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おかあさん

2024-05-12 04:22:50 | 懐かしのメロディー
高峰三枝子

ふるさとの風が
心に吹く ひるさがり 

そっと呼んでみたくなる
おかあさん 

あの雲のむこうに
青空があるように 

悲しみのむこうに
いつも やさしいほほえみが

お母さん
お母さんの顔がある

・・・・・・・・・





1968年4月1日から1988年4月1日までの20年間にわたり、主にフジテレビ系列局で月曜日から金曜日の15時台に生放送されたワイドショー・情報番組

「3時のあなた」(さんじのあなた)。

その、初代司会者だった高峰三枝子さんが番組内で歌われたのが、この曲「お母さん」です。

ちなみに「3時のあなた」、1981年3月までは「奥さまスタジオ 3時のあなた」(おくさまスタジオ さんじのあなた)と題して放送されていました。






























































































































































































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雨のオランダ坂  

2024-05-05 21:59:39 | 懐かしのメロディー
渡辺はま子 


こぬか雨ふる 港の町の
青いガス灯の オランダ坂で
泣いて別れた マドロスさんは
しまのジャケツに オイルのコート
けむにむせてか 泣いていた
泣いていた

雨のふる日の 日ぐれの頃に
思い出します オランダ坂を
遠いあの日を わすれもせずに
ぬれて歩けば 出船の汽笛
港こいしと 泣いている
泣いている

異人屋敷の 窓の灯りで
ぬれてさまよう マドロスさんを
恋しい人かと のぞいて見れば
遠いお国の 見知らぬお人
オランダ坂の 雨の日よ
雨の日よ





この曲は、 昭和22年(1947)の松竹映画『地獄の顔』の主題歌で、渡辺はま子さんが歌っていました。

この映画では、「雨のオランダ坂」のほかに、「夜霧のブルース」「長崎エレジー」「夜更けの街」と計4つの挿入歌が作られています。

いずれもヒットしましたが、とりわけ、「雨のオランダ坂」と「夜霧のブルース」は懐メロ番組で繰り返し歌われ、ロングヒットとなりました。
 
歌詞にあります「マドロス」ですが、オランダ語のmatroosが語源で、水夫とか船員を意味します。

昭和30年代半ばごろまでは、「ひばりのマドロスさん」など、歌謡曲によく出てきましたが、その後はさっぱり見かけなくなりました。

一般の言葉としても、死語に近いといってよいかもしれません。

オランダ坂は長崎市の観光名所、だれでも知っていると思いますが、念のため。(笑)



















































































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人を戀ふる歌 

2024-04-27 05:49:39 | 懐かしのメロディー
森繁久彌 


1 妻をめとらば 才たけて
  みめ美わしく 情けある
  友を選ばば 書を読みて
  六分(りくぶ)の侠気 四分(しぶ)の熱
2 恋の命を たずぬれば
  名を惜しむかな 男(おのこ)ゆえ
  友の情けを たずぬれば
  義のあるところ 火をも踏む
3 汲めや美酒(うまざけ) うたひめに
  乙女の知らぬ 意気地(いきじ)あり
  簿記の筆とる 若者に
  まことの男 君を見る
4 ああ われダンテの 奇才なく
  バイロン ハイネの熱なきも
  石を抱(いだ)きて 野にうたう
  芭蕉のさびを よろこばず
5 人やわらわん 業平(なりひら)が
  小野の山ざと 雪をわけ
  夢かと泣きて 歯がみせし
  むかしを慕う むら心
6 見よ西北に バルカンの
  それにも似たる 国のさま
  あやうからずや 雲裂けて
  天火(てんか )一度(ひとたび) 降らんとき
7 妻子を忘れ 家を捨て
  義のため恥を 忍ぶとや
  遠くのがれて 腕を摩(ま)す
  ガリバルディや 今いかに
8 玉をかざれる 大官(たいかん)は
  みな北道(ほくどう)の 訛音(なまり)あり
  慷慨(こうがい)よく飲む 三南(さんなん)の
  健児は散じて 影もなし
9 四度(しど)玄海の 波を越え
  韓(から)の都に 来てみれば
  秋の日かなし 王城や
  昔に変る 雲の色
10 ああわれ如何(いか)に ふところの
  剣(つるぎ)は鳴りを ひそむとも
  咽(むせ)ぶ涙を 手に受けて
  かなしき歌の 無からめや
11 わが歌声の 高ければ
  酒に狂うと 人のいう
  われに過ぎたる のぞみをば
  君ならではた 誰か知る
12 あやまらずやは 真ごころを
  君が詩いたく あらわなる
  無念なるかな 燃ゆる血の
  価(あたい)少なき 末の世や
13 おのずからなる 天地(あめつち)を
  恋うる情けは 洩らすとも
  人をののしり 世をいかる
  はげしき歌を ひめよかし
14 口をひらけば 嫉(ねた)みあり
  筆を握れば 譏(そし)りあり
  友を諌(いさ)めて 泣かせても
  猶(なお)ゆくべきや 絞首台
15 おなじ憂いの 世に住めば
  千里のそらも 一つ家(いえ)
  己(おの)が袂(たもと)と いうなかれ
  やがて二人の 涙ぞや
16 はるばる寄せし ますらおの
  うれしき文(ふみ)を 袖にして
  きょう北漢(ほくかん)の 山のうえ
  駒立て見る日の 出(い)づる方(かた)





