。

作曲した吉田矢健治は大正12年(1923)、山口県岩国市生まれ。

明治大学マンドリン部を経て作曲家になるという、古賀政男の跡を追うかのような道をたどっています。

春日八郎とのコンビでは、ほかに『ごめんよかんべんナ』『別れの燈台』『足摺岬』などのヒット曲があり、そのほか三橋美智也で、『お花ちゃん』

『夕焼けとんび』、バーブ佐竹でも『女心の唄』というヒット曲があります。






























































































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別れの一本杉

2024-06-03 19:18:17 | 懐かしのメロディー
春日八郎



泣けた 泣けた
こらえきれずに泣けたっけ
あの娘と別れた哀しさに
山のかけすも鳴いていた
一本杉の石の地蔵さんのよ
村はずれ

遠い 遠い
想い出しても 遠い空
必ず東京へついたなら
便りおくれと云った娘
りんごの様な赤い頬っぺたのよ
あの泪

呼んで 呼んで
そっと月夜にゃ呼んでみた
嫁にもゆかずにこの俺の
帰りひたすら待っている
あの娘はいくつとうに二十はよ
 過ぎたろに





この曲「別れの一本杉」は、1955年12月にリリースされた春日八郎のシングルレコードです。

作詞は高野公男、作曲は船村徹。

二人は大学在学中に知り合い、コンビを組んで活動していました。
 
当時二人は新人でこれといったヒットに恵まれず苦しい時代を過ごしていましたが、そのような中でいくつかの曲をキングレコードの春日のもとに

売り込みにいきます。

その中で目に留められた曲がこの「別れの一本杉」でした。

曲は、ビゼーの歌劇「カルメン」のハバネラのリズムをヒントに書かれたものだそうです。

この曲は当時50万枚のセールスを記録し、当時としては爆発的な人気となっています。

これにより、春日八郎の演歌歌手としての地位は確固たるものになり、また船村徹と高野公男の活動も本格化したが、この曲がヒットした矢先、

作詞家の高野公男は結核に罹り、「別れの一本杉」が発表された翌1956年に26歳にて死去しました。

まさに、「別れの一本杉」となってしまいました。













































































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一本刀土俵入り

2024-05-26 18:24:44 | 懐かしのメロディー
三橋美智也


  

角力(すもう)名乗りをやくざに代えて
  今じゃ抱寝(だきね)の一本刀
  利根の川風まともに吹けば
  人の情けを
  人の情けを思い出す

 忘れられよか 十年前を
  胸にきざんだあのあねさんを
  惚れたはれたと言うてはすまぬ
  義理が負目(おいめ)の
  義理が負目の旅合羽(たびがっぱ)

 見せてあげたい男の夢も
  いつか崩れた一本刀
  悪い奴なら抑えて投げて
  行くがおいらの
   行くがおいらの土俵入り





長谷川伸の同名の戯曲に基づいた歌で、昭和32年(1957)のヒット曲。

この戯曲は、歌舞伎や新派、新国劇として幾度となく上演され、さらに何度も映画化されていて、粗筋は次のとおり。

相撲取りの駒形茂兵衛は、才能がないと親方から見放されて帰郷する途中、水戸街道取手(とりで)の宿にやってきます。
 
一文無しで、飢えて途方に暮れている茂兵衛を、宿屋の2階で見ていた酌婦お蔦は、事情を聞いて、櫛(くし)、簪(かんざし)、巾着(きんちゃく)を与え、

もう一度江戸に戻って修業するよう励まします。

10年後、望みを果たせず、やくざになっていた茂兵衛は、取手に戻り、お蔦を探しますが、なかなか見つかりません。

お蔦は、船印彫(だしぼり)師・辰三郎と夫婦になり、娘お君をもうけていました。辰三郎は、土地のやくざ・波一里儀十(なみいちりぎじゅう)一家と悶着を

起こしていました。

偶然のことからお蔦に出会った茂兵衛は、襲ってきた儀十一家のやくざたちを叩きのめし、3人を逃がします。その際、茂兵衛が言った名文句が、次の言葉です。

「お行きなさんせ。仲よく丈夫でおくらしなさんせ。ああ、お蔦さん、棒ッ切れを振り廻してする茂兵衛の、これが、10年前に櫛、簪、巾着ぐるみ、意見を

もらった姐さんに、せめて見てもらう駒形の、しがねえ姿の土俵入りでござんす」


「我が土俵人生に一片の悔いなし」」

“孤高の正々堂々”を貫いた横綱・稀勢の里が、土俵人生に幕を下ろしたのは2019年1月16日(1月場所4日目)でした。

19年ぶりに誕生した日本人横綱も約2年でまた不在、寂しく感じる相撲ファンは少なくなかったと思います。

若貴ブームに沸いた1990年代は、年間200人を超えた新人力士も近年は半分以下とか。

衰退一途だった相撲界に灯りを灯したのが今場所優勝した大の里。

是非、来場所も頑張って連続優勝して欲しい。




























































































































































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東京でだめなら

2024-05-26 02:47:10 | 懐かしのメロディー
渥美清


京でだめなら名古屋があるさ
名古屋がだめなら大阪があるさ
すてちゃいないぜ 男の夢は
肌身はなさず だいている





渥美 清さん(1928年〈昭和3年〉3月10日 - 1996年〈平成8年〉8月4日)と言えば、日本のコメディアン、俳優、歌手ですよね。

代表作は「男はつらいよシリーズ」。

柴又育ちのテキ屋で風来坊の主人公「車 寅次郎」を演じ、「寅さん」として広く国民的人気を博した昭和の名優です。























































































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