与謝野鉄幹は、明治6年(1873年)、京都の寺の4男として生まれ、落合直文に師事し、歌人・詩人として活躍しました。
 
「君死にたまふことなかれ」の詩で有名な与謝野晶子は、3度目の妻です。
 
明治28年(1895年)、招かれて漢城(現在ソウル)で日本語による教育を行っていた乙未義塾(いつびぎじゅく)に教師として赴任、

この歌は在韓中の明治31年(1898年)に作られたと言われています。













































































































































 

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流れの旅路

2024-04-23 03:52:29 | 懐かしのメロディー
津村謙


三橋美智也


若原一郎


紅いマフラーを いつまで振って
名残り惜しむか あの娘の馬車は
遥かあの丘 あの山越えて
行くかはるばる 流れの旅路

旅の一座の 名もない花形(スター)
ビラの写真の さみしい顔よ
遥かあの町 あの村過ぎて
行くかはるばる 流れの旅路

紅いマフラーは 見るのも辛い
別れ惜しんだ あの娘がいとし
遥かあの空 あの星見ては
行くかはるばる 流れの旅路




戦地から復員し歌謡界に復帰したものの、鳴かず飛ばずだった津村謙にとって、昭和23年は画期的な年となりました。

昭和22年、師と仰ぐ江口夜詩がポリドールからキングレコードに移籍して来て、江口作曲の「緑の牧場」が当時無名の津村謙に提供されることになったのですが、

この「緑の牧場」はNHKのラジオ歌謡のために制作された曲であったため、放送では当時既にスターだった近江俊郎が歌い、レコードは津村謙となったのです。

しかし、この経緯で津村謙という特異な名前(津村浩三+上原謙)が知られるようになり、キングレコードは次の企画に、『花売り娘シリーズ』などの上原げんとを

作曲に、作詞歴は長いものの「青春のパラダイス」でやっと無名を脱した吉川静夫を作詞に起用し、「流れの旅路」をリリースしたところこれがヒット。

この曲のヒットにより津村謙と吉川静夫は、歌謡界において確乎たる地歩を占めることとなったのです。

のち「流れの旅路」のイメージを汲むものとして、「流れの船唄」「流れのジプシー」「赤いマフラー」などが作られています。



























































































































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メロンの気持

2024-04-22 06:24:00 | 懐かしのメロディー
高橋真梨子


森山加代子


Corazon de melon, de melon,
melon, melon, melon, melon…

ねぇ わたしはメロン
つきの はたけの
つゆに ぬれた
あおい メロン

Corazon de melon, de melon,
melon, melon, melon, melon…

ねぇ わたしはメロン
だれか こっそり
とりに きてよ
あまい メロン

Corazon de melon, de melon,
melon, melon, melon, melon…

ねぇ あおくてかたい
それは そとだけ
とっても おいしい
かわいい メロン




高級メロンと言われるマスクメロンの中でも最高級のメロン、クラウンメロン。

静岡県の特産品で、西部の天竜川以東の地域が産地だそうです。

伝統的な独自栽培で育てられた一級品だけがクラウンメロンとして出荷され、通年栽培・通年出荷を実現しています。

1本の木から1個のメロンしか収穫しないため、美味しさと栄養がひと玉に凝縮されていて、抜群の糖度、湧き出てくるような果汁、品格ある容姿のこの珠玉は、

誰もが味わいたい逸品であり、誰にでも喜ばれる名品です。
















































































































































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琵琶湖哀歌

2024-04-10 05:18:17 | 懐かしのメロディー
山本あき


遠くかすむは 彥根城 
波に暮れ行く 竹生島 

三井の晩鐘 音絶へて 
何すゝり泣く 濱千鳥

瀬田の唐橋 漕ぎぬけて 
夕日の湖に 出で行きし 

雄々しき姿よ 今いずこ 
あゝ青春の 唄のこえ

比良の白雪 溶けるとも 
風まだ寒き 志賀の浦 

オールを揃えて さらばぞと 
しぶきに消えし 若人よ

君は海の子 かねてより 
覺悟は胸の 波まくら 

小松ヶ原の 紅椿 
御靈を守れ 湖の上





この曲「琵琶湖哀歌」(びわこあいか)は、1941年(昭和16年)6月にテイチクレコードから出された流行歌です。

作詞を奥野椰子夫、作曲を菊池博が行い、東海林太郎と小笠原美都子が歌っています。

同年4月6日に琵琶湖でボート練習中に突風のため転覆し水死した第四高等学校(現・金沢大学)漕艇部の部員11人を悼んで作られたようです。

歌詞には、遭難事故には全く関係のない琵琶湖八景が詠み込まれており、またメロディの半分ほどは琵琶湖周航の歌の借用です。

東海林と小笠原のデュエットも即席で、レコードが発売されたのはまだ遭難者の捜索が続いていた最中だったとか。







































































































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お座敷小唄

2024-03-10 00:15:46 | 懐かしのメロディー
松尾和子/和田弘とマヒナスターズ -  



藤 圭子



富士の高嶺に降る雪も
京都先斗町(ぽんとちょう)に降る雪も
雪に変わりはないじゃなし
とけて流れりゃ皆同じ
好きで好きで大好きで
死ぬ程好きなお方でも
妻と言う字にゃ勝てやせぬ
泣いて別れた河原町
ぼくがしばらく来ないとて
短気おこしてやけ酒を
飲んで身体をこわすなよ
お前一人の身ではない
一目見てから好きになり
ほどの良いのにほだされて
よんでよばれている内に
忘れられない人となり
どうしたかと肩に手を
どうもしないとうつむいて
目にはいっぱい泪ため
貴方しばらく来ないから
唄はさのさかどどいつか
唄の文句じゃないけれど
お金も着物もいらないわ
貴方ひとりが欲しいのよ





♪富士の高嶺に降る雪も 京都先斗町に降る雪も、が歌いだしの「お座敷小唄」。

1964年のリリースで、作詞:不詳、作曲:陸奥明 歌:和田弘とマヒナスターズ、松尾和子でした。

キャバレーのホステスが口ずさんでいた曲を和田弘が採取し、ドドンパのリズムでアレンジしてレコーディングされたと言われています。

250万枚を超える売り上げを記録。

歌詞では、京都先斗町の芸者の立場から、馴染みの男性客(既婚者)への想い(または営業トーク)が歌われています。

なぜ「富士の高嶺」なのか?

これはおそらく、男性客の奥さん、つまり「夫人」と「富士」の掛詞(かけことば)ではないかと思います。

芸者の立場からは手の届かない高嶺の存在という関係性までうまく表現されています。

夫人という高嶺の存在でも、京都先斗町の芸者でも、女であることには変わりないじゃないか。

それでも「妻と言う字にゃ勝てやせぬ」。

本気なのか営業トークなのかはさておいて、立場に苦しむ芸者のやるせない想いが込められているようですね。
























































































































































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あの丘越えて

2024-02-28 01:32:24 | 懐かしのメロディー
美空ひばり


天童よしみ



山の牧場の夕暮に
雁が飛んでる ただ一羽
私もひとり ただひとり
馬の背中に 眼をさまし
イヤッホー イヤッホー

お花畑の まひるどき
百舌が鳴いてる 雲の上
私はひとり ただひとり
遠い都を 思い出し
イヤッホー イヤッホー

山の湖 白樺の
影が揺らめく 静けさよ
私はひとり ただひとり
恋しい人の 名を呼んで
イヤッホー イヤッホー

山の牧場の 星の夜
風に揺れてる 灯は
私とおなじ ただひとり
泣けば悲しい 山彦が
イヤッホー イヤッホー
イヤッホー イヤッホー





「あの丘越えて」、・・・ 菊田一夫の原作を瑞穂春海が脚色し、瑞穂春海が監督、14歳の美空ひばりと27歳の鶴田浩二の歌声で綴る青春映画でした。

万里子(美空ひばり)は信州の高原で育った天真爛漫な少女。

ある日、東京から能代大助(鶴田浩二)という大学生が彼女を迎えに来た。

上京した万里子は外国で成功して戻ってきた父親の家で暮らすことになる。

勝手が違う東京での生活に戸惑うことばかりの万里子。

家庭教師の大助だけが心許せる相談相手だった。

万里子は大助にほのかな想いを抱き、やがてそれが初恋だと気づいていく・・・。

 汚れを知らぬ野性の少女(美空ひばり)と素朴な青年(鶴田浩二)が綴る愛と涙の高原物語でした。







































































































































































 

















































































































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丘を越えて

2024-02-27 16:11:33 | 懐かしのメロディー
藤山一郎


石原裕次郎


矢野顕子



 丘を越えて行こうよ
 真澄の空は朗らかに
 晴れてたのしいこころ
 鳴るは胸の血潮よ
 讃えよわが青春(はる)を
 いざ行け遥か希望の
 丘を越えて
 
 丘を越えて行こうよ
 小春の空は麗らかに
 澄みて嬉しいこころ
 湧くは胸の泉よ
 讃えよわが青春を
 いざ聞け遠く希望の
 鐘は鳴るよ




この曲「丘を越えて」は、1931年(昭和6年)12月に日本コロムビアから藤山一郎の歌唱によって発売された昭和歌謡です。

1931年(昭和6年)に発表された新興キネマ制作の映画『姉』の主題歌。

作詞は島田芳文、作曲は古賀政男。古賀政男が自身の青春の思い出を曲にした作品で、藤山一郎の大ヒット曲となり、藤山の歌手としての人気を決定づけました。

元は、古賀政男が「ピクニック」というタイトルで明治大学マンドリン倶楽部のマンドリン合奏曲として作曲したもので、

この曲に作詞家の島田芳文が詞をつけた歌が「丘を越えて」です。

島田芳文は、群馬県吾妻郡長野原町北軽井沢の浅間牧場の風景を描いて詞を書き上げ、浅間牧場には「丘を越えて」の歌碑があります。

















































































































































 

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まつのき小唄

2024-02-20 00:02:23 | 懐かしのメロディー
二宮ゆき子



松の木ばかりが まつじゃない
時計をみながら ただひとり
今か今かと 気をもんで
あなた待つのも まつのうち

好き好き好きよ みんな好き
あなたのすること みんな好き
好きでないのは ただ一つ
かげでかくれて する浮気

イヤイヤイヤよと 首をふる
ほんとにイヤかと 思ったら
イヤよイヤにも 裏がある
捨てちゃイヤよと すがりつく

うそうそうそよ みんなうそ
あなたの云うこと みんなうそ
うそでないのは ただ一つ
あの日別れの サヨウナラ

恋にもいろいろ ありまして
ヒゴイにマゴイは 池の鯉
今夜来てねと 甘えても
金もって来いでは 恋じゃない

ダメダメダメよと 云ったけど
気になるあなたの 顔の色
出したその手を ひっこめて
帰りゃせぬかと 気にかかる



1964年発売されたこの曲「まつのき小唄」150万枚売上の大ヒットとなりました。

「お座敷小唄」同様、作者不詳の作品でドドンパのリズムを採用している事が共通しています。
 
最初に発売したキング盤が最もヒットしましたが、少し遅れて各社からレコードが発売されました。
 


日経平均は週間で1589.82円高(+4.31%)の38487.24円と大幅上昇 


株価大幅上昇とは言っても、GDPはドイツに抜かれ4位に後退、間もなくインドにも抜かれそうで、景気はサッパリ。

誤解されている方が多いと思いますが、現在の世界経済からすれば日経平均は10万円程度になっていなければいけないはずなのに、

3万8千円程度で「大幅上昇」と浮かれているニッポン。

危機意識を持てない、小唄好きな呑気な国民性ならではかも知れません。(笑)









































































































































































































































































































































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一杯のコーヒーから

2023-11-06 05:50:33 | 懐かしのメロディー
八代亜紀


小柳ルミ子


小林 旭 


 (一)【女】
一杯のコーヒーから
夢の花咲く こともある
街のテラスの 夕暮れに
二人の胸の 灯(ともしび)が
ちらりほらりと つきました

(二)【男】
一杯のコーヒーから
モカの姫君 ジャワ娘
歌は南の セレナーデ
あなたと二人 朗らかに
肩を並べて 歌いましょう

(三)【女】
一杯のコーヒーから
夢はほのかに かおります
赤い模様の アラベスク
あそこの空の カーテンが
ゆらりゆらりと ゆれてます

(四)【男】
一杯のコーヒーから
小鳥さえずる 春もくる
今宵ふたりの ほろにがさ
角砂糖二つ 入れましょうか
月の出ぬまに きえぬまに




この曲「一杯のコーヒーから」は、1939年(昭和14年)3月20日にコロムビアレコードから発売されました。

作詞は藤浦洸で、作曲は服部良一、歌は霧島昇とミス・コロムビア。

作詞した藤浦洸は、お酒が飲めないコーヒー党、一方、作曲した服部良一はお酒好きなビール党だったとか。

で、当初この曲のタイトルは「一杯のビールから」というタイトルでした。

そこで、お酒の飲めない藤浦は「一杯のコーヒーから」と直してしまったという裏話が残っているようです。

曲調は、この時代には珍しくジャズ調のモダンな歌でした。












































































































 




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喜びも悲しみも幾年月

2023-11-05 01:20:56 | 懐かしのメロディー
美空ひばり



俺らの岬の 灯台守は
妻と二人で 沖ゆく船の
無事を祈って 灯をかざす
灯をかざす

冬が来たぞと 海鳥啼けば
北は雪国 吹雪の夜の
沖に霧笛が 呼びかける
呼びかける

はなれ小島に 南の風が
吹けば春くる 花の香便り
遠いふるさと 思い出す
思い出す

星を数えて 波の音きいて
共にすごした 幾歳月の
喜び悲しみ 目に浮かぶ
目に浮かぶ



この曲の作詞・作曲者木下忠司さんは400曲以上の映画主題歌を作りましたが、とくに多いのが、実兄の映画監督・木下恵介さんの作品につけた曲です。
 
そしてこの曲は、若山彰さんの迫力のある歌唱と相まって大ヒットしました。



若山 彰





昭和32年(1957)に制作された『喜びも悲しみも幾歳月』は、実在の灯台守の妻・田中キヨの手記に基づいて作られたものです。

夫婦は、昭和7年(1932)の神奈川県観音崎灯台から始まって、北海道から九州まで各地の灯台を転勤して回りますが、

その間に家族が味わった哀歓や同僚たちとの交流がテーマになっています。

この作品は、昭和61年(1986)、木下監督自身によってリメイクされてます。

テーマは同じですが、映画の出発点は昭和48年(1973)の京都府経ヶ岬灯台になってます。































































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すみだ川

2023-10-31 16:55:39 | 懐かしのメロディー
東海林太郎


美空ひばり


藤圭子  


銀杏返しに黒繻子(くろじゅす)かけて
泣いて別れたすみだ川
思い出します 観音さまの
秋の日暮れの鐘の声

  (台詞)
   「あゝそうだったわねえ、
   あなたが二十歳(はたち)、
   わたしが十七の時よ。
   いつも清元のお稽古から帰って来ると、
   あなたは竹谷(たけや)の渡し場で
   待っていてくれたわねえ。
   そして二人の姿が水に映るのを眺めながら
   ニッコリ笑って淋しく別れた、
   本当に儚(はかな)い恋だったわねえ」

娘心の仲見世(なかみせ)歩く
春を待つ夜の歳(とし)の市
更けりゃ泣けます 今戸(いまど)の空に
幼馴染(おさななじみ)のお月様

  (台詞)
   「あれから私が芸者に出たものだから
   あなたは逢ってくれないし、
   いつも観音様へお詣りする度に、
   廻り道してなつかしい隅田のほとりを
   歩きながら一人で泣いていたの。
   でも、もう泣きますまい。
   恋しいと思っていた
   初恋のあなたに逢えたんですもの。
   今年はきっときっと
   嬉しい春を迎えますわ」

都鳥さえ一羽じゃ飛ばぬ
むかし恋しい水の面(おも)
逢えば溶けます 涙の胸に
河岸(かし)の柳も春の雪






昭和12年(1937)、戦前の東京の下町情緒がたっぷり詰まっている歌です。

原曲は戦後は唄:東海林太郎、台詞:田中絹代、、戦後は島倉千代子も歌いましたが、これも艶っぽくてよかったです。

銀杏返しは女性の髪型の1つ。

髻(もとどり)――頭頂部で束ねた髪――の上部を2つに分け、左右に曲げて半円形に結んだもの。江戸後期から明治にかけて使われました。

黒繻子は繻子織りにした黒い布、すなわち黒いサテンのことです。繻子織りは、縦糸または横糸だけが表面に現れるような折り方。

銀杏がえしに黒繻子をかけるのが、大正から昭和初めごろの流行りだったようです。

語りに出てくる「竹谷の渡し」は、正確には「竹屋の渡し」。

江戸時代、近くにあった茶店の名に由来するといわれます。

「向島の渡し」とか「待乳(まっち)の渡し」とも呼ばれました。

近くの台東区スポーツセンター広場に渡し跡の碑があります。































































































































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なつかしの歌声

2023-10-28 14:15:12 | 懐かしのメロディー
藤山一郎


石原裕次郎





(男)
 銀座の街 きょうも暮れて
 赤き灯(ひ)燃ゆ 恋し東京
 恋し東京
 あの窓あの小道 やさしの柳
 あこがれは悲しき 乙女の涙
 風よ運べよ いとしの君へ

(女)
 歎きの途(みち) ひとり行けば
 みどりの樹に 鳥はうたう
 鳥はうたう
 やさしく寄り添いし 姿よいずこ
 おもい出の窓辺に わすれな草が
 風に泣いてる 昨日も今日も

(男女)
 夕焼け空 君とながめ
 うたいし歌 たのしメロディー
 たのしメロディー
 うたえば涙ぐみ こころはむせぶ
 落葉ちる朝(あした)に 雪ふる宵に
  呼ぶよこの歌 返らぬ涙




この曲は、昭和15年2月21日公開の東宝映画「春よいづこ」(渡辺邦男監督)の挿入歌として作られ、同年4月にコロムビアからレコードが発売されました。


 
藤山一郎・二葉あき子




主題歌は同じ作詞者・作曲者・歌手による映画と同名の「春よいづこ」でしたが、レコードは「なつかしの歌声」のほうがよく売れました。

「春よいづこ」が歌詞・曲ともセンチメンタルなのに対して、「なつかしの歌声」は、歌詞は感傷的なものの、曲はハイテンポで明るいのが特徴で、

そのへんが好まれたのかもしれません。
 
「なつかしの歌声」は、前奏・間奏・後奏とも長い曲ですが、レコードでは間奏と後奏が少し端折られています。

「春よいづこ」は川口松太郎の小説を映画化したもので、この小説は、昭和12年公開のフランス映画「美しき青春」の翻案作品です。

映画では主人公を藤山一郎、その恋人を宝塚少女歌劇団で娘役のトップスターから映画界に転じていた霧立のぼるが演じています。









































































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さよならルンバ

2023-10-10 09:48:38 | 懐かしのメロディー
小野リサ



このまま お別れしましょう
あなたの 言葉のまま
ダリアの はなびらさえも
恋の時すぎりゃ 色はさめる
ああ さめた後から
いくら泣いて泣いて泣いて みたとて
かえらぬ 恋の終りは
しおれた はな花びら

それでは これでさよなら
あなたの 言葉のまま
タバコの すいがらのように
みちにすてられた あたしなのね
ああ つらいけれども
いくら泣いて泣いて泣いて みたとて
かえらぬ 恋のおわりは
はかない けむりよ
さよなら さよなら さよなら




この曲「さよならルンバ」は昭和23年(1948)10月にコロムビアから発売されてます。
 
昭和20年代前半には、ブルースやルンバのつくヒット曲がいくつも生まれました。

昭和23年だけでも、この歌のほか、「バラのルンバ」「懐かしのブルース」「君忘れじのブルース」などがリリースされています。
 
ルンバは敗戦後の一種開放的な明るさにマッチしたこと、ブルースは日本人本来のセンチメンタリズムを刺激したことがヒットの大きな要因だった、

といってよいでしょう。

ただし、「さよならルンバ」の歌詞はセンチメンタルですね。
 
「バラのルンバ」も二葉あき子が歌っています。

両作品とも、彼女の奥行きのあるアルトが魅力でした。






























































































































































 

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